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蓮子3 蓮子と彼1(新ろだ771) ――――夕陽の中で、掲げた一本の剣。 手にした男は、声を大にして叫んだ。 「今宵! 我は貴女を討つ! そのためにここまで来た! さあアメリアよ、その腰にさした剣を抜け! 我と戦え!」 豪奢な鎧を身に纏った男の目の前にいるのは、黒いマントで身を隠した華奢な女性。 アメリアと呼ばれた彼女は不敵に構え、嘲笑しながら男に答えた。 「その剣。もはや剣とは言えぬガラクタよ! そんな抜け殻を力と称するのか。貴様の力で私を討とうというのか!」 「応! この剣に賭けて、私は友に、貴女を討つと誓ったのだ! 例え見てくれは最悪でも我にとっては唯一無二の宝具! そして……何より友を裏切り命を奪った貴女にはこれ以上の剣はない!」 男の構える剣は、確かに最悪のものだった。 所々錆や欠けが見え、柄に巻いてある布は汗や血の汚れでぼろぼろに擦り切れている。 しかし、それでもその剣は夕陽の光を受け、新品同様の見事な輝きを失ってはいなかった。 女性はマントを脱ぎ捨て、鮮やかな鎧を身に纏った肢体を夕陽に晒す。 「ふっ。シグよ、ならば来るといい。その剣がナマクラでないことを、私の愛剣と打ち合い、証明してみせよ!」 同時に抜かれる宝石を彩った輝かしい剣。 シグという男の持つ剣とはまるで正反対のその剣はまさに、至高の宝具とも取れるであろう、異様なプレッシャーを刀身に纏っていた。 その光景を見て、しかし男は怯まない、引かない。 構えた剣を真っ直ぐに女性へ向け、そして――走り出した。 「おおおおお!」 「はああああ!」 かち合う二本の剣。 十分な重さを持って振り回され、叩きつけられるたびに硝子を砕くような甲高い音が響く。 実際に男の持つ剣の刃は、打ち合うたびに徐々に割れ、その刀身を減らしている。 砕け、罅割れ、もう元の原型を忘れた剣は――それでも折れなかった。 「何故だ!? もはやその剣は剣として生きてはおらぬ筈! 何故折れない!?」 焦ったような女性の声。それを、男は鼻で笑った。 「知れたこと! この剣は、友と我との思いが詰まった魔剣である! 貴様の金ばかりかかった薄氷の思いの剣など恐れるに足らず!」 「小癪な! この剣を愚弄するとは! 小僧風情が高を知れ!」 これで終わりだとばかりに、振り上げられる女性の剣。 勢いよく振り下ろされる剣を、男は、真正面から横凪ぎに打ち払った。 「なっ!? 私の一撃を払うとは!」 「言っただろう、重さが違うと!」 今の一撃で剣が半分叩き折れたにも関わらず、男は不敵だった。 短くなった刀身を振りかぶり、素早くアメリアの懐へ走った。 驚愕に動きを止めたアメリアを、シグの持つ剣が一閃。 「ぐっ!」 斬られた胴を庇う様に、アメリアは己の剣を捨てた。 跪くアメリアへ、シグは剣の切っ先を静かに向けた。 「……アメリアよ。どうして貴女は許婚の我が友、シンクを裏切ったのだ。アイツは、貴女を世界で一番好いていたというのに」 「ふっ。それは、シンクの勝手だろう。私は、シグ、貴様を……」 「何だと――それでは」 「笑えシグよ。こうするより他に、シンクと決別する方法はなかった。私は、仕来りなど忘れて貴様と共にありたかったのだ」 「しかしシンクが! それではアイツが浮かばれん!」 「そうだな。例えシンクがこの結末を考えていたとしても、討ったのは私だ。罪は消えぬ」 「な……では、シンクは、望んで貴様に?」 「信じたくなければ、それでもいいだろう」 彼女はそう言うと、力尽きたようにその場へ倒れた。 「アメリア!」 シグは剣を投げ捨て、彼女を抱きかかえた。 「何故だ……アメリア。これが貴様の望んだ結末だったのか?」 「剣に生き。剣と共にある私は、こうする方法でしかお前と繋がれなかった。シグよ、恨むなら恨んでくれ。貴方の友を討ったのは、間違いなく私だ。剣を叩き折ったのも、私だ。このまま身を刻まれようとも受け入れよう……さあ、敵をとれシグ。その権利が、貴様にはある」 「アメリア……」 「ふふ。まさか、最愛の男に抱かれるのが、剣で斬られた後だとは思わなかった、ぞ」 「アメリア!?」 「もう、持たぬ。最後だ、シグ。私は貴方を心より――」 ふと、彼女の体の力が抜けた。 そして彼女が死んだことを確認したシグはゆっくりと彼女を抱え上げる。 目元には涙。 「こうすることでしか繋がれぬ我々は、なんと不幸なことなのか」 かつての戦友を抱き上げ、ゆっくりと彼は歩き出す。 「アメリアよ。せめてもの償いだ。我が友と同じ墓へ入れる。死後、アイツと共に我がそこまで昇るまで待っていてくれ」 二人の戦士の戦いは、こうして静かに幕を下ろしたのだった。 「古臭い」 一刀両断。 いつものモノクロな服装に帽子姿の宇佐見蓮子が仏頂面でそう言った。 「ええ?」 怪訝な顔でその言葉に反応したのはマエリベリー・ハーン。 蓮子とは反対の白い帽子に、紫色の服装は相変わらずだ。 そして、ここにはもう一人、ついさきほど劇の本番を行った張本人がいる。 「失礼なヤツだなお前……」 呆れたように口を開いたのは、一人の男性にして、さきほどの劇で主役の一人を務めた男である。 この三人は秘封倶楽部というサークルに所属している。 サークル名はちょっとアレだが、れっきとしたサークルである(と本人たちは豪語する)。 夕暮れの銀杏並木を、男を挟んだように三人並んで歩く姿は仲良く見える光景だ。 夏を忘れ、秋に近づいてきた季節を感じつつ、蓮子はついさきほどパン屋で買ったカレーパンを頬張りながら主役を務めた男へ声をかけた。 「大体何なのよ、あの劇。結局ヒロインを殺しちゃったら意味ないじゃない」 「それはそうね。ねぇ、あの劇を考えたのは誰なのかしら?」 チョコ入りクロワッサンを齧るメリーも首を傾けて蓮子と同じように問う。 劇の内容は、ありきたりの普通の内容だった。 小さい頃に友達同士であった、三人の主人公という過去から物語は進む。 親友と二人、仲良く語り合っていたシーンから劇は始まり、やがてシグはシンクがアメリアという許婚の話をする。 来月結婚する予定という話を聞いてシグは大変喜んだのだが、彼はシンクの憂いの瞳に未だ気付けないでいた。 シグもアメリアを好いていた。しかし、やはり親友の笑顔の方が彼にとっては掛け替えのないものだった。 そして悲劇の朝がやってくる。 シグの元に一通の手紙が届いたのだ。 内容は、シンクがアメリアの手によって殺害されたとのこと。 アメリアの行方は知れず、シンクの親友であったシグに調査を手伝って欲しいという依頼が来たのだ。 シグは望んではいなかった。こんな事件になろうとは、誰も思わなかった。 シグはただただ、己の友を殺したアメリアを恨んだ。 そして彼はシンクの遺品である剣を手に、捜査へと身を投じる。 苦難を乗り越え、やがて彼はアメリアの隠れ家へと単身乗り込むこととなった。 そこで彼女と交わされる言葉の応酬は、親友との友情の堅さと、愛する人への懺悔の台詞だった。 そしてシグが真実を知り、アメリアが死んだところで舞台は降りる。 オレンジジュースを飲みながらそう語る主役。 「俺も知らん。なんつーか、本当に突然依頼が来たからなぁ」 今回彼は、ほとんど飛び入り参加状態だった。 事の始まりは三日前。 演劇部がこの舞台を演じることは大学でも有名だった。 そこで、突然主役を演じる学生が風邪で寝込んだという噂が広まり、そしてその学生とそれなりの交友を持っていた彼に、白羽の矢が立ったのだ。 当初困惑全開で首を縦に振ってしまい、後悔したのだが、やってみると意外と面白かった。 結果、演劇部の部員全員が驚くほど彼は芸達者な人間だったことが判明。 演劇部から誘いの声も上がったほど。 それを聞いたメリーは感嘆の声を漏らす。 「やけに慣れてたけど、小さい頃何かやってたの?」 「ん、まあ中学校の頃にちょいと親がね。慣れない頃は恥ずかしかったけど、慣れたらそうでもないよ」 「心臓に毛が生えてるというか、まるで別人だったわ」 「成りきる心が大事だって教わってたからさ。とにかく、主人公の気持ちになりきってみたんだ」 飲み干したジュースのパックをくしゃくしゃに丸め、ちらっと隣の蓮子の様子を見た。 蓮子は相変わらずの仏頂面で、既に食べ終わったパンのカスを地面へ叩き落としている。 なんというか、機嫌が悪そうだ。 「蓮子?」 「……あによ」 「い、いや。何でもない」 「……ふん」 かくいう彼には心当たりがあった。 秘封倶楽部。 彼女たちが持つ異常な能力によって、この世の不思議を追い続ける謎のサークル。 活動内容は、大抵蓮子の思いつきによって実現化されるのだが、実は今回もそれが予定されていた。 誰からもお人よしと言われる程度の彼が、まさか秘封倶楽部の活動を蹴ってまで演劇部へ参加するとは、メリーはおろか蓮子ですら予測していた。 ちなみに活動日前に演劇部への参加の旨を伝えた彼は、般若もかくや!という表情の蓮子に顔を真っ青にしながら土下座していたという。 不承不承許可をもらった彼の表情は、コケ色同然だったとメリーは語る。 「大体ねぇ、本当なら昨日三人で行く予定だったのよ。廃ビルへの独自調査!」 「そ、それは悪かったって! 蓮子だって許可してくれたじゃないか!」 「……あぁん?」 「ひぃ!?」 ギラついた目の蓮子から脱兎のごとく距離を離し、メリーの陰に隠れる彼。 ちなみに身長は彼女たちと同じくらいなので、姿は意外に隠れる。 そんな彼の様子に、メリーは苦笑しながら蓮子へ話しかけた。 「まあまあ。いいじゃない蓮子。結局昨日は何もなかったんだから」 「メリーまで!」 「いい加減不貞腐れるのやめなさい。貴女だって、今日彼が劇に出ること、楽しみにしてたでしょう?」 「誰が!?」 「貴女よ。彼が舞台に上がって「メリー! 見て見て!」とかはしゃいでたの、誰だったかしらね?」 「ち、違うわよ!? 私じゃなくて私に似た宇佐見蓮子よ!」 いや、お前じゃんと彼は思ったが言わない。 彼を置いて、ひたすら言葉を掛け合う彼女たちを放っておいて、彼は静かに秋の最中にいることを感じていた。 「だからぁ――ってメリー? アイツはどこにいったの?」 「うん? ……あ、もうあんなところにいる」 「ちょっとぉ! 私らを置いていくなあぁ!」 「待って蓮子! 早いってば!」 暗い、暗い夜。 七畳半のアパートの一室。中にはコタツと本棚とベッドくらいしか目立つものがない、質素な部屋。 彼はベッドの上で横になって、脚本を今更ながら見直していた。 愛する男のために、その男の友を斬らなければならなかったという小さな理由。 愛されていることを気付かずに、そして友のために、剣を持って女を斬った愚直なまでに純粋な男。 主人公を演じた今でも、何となく違和感を覚える劇の内容だった。 その違和感の正体は、多分ラストのシーン。 誰もがアメリアとシグが、結ばれればいいと思ったシーン。 「ふう」 剣を使うことでしか語り合えない、不器用な三人の主人公たちのストーリー。 昔は確かに、こうした事が起こっていたのかもしれないな、と感慨深げに頷く。 でも、純粋だ。この劇の中の人はひたすらに純粋だ。 だから間違えたのかもしれない。否、たった一つしか回答を選べなかったのだ。 一途な純粋さは、時として危険。 この演劇は、そういったことを含めて聴衆に伝えたかったのかもしれない。 「……今の俺たちには考えられないな」 危険が蔓延るこの物騒な世界。 疑うことを知ってしまった人間の、汚い世界。 一体、どちらが幸せな世界なんだろうな……そう考えたところで、玄関が叩かれる音がした。 彼はこの叩き方を知ってる。 というか、呼び鈴があるにも関わらずアナログにドアを叩く人物を、彼は一人しか知らなかった。 「や! こんばんわ!」 「やっぱり蓮子か」 溜息混じりにドアを開けてみれば、やはりその奥には真っ暗な空を背後に、いつもの服装の蓮子が立っていた。 いや、よく見るといつもと同じなのは帽子だけ。寒さ対策か、見慣れない黒いカーディガンを羽織っている。 白い息を吐きながら、彼女は勢いよく手を上げて言葉を発した。 「いやぁ、寒い寒い。早く上げて欲しいな、蓮子さん的に」 「蓮子さん的に、何故ここにいるんでしょうか? 時間わかってる?」 「ん? 二十時七分三十二秒でしょ?」 星をチラッと見ただけで正確な時間がわかるとんでも目力を持っていたのを忘れていた。 つまりは、彼女が今の時間をわからないわけがないのだが…… 「おうおう。いい加減限界ですよ。上げてー。死ぬー」 「え、ちょ」 「おじゃましまーす」 かって知ったるなんとやら。 蓮子はそそくさと彼を押しのけて、とっとと部屋の中に入ってしまった。 呆気に取られた彼は、しかし「仕方ない」と開き直って冷静にお茶の準備を始めることに。 安物の紅茶を淹れ、二つのカップを持って蓮子が居座るコタツに向かう。 コタツの中で蕩けそうな笑顔でいる彼女の対面に彼は座ると、二つのうち一つを差し出した。 「どうぞ」 「さんきゅー。あとこれ、お茶請けに買ってきたよ」 「……ケーキ?」 お茶請けというかデザートではなかろうか? とりあえず箱の中から二切れのショートケーキをそれぞれ皿に載せ、蓮子と彼側に寄せる。勿論フォーク付きで。 一欠けら切り取り、口に運ぶと思ったよりもさわやかな甘さが口の中に広がった。 「美味しいなコレ」 「でしょ? メリーのお気に入りよコレ」 「へぇ。もしかして○○っていう店?」 「あら? 知ってたの?」 「や。俺もメリーに教えてもらってたんだ。でも行ったことなかったから嬉しいよ」 「それならよかったー。でも時間ぎりぎりだったんだよね。意外と遅くまでやってて助かったわよ」 「あ、そうそう。ケーキ屋って言ったら、駅前のやつ潰れたの知ってる?」 「え? そうなの?」 「ああ。最近売れ筋が良くなかったみたいだからねぇ」 「ふーん。あそこも美味しかったんだけどなあ」 二人でケーキを突きながら、談笑。 講義の内容や、サークル活動の予定。それから当たり障りのない雑談に入った。 気付けば、時間はとっくに十二時を過ぎていた。 テレビも付けずに、ずっとだべっていただけで四時間は話していたことに驚きつつ、そろそろ蓮子が帰るだろうと思い、彼が腰を上げると…… 「ねぇ」 ふと、蓮子は口を開いた。 「あの劇のことなんだけどさ、どうしてあんな結末になったの?」 彼も一緒に悩んでいたことを、彼女も感じていた。 悲劇と言えば悲劇だが、それにしては潔いほどあっさりと劇は終わってしまったから。 もう少し別の結末なら、もっと違ったストーリーを演じることが出来た筈なのに、と。 蓮子がそう力なく呟いたところで、彼は肩を竦めて立ち上がった。 「俺だってそう思うよ。けど、彼らにとってそれが最善だったんじゃないかな?」 「どうして?」 「剣を持つことでしか、言葉を上手く交わせなかったから。それと、彼らがどこまでも純粋だったから」 武器を持ち、意思を伝えようとも、やはり彼らは純粋な人間だ。 例えどんなに正当性のある言葉を並べても、剣を使って相手にぶつけていくしか方法を知らない。 それはとても不器用で、ある意味言葉よりも価値のあるものなのかもしれない 「……蓮子はどう思う?」 「わたし?」 「うん。最後は、アメリアとシグが結ばれれば良かったと思うかな、やっぱ」 問われた蓮子は、コタツの天板の上に頭を乗せ、うんうんと唸り始めた。 その間に彼は二枚の皿と、二つのカップとソーサーを流し台へ持っていく。 水を流し、スポンジに泡をつけたところで、ふと背後に気配を感じた。 「蓮子?」 肩越しに振り返った先には、ふわりと舞う黒い影があった。 蓮子の姿が見えず、気のせいかと視界を流し台に戻した時に―― 「ぷはぁ」 「……蓮子?」 ――黒い髪の、いつもの蓮子が、いつの間にか流し台と自分との間に立っていることに気付いた。 何時の間に潜り込んだのか、というか、何故こんなことをしているのか彼が問おうとしたところで、 「よっと」 「っ!?」 彼女の細い腕が、首に回された。 全体重をかけてぶらさがっているのか、身長がそこまで変わらないことが幸いしたおかげで倒れることこそなかったものの、若干体勢を崩しかけた彼は、焦りながらも蓮子へ疑問をぶつける。 「蓮子、何を――」 「わたしは、わたしがもしアメリアなら、」 「――え?」 「きっと、シンクともっと話し合いたかったと思う」 彼の首に、さらに負荷がかかる。 単純に、蓮子が彼の首をきつく抱きしめたからだ。 彼は蓮子の重さと暖かさを感じつつ、なんとか平常心を保とうとして、手にスポンジを持って、皿を洗う作業に集中した。 だが、耳だけは蓮子の言葉にきちんと傾けていた。 蓮子の独白は続いた。 「シンクを傷つけてまで、わたしはシグとは一緒にいたくないよ。でも本気で、誰よりもシグが好きだったならわたしは、シンクと一緒にシグの元に行ったと思う。誰の制止を振り切ってでも、思いは伝えたかったから。シンクが本当にわたしを好きだったんなら、多分彼も一緒に協力してくれたんじゃないかな、って」 水の流れる音を意に介さず、その声はきちんと彼の脳へ届いて、そしてある種の感動を与えていた。 「そこでシグに会って、必死に、誰よりも好きですって伝えて、それで――」 皿を洗い終わった彼の、蓮子はその首から腕を解く。そして今度は、彼の両手を握った。 「通じ合いたかった、かな。もっと三人で。剣を交えないで話し合いをする方法を、したかった」 どこか憂いを帯びた顔の蓮子を、彼は今まで見たことがなかったと思う。 力なく、彼の両手を握る蓮子の掌は、微かに震えていた。 「ねぇ、貴方はどうしたかった?」 「俺が?」 「そう。主人公として、アメリアを斬り捨てた貴方は、一体どうやって物語を終わらせたかったのかなって」 どうしてその質問をして、彼女が怯えるように震えているのかわからなかった。 いつものと全く違う彼女の反応に、彼は驚き、そして同時に冷静に答えを返した。 「俺も、蓮子と同じだよ。話し合いで解決できるものならそうしたかった。けど――多分そうはいかなったから、劇はこうなったんだ」 「じゃあ、当然の結末だってこと?」 「そうじゃないさ。例えば――剣を持って語り合うことしかできないなら、そうすることが一番の近道なら、俺はきっと」 こうした。 彼は静かにそう言って、蓮子の手を振り解き、即座に蓮子の華奢な身体に抱きついた。 腕を腰に回し、隙間を一ミリも開けまいとする、ただ力任せの抱擁。 蓮子が小さく悲鳴を上げるが、彼は気にせず即興で用意した言葉を紡いだ。 「アメリア。我はお前が好きだ。友を斬り捨てた貴様を、我はきっと許しはしまい。 だが、それでも我は貴様を斬れぬ。一度は恋をした女を、どうして斬れようか……故に」 すっ、と彼は音もなく蓮子から距離を取り、いつの間にか手にした包丁の切っ先を腹に向ける。 逆手に持った凶器に、彼女は思わず悲鳴を上げた。 彼はそれでも気付かずに、まるで今まさに劇に身を置いているように、そっと狂気を腹に添える。 「我は、アメリアもシンクも疑うことが出来ぬ。その苦悩……我を討つことで、終わりにしよう」 静かに狂気が振り下ろされ―― 「バカァああああああああああああああああああああああ!?」 直後に両手を掴まれて事無きを得た。 「ちょ、蓮子!?」 がっちりと両手を掴まれて混乱する彼に、蓮子は涙目で噛み付くように口を開く。 「何やってんのよバカぁ! 死ぬ気!? 別にそこまでしろって頼んだ覚えはない!」 「落ち着けって蓮子! これは――」 「落ち着いてられるかこのバカ!」 バカを三連続。これは新記録だなと彼が思ったところで、いつの間にか彼の手から包丁が奪われていた。 それを蓮子は遠くに放り投げ、そして見た目とは大違いな脊力で彼を締め上げる。 「もしアレが刺さってたらどうするの!? 死ぬの!? 一体何死に入ると思ってんのこのアホンダラ!」 「えーと、うっかり死?」 「ちゃかすなぁあ!」 ぎりぎりと首が絞まる。 そろそろ浮くんじゃないだろうかと彼が心配したところで、急激にその力が失われた。 どうしたものかと恐る恐る蓮子の方を向くと、彼女は意外なことに床に座り込んで泣いていた。 「もう、全く、本当に……」 「お、おーい。蓮子? 蓮子さーん?」 あの蓮子が泣き面を露にしてるとは。 流石の彼も反応に困っていると、蓮子はぽつぽつと囁く様に口を開いた。 「本当はさぁ、今日の劇の労いに来たのにさ、どうして、アンタはこう、もう……ホントに」 「あのさ蓮子」 「あによ?」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった表情に、若干彼が引いた。 まあそれはさておき、彼は放り投げられた包丁を拾うと……その刃先を撫でる。 「ちょっ!?」 「玩具だよ」 「……は?」 「だから、小道具用のお・も・ちゃ」 ほれ、と彼が蓮子をつんつんとその先で突っつくが、全然痛くない。 どうやら刀身がゴムで出来ているようで、全く切れ味はない。 まるで魂が抜けたように、蓮子が鸚鵡返しに繰り返す。 「……おもちゃ?」 「うん」 「……そう」 「心配かけさせてぇえええええ! いっぺん死ね!」 「えええ!?」 「もう! 全く! どうしてあんなもん持ってるのよ!」 「や、お芝居の小道具と言いますか」 「言い訳するなぁ!」 「理不尽!?」 コタツに入って座っている蓮子。 そして、彼はその背もたれ係となって彼女の後ろについていた。 再び狂犬と化した蓮子に成す術もなく、とりあえず機嫌が直るまでこうしてろとの命令。 嘆息し、蓮子の重さを身体で感じていると、ふと口を開いた。 「なあ蓮子。そういやどうして俺の部屋に来たんだよ」 蓮子の家と彼のアパートは原動機付き自転車を使っても片道二十分はかかる。 オマケに今夜は寒い。とてもじゃないが、蓮子がこちらにくるような理由は単なる「祝い」で済ませるものではないだが……。 「ん……」 言い難そうにしつつ、だが蓮子は小さな声で言った。 「ちょっと演劇のシナリオが気になってさ。ちょっと納得できなかった終わり方だったから……っていうのが建前」 「へぇ。本音は?」 「うっ」 今度こそ言い辛いとばかりに身を捩り、彼女は溜息混じりに、観念したかとばかりに言葉を速射した。 「寒い夜だからぁ! 暖めて欲しかったのよ!」 は、と言葉を彼が発する前に、蓮子の身体が反転。 彼の身体に覆いかぶさるようにしがみ付き、数瞬後には兎のごとくばっとジャンプしてその場を離れた。 「お風呂貸して! 入ってくる!」 そのままずんずんと浴槽の方面へ進んでいく彼女を、彼は黙って見続けるしかできなかった。 「……告白されたのか?」 それが真実だと気付いたのは、この一時間後に彼が蓮子と同じ布団で寝るという選択肢を迫られた時だったという。 「おめでとう」 「黙れメリー」 翌日。 大学の講義室で授業終了後に、声をかけてきたのは、同じ選択科目を取っていたメリー。 意味深に笑う彼女に、苦虫を潰したような顔で対応する彼は、何故かげっそりとしていた。 ノートをとんとんと揃え、鞄に押し込んだメリーは笑みを深くして彼に微笑んだ。 「それで? 昨夜はお楽しみだったの?」 「やかましい。っていうか絶対お前がけしかけたんだろこのヤロウ」 「まあ、前からそんな前兆はあったし。いいじゃない。可愛いし、スタイルもそれなり。何かご不満?」 「寝相が悪い。あといびきがうるさい」 「惚気にしか聞こえないわね。っていうかやっぱり寝たのね」 「何もしてねぇ!?」 「知ってるけどね」 「な」 「朝一に蓮子から連絡があったわ。『どどどどどどうしようメリー! 大人の階段のぼっちゃった!』って」 「だから何もしてねぇ!!」 彼はとりあえず心に決めた。 あの蓮子、いっぺん〆てやろう、と。 ……できれば、だが。 「見つけたーって、どうしてアンタがメリーと一緒にいるのよ!? 浮気かこんちくしょー!」 「講義が一緒だっただけだ! いつもこの時間はそうだったろ! それと浮気って何だよオイ」 「しーらーなーい! 今度の活動のときは絶対に荷物運びだからね!?」 「いや、いつものことじゃん」 「なら登山に行きましょう」 「アホか!? 『なら』ってなんだ『なら』って!」 「ああもうなら選んで。わたしを抱きしめるかわたしに抱きしめられるか」 「罰ゲームが変わった!? しかもどっちも同じ内容かよ!」 「よし。じゃあ後者でいきます!」 「お前が選ぶなああああああああああああああ!?」 「うーん。暑いわね」 秋だけどな。 新ろだ920 ブグブグブク 「なぁ」 ブクブクブクブク 「蓮子?」 ブクブク 『何よ?』 「その飲み物をブクブク言わせるの、行儀が悪いからやめようとは思わないか??」 『私が炭酸飲料は苦手だと知ってて、頼んだアンタの言えることかしら?』 「そう言われると何も言えないんだが…」 ブクブクブクブク 「……」 ブクブクブクブク 「蓮子」 ブクブクブクブク 「愛してるぞ?」 ブクブク……ブフォアッ 『と、とととと突然何を言ってるのよアンタは!』 「まさか全身にかかるほど吹くとは…」 『私の質問に答えなさいよ!○○っ!』 「いや、そう言えばやめてくれるかなと思っただけだぞ?」 『まったく、アンタって奴は…』 「まぁいい、今のでカップの中身も消えたことだし」 「ここは奢るから帰るぞ、蓮子」 『ちょっと、そんなに濡れてて大丈夫なの?』 「帰ってシャワー浴びて、服は洗濯すれば大丈夫だろ」 『そう言う問題じゃなくて…』 「何、風邪でも引いたらその時は蓮子に看病してもらうさ」 『うう……分かったわよ』 「んじゃ、帰るぞ」 『オッケー、……ごめん』 「いいさ、この程度」
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文21 ─────────────────────────────────────────────────────────── 新ろだ498 私があの人と出会ったのは只の偶然。 偶々休憩がてらに止まった木の下に、偶々此処で一休みしている彼が居た。 ただそれだけ。 狙ったワケでもなく、探していたワケでもない。 嘘偽り無く只の偶然だった。 それもそうだ。 この時、私は彼の存在を知ってすらいなかったのだから。 それは彼もそう。 何故なら彼は私と出会う数十分前まで違う世界に居たのだから。 だから出会ったのは本当に偶然。 何処かの隙間妖怪の気まぐれか、もしくは故意かは分からないけれど。 私は彼に出会ってしまった。 「さっきから煙たいのは貴方のせいですか!」 「おっ! かわいこちゃん発見!」 「何をしているか分かりませんが、煙たいですから止めて頂きたいのですが?」 「こんな処で可愛い子に会えるなんて、俺ってばラッキー!」 「人の話を聞いて下さい!」 「うひょーっ! いただきまーすっ!」 「えっ、ちょ!? ぅきゃーーーーーっ!!」 ……偶に思う。 出会わなければ良かったかもしれない、と。 今日も今日とてネタを探しに幻想郷中を西へ東へ駆け巡る。 本日のネタ採集場所は博麗神社。 記事の題目は『博麗の巫女の腋は時価いくら!?』 ……自分で決めててなんだが、意味が良くわからない題目である。 自分でも良く分からないのだから、変更しても良いと思う。 だが変更はしない。 何故なら、面白そうだから。 そう、面白そう。 それは記事を書いている者にとっても、そうでない者にとっても大切なことだ。 面白い、面白くない。 この違いは生きる上で、とても大事なことなのだ。 面白くないことばかりが書いてある記事、人生など、誰が喜んで読もうか生きようか。 楽しくなくて何が新聞、何が人生か。 面白いからこそ、生者は生を満喫するのである。 ……まあ、若干亡者も含まれたりもするが。 つまるところ、人生を楽しむために最も必要なモノは娯楽なのである。 それに優先される事柄など無いのである。 だから私は新聞を書くのだ。 面白可笑しい新聞を。 そのためにネタが必要なのだ。 誰が読んでも面白いと思って貰える様な、弄くり甲斐のあるネタが。 だから霊夢さん、面白いネタを下さいね? そう心の中で期待しつつ、私は飛ぶ速度を速めた。 目指すは博麗神社に住む巫女、博麗霊夢。 「射命丸文、いっきまーす!」 声高々に叫びながら私は空を駆ける。 晴天の空に一迅の旋風を巻き起こしながら。 そして私は気付かなかった。 否、気付きたくなかっただけかもしれない。 一抹の不安を。 無意識のうちにポジティブシンキングを無理矢理ひっぱり出して、ひた隠しにしていただけなのかもしれない。 思い出すだけで頭が痛くなる不安要素を。 もしかしたら、と思いたくなかっただけなのかもしれない。 自身に襲い掛かってくる魔の手。 己が耳に響く高らかな笑い声。 今まで何度も我が身に降りかかってきたソレが……目的の場所にまた居るかもしれないということを。 そんなこんなで数分後。 目的地である博麗神社に着いた私は、目的の人物である霊夢さんを探していた。 辺りを見回すも、それらしい人影は無い。 珍しいですねぇ……この時間でしたら、掃除してると思ったんですが。 中に居るんでしょうか? そう思い、縁側の方に歩を進める。 「……!?」 「……! ……!?」 縁側に近づくにつれ、部屋の中から話し声らしきモノが聞こえてくる。 なんだ、やっぱり中に居たんですか。 どうやら霊夢さん以外に誰か居るみたいですね。 声からすると魔理沙さんでしょうか? なにやら少し騒がしいですけど……もしかして、ネタゲットのチャンスですか!? 思いがけず舞い降りてきたチャッターチャンスに胸が弾む。 気付けば、何時の間にかカメラを取り出していた。 落ち着くのよ文、まずは冷静になるの。 そうだ、此処で気付かれてしまっては、折角のチャンスを逃すことになってしまう。 まずは冷静になることが大事だ。 弾む心を無理矢理落ち着かせ、そしてカメラを握り締めた。 回路を切り替えろ。 滾る鼓動を沈静化させ、精神を統一する。 シャッターを切る、それだけに己が意識を集中させる。 ものの数秒もしない内に気持ちは切り替わった。 「……、……!」 「……、……っ!」 部屋の中はまだ騒がしい。 気持ち、声が大きくなった印象さえ伺える。 これは好機ですね。 静かに、手に持ったカメラを目線の高さまで上げる。 さてさて、それではそのネタを拝見させて頂きましょう! 静かな精神の内に高揚を滲ませながら、障子に手をかけた。 ゆっくり、ほんの少しづつ障子を動かしていく。 焦るな私……ゆっくり、ゆっくりよ。 精密性を極限まで要求される動作のためか、指先が微かに震えている。 それでも手は障子から離れない。 離すことなど出来はしない。 この好機を逃すワケにはいかない。 あと、もう少し…… あと、ほんの少しの隙間があれば撮影が可能。 指先に強く力を入れたい衝動を抑えて、微力の力を送る。 そして隙間は開いた。 ……よし! 歓喜するが声は出さず。 心の中でガッツポーズを決める。 その間にも、身体は迅雷の速さを以ってカメラのレンズを隙間に捻じ込み、ファインダーを覗く。 ファインダーを覗いた先には…… そして私は、自分が間違った選択をしてしまったということに気付いた。 何故、すぐにファインダーを覗いてしまったのか。 何故、まずは自分の眼で様子を確認しなかったのか。 何故…… 二人の様子から、他に『誰か』居るかもしれないということを察しなかったのか。 そして私の耳に、高らかな歓喜の声が響いた。 「うっひょーーーーーーっ!!」 喜びに満ち溢れた声。 その聞き慣れた、聞き慣れたくなかった声を聞いた瞬間。 その見慣れた、見慣れたくなかった姿を目視してしまった瞬間。 私の身体はファインダーを覗いた姿勢のまま、石の様に固まってしまった。 「ちょ、ちょっと、止めなさいって!」 「お、おいこら、止めろってば!」 続いて耳に飛び込んできたのは、抗議を挙げる二人の声。 照れた様な、焦る様な声色はある人物に向けられたモノだ。 二人は顔を真っ赤にして、その人物の魔の手から逃れようとじたばたともがいていた。 「照れんなって~。いつものことだろ~?」 二人を手中に収めながら、その人は顔に喜色を浮かべ笑う。 そして逃がさないと言わんばかりに、もがく二人をより一層強く抱き締めた。 「うきゃっ!」 「あうっ!」 両腕で挟み込むように抱き締められ、彼女達はもがくことさえ出来なくなってしまう。 もう逃げられない。 突きつけられた現実に、お二人の紅く染まった顔に困惑と諦めが浮かんだ。 そして数秒の後、其処には。 「あっ、いや、やだっ! い、いやああああっ、あああああっ!!」 「ちょっ、やめ、やめろってば! うぁ、くぅっ! あああああんっ!!」 先程までの抗議の声はなりを潜め。 代わりに嬌声とも悲鳴ともつかない叫びを上げて。 その人物のされるがままとなっている二人の姿があった。 「うっひょ~~~~~い!!」 歓声が耳に響く。 発信源であるその人は、狂相ともいえる笑みを浮かべながら、彼女達の肢体を無遠慮に弄っていた。 彼の両腕が、両手が蠢く度。 その度にそれから逃れようと彼女達は身体をくねらす。 だが結局は逃れられず、少女達はあられもない声を上げて悶えた。 後はそれの繰り返し。 その光景を、私は只呆然としながら見つめていた。 ……ああ、やっぱり。 空洞になった頭の中、浮かぶ言葉はその一つだけ。 やっぱり、恐れていた事態が起こってしまった。 いや、本当は予想済みだったのかもしれない。 只、そう思いたくなかっただけなのかもしれない。 だって、いつものことじゃないか。 そう、いつものことだ。 でも、否定はしたかった。 それ位の希望は持っていたかった。 ……たった今、脆くも崩れ去ってしまったけど。 けど、一つ幸運なことはあった。 私はまだ見つかっていない。 今目の前に居るあの人は、二人に夢中だ。 まだ救いは残されている。 そうだ、今の自分に出来ることは一つ。 それは一刻も早く、この場から離脱する、それだけ。 二人には申し訳無いが、囮になって貰うしかない。 情けないことだけど、私にあの人の魔の手から二人を助け出す力は無い。 霊夢さん、魔理沙さん、無力な私を許してください…… 魔の手中に収められた二人に対し、心の中で謝罪をする。 そして固まった身体をなんとか動かそうとしたその瞬間。 かしゃ、という音を引き金に。 悲劇は、起こった。 「……え?」 手元から発せられた予期せぬ機械音に、全身から血の気が引くのを実感する。 さっきの音、何ですか!? 突然のハプニングに動揺しつつ音源に眼をやれば、其処には自身の愛用するカメラ。 私は理解する。 先程の音はカメラのシャッターを切った音だ、と。 おそらく無意識の内の行動だろう。 何時如何なる時にもベストの記事を志す、プロの記者にはよくあることだ。 しかし、この時ばかりは自身の記者根性を呪いたくなった。 そして、その音が意味すること。 それを理解する間も与えられず…… 「誰じゃ~~~い?」 目の前の障子が勢い良く開かれた。 障子を開けたのは当然ながら、私が今最も会いたくない人物。 瞬間、目の前が真っ暗になったような錯覚を私は覚えた。 暗く歪んだ視界の中、私の心を絶望が覆う。 出た。 出会ってしまった。 なんてこと。 最悪の事態だけは、是が非でも避けたかったのに……っ! 「お? なんだ、かわいこちゃんじゃねえか!」 障子の先に居た人物を私と認識した彼は、嬉しそうに口元を歪ませた。 その笑みに、私は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。 落ち着け、落ち着くのよ私。 見つかったとはいえ、まだ逃げるチャンスはある筈。 今は場を波立たせないことを優先させるのよ。 「……ど、どうも」 衝動を押さえ込みながら、笑みを浮かべて挨拶を返す。 口元が引き攣っているのは自分でも分かっていた。 「今日も取材か? ご苦労なこったな~」 「え、ええ、そうなんですよ~」 笑顔でそう言う彼に対し、こちらも笑顔でそう返す。 言葉を返しながら、逃げる体勢を整えるため、屈んだ身体を起こす。 まだだ、まだ行動を起こすには早い…… 「なんか良いネタはあったんかい?」 「い、いえ、今日はまだ一つもなんです……」 「ふ~ん、そいつは困りモンだな……」 なんの変哲も無い会話をする。 会話だけならごく普通の内容だが、話しているこちらとしては心臓を鷲掴みにされている気分だ。 「そうですね~、何処かに良いネタが無いでしょうかねぇ?」 「う~ん、そうだなぁ……」 聞きながら、さりげなく二歩三歩距離を置く。 ……よし、逃走準備完了。 あとは逃げるだけだ。 この後は、また今度会った時にでも聞かせて下さいね、とでも言いつつこの場を去れば良い。 幸いにも彼は良いネタが無いものかと考えている最中だ。 う~んと首を捻って天井を見上げる彼。 今だっ! チャンスとばかりに、折りたたんでいた翼を勢い良く広げる。 後はさっき考えた台詞を言って此処を去るのみ。 そして去り際の台詞を言おうとしたその時。 がしり、と右肩を強く掴まれた。 ……まあ、今までのことを良く考えれば分かる話だったのだ。 だってそうでしょう? 私は今まで…… 彼から一度も逃げられたことなどないのだから。 「あったぞ、良いネタ」 後ろから聞こえる、喜びを隠すような声。 悪魔の囁きにも似たそれが、鼓膜から脳裏に響く。 「ど……」 どんなネタですかと言う前に、左肩も掴まれた。 ずしんと、何か重りを乗せられたかのように身体が重くなった。 両手足は、鎖が巻き付いているかのように動かせない。 まるでそれは私を逃がさないと言わんばかりに。 これから始まることを滞りなく始めれるように。 どんなネタですか? ええ、本当は聞かなくても分かってます。 分かっていますとも。 貴方と出会った。 それだけで何が起こるのかなんて充分ですよね。 ええ、分かってました、はい。 でも、一応…… 一応聞かせてください。 「ど、どんなネタですか……?」 後ろから私の両肩を押さえている彼に対して、震える声で訪ねた。 勿論のことながら、答えは分かっています。 その問いに彼はくつくつと笑って。 「そりゃあ勿論……」 私の右肩に置いた手を外して、両膝の裏に添え、そして…… 所謂お姫様だっこという形で、私を抱え挙げた。 私の目の前には凶悪な笑顔を見せる彼の顔。 突然の出来事に声も出せない私に向かって彼は…… 「かわいこちゃん、可愛がりの記事じゃーーーーっ!」 そう叫んで私を部屋の中へと連れ込んだ。 「やっぱりですかーーーーーーーーーーーーーっ!?」 予想通りの、けれど予想したくなかった回答。 それに対し、同じ位の声量を以って返すも彼は全くの無視。 ああ、結局こうなるんですよね…… 幾度と無く繰り返される悲劇に対し、既に精神は諦めの境地に達しかけていた。 そして今日もまた…… 「ちょっ!? そこはだめですってば! ちょ、いやあああああああああああああああああああ!!」 私の悲痛と悲惨を交えた悲鳴が、幻想郷中に木霊するのであった。 それから十数分。 自身にとっては気が遠くなるような時間が過ぎた後。 私は博麗神社の一室に居た。 一緒に居るのは、霊夢さんと魔理沙さんと、プラスあと一人。 部屋の雰囲気は微妙の一言に尽きる程だった。 正しくは、各人が微妙な気分なだけなのですが。 まあ、かくいう私も、現在果てしなく微妙な気分なのでありまして…… 「え、えらい目にあいました……」 卓袱台に額をつけたままの姿勢で呟く。 つい先程まで受けていた、とある拷問(と呼んでも差し支えないだろう)により、私は激しく疲弊していた。 どれくらいかと問われれば、気を抜けば口から霊魂が出そうな程である。 ぶっちゃけて言うならば、とてつもなくしんどいのだ。 それはもう、いますぐにでも横になって休みたい位に。 それ程までに、私の心と身体は疲れ果てていた。 「あぅ~……しんどいです~……」 意図せず口から情けない声が漏れ出る。 「アンタも大変ねぇ……」 「まあ、私達も大変だったんだけどな……」 そんな私に同情するかのように、霊夢さんと魔理沙さんが声を掛けてくれた。 同情するのも当然、私の前はこの二人が標的となっていたのだから。 「まあ、疲れが取れるまで、ゆっくりしていきなさい」 「すみません、霊夢さんも疲れてるのに……」 「気にすんなって、お互い様だぜ……」 魔理沙さんが労いの言葉を掛けてくれる。 本人もやはり疲れているのか、声に若干の疲れが見えた。 「そうそう」 魔理沙さんの言葉に同意するように、霊夢さんが気だるげに頷いた。 うぅ……すみません霊夢さん、魔理沙さん。 お二人を置いて逃げようとした私を許してください~。 心の中で謝罪をしておいた。 何故言わないのかって? 実際に言えば、しばかれるのが目に見えてるからじゃないですか。 触らぬ巫女と魔女に祟り無し、です。 良いじゃないですか。 知らぬが仏ですよ、知らぬが仏。 言わぬが花とも言いますが…… ……にしても。 卓袱台につけていた額を上げて、ある方向に目線を向ける。 視線を向けた先に居る人物は、こっちの様子などお構いなしと言った風にお茶を啜っていた。 「ふぃ~~~、お茶が美味いわ~」 満足そうな声を吐き出して湯呑みを卓袱台の上に置く。 すっきり爽やかといった顔は、テカテカと光っていた。 ……少し腹が立った。 全く、誰のお陰でこうなってると思ってるんでしょうか。 こっちの様子を見て、少しは反省とかしないんでしょうかね? そう思いながら、恨みがましい視線を彼に送る。 この暢気にお茶を啜っている人物。 名前は○○さんという。 数ヶ月前に外界から此処、幻想郷に迷い込んだ、所謂外来人である。 性格は暢気、脳天気、楽天家と誰に聞いてもそのような類の言葉しか返ってこない性格だ。 まあ、表面上は概ねそれで合っていると思います……表面上は。 彼は外来人なので、本来なら隙間妖怪、もしくは博麗の巫女の力で外界へと帰る筈だったのですが…… とある事情……もとい目的により、此処に永住することを決意したらしく、現在は里の空き家を間借り中。 現状は寺子屋の手伝いや里の雑用をこなして、日々の生活の糧にしているとのこと。 嗜好品は煙草という紙巻草(あの煙が出る筒でしょうか?) しかし、こちらでは販売されていないため、現在強制的に禁煙中。 まあ本人曰く『他に良いモン見つけたから全然オッケー!』とのことで、全く問題無いらしい。 良いモンとは何でしょうか? ……はい、実は知ってます、知りたくなかったですけども。 っとまあ、ここまではギリギリセーフで何の問題も無い人格評であると思いたいのです……が、しかし。 彼には一つ、とんでもない癖(もしくは持病?)があったのです。 それはもう、ブッ飛んでいるとしか言いようの無い程の。 それは何か、ですか? それはですね…… 私の視線に気付いたのか、彼はこちらに顔を向けた。 「なんだ、かわいこちゃん? 何か言いたいことでもあるのか?」 彼は不思議そうな顔でそう聞いてきた。 言いたいことでもあるのかって……ええ、それはもう山程ありますけどね。 少しは反省してください、とか。 なんであんなことするんですか、とか。 ちゃんと名前で呼んで下さい、とか。 その他にも、言いたいことは山程ありますよ、ええ。 けれど言いません。 その内の殆どは言っても無駄なことって分かってますので。 黙ったままでいる私を見て、彼はニヤリと何か閃いた様な顔をする。 ニヤケ顔で彼は言った。 「ああ、もしかして、『可愛がり』が足りなかったのか?」 言葉の意味を理解する。 思い出されるは、ほんの少し前に起こった出来事。 自身の身体を蠢く魔の手、全身に纏わり付く熱い吐息、心中に囁かれる甘言。 瞬く間に顔が熱くなるのを実感した。 あれをまた……ですって? 動悸が早くなるのを感じる。 「じょ、冗談じゃないです! そう何回もやられて堪りますか!」 熱くなった頭のまま、大声で否定する。 声を荒げてしまったが気にしない。 またやられるとか……全く以って冗談じゃありませんっ! 「はっはっはっ! 何言ってんだ、いつものことじゃねえか! そう照れるなってかわいこちゃん!」 「照れてなんかいませんっ!」 「いや~、あんなに喜ばれると、こっちも嬉しくなるってモンだ!」 「誰がですか! アレは嫌がってたんです!」 楽しげに笑う彼に対し、私は精一杯の抗議をした。 そう、彼には特殊な癖、もとい持病があったのです。 彼個人が持っている異常と呼んでも差し支えの無い癖、病気、性分。 それは、自分が可愛いと思った子に対して、猛烈なアクション(本人曰く可愛がりとのこと)を行うというもの。 それはもう、物凄く過激且つ濃厚な。 喩えるなら、ペットに行き過ぎた愛情表現をする飼い主。 喩えるなら、気に入ったおもちゃを手加減無しに扱う幼子。 全身くまなく撫で回され、余すところ無く弄繰り回され、そしてキツく抱き締められ…… もう激しいのなんの。 そしてやったことに対して反省の色は全く無し。 最後のは道徳的にどうかと思います。 お願いですから少しは反省して下さい。 とまあ、コレだけでも彼の特殊さは理解して頂けるとは思うのですが…… 問題は更にあるんです。 彼、里の人には手を出したことが無いんです。 え? それの何処が問題だって? 問題どころじゃなくて、大問題ですよ。 良いですか? 彼は里の人間に手を出したことが無いんです。 でしたら、どうしてその病気が発覚したかってことになりませんか? なりますよね? 要するに彼は…… 「またまた~。そんな嘘付かなくても良いって~」 「嘘じゃないですって!」 私の抗議も照れ隠しと見たのか、○○さんは笑顔でスルーする。 「分かってる分かってる! お兄さんはちゃんと分かってるからな~」 「それ絶対分かってないですよね!?」 「分かってるって~」 満面の笑みを浮かべてこちらを見つめてくる○○さん。 駄目だ、このままじゃ拉致が明かない。 何か突破口になる様なモノは…… 視線を動かすと、先程からぐったりとしたままの霊夢さんと魔理沙さんの姿が眼に止まった。 二人を見た途端、頭に閃く言葉。 それは協力プレイという素晴らしい合体技。 丁度良い、彼女達も被害者だ。 きっと彼女達も同じ思いの筈。 此処は被害者同士、協力しましょう。 そう決めた私は、彼女達に声を掛けた。 同じ想いの筈。 その言葉に、何処か引っ掛かりを感じながら。 「霊夢さんも、魔理沙さんも、あんなことされるの嫌ですよね!?」 「……え?」 「……あ?」 突然話題を振られたためか、お二人は呆けた顔でこちらを見てきた。 暫くの間、そのまま呆けた顔でいる。 と、質問の意味を理解したのか、お二人の顔が紅く染まった。 その様子を見て私は勝機を得たり、と思った。 ふむ、やっぱりお二人とも私と同じ意見で間違い無いようですね。 顔が紅いのは、さっきの辱めを思い出して悔しい証拠の筈! これで私の優勢になりましたね。 内心で勝利を確信する。 さあ、後はお二人の口から勝利確定の言葉を発するだけです! 早く早くと彼女達に目線を送る。 ふと、○○さんがにやけ顔でこちらをみているのに気が付いた。 「……な、なんですか?」 「いんや~? べっつに~?」 ニヤニヤとした顔のまま、私の方を見つめてくる。 ……む、嫌な感じですね。 この状況においてもこの余裕。 何か秘策でもあるのでしょうか? いや、策を弄しようもない筈です。 何故なら彼女達は、私と同じ想いの筈。 ならこちらの優勢は確定に決まっています。 お二人が口を開いた瞬間、私の勝利は決定するのです! 優越感に浸っていると、ふと気付いた。 ……同じ想い? なんでしょう、何か引っかかります。 何か見落としているような…… 「わ、私は……」 「えっとだな……」 そんなことを思っていると、お二人が口を開いた。 おおっ! 遂に私の勝利ですねっ!? 目前の勝利に考えていたことを放り出し、紡がれる言葉に耳を傾ける。 一言一句、聞き逃しの無いように。 ありのままの事実をこの人に叩きつけるために。 そして、発せられた言葉は…… 「私は別に……嫌ってワケじゃないけど……」 「私は嫌だとは思って無いぜ……?」 ……はい? 思いも寄らない発言に、自身の耳を疑った。 お二人とも、今、なんと言いました? え、何? 意味が良く分からないんですけど? 呆然とした思考のまま、霊夢さんに視線を向ける。 恥ずかしいのか何なのか、霊夢さんは私と視線を合わすことも無く横を向いた。 ちょっと霊夢さん、何でそっぽ向いてるんですか。 思いつつ視線を送っても彼女はこちらを見向きもしない。 仕方無いので、今度は魔理沙さんの方に眼を向ける。 しかし、向けた先の魔理沙さんは、唾の広い帽子を目深に下げていた。 ……あれ? ちょっと待って下さい? なんですか、この状況? 私の確定していた勝利は? 呆けた脳を活動させても答えは出ない。 茫然自失とでもいうのだろうか。 何が何だか分からない。 今の私は現状が全く理解出来ていなかった。 そして。 そんな状況に追い討ちをかけるように…… 「ほらな?」 彼は楽しそうにそう言った。 腕を組んで、顔に笑顔を浮かべている。 まるでこの結果は当たり前だと言わんばかりだった。 しかし、私はその結果に納得が行かない。 なんで? お二人とも、あんなことされて嫌じゃないんですか? おかしいとは思わないんですか? ぐるぐると思考が巡るが答えは出ない。 分からない。 彼女達は私と同じ想いの筈なのに…… ……あ。 そこでようやく私は自分のミスに気が付いた。 しまった。 取り返しの付かない、覆しようも無いミス。 隠していても意味が無い……其処にあるだけで意味を成すという、ある感情。 お二人は私と同じ想い。 そうだ、そうだったのだ。 私と同じ想いということはすなわち…… 「やっぱそうだよな~」 「ひゃっ!?」 気が付けば、私は彼に持ち上げられていた。 後ろから両脇に通された手によって体が浮き上がっている。 「ちょ、ちょっと、なんですか急に!?」 「だってよ~」 私の言葉を無視して、○○さんは霊夢さんと魔理沙さんの方へと歩を進める。 歩く度に、ぷらぷらと自分の身体が揺れた。 ……何か、借りてきた猫みたいですね。 そうどうでもいい感想を抱いていると、目的の場所に着いたらしく揺れが収まった。 「きゃっ!」 「えっ!?」 「うわっ!?」 すとん、という軽やかな音と一緒に、座っていたお二人の間に私は降ろされる。 彼自身もその後ろに腰を下ろしたようだ。 「な、なによ急に……?」 「な、なんなんだ、一体……?」 紅く染まったままの顔で、お二人から疑問の声が上がる。 いや私に聞かれましても、さっぱりなんですが…… でも、なんとなく予想は付きます。 そうなんとなくですが……多分、間違っていないと思います。 これも熟練経験者の勘ってヤツでしょうかねぇ? いや、あんまり嬉しくないんですけどね。 「俺の『可愛がり』ってば……」 不思議がる彼女達に答えるように、後ろから声が上がる。 私を含めた三人は、揃って振り向いた。 振り向いた先、其処にはにんまりと笑う彼の顔が。 その笑顔を見て、両隣に居るお二人もこれから起こることを理解したのでしょう。 顔が引き攣る音が両側から聞こえました。 分かってます。 左側には引き攣った顔で、弱々しく首を横に振る霊夢さん。 決して嫌なワケじゃないんですよね? 彼女の瞳には涙が滲んでいた。 でも、今は嫌なんですよね? 右側には同じく引き攣った顔で、身体を強張らせている魔理沙さん。 だって、先程やられたばかりですから。 こちらの目尻にも涙が溜まっている。 正直言って、今やられるのはキツいんですよね? 両者の心は共に、逃げ出したい気持ちで一杯であろう。 けど、逃げれないんですよね? しかし既に私達は彼のテリトリーの中に居る。 だからこれは仕方の無いことなんです。 そう、だからこれは仕方の無いこと。 逃れようの無いことなんです。 だから…… わかってます。 勿論です。 やられる時は、一緒です。 そして、諦めと絶望の境地に達した私達を意に介さず、彼は始まりの咆哮を上げた。 「お前等への愛情たっぷりなんだからさ~~~~~っ!! ヒャッフーーーーーーーーーーーっ!!」 そうして、彼は私達に襲いかかってきた。 満面の笑み。 牙を剥き出しにして私達に迫る彼を眺めながら、思う。 はい、そうですね。 私が間違っていました。 私と同じ想い。 そう、同じ想いなのでしたら。 そもそも嫌とか思うワケないですよね。 だって。 だって、彼の『可愛がり』って…… 自分が凄く愛されてるって思えるんですから。 「うきゃあっ! ちょ、そこは止めっ!、ちょ! ぃやああああぁぁあぁぁああっ!!」 「ちょ、ちょっと待ってくれっ! それは駄目だぜっ! だ、だから、駄目! 駄目だってばあああっ!!」 「止めてください、無理です無理です! む、りっ! くぁっ! いや、んっ! ふぁ、ぁぁぁぁぁあああああああっ!!」 そうして私達三人は、彼の『可愛がり』という…… ある意味拷問で、またある意味では幸せな時間を再び体感することとなってしまったのでした。 あ~、もう私が言いたいことは分かりましたよね? そうなんです。 何故か彼は、私達、つまり人外や異能力者の女の子にしか病気が発症しないのです。 それの何処が大問題なんだ、ですって? 確かに、対象となる人外が湖の氷精や夜雀レベルなら、何の問題もありませんでしたけどね…… いやまあ、そのレベルでも普通の人には致命的な戦力差ですが。 え~っと……博麗神社、魔法の森、紅魔館、白玉楼、マヨイガ、永遠亭、三途の裁判所、妖怪の山、守矢神社、あと地霊殿ですか。 以上ですね。 あ、補足を忘れてました。 湖の氷精、その他の低級妖怪は勿論言外に含まれます。 え、何ですかって? だから、彼が『可愛がり』行為に乗り込んだ場所ですよ。 ちなみに彼は、その場所に居る主要人物全員に『可愛がり』を行いました。 文字通り全員に、です。 情報に嘘偽りはありません。 私がその場で確認したのですから。 その光景を最初眼にした時は、本当に驚きましたよ。 場所は紅魔館なんですが、門番さんから始まり、パチュリーさんに小悪魔さん、咲夜さんに、主であるレミリアさん。 そして最後はレミリアさんの妹のフランドールさん。 それらの方々を、あっという間に陥落させていきましたから。 あの時はもう、呆然とするしかなかったです。 只の人間が、幻想郷トップクラスの方々を問答無用に蹂躙していくのですから。 呆けた頭が元に戻った時、眼に飛び込んだ光景は見たときは、これ現実ですか、って思いましたよ。 なんたって、あのカリスマ吸血鬼が彼の膝の上で顔を真っ赤にしながら座って、大人しく頭を撫でられてたんですから。 それも結構満更ではない風に。 威厳を保つために、顔を真っ赤にしながら平素を装うレミリアさんの様子……今思い出しても苦笑いになってしまいます。 周りには手篭めにされたと思われる、従者の方々がその様子を羨ましそうに見つめていましたし…… 妹のフランドールさんなんて、我慢出来ずにレミリアさんに襲い掛かっていましたからね~。 いや本当、恐ろしい光景でした…… そのことで調子に乗ったのか、彼は他の場所でも片っ端から制覇させて行きました。 全制覇に要した期間は、二週間。 もう何も言えませんよね。 それ以降は気まぐれに色々な場所を回っては『可愛がり』を行うというのが彼の日常というワケです。 ちなみに、最近まとめた資料によると、二番目に多く『可愛がり』を受けているのは霊夢さんと魔理沙さんですね。 ふむ、そういうと確かに……え? 一番多いのは誰か、ですか? それはその…………私です。 だって、仕方無いじゃないですか。 大抵取材に行った先に○○さんが居るんですから。 見掛けた瞬間、当たり前のように襲ってきますし……まあ、今にして思えば役得の様な気もしますが。 ま、まあまあ、その話は置いておいて。 此処で誰もが疑問に思うことがあると思うんですよ。 何故、彼は殺されないのか? そうですよね、普通ならそう思いますよね。 これはですね、別に彼女達の気まぐれとか、彼自身が強いとかそういうのでは無いんです。 ……まあ、強いというのはある意味本当ですけど。 う~、あんまり言いたくないのですが…… 分かりました、素直になります。 つい先程、自分に正直になっちゃたワケですし、言っちゃいます。 そのですね、彼、○○さんの『可愛がり』って…… 凄く、気持ち良いんです。 あ~、こうハッキリ言うのって、結構恥ずかしいですねぇ。 あ、別にそっちの意味では無いんですよ? なんというかですね、痒いところに手が届くというか、技術が凄いというか。 う~ん、そう、自分でも知らないツボを見つけるのが凄く上手いんですよ。 それはもう半端無い位に。 自分の弱い所を的確に突いてくるものですから、生半可な気力じゃ抵抗出来ないんですよね。 それに、凄く気持ち(本人曰く愛情とのこと)が篭っているのが分かって、とても気持ち良いんです。 あれは何回して貰っても良いものだと思います、はい。 多分、他の皆さんも同じ気持ちじゃないでしょうか? だから殺さないんでしょうね、もう一度『可愛がって』貰うために。 だって、本当に気持ち良いんですよ? 癖になっても仕方無いと思います。 ……初めの内は、何をやられたのかさっぱり分からなかったので、凄い複雑な気分でしたが。 いやまあ、最初やられた時に、失神したのが原因なんですけどね。 でもアレはある意味で、人外殺しですよねぇ。 上手く使えば、幻想郷を征服することなんて、朝飯前なんじゃないでしょうか? って、彼はそんなこと考えないですか。 彼曰く『可愛い子を可愛がるのは俺の生き甲斐じゃい! ヤッフーーーッ!』とのことですので。 本当、変な人ですよね。 でもそんなところを皆さん、気に入っていると思うのですが。 勿論私も、ですけど。 それにしても……はぁ。 自身に襲い掛かる衝撃かつ恍惚、そして心地良い感覚を、何の抵抗も無く受け止める。 意識は当の昔に半分夢の中へと落ちかけていた。 あれからどれ位の時間が経ったのだろう? 思い出そうとするも、記憶は朧で手繰り寄せようにも触ることさえ出来ない。 別に気にする必要も無いですけどね。 のろのろと目線を動かす。 動かした先。 其処には、少し前(といっても本当に少しかは定かではないが)から霊夢さんと魔理沙さんが倒れている。 お二人の身体は小刻みに痙攣していた。 露出した肌には珠の様な汗が出ている。 頬、というよりも顔一面は夕焼けの様に真っ赤。 迸る鼓動を抑えるかの様に、口からは荒い息を吐いていた。 疲労困憊という言葉が、今のお二人に適切な表現だと思うのは浅はかだと私は思います。 そう決める前に、まずはお二人の顔を覗いてみましょう。 ほら、確かに疲れた顔をしていますが、凄く満足気でしょう? そうなんです、凄く疲れるけど、凄く気持ちが良い。 気持ち良さの分だけ疲れるという、正に諸刃の剣。 それが○○さんの『可愛がり』なんです。 ああ、実に恐ろしい。 何度見てもこの光景には、色々な意味で背筋が凍ります。 怖いけど嬉しい、嬉しいけど怖い。 一体どうすれば良いんでしょうか? とまあ、余裕っぽく言ってる私なんですが…… 正直言って限界です。 先程言いましたが、既に半分くらい落ちかけてるんです。 だって仕方が無いじゃないですか。 ほぼ連続に近いんですから。 一回だけでも、かなりの体力を消耗する○○さんの『可愛がり』をですよ? 今まで自我を保っていただけでも賞賛に値する位ですよ、本当。 良く頑張りましたって、自分で自分を褒めてあげたいです……っ!? あ~、そろそろ本当に限界みたいですね…… というワケで、それでは。 射命丸文! いってきまーーーーすっ!! ワケのわからないノリのまま、私は自身を覆う大きな人に身を委ねた。 精巧な硝子を扱うかの様に優しく、猛る獣の様に荒々しく、自分を抱き締めてくる両腕。 精錬された巧の業の如く精密に、如才迸る革命家の策動の如く大胆に、己が身の弱みを攻める両の手。 幻想郷の大地の様に広く温かく、星の煌く夜空の様に静かに、私を何処までも深く包み込む、貴方の身体を感じつつ。 私は緩やかに意識を手放した。 意識を手放す瞬間、私は気付いた。 それはいつものこと。 もうお約束のように決まっている出来事。 別に良いのだ。 なんだかんだ言っても、彼に『可愛がられる』のは好きなのだから。 でも、それでも言わずには居られない。 あ~あ…… 結局今回もネタは無し、ですか。 今日も私は空を飛ぶ。 漆黒の翼をはためかせ、風を嵐を巻き起こし。 右手に掴むは愛用のカメラ。 それが写すは誰もが望む様な特大のネタ。 左手に握るは文花帖。 それが記すは見る者を驚きと感動の渦に呑み込む極上の種。 晴天の空を駆けながら私は今日のことを考える。 さあ、今日は何処へ行きましょうか。 行き先を考えるも、直ぐに答えは出る。 何のことはない。 目的地は自慢である記者の勘が答えてくれる。 己が身は只それに従えば良いだけだ。 さあ行こう。 ネタの匂いを嗅ぎ付けて。 さあ飛ぼう。 誰よりも迅く。 胸に滾るは記者魂。 狙うは明日の一面記事。 誰もが驚き、誰もを魅了させるそんなネタを探しに…… 「射命丸文! 今日もいっきまーーーーーーっす!」 そして私は広大な空を駆けていった。 ……その胸の奥底に秘めた想いが一つだけ。 願わくば、彼に出会えますように。 「ひゃっふーーーーーーーいっ!!」 「ちょ、まっ! きゃあああああああああああっ!!」 ……訂正。 やっぱり、あんまり出会わなくて良いです。 ───────────────────────────────────────────────────────────
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選択肢は生きているのなら数限りない。 それは例えば、誰かとの付き合い方だったり。 それは例えば、大事な何かを手にする為だったり。 それは例えば、何かを捨てなければいけなくなったり。 その度に、選び。 その度に、得て その度に、捨てて。 大事なのはそれを後悔しないこと。 選んだ結果を、胸を張って誇ること。 その先にあるナニカを求めて。 それまでにあったナニカを捨てて。 そうして人の縁は色を加えながらその形を変えていく。 これは、そんなお話。 「最近は特にこれといって面白い話もないわね」 「だな、こんなんじゃ暇過ぎて死んでしまいそうだよ」 「あの子は、それとは別の理由で死にそうだけれどもね」 「違いない。……なんで学習しないかなぁ、蓮子は」 「最後には処理出来ているんだから、いいんじゃないかしら」 そう言って紅茶を飲む彼女──メリー 旅行がてらの課題も悠々と片付けてきた様で、我が家で幽雅に過ごしている その様子を見ながら、正反対の様子のアイツ──今ここに居ないもう一人の部員、蓮子のことを考える 「……補講よ」 そう、憮然として言う蓮子。 どうやら、あの海に行った後結局課題の海に溺れてしまったらしい。 山と残ったその課題。 自分だったら、それを片付けることを考えずに現実から逃避するだろう。 ──自分の課題ではないので、指を差して笑うに決まっているのだが。 その後に見事なドロップキックを喰らわされたのは、記憶から消したい。 未だに痛むぞチクショウ。 アイツ、見掛けどおりに身体能力高いんだよなぁ…… そうして、大学に籠り切りにならざるを得なくなった蓮子を見送って今、メリーと二人で我が家で過ごしている。 何をするでもなく暇な時間を二人過ごしている。 若い身の上でこんなんでいいのだろうか。 こないだの時もそうだったのだが、もう少し趣味って呼べるものを増やした方がいいのかもなぁ…… 「──でもね、貴方と……貴方達と一緒だったら、退屈もいいものだと思っているのよ?」 「そりゃありがたいことで」 「あら、つれないわね。こんな可愛らしい女の子と一緒に居るっていうのに」 紅茶を飲みながら笑うメリー。 その特有の、ブロンドの髪と金色の瞳。 そして余裕を保ったその仕草。 実際、自分の周りでは高嶺の花の様な存在である彼女。 噂話程度の話だけれども、ファンクラブ的なものまで非公式ながら存在しているらしい 「その胡散臭い笑みを隠してからなら俺も緊張ぐらいすると思うよ、多分な」 だけどももう長い付き合いでその様子にも慣れたものだ。 大体メリーがこういった笑い方をしている時は、決まって何かしら悪巧みでも思いついた時だ。 それは蓮子や自分をからかう時だったり── 「疑うなんて酷いわねぇ。──そうねぇ、私もどこか連れてってくれないかしら?」 こんな風に、突拍子もないことを言う時だったりだ 「別に暇だし構わないけど……蓮子と同じ様に海にでも行くか?」 「それでもいいんだけれども蓮子と一緒ってのも面白味に欠けるわね。……山とかどうかしら?」 山か……今の時期だったら、星空とかも綺麗に観えそうかな。 「りょーかい。暇だしな。──エスコートいたしますよ、お姫様?」 「期待しておりますわ。──楽しませてね?」 そう言って笑いあう。 気心なんて当に知れた仲なのだ。 遠慮なんてものは必要ない。 さぁ、時間は待ってはくれない。 退屈に埋もれる前に、また一つの想いでを作りに── そうして、用意を始める彼を眺める。 思い立ったらすぐに行動に移せるのは彼らしいと言えばらしい。 ──それに、惹かれているんだけどもね。 それは、蓮子に対して感じている想いと近い様で違う気持ち。 彼女はとにもかくにも、決めたら突き進んで行く。 その勇敢な行動に時に面食らう時もあるが、それでもその背中をいつまでも追っていたくなる。 それは私には持てない強さだから。 いつも、私は後を追うだけ。 不意に境界に飛び込んでしまう時もあるけれども、いつも待っている。 助けに追ってきてくれるのを。 彼は、少し違う。 もちろん不思議を追い求めるのは一緒だ。 いつだって、その瞳は先を見据えている。 ただ、待っていてくれる。 置いていかない様に。 置いていかれない様に。 それに甘えているという自覚は、ある。 信頼……とは、少し違うのだというのもある。 でも今の私はそれ以外を選択しようとは思っていない。 選択、出来ない。 それでいいのか。 それじゃ、いけないのか。 今は、判らないままだ。 甘えているというのであれば、彼が参加するまでの秘封倶楽部でもそうだった。 いつでも不思議を求めて、探していくのは蓮子で。 私はそれに置いていかれない様に付いていく。 そして同じ景色を──世界を観ようとしていた。 実際には、それは別の世界なのかもしれない。 時間や場所が蓮子にしか観えない様に、境目は──私にしか観えないから。 それでも良いと、思っている。 全てが同じ存在なんて居ないのだから。 必ず、何かしらが違うべきなのだ。 それでも、同じものだって必ずある。 例えば──不思議を求める私達の様に。 例えば──密かに彼を想う私達の様に。 蓮子は隠しているつもりかもしれないけれども、傍から見ていると彼を見る目が違うことがよく判る。 それは同じ女の子であることもそうだし──何より、私もそんな風に彼を見ているだろうから。 それがいつからかは、判らない。 初めての出逢いか、その先の再開の時か。 それとも── 今は、それでいい。 私も、あの子も。 そして、彼も。 いつか訪れるであろう選択は、後回しで。 今のこの不確かな世界をただ一緒に観る為に── そんなことを、忙しく動き回る彼を見ながら考えていた。 「海もいいけどやっぱこの季節は山もいいなぁ、日差しも隠してくれるし」 「そうね、落ち着けるわ」 それ程遠くないどこにでもある様な山の中。 幽雅に二人で森林浴と洒落込んでいる。 たまの休みなんだ。 忙しない世の中でもそれぐらい許されるだろう。 流れる様な風と、遅れて響く木々のざわめく音。 それは、このうだる様な真夏の暑さを一時の間でも忘れさせてくれる。 この先、こんな風に何処かへ行くとしてその時隣にはいつでも彼女達と一緒に居れたら。 それは、とても素晴らしいことで。 きっと、いつまでも願い続けることなんだろうなぁ、とぼんやり考えていた。 「ねぇ、○○。少し相談してもいいかしら?」 「んー……なんだ?」 横に寝そべり、ふとすれば睡魔に負けそうになっていた時にメリーから尋ねられる。 目を瞑りながらだったのでその表情は生憎と伺えない。 だから、声からその様子を思い浮かべるしかなかった。 「こないだのね、蓮子とのお話あったじゃない?」 「あぁ、あの海での夢物語か。悪いな、俺達だけであんな不思議な体験しちゃって」 「それは構わないのよ。私のタイミングが悪かったんだし。気にしていないわ。 ──ねぇ、もしも私があの子と同じ様にこの目が狂ってしまったら……それでも同じ様に傍に居てくれるかしら?」 話すメリーの表情は判らない。 どんな顔で、その問いを尋ねているのか。 瞳を開いて、それを見ることは簡単だ。 でも……何故かそれはしてはいけないと、思った。 「……蓮子にも言ったけれども当然だろう。俺は二人の価値を、そんな目なんかで測ったりしてないよ」 「……そう、そうよね。貴方ならそう言ってくれるわよね」 いまいち、メリーが何を聞きたいのかは判らなかった。 けれども、その声の調子から何かしら悩んでいる様子なのは判った。 「なんか、あったのか?」 「そうね、特に何があったというわけではないんだけども……」 そうして瞳を開いてメリーを見ると、どこかぎこちなく微笑んでいた。 まるで、どこか遠くへ行くような。 手に入らないと決まっているものを、欲しがっている様な。 そんなメリーの顔は……見ていたくなくて。 「何かあったのなら言ってくれ。頼りないかもしれないけど、それでも何でも力になるから」 「ありがとう、その気持ちだけで嬉しいわ。でも今は大丈夫だから……気にしないで」 そうして立ち上がり、少し辺りを散策してくると言ってメリーは立ち去っていった。 後を追い掛けようかとも思ったが、その曖昧な、それでも明確な拒絶の態度に、動くことは出来なかった。 ──何をしているのだろう。 一人森の中を歩きながら考える。 何故あんなことを言ってしまったのか、自分でも判らない。 それは、彼との出来事を楽しそうに話していた蓮子に対しての嫉妬の様なものなのか。 それとも──立ち位置が違う目を持つ自分に対しての不安からなのか。 蓮子の目は、時と場所を観る。 彼の目は、物の縁を観る。 二つに共通していることはあくまでイマ──この世界の繋がりを観ている。 私の目は、境目を観る。 ──この世界とは別の、違う世界との繋がりを観ている。 それぞれ違うものだということは理解している。 それでも、考えてしまうのを止められない。 もしもこの目の持つ力が強くなった時──待ち続けていても、二人は追ってこれなくなるのではないかと。 旅立つにしろ置いていかれるにしろ──私は待ち続けられないのではないかと。 今はただ、不安に思うだけ。 ただ……そう遠くない未来に、現実となってしまうかもしれない。 そんな、漠然とした不安を拭えずにいた。 ──あら? そんな風に木にもたれながら悩んでいると──可愛らしい彼女と出逢った。 少しの時間が過ぎたけれども、相変わらずメリーは戻らない。 さすがに迷ってしまったということはないとは思うけれども、先程の様子からも心配が募る。 ──行くか。 もし、追いかけて嫌われてしまったとしても。 このまま待ち続けているというのは、後に後悔しか残りそうにない。 もしもメリーが何かを不安に思っているのだったら、しっかりと話を聞かなければいけない。 ──大切な、仲間なのだから。 そうして立ち上がり、メリーの立ち去った方に向かおうとした時。 その方向から歩いてくる人影が、見えた。 すぐそこに咲いていた、猫じゃらしを彼女の前で揺らす。 面白そうに反応していたのは最初だけで、今はやる気がなさそうに欠伸をしながら寝そべっている。 その何も悩みなんてなさそうな様子が少しだけ羨ましい。 こんな山奥に、黒猫が一匹。 首輪はされていなかったが、元飼い猫なのか片耳にはピアスの様な装飾を付けていた。 その可愛らしい猫とじゃれあっていて、結構な時間が過ぎていたことに気付く。 ──集中しちゃうと、時間を忘れちゃうのは悪い癖ね。 そろそろ戻らなければ、さすがに彼を心配させてしまうかもしれない。 名残惜しく感じながら立ち上がると、後ろから彼の声が聞こえた。 「メリー! こんな所に居たのか、心配させないでくれよ」 「ごめんなさい、今戻ろうとしたところだった──あら?」 「こんなところに居たのか。──戻るぞ、橙」 彼の傍らには見慣れない──見慣れないはずの、女性の姿。 凜とした引き締まった表情と長身の格好。 その彼女を初めて見たはずなのに──何故か不思議なデジャヴを感じていた。 「……どうやら相手をしていてくれたみたいだね、礼を言うよ。ありがとう」 「あ……いえ、そんな……」 丁重に頭を下げるその女性に面を喰らっていると、彼から助け舟を出される。 「メリーを探しに行こうとしたら、ちょうどそこの黒猫を探している彼女に会ってさ。一緒に探していたんだ」 「藍という。そこの黒猫は橙というんだが、たまに気ままに出歩くことがあってね」 「あ……マエリベリー・ハーンと言います。私は特に何もしてないです……」 「──ハーン……そうか。いや、確かに相手してもらってたのは事実だ。──よければ、礼をさせてもらえないかな。 すぐそこに住んでいる家がある。よければ寄っていくといい」 その突然の提案に、彼と二人目を合わせる。 どうしようかと思っていると──スタスタと歩き始める黒猫。 その仕草が、付いてこいと言っている様で。 「それじゃ、よければお邪魔させていただきますね」 「あぁ、久方ぶりの客人だ。特に何もない場所だけれども出来る限りはもてなそう」 歩き始める藍さんの後を彼が続く。 折角の好意だ、無碍にしてはいけないわよね。 そうして、彼と二人で彼女──藍さんの後ろを付いていく。 その先に何があるか。 選ばなければいけない選択肢が待っていると、今はまだ判らないままに── 一目見て、びっくりしたのはその衣装。 この日本ではあまり馴染みのない。 ただ式典などでたまにテレビに映ることのある──道教服……だったか。 それを見事に着こなしている彼女。 どこか魔性のものすら感じられる様な、その完成された立ち居振る舞い。 それに言葉を無くしていると、彼女から声を掛けられる。 「こんな山奥に人とは珍しいですわね。申し訳ありませんが──どこかで黒猫を見掛けませんでしたか?」 人では持ちえないとすら感じる程だった、その雰囲気。 ただ、その落ち着いた言葉とは裏腹にどこか懐かしさを感じさせてくれる。 ──だからだろうか。 その美貌に目を奪われながらも、どこか安心出来たのは。 「すみません、ちょっと見掛けてないですね……あ、逆に聞いて申し訳ないんですが向こうに女の子を見掛けませんでしたか?」 「女の子……ごめんなさい、ちょっと判らないですわね」 「そうですか……すみません、お急ぎのところを」 どうやら、結構な遠くまで行ってしまったらしい。 いくらまだ日は落ちていないとはいえ、山奥の森の中だ。 早めに合流しなければ…… 「──よければご一緒しましょうか。この辺りの勝手を知ってる者と一緒の方が、探しやすいのでは?」 別れて先へ向かおうとすると、そんな事を言われた。 その申し出に、少し悩んでしまう。 確かに、右も左も判らない場所で一人で闇雲に探すよりも、土地勘のある人と一緒の方が良いのかもしれないが…… 「ありがたいのですが……いいんですか? そちらも探している様ですが」 「構いませんわ、実際私はそれ程心配していないですし。慣れたものでもありますのよ。 それに……あの子達は優秀だから。ただ目の届く範囲に居てほしいという親心くらいなものですわ」 親心──そんな言葉をすんなりと言えるぐらいに、大事な黒猫なのだろう。 すぐにでも、メリーの安否を、様子を確かめたいのもあったのでここは素直に好意に甘えることにした。 「では、よろしくお願いします。……えぇと──」 「あぁ、そういえば名乗っていなかったね。──私は……そうね、藍と言います。短い間かもしれませんが、よろしくお願いしますわ」 「はい、よろしくお願いします。藍さん」 そうして彼女と一緒に、森の奥へと踏み入れる。 迷い込んだ、お姫様を探す為に── そうして藍という女性に案内されたのは、この山奥にあるのが不釣り合いな程に立派な御屋敷だった。 こんな、言ってしまえば辺鄙とも言える様な場所でこんな立派な建物…… とも思ったが、考えてみればこういった場所の方が昔の人々はこういった建物を建てるものなのかもしれない。 それは不思議を淘汰した結果でもあるし──不思議と共にいつまでもありたいと思ったから、なのかもしれなかった。 とたとたと、勝手知ったるかの様に奥へと進む黒猫。 それに続くべきか迷っていると、藍さんも入口をくぐっていった。 彼と共に続けて向かう。 どこか妖しさすら感じられる、その屋敷に。 まだ、目立った境目は観えない。 それに──彼も一緒に居る。 一緒に居てくれる、傍に居るという安心に包まれて。 不思議な雰囲気だけを感じながら、私はその屋敷へと足を踏み入れた── 通された御座敷は、外から見た雰囲気の通りに住んでいる人の手が行き届いていて立派なものだった。 その中でどこか恐縮しながらも、辺りを見渡す彼に少し笑えてくる。 普段だったら、私が彼や蓮子にあまりきょろきょろと辺りを見るものじゃない、と怒られるのが常だったから。 「少しは落ち着いたら?」 「ぐっ……子供っぽくて悪かったな」 そうして彼の様子を笑っていると、奥の襖が開き藍さんが戻ってきた。 「そんなに御屋敷が珍しいかな?」 笑いあっていた私達に藍さんが言う。 少し、恥ずかしいと思ってしまう。 「住んでいるところにはビルやフローリングの建物が多いもので……」 「ですね、私も──」 そう言おうとして、少し考える。 私は、こういった屋敷に慣れていなかっただろうか── 「──まぁそれはそれとして、お待たせしてしまったかな」 考えていた思考に藍さんの声が届く。 纏まらないでいた頭を置いておいてとりあえず彼と共に、藍さんに向き直る。 改めて見ると、凄まじく整った顔立ちをしている彼女。 それはどこか人では有り得ない様な美貌で── 「いえ、そんなことありませんよ。ところで、こんな立派な御屋敷に藍さんと先程の黒猫の二人で住まわれているんですか?」 「いや、もう一人──家主が居るんだけどね。今日は御友人の所に行かれているんだ」 「そうでしたか、そんな中お邪魔させてもらって申し訳ないです」 「なに、気にすることはないよ。迷っている者を、放ってはおけないからね」 迷い人── そんな言い方をして、こちらを見る彼女。 確かに彼と離れて一人で居たが……思い返してみると少しばかり恥ずかしい。 「目を離すとすぐに居なくなるんですよね。心配ばかり募っちゃって……」 「……そんな言い方ないじゃない」 そう彼に、少しばかりの抗議の声をあげる。 さすがに、一人で居た私が全面的に悪いので強くは出れないが。 「……二人は、仲が良いんだね。良いことだ」 そう言って笑う藍さんの顔をしっかりと見れなくて、顔を伏せる。 あぁ恥ずかしいわ…… 「ところで、君たちは何故こんなところに? 住んでいる身で言うのもなんだが……あまり見知らぬ人が立ち入るという場所でもないからね」 確かに、こんな山の森の中に男女二人というのは、近隣の人からしたら不思議に思うかもしれない。 どう説明しようかと迷っていると、彼が口を開く。 「涼みがてらの散策というのが一つと──何か起こらないかな、という部活動ですかね」 そう言って出されていたお茶を飲む彼に続けて口を付ける。 あぁ──凄い美味しい。なんだろうこの茶葉…… 「そういえば外は今そんな季節だったか。こちらと少し違うから気付かなかったよ。──それと、部活動とは? 差し支えなければ教えてもらえないかな」 その言い方に少しの違和感を感じながら、部活動──秘封倶楽部について話す。 不思議を探して。 不思議を観て。 不思議を暴く。 さすがに、私達の目のことについては伏せたままだけれども、秘封倶楽部について話す。 その話に呆れることなく、また茶々を入れるでもなく──真摯な姿勢で彼女は話を聞いてくれた。 普段こういった活動を話すようなものなら、そのどちらかの対応をされることが多いので少しばかり、嬉しかった。 「……なるほど。若さ故のものかな。いいものだよ」 そう言って遠くを見ながら微笑む彼女。 ふと隣の彼を見ると──案の定惚けた様な表情をしていた。 それが少し気にいらなくて、彼の足を少し抓る。 驚いてこちらを見る彼には、気付かない振りをしておいた。 「そうだね……二人の活動の糧になるかは判らないけれども、よければこの辺りに伝わる昔話でもしてあげようか?」 そんな風に二人、少しじゃれあっていた所で言われたその言葉。 その言葉に、二人とも目の色が変わる。 そう、私達は秘封倶楽部──こういった話には、目がない人種なのだから。 「よければ、お聞きしてもいいでしょうか?」 その私の言葉に、微笑んで──手を叩く。 何事かと驚く間もなく、襖が開く。 そこには── 「お呼びでしょうか、藍様」 初めから控えていたのかは判らないが、可愛らしい女の子が居た。 どこかで見掛けた憶えがあったけれども……確か初めて会う子、だったはずだ。 「少しばかり長話をすることになりそうだからね。菓子受けの用意と──よければ貴方も聞いていくと良いよ」 「はい、判りました。……良いんですか?」 「折角の御客人だ。失礼があってはいけないからね。──それにあの方も、もしかしたら後で帰ってくるかもしれない。 もしそうなら、久方ぶりの御客人だ。きっと喜ぶだろうさ」 「……判りました」 そう言って奥へと戻る少女 彼女も、ここに住んでいる住人なんだろうか──? そんな風に考えていると、表情に出ていたのか藍さんが苦笑交じりに言う。 「あぁびっくりさせたかな。彼女はそう──私の、弟子であり娘の様な子さ」 「弟子……ですか」 「あぁ、君達には少し馴染みがないかもしれないかもしれないかな。これでも、この地域に古くから伝わっている伝承の身の上でね。こんな格好をしているのもそのせいさ」 そう言ってひらひらと、その衣装を振るう。 大人の余裕と言うのだろうか……その仕草一つとっても、洗練された振る舞いが感じ取れた。 「だからかな、君達が好みそうな話というのも色々と知っていてね。だから手慰み程度だと思ってくれて構わないよ。 ──語られない物語は、語り部が居なくなればいつか消えてしまうだけだからね」 いつか、消えてしまう── 彼女の言ったその言葉が、何故か胸に残った。 「お待たせしました」 襖の開く音と声と共に、少女が茶請けと共に戻ってきた。 そうして、私達から少し離れた場所へと座り込む。 これで準備は出来たとばかりに、藍さんの目が細められて── 「さて、では始めようか。古くは遠野にも伝わる昔話──マヨヒガのお話を」 ──それはどこにあるのかは誰にも判らない。 ただ、旅人が迷った末に辿り着く場所。 曰く──そこは人の身で辿り着ければ訪れた者に幸を与える場所。 曰く──強欲な者はそれ故にその身を滅ぼすということ。 そんな、どこかで聞いたことがある様な伝承だった。 「──と、いうお話さ。どこかで聞いたことあったかな?」 「えぇ、遠野物語のマヨイガですね。文献は見たことがあります」 そう彼が答える。 そう……遠野物語で見たことがある話だ。 ……そのはず、だ この屋敷に入った時から──もっと言えば、彼女と出逢った時から感じているこのデジャヴはきっと、気のせいだ。 遠野物語……その本を何時どこで読んだのか、それは憶えてはいなかった。 「うん、君達は博識だね。若い身の上なのに感心だ。 さて──ここが、そのマヨイガだと言ったら驚くかい?」 その言葉に、すぐに返すことが出来ない。 ここがあの伝承に聞くマヨイガ……? そんなこと…… 「──俄かには、信じ難いですね」 「えぇ、だって……」 彼と共に懐疑の視線を向ける。 きっと、彼は純粋にこの辺りに伝わる昔話だと思っているから。 よくある伝承程度のことで、本当の話ではないだろうと。 でも私は── 「そうだね、信じられるはずもないよね。──貴女は、そういったものが観えるから? それとも──ここにそういったものが観れないから?」 その言葉にゾワリと背筋に悪寒が走る。 確かに、私が信じられない理由は彼とは違う。 何も、観えないのだ。 マヨイガなんていう伝承の異界の地。 そんな場所にもしも迷い込んだとすれば……その境目は必ず私には、観える。 あの──神社の様に。 だから、信じられない。 だが……もちろん彼女にこの目について話した覚えはない。 なのに何故……彼女はそんなことを…… 「また、あの方の戯れなのかね。それとも貴女達の異能故、かしらね。本来──こんな巡り会わせは有り得ないはずなのに」 淡々と話すその様子に、悪寒が止まらない。 ここに居ては危険だと、この場所はどこか異常だと、彼にここから逃げなければ──と伝えようとして 「──○○っ!?」 今まですぐ傍に居たはずだった彼の姿が──ない。 まるで、初めから私一人だったみたいに。 混乱した頭で必死に出口を見やる。 そこには、いつ移動したのか、先程の少女が通すまいと立ちふさがっていた。 「さて、あの方が戻るまでもう少々掛かりそうだ。それまでゆっくりしていくといい──貴女が強欲ならば厄災が、貴女が選択を間違えなければ幸が、待っているだろうさ」 そうして、いつの間にか生えていたのか沢山の金色の尻尾を生やした彼女──藍が近寄ってくる。 息が届く程の間近までその端正な顔立ちが近づいてきて── 「──御客人を苛めるのは、あまり感心しないわね」 その、どこかで聞いた覚えのある声を聞いて振り向いてしまう。 ──そして、見てしまった。 ──観て、しまった。 境目を身体中に走らせた──歪過ぎるその存在を。 そうして私は意識を手放した。 最後に蓮子と──彼のことを思い浮かべながら。 「中々見つからないですね……」 「そうね、こんな森の中で迷い込んでしまって探している彼女は大丈夫なのかしら?」 あれから、メリーの去った方向に歩き続けているが中々その姿は見つけられない。 さすがに心配も募ってきた。 もしも藍さんの言う様に彼女に何かあったら俺は── 「随分と、大事な方なのね」 その声が後ろから聞こえたことに気付く。 意識していなかったが、大分早歩きになっていたようだ。 後ろから投げ掛けられた声に振り向くと少し離れた位置に藍さんは居た。 「あ……すみません……。えぇ、大事な仲間なんです」 「そう……それだけの縁をその手に出来るなんて、少し羨ましいわね」 「離れてしまって、心細いはずなんです。いつもは余裕そうにしてますけど、案外打たれ弱い奴なんで」 そう、恐らくはメリーは実はとても打たれ弱い。 そして、その弱さを自分で抱え込んでしまう性質だ。 先程の様子も、きっとしょうもないことで悩んでしまった結果なのだろう。 だからこそ、傍に居てあげたい。 話してみれば、大したことない悩みなんだと笑い飛ばしてやりたい。 ──傍に居なければ、そんな簡単なことすらも出来やしない。 だからこそ、こんなに焦ってしまっているんだろう。 「──良い縁を……紡げているようね」 「え、何か言いましたか?」 「早く見つけてあげられるといいわね。そのお姫様を」 悪戯にそう言って笑う藍さんに、少し顔が赤くなる。 その仕草はどこかメリーに似ていて── 「あら──こんな所で珍しいわね」 そんな、彼女ではない女性の声が聞こえた。 ──ここは、何処だろう ふわふわとした意識のまま、目を開く。 どこにいるのかは判らない。 きっとこんな時、蓮子だったら即座に判るのだろうか。 そう考えて──空を見上げると真っ白な景色が広がるだけ。 月も星も雲も太陽も──何一つ存在しない。 ──あぁ、夢だ。 どこか落ち着いている頭でそう考える。 何度も経験した憶えがある。 その内容を、話す度に呆れながら、それでも楽しそうにしながら。 彼女は聞いてくれたから。 まるで自分も体験したかの様に。 体験出来ないことを、共有したいかの様に。 そんなことを、懐かしく感じる。 いつからだろう、夢を見なくなったのは。 いつからだろう、現を夢よりも楽しく感じる様になったのは。 ──彼が、居るからかしらね。 思い返してみればそう思う。 彼と出逢って、彼と再開して、彼と過ごして。 いつからか、私が追い求めていたのはまだ見ぬ夢ではなく。 それを追い求める、二人の姿だった。 私にはないモノを持つ彼ら。 彼らにはないモノを持つ私。 それを、悔しいと思った事はない。 それを、羨ましいと思った事はない。 だって、例え違っていたって── ──ほんとうに? 私ではない、誰かの声が世界に響く。 その声に振り向くと後ろには──私とよく似た誰かが立っていた。 驚きはあまりない。 ここは夢だ。 ならば、何でも起こりえるのだろう。 ──本当よ。私は私。彼らとは違うのだから。 気持ち悪い目を持つ彼ら。 でもそれは私も同じ。 だからこそ──どうしようもなく、惹かれるのだから。 ──酷い欺瞞ね。 夢は、自分を映す鏡だと言う。 ならば、この言葉は私が思っていることなのだろう。 深い意識の、奥底で。 ──どういうことかしら? だからこそ、私は私に問い掛ける。 想いの全てを、知らなければいけないから。 マエリベリー・ハーンとして……秘封倶楽部として。 ──ほんとうは、羨ましくて堪らないくせに。自分にはないモノを持つ彼女を、飾ることなく心を伝えられる彼女を。 蓮子のことだということは判る。 そして──彼に対しての台詞だということも。 ──私は、三人で居れる今が好きなの。やっと見つけた、居場所なの。それを壊すかもしれないなんて……出来ないわ。 きっとそれは私の弱さ。 恐らくは……蓮子も同じ様な気持ちだろう。 この完成された、でもほんの少しの切っ掛けで壊れてしまうかもしれないトライアングル。 今は、まだその切っ掛けを起こすつもりはない。 今は、まだこの曖昧な関係性を保っていたいのだ。 ──でも、そうしている内に……居なくなっちゃうんではなくて? 彼か、彼女か、私か。 いつまでも変わらないものなんて有り得ない。 多かれ少なかれ、誰しも選択肢を選び、その度に変わりゆくのだから。 ──そうかも……しれないわね。 きっと、その切っ掛けを作るのは弱い私達ではなく何もまだ知らない彼なのだろう。 彼が選び取る選択。 その時、彼女は……私は── ──メリー、マエリベリー・ハーン。哀れな、迷い子。 ──貴女が選択肢を誤らない様に観せてあげる。 ──いつか来るかもしれない、結末を。 そう言って妖しく笑う私──いや、よく似た『誰か』 その、私によく似た金色の瞳が煌めいて── 残酷で優しい世界は、その可能性を映しだした。 「でもこんな所に珍しいわねぇ、またあの子がサボったりしてるのかしら?」 「今回はイレギュラーみたいなものよ、あの子の影響も大きいしね」 「あまりホイホイ越えられるのも困るのだけれどねぇ。またあの方に怒られるのは嫌だわ」 「出来れば私もあの方に御高説いただくのは御免こうむりたいわね。まぁ適度なところで帰すわよ」 仲良さそうに──実際顔見知りなのだろう、話す二人を遠目に見る。 片やこちらは、連れそいであろう少女と二人会話もなく黙ったままだ。 ……微妙に居心地が悪い。 さて、どうしたものやら。 あの後、声を掛けられた方を見ると二人の女性が歩いてくるところだった。 どこかふわふわとした雰囲気を纏った女性と、付き添いであろう真面目そうな少女。 見事な色合いで染まっているその桜の様に綺麗な桃色の髪の女性が、藍さんへと話しかける。 「こんなところで貴女を見掛けるなんて本当、珍しいわね。どこかへお出掛けかしら?」 「あら、私はどこでも居ますわ。ちょっと迷い人を探しにね、幽々子は散歩かしら?」 「えぇ、妖夢と一緒にね。そうそう、ちょっとお話してもいいかしら?」 「えぇ、構わないわよ。──○○、ちょっと時間いただいてもいいかしら? その子を見掛けたかどうかも聞いてみるから」 正直、早いところメリーを探したい気持ちはあったが、一緒に探してもらっている手前、その申し出を無碍には出来なかった。 なので、それ程掛からなければ──と断りを入れて、少しの間待つことになった。 そうして、今に至る。 傍に居る少女──妖夢と言ったか、は未だに目を閉じたまま一言も喋らない。 雰囲気からも伝わってくるが、どうにも真面目な子の様だ。 さて、いつまで待とうか……そう思っていると、話し終えたのか二人が戻ってくる。 ちょっとした道草をくってしまったが、早いところメリーを探しに行かなければ── そう考えていると、幽々子と呼ばれた女性がこちらをまじまじと見上げてくる。 その近さにびっくりして後ずさると、面白そうな物を見つけた、という風な子供みたいな表情を浮かべた。 あの二人と付き合っているからこそ判る……これは、何か碌でもないことを思いついた時の顔だ。 「こんなところで出逢ったのも何かの縁かしらね。私は西行寺と申しますの、貴方は?」 珍しい名前だな、とは感じたもののこの辺り特有の名前なのかもしれないと納得して、こちらも名乗り返す。 「○○と言います、連れと一緒に来たのですがはぐれてしまいまして……今藍さんと一緒に探しているところです」 その言葉に、一瞬妖夢が少し顔を細めたが幽々子さんに視線を送られまた元の表情に戻る。 「そうだったの、それはさぞかし心配でしょうね。──よければ私達もご一緒いたしましょうか?」 「幽々子様っ!?」 その言葉は予想していなかったのか、隣の妖夢と呼ばれた少女が声をあげる。 今までずっと黙っていただけに、その大声に驚く。 こちらとしても手を煩わせる程のことではないのだが…… 「いやそんな……悪いですよ。それに、どこかへ向かわれていたのではないですか?」 「散策程度のものだったから気にしないでいいわよ。それに、楽しい時間は皆で過ごした方がいいわ」 楽しい時間……そんな気楽なものではないのだけれども…… そうしてどうするか悩んでいると、藍さんが助け舟を出す。 「あら、いいじゃないの。幽々子もこの辺りは詳しいから、早く見付かるかもしれないわよ?」 ……幽々子さんに対して。 まぁ、知り合いなのだから当然と言えば当然だろう。 「それなら助かりますが……特にお礼とか出来ませんよ?」 「あら、退屈を埋められるわ。永くここにいる身からしたら、それが一番のお礼になるわ」 話し方や見た目からして、品の良さそうなお嬢様っぽいのでこの辺りに住んでいる箱入り娘なのかもしれない。 とにかく、善意からなのであればこちらとしても無碍には出来ないので、改めてこちらからもお願いしておいた。 「幽々子様……いいのですか?」 「いいのよ妖夢。彼女も居るのだから、問題なんて何もないわ。それに貴女も少しは外に触れてもいいのよ、見識が広まる良い機会だわ」 「……はぁ、判りました」 そんなやりとりを、ぼそぼそと二人でしているのを横目で見る。 そんな立派な人間ではないんだけどなぁ…… そうして連れ添いを増やしてお姫様を探し続ける。 さて──件のお姫様は、一体どこまで迷い込んだのやら。 ──そうして観ているのは有り得るかもしれない世界。 蓮子が──居る。 彼が──居る。 誰かが──居る。 ──私が、居ない。 沢山の切っ掛けがあった。 例えば、引っ越しだったり。 例えば、進路によってだったり。 例えば──誰かが夢を追わなくなったり。 その映し出される全ての選択の先において、私は彼らと共に居なかった。 今先延ばしにしている選択肢の先において、私は彼らと別れていた。 置いていかれたこともあった。 置いていったことも……あった。 追いかけていくと思っていた。 でも勇気のない私は、彼らの後を追わず、一人同じ場所で立ち竦んでしまっていた。 追いかけてくれると思っていた。 でも、三人が二人になってもその円は変わらず回っていた。 頭では、理解出来る。 ──これは、約束された未来ではない。 私や彼ら、その考え方一つで簡単に変わる来るかもしれない、結末。 でも、それを観る私は考えてしまう。思ってしまう。 いつか訪れるその時、同じ様な選択をしてしまうのではないかと。 別れは、すぐそこまで迫っているのではないかと。 「判っているとは思うけど──」 「えぇ、判っているわ」 未だに目の前で流れる風景──未来を観ながら響いた声に応える。 彼女が何者で、何故こんなものを観せているのかは判らない。 本当に自分自身で、今観ているのはただの夢なのかもしれない。 でも、私はそれから目を離すことが出来ない。 それはずっと考えていたからかもしれない。 このままずっと一緒になんてそれこそ──夢物語にしか過ぎないのだということなんて。 「今、この選択を強いるのは貴女にとって、とても酷なことだということは判っているわ」 「それでも、観せるのね。酷い人」 「現を生きる貴女に、過度に干渉するのはただの御節介にしかならないのだけれどね」 夢の中に生きる彼女──その彼女からの忠告。 それに返す答えを、今の私は持ちえていない。 ただ強く言い返せばいいだけのことなのだ。 至極、簡単なことなのだ。 ──今ここに、私以外の誰かが居てくれれば。 私以外に誰も居ないこの世界は、まるでずっと感じていた不安を映す鏡の様で。 だからこその、夢なのだろう。 この簡単な問い掛けに弱い私は、答えられない。 この先に、どういった選択をするべきなのか──どういった選択を選ぶべきなのか。 ずっと、同じ場所で立ち竦んでいる。 そうして、言葉も出せず悩んでいる私を見る彼女は、とても悲しそうな顔をしていて。 まるで、私と同じ様に誰かを待っているかの様な、そんな憂いの表情を浮かべていた。 「大事な方なのね」 「えぇ、順番は付けられないですけど……大事な奴なんです」 歩きながら、説明がてらメリーの特徴を話していると幽々子さんにそんな事を言われる。 見た目通りにとても聞き上手な方だったので、思わずメリー以外にも蓮子や秘封倶楽部のことについても話していた。 そう、大事な仲間なのだ。 だからこそ居なくなったら心配するし、すぐに探しに行く。 これまで長いこと待たせてしまっていたのもある。 もしも何かあったとしたら、きっといつまでも後悔するだろうとも思う。 だからこそ、追い続ける。 もしも離れてしまったのなら、追い付いて必ずその離れた手を繋ぐ。 例えもしも嫌だと言われたとしても──縁は、途切れさせない。 そう、決めていた。 「──一つ、聞いてもいいでしょうか?」 それまで、ずっと黙って傍に付いてきていた妖夢が遠慮がちに尋ねてくる。 もしかしたら嫌われてるんじゃないか、と少し心配だったので言葉を投げ掛けられたのに少しだけ、ほっとする。 「うん? なんだい?」 「貴方の中では……一番大切な方というのは、決まってはいないのですか?」 まだ少し遠慮がちに、ただ確かな真の通ったその瞳。 きっと、彼女にとっては何よりも大切なものがあるのだろう。 だからこそ、俺みたいに同列に大事な存在が居るというのが判らないのかもしれない。 「……そうだね、決まってはいないよ。どっちも欠けたらいけない、大切な人だから」 「そうですか……でも……」 話し辛そうに口籠る彼女。 知らない人に対してどの様に伝えればいいのか、というのにあまり慣れていないのかもしれない。 「一息に聞いちゃいなさいな妖夢。大丈夫、それで怒る様な人じゃないわよ」 隣からその様子を見守っていた幽々子さんが助け舟を出す。 まぁ理不尽に侮辱されたりしなければ、当然怒ったりもするはずもない。 そうして少し立ち止まり妖夢の言葉を待っていると、意を決した表情で聞いてきた。 「大事な……お互いに大事な人達だったら。ううん、だからこそ。いつか……離れてしまうのでは? ──傷付けて、しまうのではないでしょうか?」 「……」 その投げ掛けられた言葉をよく考える。 大人っぽいところを見せて『そんなことないさ』と言葉にするのは簡単なことだ。 でも……真剣に問い掛けてきてくれた彼女には、真剣な言葉を返さなければいけないと思った。 「……そうだね、きっとそうなんだろうと思う」 その言葉に、三者三様の表情を浮かべる。 妖夢は予想していた様な、少し悲しそうな顔を。 幽々子さんは先の言葉を求めて、楽しそうな顔を。 藍さんは──目を細めた無表情を。 それぞれの表情を見ながらも言葉を紡ぐ。 今の自分の、考えを。 「いつまでもずっと一緒に三人で、なんて都合のいいこと続かないと自分でも思っているよ」 それはきっと、遅かれ早かれ。 大学生活というのも終わりを迎えて、それぞれ別々の道を進んでいく。 それは必ず約束された──未来。 その時に、隣に居るのが誰かは判らない。 まだ顔も名も知らない誰かかもしれない。 でも── 「でもね、一つだけ決めているんだよ」 その言葉に、妖夢は顔を上げる。 真っ直ぐに答えを求めて見つめる少女に、今の自分の答えを伝える。 「自分からは決して離れない、絶対に二人の傍に居るって」 先は、観えない。 先は、判らない。 そんなことは、初めから知っている。 ならば、その為にすることは後悔しないこと。 選ばなければいけないのなら、どれだけ時間が掛かろうとも悩み抜く。 ただ──その先に二人が居ない道なんて絶対に選ばない。 それだけは、決めていた。 ずっと前、出逢ったその時から選んでいた。 「もちろん、二人がそれぞれ俺から離れるかもしれない。先のことなんて判らないしね」 「えぇ、お爺様も……居なくなってしまいました。……未熟な私を、置いて」 泣きそうな表情を堪えながら言う彼女。 恐らく、彼女は大切な人と離れてしまったのだろう。 だからこそ悩むし、だからこそ怖がる。 それを自分の中で未熟さ故だからだと、悩んでいるのだろう。 それなら、伝えなければいけない。 「でもね? 例え離れてしまっても──俺が納得してなければ、絶対に追い掛けるよ」 「──追い掛ける……?」 「うん、追い掛ける。そんで、頭の一つでも一発引っぱたいてやる。勝手に居なくなるなって──手の届く距離まで行って、文句でも言ってやるさ」 離れるならば、追い掛ける。 居なくなるならば、見つけ出す。 文句だって、幾らでも言ってやる。 ──大切だからこそ。 「……ちょっと格好付けすぎだったかな?」 惚けた様な表情で、こちらを見る妖夢に頭を掻きながら言う。 少し熱入ると、ぽんぽん恥ずかしい言葉が出てくるんだよなぁ…… 「いいんじゃないかしら? 若い身の内はどんどん悩むべきだし、結果なんて後から付いてくるものよ。──ねぇ?」 「──そうね、及第点としておきましょうか。今のところは」 そうして笑う幽々子さんと、無表情を崩して微笑を浮かべる藍さん。 あぁ今の言葉を聞かれてたんだと思うと今更ながらに恥ずかしくなってきた…… 「だから妖夢、貴女も悩みなさい──そして、答えを出しなさい。自分自身の悩みは、例え剣を振るったとしても、切り落とせないのだから」 「……はい!」 そう言って元気よく笑う妖夢。 うん、仏頂面で悩んでいるよりも彼女みたいな子は、元気溢れている方がいいもんだ。 「さて、そろそろ時間を潰し過ぎたかしらね。──そろそろお姫様を助けに行きましょうか」 そう言って先に進む藍さん。 その通り過ぎる時に見た横顔は──とても嬉しそうな表情をしていた。 「私はね、本当に今のままがいいの」 「……」 「蓮子が居て彼が居て──私が居る。いつか途切れてしまうかもしれない繋がりだとしても、ずっとこの縁を観ていたいの」 「……」 「選びたくなんてない、離れたくなんてない、変わりたくなんて……ない」 「……」 「この歪な世界で、やっと見つけられた仲間なの。──例え私がこの世界での異分子だとしても……無くしたくないの」 「……でも、世界は何でも許容出来る程、優しくはないわよ?」 「──判ってるわよっ! だったらどうしろって言うのよっ!? 願えば時が止まってくれるわけでもないっ!! 世界は進んでいく、彼らはずっと私と同じ場所には居てくれないっ!!」 判っていた。 何度も、繰り返してきたのだ。 観てきた世界は、いつか来る繰り返された結末。 その何処にも私の居場所がなかったというのなら── 私はこの先の結果なんて観たくない。 イマだけを、夢だけを観ていたい。 彼が居て彼女が居て──私が居ることを、許される夢を。 「貴女はまた──同じ選択を、選ばないという選択を繰り返すのね」 これが何度目なのかは判らない。 ただ、きっと彼女は数えきれない程にこの問い掛けを繰り返してきたのだろう。 くるくると、クルクルと、狂々と繰り返す一人きりのこの世界で。 「私は弱いから……誰かに手を引いてもらわないと、立ち上がれないのよ」 だから、これはまた同じことの繰り返し。 きっといつまでも、この輪からは抜け出せないのだ── その時、世界に色が加えられた。 何もない真っ白な世界に、緑色の優しい光が── その変化に驚いていると、誰かに手を取られる。 光で観えないその先によく知っているはずの、その人の輪郭がぼやけて観えて── 「──それでも縁は、巡りゆくわ。その先にあるものなんてその輪を象る者によって簡単に変わり行く。──人は強いものなのよ」 その言葉を聞きながら、私の意識は更に深く、どこまでも堕ちていった。 「メリー! メリー!?」 木にもたれながら、意識のないまま瞳を閉じている彼女を揺さぶる。 木々のない開けた場所で、まるで眠るかのように横たわっている彼女。 それを見た瞬間、走り出していた。 何があったのかは判らない。 ただ、呑気に眠りこけているだけかもしれない。 でも……最悪の想像だけは止まってくれなかった。 こちらの呼び掛けにも反応することなく、ただ夢見るかの様に静かに眠るメリー。 混乱する頭でどうすればいいのか考えていると、傍らに寄り添う様に佇んでいる黒猫に気付いた。 ──ペロリ そんな風に眠るメリーの顔を舐める猫。 そうすると、メリーが軽く身動ぎをする。 反応が少しでもあったことにほっと安堵するが、それでもその一瞬だけで変わらず彼女は目を覚まそうとはしない。 「こんなところにいたのね、橙」 焦っている頭に、後ろからの藍さんの声が聞こえる。 とてとてと、その声に呼ばれるがままに進む黒猫。 そうして、ぴょんと飛び上がると藍さんの腕の中へと飛び込んだ。 「お待たせ、橙。様子見、ご苦労様。それで、○○。その子がメリーさんかしら?」 「えぇ……特に外傷なんかはないみたいですが」 「でも少し苦しそうな顔をしているわね、悪夢でも観ているのかしら」 落ち着いてそう言葉を告げる彼女に、少しだけ自分も落ち着きを取り戻す。 そうだ、混乱してないでメリーが今どういう状況なのかを把握しなきゃ……。 「そうね、これがもし物語なら──王子様のキスで目覚めたりするものじゃない?」 「はぁ!? こんな時に何を言ってるんですか!」 その突拍子のない言葉に、思わず言い返してしまう。 ニヤニヤと面白そうな顔をする彼女と── 「あら、それは素敵なお話ね。もしそうなら夢のある話だわ」 「お二人とも戯れが過ぎます……」 同じく悪戯な笑みを浮かべる幽々子さんと、呆れた様子の妖夢。 確かに黒猫は見付かったのだから彼女達にはもう関係ないのかもしれないが、それでも悪ふざけが過ぎる。 それに怒ろうとすると──メリーが朧げに、うなされる様に、手を伸ばす。 ふらふらと、何かを掴もうとする様に、確かめようとする様に。 「メリー! ここに居る、俺は傍に居るぞ!」 その手を、ギュッと掴む。 そして、引き寄せる様に彼女の身体ごと抱きしめて── 「──○、○?」 「メリー! 大丈夫か──」 虚ろに目を開けて、視線を交わしたメリーの顔が近づいてきて── 世界は滲みながらも色を取り戻して。 目の前には、追い求めていた大切な人が居て。 手の中には、心強い感触があって。 それを、絶対に離したくなくて。 ──私は、無意識のまま顔を近付けていた。 その柔らかさが、一体何から来るものなのか上手く認識出来ない。 今、どういった状況になっているのかよく判らない。 ただ一つ判るのは、確かな温もり。 そうして混乱した頭のまま、メリーが顔を離すのをぼんやりと見ていた。 そして、安心しきった表情で微笑んで。 彼女はまた、意識を手放した。 「──メリー!?」 ハッとして、またメリーの身体を抱き抱えるが、スースーと寝息を立てている。 先程とは違い、穏やかなその表情にとりあえずは、大丈夫そうだと思う。 「──まったく、お熱いことねぇ」 「まったくだわ。見せつけられた方としては、たまったものではないけど」 「……あぅ」 「──にゃーん」 とりあえず今は、後ろの四者の生暖かい視線は気にしないことにしておいた。 俺だってまだ上手く把握出来てないんだよ、チクショウ…… ──夢を観ている。 決まり切っていたかもしれない夢を。 私が、居ない夢を。 でも、今はそれを俯瞰して観ていられる。 それはきっと、手の中の温もりがあるから。 ここに居ると、言ってくれたから。 今ならより強く信じられる。 きっと、彼は……ううん、蓮子だって。 例え私がどこに行ったって、きっと傍に居てくれる。 どこまでも、追いかけてくれる。 もちろん、私だって── 「貴女が思っている以上に、彼らは貴女を想っているわ」 「うん、でも……それに甘えてちゃいけないわよね」 隣で並んでその夢を観ている彼女に言う。 私は、選ぶことが不安だった。怖かった。 いつかその時が来たら、何も選ばず夢に逃げ込むつもりでもいた。 でもそれだけは──しないと、今誓った。 不安はある。 どうしようもないことだって、きっとある。 でも、彼らみたいに。 不安を抱えながら、それでも逃げずに立ち向かう──彼女の様に。 辛い時でも傍に居てくれると言ってくれた──彼の様に。 少しでも、強さを、勇気を持って。 望む未来を、選び取る。 「それが今度の貴女の選択なのね。──勇敢な、その勇気ある選択に敬意を」 そう言って彼女から手渡されたのは三つの石。 いつかあの神社で見つけた様な、石。 その色は無色。 まだ何も決まっていないかの様な、透明な宝石の様な石。 「いつか、それもまた色づいていくでしょう。様々な色合いに染まっていくでしょう。願わくば──その色が後悔の色に染まらぬ様」 「……貴女は、誰?」 彼女は、夢の中のもう一人の私だと思っていた。 意識の奥底にあったものが、語り掛けてきたのだと。 でも……どこか違う気もする。 もっと懐かしい、ずっと昔に出逢った誰かの様な── 「それは、いつかまた巡り合ったその時に。さぁ、もう起きなさい。貴女の帰りを待ち人が心配しているわ」 そうして指し示られたその先に、光が満ちる。 それに恐怖は感じない。 その光の先に。 何よりも安心出来る待ち焦がれている人が居ると、判っているから。 そうして私は、自分の意志で選択して、夢から現へと目覚める。 「──う、うぅん……」 「メリー!?」 ずっと握っていた手に力が籠る。 目に、光が灯るのが判る。 そうして、呑気な眠り姫は目覚めてくれた。 「○……○、○?」 「よかった……本当に、よかった……」 そうして未だに少し寝惚けて目を擦るメリーを必死に抱きしめる。 今まで緊張していた自分の身体が、弛緩するのを感じる。 とりあえずは、大丈夫そうだ。 「ごめんなさい、ちょっと寝惚けてしまっていたみたい。……心配、した?」 「当たり前だ、ばーか」 表情は観えないがその声色に安心する。 そうして、少し落ち着いたら今の状態に気付いて慌てて離れる。 「すまん、苦しくなかったか?」 「もうちょっとこのままでも良かったんだけどね。えぇ、大丈夫よ」 そう悪戯に笑うメリーの顔を見ない様にして。 きっと今の自分は、茹蛸の様に真っ赤だろうから。 恥ずかしさを紛らわせる様に慌てながら後ろに居るであろう、彼女達に振り向く。 迷惑や、心配させてしまったことを謝ろうとして── 「……あれ?」 だが振り向くとそこには、誰も居ない。 まるで初めから、誰も居なかったかの様に。 「にゃーん」 一匹の、黒猫だけを残して。 「その猫は……」 「あ、うん。メリーを探している途中にコイツを探している女性に出逢ってここまで一緒に探してたんだ。それで、今までそこに居たはずなんだけど」 「そうだったの、どんな人?」 「藍さんって言うんだけど──ってどうした?」 その名前を伝えると、驚いた表情をするメリー。 聞き覚えでもあるのかと思っていると、驚くべき内容のことを言った。 「私も、多分会ったと思うわ。夢の中で、その人に。マヨイガ……あ、そうだこれ」 そう言ってポケットを弄るメリー。 そうして取り出したのは、三つの宝石の様な石。 まだ何色にも染まっていない、透明な石。 そうして、その中の一つを手渡される。 「これは?」 「夢からの贈り物、かしらね。よければ持っててもらえないかしら。伝承通りだったら、幸せになれるんじゃないかしら」 「上手く飲み込めないんだけども……判った。ありがとう。……とりあえず、帰るか」 「えぇ、帰りがてらその夢についてもゆっくり話すわ。貴方や蓮子には、聞いてもらいたいし」 そうして立ち上がると、傍らの黒猫が何やら咥えているのに気付く。 じっと見詰めているとトコトコと近寄ってきて自分の前で立ち止まりそれを離す。 「持ってけって、ことかな」 「きっと、そうじゃないかしら?」 その置かれた物を拾いあげる。 どこにでもある様なその紙切れ。 それに何が書いてあるのかは、生憎とよく判らない。 随分と年代物な気もするが…… まじまじと見ていると、一声鳴いた黒猫が離れた位置でこちらを見ている。 まるで付いてこいと言うかの様にその猫はスタスタと先に進んでいく。 その気ままさに少し溜息を零して、後に続くことにする。 さすがにもう、何か起こったりもしないだろう。 大丈夫そうだと言っても、メリーの体調も心配だ。 彼女の様子を気遣いながら、案内してくれるという黒猫の後を付いていった。 そうして進む彼女の後を追っていくと、見覚えのある風景に辿り着いた。 どうやら、出口までしっかり案内してくれたらしい。 出口に当たる場所で見送る様に座り込む彼女の頭をそっと撫でる。 気持ちよさそうに撫でられる彼女の様子を微笑んで見ながら、彼にもう大丈夫だろうと伝える。 「しっかし、とんだ暇潰しになっちまったな」 「悪かったわね。でもその分面白い体験は出来たから後で話すわ。蓮子もきっと悔しがるんじゃないかしら?」 「部分的に話されると後が怖い箇所があるんだが……」 「それは捉え方次第だから何とも言えないわね」 「またドロップキックをかまされるのは勘弁願いたいもんなんだけどな」 そうして笑いあう私達。 見送ってくれる彼女と別れて、その先へ、現へと続く道へと戻る。 私の居場所は、こちら側だ。 いつか、向こう側に辿り着くのだとしてもそれは今ではない。 ──それで、いいのよ 森から抜けるその瞬間、そんな声が聞こえた気がした。 「ずるいわ」 「知らんし、お前が課題終わらせられないのが悪いんだろうに」 「久しぶりに有意義な体験だったわよ」 久方ぶりに課題から解放されて我が家に飛んできて話を聞き終わった蓮子の台詞。 こちらとしては単なる暇潰し程度になればぐらいの考えだったし、そこに蓮子が居れなかったのは正直残念ではある、が事項自得でしかない。 だが納得出来ないのか、唸り声でも上げるかの様に机に突っ伏して膨れながら上目づかいでこちらを見てくる蓮子。 相変わらず、コイツは感情表現がストレートだ。 「でもそうね。──○○、乙女の柔肌の感触はいかがだったかしら?」 今、飲み物を含んでいなくて本当に良かった。 もし飲んでいたら、さぞかし綺麗な虹が見えていただろうと思う。 慌てて息を整えながら、傍らに鬼が居ることに気付いた。 「──○○? ちょっと詳しく聞いてもいいかしら?」 「ちょ、ちょっと待て。その表現には、多分に誤解が含まれている。だから落ち着いて、その後ろに纏っているオーラを収めるんだ」 「あら、酷いわね。殿方に抱きしめられたのなんて初めてだったのに。遊びだったのかしら?」 「メリー、ちょっと頭冷やそうか」 「いいから。──委細事細かく全て洗いざらい吐き出しなさい」 「だから落ち着けって──」 捲し立てる蓮子。 ニヤニヤと笑いながら紅茶を飲むメリー。 必死に弁解する自分。 久しぶりの日常は、あっという間にその慌ただしさを増していった。 いつも通りに── いつも通りの、慌ただしい日常。 彼が居て、蓮子が居て、私が居る。 選び取ったこの日常は、儚いものかもしれない。 ふとした切っ掛けでなくなってしまう、淡いものかもしれない。 それでも今はこの世界を。 ──私達が居るこの素晴らしい世界を、過ごしていくのだ。生きていくのだ。 いつか、別れが来るとしても。 どこかに、誰かが行ってしまうとしても。 その選択の先に後悔だけはしない様に。 私は、笑って過ごしていくのだ。 その先に、望む未来を彩れる様に。 ──ねぇ、なんであんな回りくどいことをしたのかしら? 彼女に聞かれて、その答えを考える。 何故かと問われれば、暇潰しという答えが直ぐに浮かぶ。 実際、それも理由の一つではあるのだし嘘は吐いていない。 ただ、この掴みどころのない親友はそんなありきたりな答えは期待してはいないだろう。 ──そうね……老婆心的な御節介かしら。 それもまた一つの、理由。 悩み戸惑う彼女。 それを見て、自分を重ねたから。 在りし日の、想いでを。 ──そう、羨ましいわ。私にはそういうの憶えていないから。 誰よりも優しく、純粋だった彼女。 その身に背負った業故に、全てを無くした彼女。 それもまた、選択だったのだろう。 あの時、彼女が選んだ。 あの時、私が選んだ。 その時の選択に、後悔がないと言えば嘘になる。 あの時、もっと力があれば。 私以外の寄り添う誰かが彼女の傍に居れば── 今ではもう詮無きことだ。 起こった過去は変えられない。 下した選択は覆らない。 だからこそ、同じ轍は踏ませたくなかった。 だから、私は何度も干渉しているのだろう。 それがどの様な結果を指し示すのかは、全能ではない私には判らない。 きっと、真面目なあの方やあの子は面倒事を増やすな、と怒るだろう。 ──でも、妖夢にも良い刺激になったみたいで僥倖だったかしらね。 そうころころと、花の様に笑う彼女。 確かに、妖忌と離れた妖夢はやはり多少悩んでいたのだろう。 振るう剣の様に鋭くあろうと強がっていた彼女。 少しでも、彼のあの言葉があの子の助けになったのだったら。 それはそれで、またいい縁を生み出したと言えるのかもしれない。 ──あまり過保護過ぎるのは良くないわよ。 それは傍から見ていて感じること。 彼女──幽々子の可愛がり様は見ているこちらが茶々を入れたくなってしまう程だ。 ……妖夢自身はどう思っているかは判らないが。 ──あら? 貴女の式にも言えることでしょうに。……最近は、貴女にもね? その含みを持った笑みに、同じ笑みを返す。 こういった時に、気心の知れた親友というものはいいものだ。 ──当然でしょう、まだ観えぬ縁の先に何があるか。楽しみで、しょうがないのだから。 何色に染まりゆくのか。 まだまだ変わりゆくその先を楽しみにしながら、舞い散る桜を彼女と共に眺めていた。 うpろだ0050 ────────────────────────────────────────────────────────────────
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悔しい。 紅白の巫女に負けた、緑髪の妖怪に負けた、黒白の魔法使いに負けた、群青色の祟り神に負けた。 しかもマイと二人がかりだったのに、圧倒的戦力差を持って負けた。 あの神綺様でさえ負けたと言うが、今の私には気休めの言葉にもならない。 その後、マイとそのことで喧嘩をしてしまい、家を飛び出してしまった、私が悪いのに、、、 「おなかすいたな、、、」 公園でブランコでゆれるだけでも、お腹はすくらしい、まったく、食意地の張ったお腹だ、持ち主の顔が見てみたい。 しかし、食うものなければ金もなし、さて、どうしたことやら。 「んー、この葉っぱ食べれるかな」 ろくでもないことを考えていたそのとき。 「うお、何だお前ら、てかここはどこだ?なんだよ、やめろ、離せこの虫野郎!」 何事だよ、まったく。 すぐそこで起きてることらしく、暇なので、一部始終を見てやることにした。 「あ? 何だ手前。勝手にぶつかっといて挨拶もなしで罵倒か? なめた真似してんじゃねぇか。」 「チャララチャッチャチャーン、サンドバッグを手に入れたww」 、、、どうやら柄の悪い連中に絡まれたかわいそうなやつがいるようだ。 更にかわいそうな事に、ここは町外れの公園、しかも現在時刻午前一時半。 普通に考えて助けてくれるような人はいないよねぇ。 、、、まぁここにいちゃったりするけど。 あ、助ける事にかこつけてこいつ等ボコしてストレス発散させるのもいいな、よしそうしよう。 なら一番付け上がった所をボコすのが一番楽しげだな、ならもうちょい待つか。 こうして私の覗き見は始まった。 何だ、何が起きたんだ。 そもそもここはどこだ、こいつらは誰だ。 夢か? いや、さっき腕つかまれたとき痛かったしなー、夢じゃなさそうだけど。 でもただ一つだけ分かる事がある。 このままいくとボコされる。 やべーな、こいつ等無茶苦茶しそうだよ。 生憎俺は多人数相手に勝てる自信はねえぜ。 二人や三人ならまだしも、六人もいちゃあ分が悪いレベルの話じゃねえな。 、、、やけに冷静だな、俺。 「さてと、このサンドバッグ、どうすっかねっと」 言い終わると同時に、蹴りをかまして来やがった。 「がふぅ」 いてえじゃねえか、この野郎。 「まぁ適当に発散したらその辺捨てればいいんじゃね?」 痛っ、殴ってきやがった。 「まぁたまりにたまったストレス発散させるにゃもってこいだなww」 くそ、いい加減にしやがれ、もう頭来た、 グシャ! 「ぐぬぉぅぉぅぉ!!」 「どうだ参ったか!これぞわが必殺、玉つぶし!」 「くぅぅ、この野郎」 「、、、おい手前、悪いが俺らはお前のようなやつを生かしておくほど優しくないんだ、まぁ悪く思うな」 「、、、、、俺が殺す」 なに、もう大丈夫なのか、早いな、入りが甘かったか、クソ。 、、、何かほんとに落ち着いてんなぁ、俺。 人って自分が死ぬって悟ったらこんなにも冷静になれるんだな。 「おい、こいつ抑えてろ」 そうさっき俺が潰してやった奴が言うと、年下っぽい奴らが俺を二人がかりで羽交い絞めにした。 「俺は優しいからよ、すぐに死ねるようにしてやるよw」 そういうと内ポケからバタフライナイフを取り出した、古いな、おい。 「最後に何か一言あるか? 聞いてやろうw」 ここで謝罪の一つでもすれば生き長らえるかもしれないが、んなことするか。 「・・いよ」 「あ? よく聞こえんぞ?」 「古いよwwてめえww」 「あ?」 「バタフライナイフとか持ってる奴始めてみたよ俺ww時代遅れにもほどがあんだろww俺が死んだ暁には冥土にお前のことを広めてやるからありがたく思えwww」 空気が死んだとはこの事だな そいつは鬼のような形相で俺にナイフを突き立ててきた。 さっきまで笑ってたほかの連中も今や渋いかをしてやがる、ざまぁねえな。 あぁ、痛い。 こんなに簡単に死ぬんだな、俺。 なんだかボーっとしてきた、あぁ、この世からもお別れか。 もう目を開けているのが辛い。 さらば、現世。 俺が最期に見たのは、何故か不良たちじゃなく、燃え盛る真紅の炎をまとった、黒い服を着たびっくりするほど可愛い少女だった。 何だ、こいつ。 私はこんな奴見たのは初めてだ。 自分の命を捨ててでも、最期に笑うのは自分であろうとする、こんな強い、歪んだ意地を持った奴を見るのは初めてだ。 私がそいつの行動にあっけにとられていると、なんと彼が刺されているではないか。 私は慌てて、とりあえず不良たちを退治してやろうと思った。 とりあえず最初は退治にとどめて置くつもりだった。 「ちょっとあなたたち」 「あ? なんだ?」 とりあえず宣戦布告だけでもしてやろうと思い、しょうがなく話しかけてやった。 「死にたくないのなら逃げなさい」 「なんだ、餓鬼じゃねえか、なに寝ぼけてんだ?」 「何よ、別に寝ぼけてないわよ」 「どっちでもいいからさっさと帰えんな、俺らは大人の女が好みなんだよ。お前見てえなまな板女はお呼びじゃねえよ」 骨一つ残さず焼き払ってやった。 「とりあえず血を止めないと、、、」 どうしよう、この人が死んでしまう。 「どうやって止めれば、、あぁ、もう止まってよ」 とめどなくあふれてくる血、私には助けれないのか。 歯がゆいのと同時に、とても悲しかった。 まだ話した事もないような奴なのに、なぜか胸が痛んだ。 己の非力さを呪おうにも、呪ったところで何とかなるわけではない。 この人を助けたい、こんな気持ちは初めてだ。 パキン 血が止まらないことと、自分に襲い掛かる不思議な感情に困惑し、戸惑っていると、背中に氷の塊がぶつかって、割れた。 びっくりして振り向くと、そこにはマイ怪訝そうな目で見ていた。 「、、、、なによそれ」 「、、歪んだ意地を持った人」 「、、、、なんで助けようとしているの?」 「、、、、、分からない」 「、、、、、帰ろうよ」 「この人を助けてからね」 「、、、一人で?」 「、、、、、、、、」 「はぁ、貸し一つね」 そういうとマイは、彼の傷口と、彼から流れ出てた地を凍らし、ひとまとめにしてどこかへ歩き出した。 「どこいくのよ」 「病院に決まっているでしょ」 なるほど、その手があったか。 私は彼を背負うと、マイの後を追い始めた。 男の癖に、驚くほど軽かった。 「知らない天井だ、、、」 生きてるとは何事だ、これ。 夢落ち、、、では無いようだな。 胸には包帯がこれでもかと言うほど巻かれているし、動けないほど痛いし、何よりここが病院だし。 刺されたのは本当、、か。 まあ助かったのならいいか。 ところで、だ。 「すぅ、すぅ」 俺のベッドにもたれかかって寝ているこの少女は誰だろう。 よく見ると、俺が最期に見たと思ってた、あの少女ではないか。 それにしてもほんとに可愛いな。 まぁとりあえずしばらくはこの寝顔を満喫するとしよう。 「すぅ、ん、、」 だがそうは問屋が卸さないようだ、クソッ。 「んぅ、、、ん? あっ、目覚ましたのね!」 「まぁな」 「良かったぁ」 そういってやわらかく、ほっとしたように微笑んだ、やべえな、ありえないほど可愛い。 「君が助けてくれたの?」 「まぁ一人じゃないけどね、一応は」 「ありがとう、ほんとに助かったよ」 「え?、いや、まぁ、その、、、何よ、、ど、どういたしまして」 人にお礼を言われるのに慣れていないのか、顔に朱を交わらせ、照れながらお礼を言う姿は、おそらく神の領域だろう 「でさぁ、ここはどこだい?」 「ここ?病院よ?」 「まぁ見れば分かるな」 「なら聞かないでよ」 「何病院?」 「何病院って、魔界に病院は一つしかないでしょう、中央病院よ」 、、、この子は今なんと言った? まかい?何県だよ。 「、、まかいって何県?」 「何言ってるのよ、魔界は魔界よ、県ってなによ」 聞き間違いではないようだ、、 まかいだって? もしかして魔界? 「、、、大丈夫?」 「、、、、、あなたこそ大丈夫?」 なぜ心配されないといけないのだろうか。 いや、そこは俺の寛大な心でスルーしよう。 まずはこの相当可愛いのに頭のおかしい子を何とかしよう。 何を言ってるのだろう、こいつは。 もしや刺された拍子に頭のねじが幾つか吹き飛んだのではないか。 そう思って本気で心配していると、一つ、見慣れないものを取り出した。 「なによそれ」 「ん?見たこと無い?ipo○eって言うんだけどね、あ、圏外じゃん、、、まあ病院だから仕方ないのか」 「あい○ぉん?」 「聞いたこと無い?」 「おいしいの?」 「、、、、鉄分豊富だろうね」 、、、、、なんだかおかしい、見たことも無いようなものを持ってるし、よくよく考えれば着ていた服も派手だったし、、、、 まさか、、、ね 「ねえ、あなたって、、、、もしかして人間?」 「もしかしても何も、君も人間だろう?」 そのまさかだよ、、、 まさか人間の迷い人とは、、、 とりあえず、今の状況を説明してあげないと、、、 「えっと、、、聞いて。あなたは今まで人間界にいたの。あなたがもといて暮らしていた場所のことよ。」 「え?」 「でもここは違うの。ここは魔界、神綺さまの作った世界。あなたは何らかの理由で人間界からこの魔界に迷い込んできたの」 は? この娘は何を言っているんだろう。 頭がおかしいにしても、ちょっと異常だろう。 「その顔は信じてないわね、、」 「もちのろんだ」 「挑戦的ね、いいわ、信じさせてあげる。人間界には無くて、この魔界にはあるものを見せてね」 「ほう、何だ、それは」 「魔法よ」 そういうと彼女は手のひらを上に向けて何かをつぶやいた。 するとあろうことか手が燃えているではないか。 一瞬わが目を疑ったが、何度目をこすっても消えない。 幻覚ではないならば何かのトリックがあるだろうと手を近づけると、 「あっぢいっ!」 「当たり前よ火なんだから」 なんてこった、間違っていたのは俺なのか。 でもそれだと色々と辻褄が合うな、、、 よし、ここは信じてやるのも一つの手だな、うん。 「疑ってごめんなさい」 「あら、人間界の謝り方は土下座というのが基本と聞いたことがあるけど」 「ぐ、、、気のせいだろう」 「、、、、(睨む)」 「ま、まぁなんにせよあれだ、うん、俺は○○、君は?」 「話そらしたわね、、、まぁいいわ、私はユキ、もう一人、私の同居人で、青い髪の無愛想な子がいるけどそっちはマイって名前だから」 「ふーん。でだ、ユキよ」 「なによ」 「俺は元の世界に帰れるのか?」 「え? えぇ、魔界の門に行けば帰れるわよ」 「なんだよ、そんな簡単なもんなのか」 「まああっちにはこっちに通じる門なんて無いから迷い込んだあなたは相当不運ね」 「んじゃあまあ怪我が治ったら帰るとするかな」 「え、、、」 「どうした?」 「い、いや、別にもう二度とこれない場所だからもうちょっと過ごしてみたらって思っただけよ」 「おぉ、それもそうだな」 「、、、、軽いのね」 「俺の長所だ」 「どちらかと言うと短所ねw」 「うっせえな」 「でも住む場所にあてはあるの?」 「、、、、野宿になんのかなぁ」 「でしょうね、しょうがないわね、、その間は家においといてあげるわ」 「、、、、信用しすぎじゃないか?」 「仮にあなたが私を襲って、私があなたに負けると思う?(はぁと)」 「、、、なるほど。まぁ一週間ほど見て回るとするかな、その前に退院しないといけないがな」 「あぁ、それなら大丈夫。明日には退院できるわよ」 「早っ! 恐るべし、魔界の医療、、」 「まあね」 その後軽い談笑をした後、とりあえず今日のところは別れた。 ユキ、、、か、、、 まぁなんにせよ今日のところは寝とくか。 心地よく睡魔も襲ってきたし。 そう思って電気を消すと、 コンコン 見計らったかのようなタイミングで来客だ。 「、、、どーぞ」 ガラッ 現れたのはこれまたびっくりするほど可愛い青い髪の白い女の子だった。 ただ、背中に羽が生えているのが気になったが、ここは魔界だ、気にすべきことではないだろう。 「、、、、、、マイよ」 「え?あ、あぁ、俺は○○だ」 「、、、、捻じ曲がった意地を持つ人、ねww」 「あん?」 「なんでもないわ、それより体は大丈夫?」 「あ、あぁ、大丈夫だ」 「ならいいわ。それじゃ、さよなら」 「え?あぁ」 なんのこっちゃ。 ユキとは正反対だな、、、 まぁ、同居していることからも、仲がいいのは目に見えてるけどな。 よし、寝るか。 ────────────────────── なんて清々しい朝だろう。 刺されてからまだ二日とは思えないほどの清々しさだよ。 「ふぁぁあ」 でかい欠伸を一発、さて、もう人眠りするかな。 布団を頭までかぶり、今まさに眠ろうとしたその瞬間。 ガラピシャンッ 「おっはよー、○○!」 おいでなすったよ、真紅のおてんば姫が。 「起きて、起きなさいよ○○、早く行くわよ」 「んぅ、何だよ、まだ早いだろ?」 「いいじゃない、別に。早くからいけば、その分楽しい時間が増えるわけだし」 「、、、まあそうだけどもよ」 「てなわけではいはい起きた起きた」 しょうがないから起床。 身支度をしたいのだが、、、 「、、、おい」 「? なに?」 「、、、、着替えるから出てくれないか?」 「えー、いいじゃない別に」 「俺が良くないんだよ!」 「もー、めんどくさいわね」 まったく、デリカシーが無いというか常識がないな、ほんとに。 可愛いのにああもったいない。 少年支度中、、、、 「終わりましたよっと」 「長いわよ」 「そうか?」 「まぁどうでもいいわ。えっと、それじゃあとりあえず、退院するって言いにいかないと」 「、、、なぁ、言うだけでいいのか?」 「うん、もちろん」 「マジかよ、、、」 くだらないやり取りをし合い、難なく退院、どうやら本当に口頭だけでいいらしい。 「ねぇ、どんなところへ興味在る?」 病院の出入り口でユキがこんなことを聞いてきた。 「んー、なんかこう、デパートってない?」 「あるけど、そんな所で良いの?」 「まぁ魔界がどんな所かを知るにはそこで十分だろ」 「それも一理在るわね」 「だろ? それに一週間分の何かしらを買うのにもうってつけだ」 「、、、、うん」 「? どした?」 「い、いや、なんでもないわよ、それよりさっさといきましょ」 「?」 「なんでもないってば!」 「変な奴」 「変じゃないっ! しばくわよっ!」 しばかれたorz 少年少女移動中、、、 なんか移動中に変な目で見られた気がするけど、まぁユキが可愛いからかな。 「どしたの?」 「んや、別に」 「、、、怪しい」 「あ、なぁこれか?」 「よくわかったわね」 なぜ始めて見るはずの魔界のデパートが俺に一発で分かったかと言うと、それはもう見事なまでに人間界のそれとまったく同じだったからだ。 「ほぉ、、、これはまぁなんと」 まったく変わらない、中まで人間界と同じだった。 「どう?」 「うん、なんとなく魔界のことが分かった気がする」 「早くない?」 「まぁな」 まぁ一昨日のような連中もいるのを見る限り、良くも悪くもそっくりってことか。 「よし、じゃあ色々と見て回るとするか」 「うん、一階からね」 「げ、全部見るのか?」 「当たり前じゃないのよ」 なんとここに来て地獄の鉄腕レースの幕開けだった、、、、、 「ユ、ユキ、ちょっと休もう、取り敢えず落ち着け」 「私は十分落ち着いているわよ、失礼ね」 「落ち着いて居る奴が一時間でワンフロア全てみて回れるもんか よ、、、」 「、、、分かったわよ、あ、じゃあ朝飯がてら何か食べましょうよ」 「あぁ了解、ようやく休憩にたどり着ける、、、」 あ、そいやあお金はどうすればいいのやら。 まさかユキの世話になる訳にも行くまいしな、、、 どうした物かと悩んでいると、 「どしたの?」 「いやさ、俺はお金を持ってないなーって思ってたんだけど、どうしようかと思ってな」 「あぁ、それなら人間界のお金持ってる?」 「ん? 持ってるけど」 まさか使える訳じゃあるまいな。 「なら骨董品やらなんやら扱って居る所に行けばそこそこ高値で買い取っ てもらえるわよ」 「ほう、それは好都合だな」 「骨董品屋は、、、五階ね、よしいきましょ」 関係ないが、思い立ったが吉日、と言う言葉が在るな。 ほんと誰かさんのために在るような言葉だな。 そんな事を考えながら、ユキのあとを追った。 少年少女移動中、、、 「、、、、マジで?」 「どしたの?」 「、、、、いや、まさか千円札一枚でうん十万すんのか?」 「まぁそれ程貴重ってことよ」 「、、、、そいや、あんま驚かないのな」 「ん? 何が?」 「いやさ、もうちょいなんか反応あってもよさそうだなって思ったんだけど」 「まぁそれ程お金に執着が無いってことね、欲しい物とか滅多に出来無いし」 むぅ、そいつは残念だ、なにか御礼でも出来たら、と思っていたのだが な。 「なんだかんだでもうお昼じゃない」 まぁ金作ったり見て回ったり結構なことしてたからな。 「はぁ、ようやく飯にありつけるのか」 俺はここは手軽に肉うどん大盛、ユキはなにやらサンドイッチのようなものをそれぞれ買っていた。 こいつ少食なんだな、あんだけハードに動き回ったのに少ししか食べてないよ。 「「いただきます」」 腹の限界も近いと言うことで、とりあえず食うことにした。 「ねぇ、この後からはどうするの?」 「うーん、まあちょびちょび色んな所を目的別に見ていきゃ良いんじゃない?」 「そうね、そうしましょうか」 「それよかお前さ、本当に欲しい物とか無いのか?」 「んー、そうね、いまの所はまったくと言って良いほど無いわね」 「マジか、、、」 「何で?」 「いやさ、こんだけ面倒見てもらったんだからお礼の一つでも出来たらっと思ってたんだがよ」 「ふーん、まぁ何か考えとくわ」 食い終わった後は色んな所を見て回った。 怪しい絵が売られているところを冷かしてみたり、試食コーナーのはしごをしたり(しただけ)、本屋に行ってみたり(エロ本はあった)した。 相当楽しかったが、それ相応に相当疲れた。 ただその中で、ユキが唯一一瞬だけ興味を示したものがあった。 生憎俺は鉱石の知識を持ってないため、何の石かは分からなかったが、雪の結晶をモチーフにした首飾りがそれだ。 値段が張っていたわけでもないので、まぁ最終日あたりに渡すのも良いか、と思ってみた。 鉄腕レースも終盤に差し掛かり、今や帰路のバス内だ、こんな所までそっくりだよ、整理券の紙質もまったく同じだし。 「はぁ、今日はほんとに疲れたよ」 「あんだけで疲れるなんて、ほんとに人間てやわね」 「うっせえやい」 五分後、、、 「すや、、、」 あんな大口たたいておきながら、今や俺の腕にもたれ掛かり、夢の中である。 なんだかんだで疲れてんじゃねえか、この意地っ張りめ あー、にしてもほんま可愛いな、そんな子がよっかかってんだ、俺の理性も悲鳴を上げてんな。 、、、、なんか周りの目線がほんと気になる。 主に嫉妬とか妬みとか羨望の物が多い、てかそれ以外ないな。 、、、、優越感に浸るたぁこの事かw くだらない事を考えてるうちに降りると教えられていたバス停に到着。 さて、起こすとするか。 「ユキ、起きろ」 「ん、んぅ、、」 「起きろってば」 「んっ(ぎゅぅ)」 、、、、起きるどころか腕にしがみついてきましたよ、このお嬢さん。 しょうがない、抱っこしてやるか。 、、、どんなエロゲ? しがみついている位置的に某お姫様抱っこ状態なんだが、周りの視線が殺気に変わったのは俺の間違いではないだろう。 にしても軽いな、こいつ。 変なことを考えていると寝心地が悪かったのか、 「んぅ、、○、○?」 「お、起きたか」 「、、、、、(顔真っ赤)」 「どした?」 「、、、とっとと降ろせーっ!!」 「のぁ、暴れんなってうぉっ、何しやがる、焼け死ぬところだったぞ!」 「もう○○なんて知らない!」 「おい、どしたんだよ」 「なんでもない!、ていうかどういう持ち方してんのよ!」 「いや、それはおまえがしがみついてきたんだろ?」 「私が? そんなわけないでしょうが!」 「マジだよ! 起こそうとしたらしがみついてきたんだろうが!」 「ぅえ?」 お、なにやら動揺してるじゃないか 「いやー、ぎゅって抱きついてきてな? ほんとに赤ちゃんみたいだったよ」 「だ、だからってなんでお姫様抱っこなのよ!」 「それはユキのしがみついてくる位置がお姫様抱っこしか出来ないような位置だったんだよ」 「ぅあ、、え、、その、、、(顔超真っ赤)」 なんだ、急に勢いなくなったな、そこまで動揺したか。 「大体なんでそんなに怒ってんだ? 抱っこごときで」 「ふぇ? い、いや、その、、、(顔激真っ赤)」 もじもじもじもじ可愛いなぁ、ずっと眺めておきたいぐらいだ。 「な、ん、でもないわ?」 「知らんがな」 「と、とにかくなんでもないの!」 そう叫ぶとスタスタどこかへ行き出した。 「あ、おい待てよ」 んー、俺なんか悪いことしたかなぁ、まぁいいか、気にすることでも在るまい。 「なんとまあマンションも形がくりそつじゃないかい」 帰り道、くだらない事をつぶやいても、 「、、、、、」 無視の連打。 どうやらまだご立腹のようだ、相槌どころか目すら合わせてくれない。 「、、なぁ」 「、、、なによ」 「、、よう分からんがすまんかった」 「、、別に怒ってるわけじゃないわよ」 「じゃあ何で顔真っ赤にしてそっぽ向いてんだよ」 「、、、、そのうち分かるわよ」 そう言ったきり相手にしてくれなくなってしまった、一体なんだと言うのだ。 「ついたわ」 「、、、、これ?」 こんなでっかいマンションに住んでのか? 、、、クソッ、俺なんか悲しくなるほどボロイアパートだと言うのに、何か納得いかん。 俺が勝手に腹を立ててると、ユキは無視して進み始めた、おぃおぃ、まだ起こってんのかいな。 「ちょ、待てって」 「、、、、さっさと付いてきなさいよ」 郵便受けのチェックをした後、俺たちはエレベーターに乗り込んだ、しっかしすごい数の郵便受けだな。 少年少女上昇中、、、 「ここよ」 そういってユキが鍵を開けて入ったのは24階の14号室。 ここの最上階は屋上抜きで30階、ワンフロアおおよそ15個家が在るとして、えーっと、、450室? 、、、、すげぇな魔界、、、、 「、、、、あほ面引っさげてないで早く入りなさいよ」 「んぁ? あ、あぁ」 おい、だれがあほ面だって? 心の中で文句を言ってやったものの、残念なことにユキには届いていないようだ。 あんだけでっかけりゃ、中も相当大きいようで、悲しくなるほど広かった。 部屋も相当数あり、使ってない部屋の一つに俺は割り振られた。 中は布団一式に、畳張りの完璧な和室。 「まぁとりあえず一息つくか」 荷物を降ろして横になる、い草のにおいが心地良い。 ぬぁ、睡魔だ、助けてー、襲われるー。 襲われたorz 俺の意識は闇に落ちていった、、、 寝ただけだけど。 「んご、、」 「、、、、」 他人の家でこんなにくつろぐ奴始めて見たよ。 「ん、、、ぐ」 ご飯で来たから起こそうと思ったのだが、こんな安らかな寝顔見せ付けられては何か罪悪感が沸く。 でもここは心を鬼にして、 「、、、、(ドスッ)」 「ほげっ?!」 私の踵の功績により、あほな悲鳴とともに飛び起きた。 「何しやがる!」 「ごはんよ」 「普通に起こせよ!」 「私の踵がやれと命じておりましたw」 「お前なぁ、、、」 「まぁいいからいいから、早くご飯行きましょっ!」 一撃ののち離脱。 任務遂行! 食卓を囲む面々は、何故か四人。 そのうち二人は私とマイ。 そして○○。 もう一人は誰かと言うと、 「なぁマイ、腹が減って死にそうなんだが」 「、、、、食べれば?」 「おぉ、その手があったか」 マイの彼氏だって、、、、、 そりゃたまに来る事も在るけど何もこんなときに来なくても良いじゃない、、、 「、、、、、こぼれているわよ?」 「ん?おぉ」 「、、、しょうがない人ね」 「ん、すまんな」 あぁ、暑い暑い、何でこんな暑いんだろうね、ほんと。 、、正解は目の前にイチャイチャ真っ盛りのお二人さんがいるから。 イライラと暑さを吹き飛ばそうと辛口のカレーを一気に口に掻きこむ、しかし 「、、、、甘辛ぇ」 そりゃあ目の前であんだけ大量に糖分発生させられちゃ、どんなカレーでも甘くなるわな。 一方ユキは、慣れているのか、甘口のカレーをパクパク涼しい顔で食べてやがる。 あれ? 何か困惑してんの俺だけじゃね? え? 置いてけぼり? 、、孤独感MAXどうしよう。 そんなくだらない事を考えていると、マイの彼氏が話しかけてきやがった。 「そいやぁ、君には名前言ってなかったね、マイの彼氏の●●だ、以後お見知りおきを」 「、、、、人間界から迷い込んできた○○だ、よろしく」 「おや、君も人間界からかい?」 「、、、、君もってことは」 「うん、俺もだ」 「、、、、帰らないのか?」 「、、、、そういえばここ魔界だったな」 、、、こりゃ天然だな。 心の中でそう罵ってやった。 そんな可愛い彼女を持つ奴なんか敵だ! てか彼女持ちなんて皆敵だ! くそぅ、寂しくないもん! わざと一人でいるだけだもん! 「、、、、ねえ大丈夫○○?」 よほど落ち込んでいるのが顔に出たのか、ユキが心配して声をかけてくれた。 「、、、、微妙に大丈夫じゃない」 「大丈夫ね、良かった」 「、、、、、」 冷たいよぅorz 食後は四人でなにやら怪談大会、 、、、、ノリが修学旅行だよ。 まぁしかし、、、俺に怪談をやらせれば右に出るものはいねぇぜ。 「、、、、っだったって訳、どう?」 マイが語り終わった、俺はその話は聞いたことが在るので全然怖くない、●●も怖くないようだ。 ユキも怖くなっかった、、、、ん? よく見れば体は強張っているし、冷や汗もかいているし、、、怖いようだな。 、、、、、くそう、静まれ、俺のさでずむ、、、、 収まらなかったw 「じゃあ次俺」 ●●の番か、 「、、、、、のせいだったって事、どう? 怖かった?」 マイはケロッとしている、俺は初めてだったが特に怖くなかった。 ユキは、、、怖いのか掌をぎゅっと握り締めて歯を食いしばっている。 心なしか涙目だw 俺はユキの後ろにこっそり回りこんで、、、 「わっ!!!」 ばっと驚かした。 「!!??」 体を一瞬びくっとさせてへたへたとその場にへたり込む。 「どう? びっくりした?」 「、、、、、死んじゃえ、馬鹿」 そういうと、そっぽをむいたきり相手にしてくれなくなった。 ちとやりすぎたかな。 その後、各自各々の部屋に戻っての就寝になった。 風呂は無いのか、と聞くと、水道の工事が行われているから少なくとも自分がいる間は入れない、との事。 ちっ、どんな風呂か見てみたかったのに、TO○Oとか書かれてあってもおかしくないもんなぁ。 まぁいいか。 しかし、一週間も此処にとどまるわけにはやはりいかないかもな。 自分もそんなに長い間行方不明になってたらいろんな人が心配するかもしれないし。 俺が迷い込んだのが木曜の夜で、今日、金曜は幸いなことに祝日だから、大丈夫だろ。 なら日曜にもどるとして、、つまり明後日には戻るのが良いのではないか、と思う。 、、、、、、、、、そうするか。 昔一日家出しただけで警察が捜索に出たりして大事になったこともあったしな。 親に泣いてひっぱたかれて、心配したと抱きしめられたことが在るのは今でも鮮明だ。 ユキには悪いけども、明日その旨を伝えよう。 よし寝るか。 しかし、瞼を下ろすと、 すっ 障子の開く音が、誰だ? 「、、起きてる?」 ユキだった。 「起きてるが、どうした?」 「、、、、、別に怖くなったとかじゃなくて、その、、ね、、一緒に寝てあげようかと思って、、」 「、、、マイの所のほうが良くないか?」 「、、、、あのイチャイチャ空間に入れというの?」 「、、、、、」 「、、、ど、どうなのよ」 「、、俺はかまわんが、、、実はお前が怖いんじゃないのか?」 「ち、ちがうわよ!」 「ふーん、じゃあ俺は怖くないから大丈夫だ、あーあ、怖いのなら一緒に寝てやろうと思ったが、怖くないんじゃ仕方ないよなぁ」 俺も相当サディストだなぁ 「う、、」 「ユキ、心配ありがとな、でも俺はぜんっぜん怖くないから大丈夫だ、だから一人で寝れる」 「ぅ、、」 「さあ、明日も忙しいんだ、早く寝ようぜ」 「、、、、」 「どうした? 俺は大丈夫だから安心して寝な」 「、、、ぐすっ」 「!?」 「、、ぐすん」 「お、おい何も泣かなくてもいいだろうよ」 「ぐすっ、、や、やっぱり怖いっ、ぐすっ、怖いから一緒に寝て、、ひっく」 「あ、あぁ分かった分かった、だからもう泣くなって」 「ひっく、、(こくり)」 「よし、じゃあ布団もう一個持ってくるからちょっとまってろ」 「、、、そのままで良い」 少年思考停止中、、、、、 「、、、、、、、、、、は?」 そういうと俺の布団にもぐりこんできた。 「、、、あのー、ユキさん?」 「、、、ひっく、、駄目?」 「、、、、いや、なんでもない」 「、、、、、おやすみ」 「え? あぁ、おやすみ」 、、、、、、、、まぁ信用されてるって事だろ。 それにあんな顔されて、駄目?なんていわれたら、うん駄目、なんて言えないだろうに。 まぁ寝るか。 30分後、、、 「、、、、」 「すや、、、」 俺の腕にはあろう事かユキが抱きついてきている。 「、、、、、」 こいつは寝るとき何かに抱きつくのか? 、、、、、めちゃ可愛いな。 、、、、、まったく、惚れてる女にこんなことされちゃ、理性を制御するのも超大変なんだぜ? こいつはそれを分かっているのやら。 ん? 俺は今なんと言った? 惚れてる女? 、、、、、なんてこった、俺はユキに無意識のうちに惚れてたのか。 OK、自覚完了。 、、そりゃぁ、確かに外見も相当高レベルだ。 しかしな、俺は自覚した今なら言えることだが間違いなくこの内面に惚れている。 底なしの明るさと、時折見せる子供さとさびしがりやな一面。 そして何よりもこの不器用なやさしさ。 俺はユキのそんなところに惚れてんだと思う。 まぁだけどおそらくこの想いを告げることは無いだろう。 一つは俺が人間で、こいつが魔界人であること。 種族の違いによる寿命の差というものも在るだろう。 それ以前にこいつは俺にそういう感情を抱かないだろうし。 それに明後日で変えるしな。 なんかすっきりしないまま、俺の意識を何者かが掻っ攫って(寝た)いった。 ────────────────────── 目の前に見知った少女がいる。 俺はその少女に惚れている。 しかし、その少女は泣いている。 俺のせいで泣いている。 俺は涙をぬぐうことさえも出来ない。 目から零れ落ちる雫に見とれることしか出来ない。 目の前に見知った少女がいる。 その少女は泣きながら微笑むと、どこかへいなくなってしまった。 違う、俺がどこかへ行ったんだ。 俺は少女の元へ戻る事すら出来ない ただひたすらに涙を流すことしか出来ない。 最後に見た表情に涙が在るのは許せない。 「ん、、ぅぁ、、朝か、、、」 おぉう日の光がまぶしいぜ。 昨日とはまた違う清々しさの在る朝だな。 今のは夢か、、、 おそらく、魔界との別れが近いからであろう。 、、、、俺は帰って良いのか? ●●は、こちらに迷い込んできて、マイとくっつき、すでに人間世界へ別れを告げてきたと言う。 昨日のはマイに少しでも罪悪感を与えないための冗談、と言っていた。 では俺はどうか。 まず根本的に違うのが俺とユキは友達程度でしかない、所詮は俺の片思い、と言うことだ。 奴らはお互いに好きあってるのだから●●がこちらに残るちゃんとした理由になるであろう。 だが、こっちはただの片思いだ。 旅行中に出来た友達と別れる、他とへその子を好きになろうとも、それは至極当然なこと。 やはり俺がこちらに留まるには至らないであろう。 、、、、考え事をしていて気づかなかったが、 「すぅ、、、」 、、いやに顔が近いと思ったら、その、ユキと抱き合う形になってたんだよ。 俺がそぉっと離れようとすると、 「んっ、、、(ぎゅっ)」 更に抱きついてくると言う有様である。 やばい、理性が、、、、 俺が心の中で理性との葛藤を繰り返していると、 「んぅ、、、おはよう」 起きられましたよお嬢様が。 「おう、おはよう。でだ、寝起き即効で悪いんだがな」 「?」 「少しは離れないか?」 「?、、、、、、(顔過去最大級に真っ赤)」 「言っておくが俺は離れようとしたんだが、お前が離してくれなかったんだからな」 「、、、、、、、この怒りどこにぶつけるのが良いかしら」 「そうだな、火力発電所にでも行くとか」 「、、、、、」 ユキは、顔が真っ赤のまま布団を出て、そのまま部屋の外へ行った、終始無言で。 まったく、ほんとに可愛い奴だ。 ここはもう人眠いきたいところだが、居候のみでいつまでも寝とくのはいけんな。 よし、今日も出動すっかな。 食卓へ向かう途中、●●に会ったが、 「昨日はお楽しみか?w」 などとほざいてきたので、エルボーを思い切り食らわせやった。 そのせいで肋骨を痛めたらしい、ざまぁねぇな。 朝は人間と同じように、トーストに各々好きなものを塗って食べるようだ。 、、、、人間界と違うところのほうが少なくないか? まぁ俺は何も塗らない派なんだよな。 お、マイも塗ってないな、●●は、バターの上に砂糖とは、手のかかることを、で、ユキはジャムか。 サクッ 、、、人間界のそれよりはるかにうまいな、、、 なんかこっちのが発展してると思うのは俺だけか? 「、、、、サクッ」 ユキの顔はいまだに赤い、おもろいやっちゃのうw 「、、、なによ」 「別に」 「、、、、、」 朝食中は延々とにらみ続けられましたorz 朝食も終わってしばらく経ち、そろそろどこに行くか決めたいのだが、 「、、、、、」 いかんせんユキが拗ねて話を聞いてくれないのである。 まったく、どうしたものやら。 彼は何を考えているのだろう。 顔からして悪巧みだろうけれども、今の私はひっかからないからね。 まったく、私はどうしちゃったんだろう。 この男が来てから調子が狂うのも良いとこだよ。 はぁ、素直にこっちが謝れば今日の予定も進むんだろうけど、私のちっぽけなプライドはそれを許さない。 こんなプライド、在るだけ邪魔なもんだ。 ん? 何か思いついたって顔したぞ。 何が始まるのやら、そう思いながら軽く身構える。 それにしても目は口ほどにものを語ると言うか、なんか全身で語ってるよね、○○って。 「なぁユキ」 「、、、、なによ」 「さっきはすまんかった」 、、、、ストレートに謝罪してくるとは。 「、、、、でも悪いのはこっちなのよ? そんな奴に対してでも謝るの?」 「いや、俺が無理にでも振り払っておけばよかったんだ、お前は悪くないよ、それに俺の中にお前みたいな可愛い奴とならっていう邪な心も多少なりともあっただろうし。 「、、、、でも」 「いいから、俺の謝罪を受け取ってくれ」 「、、うん、分かった、許してあげるわ」 「うし、じゃあ仲直りだ」 「仲直りね」 、、、今思えば少なからず、彼の自分の気持ちに素直な所に惹かれていたのかもしれないな。 びっくりするほど負けず嫌いで、ひどく歪んだ意地を持つくせに、素直と言うわけの分からない彼に惹かれていた、、、 これが人を好きになるって事なのかな。 自覚するのはちょっと癪だけど、おそらく否定できる自分はどこにもいないと思う。 、、、まぁあれだ、どっちかと言われれば好きって事だ、そういうことにしておこう、うん、それがいい。 「ユキ?」 「ふぇ!? な、何?」 「どうしたひとりでにや付いて」 「い、いや別に、ちょっとした思い出し笑いよ」 「ふーん」 「な、なによ」 「いーや、別に」 「言いなさい!」 「思い出し笑いははたから見ると不気味だよ」 「なんで言うのよっ!」 「だって言えって」 「でも言っちゃいけないの!」 「矛盾してますぜ」 「うっさい! しばくわよ!」 いつもの彼だ、ほんとに。 良くも悪くもいつもの彼だ。 何でこんなのに惚れちゃったのかしら。 まったく、この人も変わり者だけど私も相当の変わり者ね。 「あぁ、まだどこにも出てないのに疲れたのはなぜだろう神様」 「あんたが馬鹿なこと言うからでしょうが!」 「え? なーに聞こえない」 「、、、、、、まぁいいわ、もうめんどくさいし」 これからこいつのボケは主にスルーしてやる。 「ガーンorz」 早速来たよ、ボケ、この世の終わりみたいな身のくねらせかたしてやがる。 「、、、それで、今日はどこへ行きたいの?」 「う、、無視、、、、実はな、まったく思いついてだよ」 「実はも何も、顔に出てるわよ、、、」 「あ、やっぱり?」 なんだ、自覚は在るのか。 「あー、そうねぇ、純粋に楽しめるところにでも行く?」 「んー、だったら繁華街とかある?」 「ええあるわよ」 「じゃあその辺適当にぶらつくで」 「そうね、じゃあ早速行きましょうか、時間は有限なんだし」 「、、、、これでか?」 ○○の服はところどころ、と言うかあちこち焦げてたり黒ずんでたり穴が開いてたり。 「みっともない服ね」 「誰も感想はあおってねえよ! てかお前が焼いたんだろうが!」 「焼かれるような事したのはどこの誰かしら」 「んぐぅ、、、、と、とにかく着替えるから玄関にいてくれ。五分で済ますから」 そういうと渋る私を部屋の外に追い出して、襖を閉めた。 ご丁寧につっかえ棒まで使ってるよ、、、 「しょうがない、待っときますか」 待つことはこの世で三番目に嫌いなのに、、、、 はぁ、ようやく出てくれた。 相変わらずデリカシーの微塵もないやつだ、まぁ無い方がユキらしいっちゃそうだな。 、、、、デリカシーが無い方がしっくりくるってどんな女だよw ほんと、変わった奴に惚れたもんだ。 そんなことを考えてるうちに着替えなんてものは終わるものでして、 「おまたせぃ」 「またせすぎ」 感動的なほどの反抗だな。 さあて、今日の始まりだな。 バスに揺られて電車に乗って、繁華街まで20分位は在るらしい、結構離れてんのな。 「、、、、なぁ」 俺は昨日のことを今言うことにした。 言うか言わないかで、今日一日の密度も変わるだろうしな。 「俺さ、、、、明日には、もうあっちへ戻ろうと思う」 「えっ!? 何で!?」 「明後日から俺はあっちの世界で学校が始まるんだ。」 「、、、、、」 そんな悲しそうな顔しないでくれ。 「それにな、急にあっちから消えたわけだからおそらく俺が行方不明になったって事になってるだろう、だから早めに帰らないと大勢の人に迷惑と心配をかけてしまうかもしれない」 消え入りそうな蝋燭みたいな顔してかと思うと、急に花火のように明るくなり、 「じゃあ今日明日を二日で六日分の楽しさを味わえるように目いっぱい楽しみましょっ!」 「、、、あぁ、そうだな、よし、ここはいっちょ羽目をはずして目いっぱい遊ぶか!」 「うんっ!」 これだよ、この底なしの前向きさに俺は惚れたんだよ。 まぁ言い方変えれば底なしの馬鹿だけどな。 それでいい、その馬鹿さに惚れたも同然だからな。 もう人間界にそっくりでも驚かないぜ、なんせもう慣れたからな、でもくる途中にファ○マがあったのにはびっくりしたが。 「よし、最初はどこに行くかなっと」 「そうね、あ、ゲーセンとか?」 「まぁ在るだろうな、こんだけにぎわってりゃ」 それにこっちのゲームとやらも興味在るし。 こう見えても意外とゲーマーなんだぜ。 「よし、決まりね。あっちよ」 「相変わらず即決だな」 「いいでしょ、別に、、、、だめ?」 「んにゃ、むしろそっちのほうがいいぜ」 「ならいいじゃない」 てな訳でゲーセンへ。 「、、、、、おい、何が何でもこれはないだろう」 「何が?」 「だってよ、、、」 太○の達人、からムシ○ングまで、遂に細部まで人間界と被ってきやがった。 「そこまで一緒なの?」 「あぁ、何から何までまったく一緒だ」 「なら説明は要らないわね、ねぇ、何からするの?」 「まぁ、とりあえず定番の、ufoキャッチャーからだな」 「あー、私それ苦手なのよね、、、」 「ほう、まぁ予想通りというか当然だろうな」 「む、なんでよ」 「お前みたいな落ち着きのない奴がこんなの得意って方がおかしい物だ」 「うっさいわね、じゃああんたはどうなのよ」 「俺か? 大得意だぜ?」 「じゃあやってみなさいよ、かけても良いわ、あなたは失敗する」 「残念だったな、俺はこの類のものが大得意なんだよ」 「なら賭ける? 敗者は勝者の言うことをなんでも一つ聞かないといけないの」 「いいぜ、その賭け乗ってやろうじゃないか」 そういうと、俺は一番簡単そうな台を探してコインを入れた。 「邪魔は無しでいいな?」 「もちろんよ」 よし、狙いはあのティッシュ箱だ! 横列は、、、うん、うまくいった。 縦列は、、、まぁ誤差の範囲だ問題ない。 ウィィン、ガスッ、ギー 任務遂行だ。 ふ、他愛もないな。 ユキは今までにないほど悔しげな顔でこちらを睨んでいる。 「さてユキさん、これなんだ」 「、、、、」 「敗者は勝者の言うことを聞かないといけないんだよなぁ?」 「、、、、、」 「さぁて、なんにしようかなっとw」 「、、、、、」 「まぁあっちに戻るまでには考えとくから安心しなw」 「、、、、あっそ」 「まぁまぁ、そう拗ねんなよ」 「、、、まぁいいわ」 「お?」 「ねぇ、次はこれやってみましょ?」 「、、、某達人ゲームか」 「ほら、早くやるわよ」 「へいへい」 「、、えっと、、、意外と曲いっぱい在るのね」 「そうか? 普通のと同じくらいだろ」 とはいえ魔界の曲なんて俺は何にも知らないが。 「んー、まぁいいわ、此処に在る曲全部やりましょ」 「、、はぁっ!?」 「じゃあ右端の奴からやりましょ」 「マジで全部やんのか?」 「もっちろんよ」 「、、、、、」 まさかの鉄腕レース第二幕の幕開けとは。 「、、、まぁいい、よし、やってやろうじゃねえか」 「お? その気になったわね?」 「よしじゃあ一曲目、はじめようじゃねえか」 「いいわよ、、(ドンッ!)」 「さぁきやがれっ!」 正直に言おう、体が持ちません。 「ぜぇ、、ぜぇ、、」 「だ、大丈夫?」 さすがに合計36曲は辛いって 「ちと、ぜぇ、はしゃ、ぎ、すぎちまったようだ、えほぉ、えほ」 「ちょっとやりすぎたわね、さすがに私も疲れたわ」 「もう最後のほうはミスばっかだったからな」 「まぁちょうど良い時間帯だし、お昼にしましょうか」 「あぁ、昼飯な、了解了解」 おい、何でマク○ナルドがあんだよww もう笑うしかねぇなww 「じゃあチーズ○ーガーのセットで、ウ○ロン茶」 「えっとじゃあ俺は、、、、」 ん? 何だこの馬鹿バーガーって、⑨? 意味が分からん、魔界オリジナルだろうか。 「ビッグ○ックのセットと、フィレ○フィッシュの単品で、飲み物はコ○ラで」 ちなみにスマイルは0円だった。 「1階は満席だなぁ、しゃあない、2階に行くか」 「そうね、にしてもおなかすいたわ」 そういいながらポテトを咥える。 「あ、こらっ!、歩きながら食べるんじゃありません!」 「ふぇー、いいふぁないふぇふに」 「女の子なんだからもっと品をよくだなぁ、、、」 「あ、あそこの窓際が良いわ」 「、、、、、」 完璧にスルーしやがった。 くそ、絶対に恥ずかしいこと命令してやるから覚えとけよ! 心の中でそう復讐を誓った。 「ねぇ、午後からはどこに行く?」 「んーそうさなぁ、のんびりぶらぶら町を練り歩く、とかじゃ駄目か?」 「○○がそれで良いなら良いわよ」 「うし、じゃあその方針で」 「おっけー」 あ、そういやユキへのプレゼントのあの首飾り、どうしよう。 見た感じ昨日のデパートはこの周辺になさそうだしなぁ。 明日買いに、、、はいけないだろうな。 さてどうしたものか、、、、 「、、、ねえ、明日はだいたい何時ごろ帰るの?」 「、、まぁ昼過ぎ、かな」 「、、、ふーん」 なにやら気まずいが、、 「あっユキじゃない!」 「!?、あ、アリス、と、あっ、いつぞやの黒白!」 「魔理沙よ」 「おっす、でもまあお前も黒白だぜ」 なにやらユキの知り合いのようだが、、、 一人は、アリスというらしい。 まるで人形のような面持ちで、外見だけならばユキにまったく引けをとらない。 身長はユキの方が高いかな? もう一人は魔理沙というらしい。 これまたかわいらしい女の子、、、なのだが、男言葉、である点のせいで一転してかっこよく見えてしまう。 こっちはユキより背が高い。 「、、誰?」 アリスちゃんが怪訝な目でこっちを見てきた。 「ん? あぁ、俺は○○、分け合って人間界からこっちにきている者だ、明日で戻るから記憶にとどめなくても良い」 「人間界? 魔理沙と同じじゃない」 「いや、私のすんでる人間界とは多分違うぜ」 「? 人間界って二つ在るのか?」 てかよく見たら魔法使いの典型的な格好をしているな。 「いや、たぶんお前の住んでる世界で忘れ去られたもの、幻想となったものが行き着く場所が在るんだがな、私はそこへ住んでいる」 「ほぅ、そんなところが在るのか」 「まあな」 「、、、、ねぇユキ」 「なによ」 「、、、恋人?」 「なっ!? そんなわけないでしょ!(トマトみたいな顔、色的な意味で)」 「なによユキ、真っ赤じゃないww」 「うるさい! 真っ赤じゃない!」 なにやら後ろで話しているが、そんな真っ向から否定されると、惚れている身としてはちょっと傷つくな。 「あ、アリス、そろそろいこうぜ、お前の友達とやらの待ち合わせ時間が来ちまう」 「え? あらほんと、じゃあねユキ、彼氏さんと仲良くねw」 「うぇ!? だから彼氏じゃない!」 「「じゃーねー(なー)」」 、、、嵐のような連中ですこと。 「おもろい連中だったなw」 「迷惑なだけよ、、」 「そうか? 俺はすごい好印象だったが」 「類は友を呼ぶ、ねw」 「なんだよぅ、悲しいこと言ってくれるなよ」 「ほんとの事でしょ」 「orz」 「私たちもそろそろ行きましょ」 「それもそうだな」 俺たちはトレーを持って、此処の席を後にした。 「うわぁ、すごいアクセサリの数ね、、、」 「、、これには感嘆せざるを得ないな」 ここはちょっと古風な雰囲気の雑貨店なのだが、なにぶんアクセサリの数が半端じゃなかった。 まるで大図書館のように上から下まで所狭しとアクセサリが飾られている。 私もこんなところが在るなんて知らなかった。 まぁ興味がないからだろうけど。 ん? あれは、あのときの雪の首飾り、、、 、、、ちょっと気になってたりもするのよね。 そりゃあ一応女の子なわけだから、たまに、本当にたまに興味がわくときも在る。 、、、、、まぁ買わないけど。 だって私なんかに似合わないだろうし。 はぁ、なんか損な性格してるよな、私。 好きなんだから買えば良いのに、貧乏って訳でもないし。 こいつはラッキーだな、あのときの首飾りがこんなところにもあってくれたよ。 てかまぁこんだけ在るんだからまぁ当然といえば当然だけども。 ユキもあれを凝視しているし。 後でこっそり購入しておこう。 「すごいな、ここ」 「ほんとね、まさかこんなところが在るなんて知らなかったわ」 「へー、でもこんだけ品揃えがよければなにやら有名だとは思うんだが、、」 「あまりこういうのに興味がないからね、そういわれてみると有名かもしれないわね」 「ふーん、興味ないのか」 「○○はあるの?」 「全然」 「、、なんか見たままね」 「あ、どう意味だよ」 「さぁねw」 「ちぇっ」 「この店はたから見れば古ぼけた古本屋となんら変わりないわね」 「まぁ古臭いといえばそうだよなぁ」 「繁盛してるのかしら」 「さぁね」 「さってと、次はどこ行ってみる?」 「んー、あ」 「どしたの?」 「ちょっとトイレ行きたい」 「、、、はぁ、行けば?」 「ちょっと行ってくる」 そういって俺は店内へ再び入る。 店員らしきおばさんに声をかけてみる。 「すいません、あれがほしいのですが」 「あれってのは、、あの雪の奴で良いのかい?」 「はいそうです」 「はいはいちょっとまってね」 「よいしょ、これでいいかい?」 「はい、ありがとうございます」 「じゃあ代金は、えーっと、2300円だね、包みはどうする?」 「あ、プレゼント用でお願いします」 「はいはい、さっきの子にあげるのかい?」 「はい、まぁ」 「へぇー、良いもんだねぇ、青春は、はい、毎度あり」 「ありがとうございます」 「じゃあね、がんばりなよw」 何をだろうか、最後の笑いとともにかけられた気になったが、余り考えないことにした。 「、、、おそかったわね」 「すまんな、すこし腹が痛くて」 「、、、で、どこに行くか案は決まった?」 「んいや、まったくもって」 「もぅ、考えときなさいよ」 「まぁ決めることもないだろう、その辺をぶらついとこうぜ」 そう言うと、ユキは不服そうにしながらも、俺の前を歩き始めた。 「お前っていつも俺の前を歩くよな」 「んー、そういわれてみればそうね」 「やっぱこれが上下関係の現われなのかなぁ」 「というよりはまぁあなたを見てるとどうも前に出て守ってあげないとって思ってしまうのよ」 「むぅ、普通は逆のはずなんだがなぁ」 「早い話が強くなりなさいってことね」 「そうだなww」 他愛もない話をしていたその時、 ドンッ 「ってえなクソ野郎!」 なにやらぶつかってきた奴が、ってこいつは、、、、 「あ、手前らはこの前の、、、」 ビンゴだ、俺を刺してきやがったクソどもだ。 「おいそっちのガキ、俺らが追った火傷の恨み、晴らさしてくれないか?」 「いいわよ、ただしやれるもんなら、の話だけど」 「、、此処は人目につくが、いいのか?」 「べつに、どうせあなたたちが焼けて終わりだろうし」 「ふん、言ってろよw」 「○○、ちょっと離れててね」 巻き添えを食らうのはごめんなので、おとなしくその命令に従うことにした。 シュルゥ、キンッ その男はサーベルを抜き放つとユキに向けて威圧の構えを取った。 なかなかどうしてあの構えは素人のものじゃないな。 だが一方のユキは余裕綽々としていて、どっからでもかかって来い、とでも言うようなオーラだった。 、、、、なんだかいやな予感がする。 野次馬が増えてきて、中には賭けまでする奴もいた。 違う、そんなことじゃない。 もっと別の違和感が在るだろう。 、、、そうだ!、こいつらの仲間が半分近く少ない! だが無常なことに、気づいたときには時既に遅し、ユキの死角、、つまり真後ろと左右の真横よりちょっと後ろ側から計三人、サーベルを持った奴が一人、ナイフが二人。 ユキに自らの得物を突き刺すべく、ユキめがけて突進していた。 得物は対称物に突き刺さり、その血が飛びち、、、、らなかった。 いやまぁ飛び散ったけどな。 正確には、俺の血が当たり一面ぶちまかれた。 「!!? ○、○?」 「ごほっ、大、丈夫、か?」 他の連中(ギャラリーから不良まで)は何がおきているのか分かっておらず、分かっている奴も唖然としていた。 やはり、人は死ぬ間際ってのはいやに冷静なんだな。 「ュ、、、キ」 「そんな、嘘でしょ、、、いや、○○死んじゃいや」 ユキ後ろだ。 「な、なんかは知らんが、チャンス、か?」 「チャンス、だな、復讐の」 くそが、まだやろうってのか。 「よし、ん? 誰か俺のサーベル知らないか?」 「此処に在るぜ」 ザクッ 「ぐぁあああ、手がぁぁ」 「ひっ、誰だ手前!」 「名乗る必要はないわ、なぜならあなたたちは此処で死ぬもの」 魔理沙に、アリス、、、、、 「○○! 大丈夫か!?」 「大丈夫? しっかりしなさい、、」 ●●にマイ、、、、、、 くそ、こいつらつけてやがったな。 俺が生還した暁には代表として●●をしばきまわしてやる。 「ぐほっ、げほっげほっ」 吐血か、、、、 こんだけ血がでりゃ、誰でも死ぬだろうよ。 「○○ぅ、、ひっく、、死んじゃやだよぅ、ねぇ○○ぅ、、ひぅ、、、、いつもみたいに変な悪ふざけで私を呆れさしてよ、怒らしてよ、ねぇ、○○ぅ、、、」 「ュ、、、キ」 「な、何?」 「今、、言う、、ことじゃ、ごほっ、無いかもだけどね、最期かもだから、、、ぐほっ」 「最期、なんて、、ひっく、、言わないでよ、、何?」 「あのさ、、、ぐぅ、、実は、俺はお前が、大好きだった」 「、、、なんで、、ひく、なんでこんな時に言うのよ、、馬鹿ぁ、、」 「ごめ、、ん、、やっぱめいわkんぅ」 なにが起きた? ユキの顔がやたら近くに在るが、、、、 「、、、っぁ、、、これが返事よ、馬鹿、だから生き延びなさいよ」 「、、ありがとう、、でも、、うぇほっ、えほっえほ」 「!? ○○!? 大丈夫!?」 「、、、、ユ、、、キ、、、これを」 「!? ○○!? ねぇ、○○!?」 もうこれが最期かな、われながら良くがんばった。 冥土の土産にあんなものもらったしな。 、、、心残りしかないな。 あぁあ、死にたくねえなぁ、、 せっかく実ったんだから、もっと一緒に居たいな、、、 でも好きな人を守って死ぬか、、、 それだけでわが人生に悔い無し、、だ、、、 「○○、ねえ、○○ってばぁ、、、、」 私の声は虚しく、空を切るばかり。 「起きてよ、ねぇ、起きてよ、、、、」 なぜ、なぜなんだ。 「ユキ! 救急車が届いたから早く! 早く○○を連れてきて!」 そう呼ばれ、急いで彼をおぶる、軽い、こんだけ血が抜ければ当たり前か。 ○○を乗せた救急車は、けたたましい音を鳴らしながら、病院へと向かっていった。 私はひどく力が抜けた、それと一緒に、私の意識もやみに落ちて行った。 ────────────────────── 彼はいつ起きるのだろう。 彼が集中治療室から出てきてからはや半日、医師によると、助かるかどうかは本人の体力しだい、だって。 なんで、彼がこんな目にあわないといけなかったのか。 全ては私の油断、自己嫌悪なんてものじゃすまない。 彼が目を覚まさなかったとき、私はどうなるのだろう。 きっと壊れてしまうだろう。 「、、○、○ぅ、、、」 返事は当然あるわけでもなく、私の声は広い病室に小さく響いた。 「、、、、ユキ」 「、、、、、、何よ」 「、、、ご飯食べないと」 「私いらないわ」 「ユキ、お前の気持ちは痛いほど分かるがな、せめて食事くらい「わかってるわよっ!!」 「あなたたちは二人ともそろっている、どちらもかけてないし欠ける予定も無い、でもこっちはっ、自分のっ、一番愛していた人がっ、生死の境目をさまよってる最中でっ、、、やっとお互いが自分たちの気持ちを確認できたのに、、、、どんだけ辛いと思ってるのよ、、、」 「、、、、、ユキ」 「、、、、、ほっといて」 「、、、すまん」 そう●●が言うと、二人は出て行った。 、、、私って最悪だ、、、、 ごめんね、○○、ごめんね、皆。 ○○が目覚めないまま、もう二日、私の心は廃れきっている。 「○、○、、起きてよ、、」 どれだけ呼びかけただろう、どれだけの時間呼びかけてすごしただろう。 少なくとも覚えてられるほどではなかった。 「ユキ、いい加減にしないと、ほら、ご飯持ってきたわよ」 「、、、、、いらない」 「、、、俺が言えることではないが、まぁ聞く耳だけでももってくれ」 「、、、?」 「人間は愛する人が不健康だと、落ち込んでしまう性分の奴が多くてな」 「、、、、」 「それが自分のせいだとすると、なおさらだ、でだ、お前さんはこいつを、○○を落ち込ませたいか?」 「、、、いいえ」 「だとすればだ、自分のことを省みてない今のお前は、目覚めた○○を受け入れる体制が出来ていない」 「、、、、、」 「お前が受け止めることが出来ないなら○○も戻ってはこれまい。滑走路の無い飛行機は着陸できないのと同じでな」 「、、、、、」 「まぁ飯はここにおいておくから、自分で考えな」 「、、、、、」 「おかわりは此処を出て左にまっすぐいった所に在るから、じゃあな」 「、、まって」 「ん? どした?」 「その、、、ありがと」 「いやいや、気にすんな」 、、、、あのマイがこいつを気に入ったのも分かる気がした。 まぁとりあえずご飯を食べるか。 、、、、うまい。 食べ終わったら急に眠気が襲ってきた。 ここで寝るべきか否か、、、、 「うっす」 「、、、なによ白黒」 「まぁそうとんがんなってば」 「、、、、で、何の用事よ」 「いやまぁ一つこんな話をしてやろうと思ってな」 「?」 「一晩眠ると全てがうまくいくようにこの世の中は出来ているって事をな」 「、、、何よそれ、根拠は?」 「ない」 「、、馬鹿なの?」 「実体験に基づく話だよ、大丈夫、この私を信じて今は寝ときな」 そういうと馬鹿は私の肩をポンッ、とたたき、部屋から出て行った。 、、、全てがうまくいく、か。 しょうがない、信じてやるか。 私は食事中以外、片時も話さなかった彼の右手を枕に、深い眠りに付いた。 ────────────────────── 何も無い。 これが死、か、、、、 天国だの地獄だのはやはり無いようだな。 無にかえる、やはりと言えばそうだな。 だが、、、 なぜだろう、右手がすごく、温かい。 形容しがたい、温もり。 不器用でいて、包み込むような抱擁の温もり。 温かい、なぜだろう。 この温もりはひどく安心する。 この温かさだけは自分から二度とはなれないような気がして、すごく落ち着いた。 、、、、、、、、、、 「天井、、、、、」 生還、、か。 俺はどうやら生きているようだ、否、生き延びれたようだ。 此処が天国でないと言う保証は無いが。 だが全身の痛みがその不安を消してくれた。 俺は生き延びることが出来たのか、、、、 あんだけ体中に刃がつきたてられておいて生き延びられるものなのか、、 全身が歓喜で震え上がりそうな勢いだったが、激痛によってそれは止められた。 痛さは尋常じゃなかった。 やはり、よほどの重体だったのだろう。 、、、見たところ、と言うか見たまんま、今はおそらく真夜中だろう。 真っ暗な、音一つ無い病室、見ごとなまでの真夜中だった。 、、、寝るか。 する事も在るわけないし、寝たほうが治りも良いだろう。 そう思って目を閉じると、物の数秒で俺の意識は深い闇へと落ちていった。 右手にぬくもりを感じながら。 「んぅ、、、、ぁあ」 日の光で目覚めるなんて何年ぶりだろう。 ひょっとしたら初めてかもな。 目覚めは、自分が包帯だらけであることを忘れさせるかのごとく、清々しかった。 んと、、今は、八時か。 とはいえど、時間を知ったところでどうになるわけでもないが。 、、、、、右手の温もりの正体はこれ、か。 見ると、ユキが俺の右手を命綱でも持つかのごとく握ったまま、眠っていた。 だがその寝顔は、不安一色だった。 そんなユキの顔は見るに耐えかねず、俺はユキを起こすことにした。 「、、、ユキ」 「すぅ、、、すぅ、、、」 「、、、おきろ(ピチピチ)」 「すぅ、、、ん、、」 「、、、起きろっての(むにゅぅ)」 「すぅ、、、んぅ、、」 起きねえ。 しかしこいつのほっぺは感動的な感触だな。 硬すぎず、やおすぎず、まるで触られるために在るかのような。 むにゅむにゅ 「んぅ、、、」 起きない。 しゃあない、起きるまでこの新感覚を体験し続けるとするか。 むにゅぅ 「んぁ、、、ん、、」 むにょ 「う、、んぁ」 お、起きた。 ユキは寝ぼけ眼でぼぉっとしている。 しかし、今まで絶賛ぼんやり中だったユキは、俺を見ると、 「あ、あぁぁぁあぁ」 そう呻きながらベットにもたれ掛かるように笑い泣き崩れた。 「心配かけたな」 「ほんとに、、ぐずっ、、し、死んだかと、、ずぅ、、お、思ったんだから」 「、、、すまんかった」 「、、、三日も目を覚まさずにいて、どれだけ心配したと、、ぐすっ、、、思ってんのよ」 三日も目を覚ましてなかったとは、、、 「、、心配してくれて、ありがとな」 「、、、、うわぁぁぁん」 「うぉっ」 終いには大泣きしながら抱きついてきた。 、、、正直痛い、すごく痛い、でも、俺はユキを抱きしめ返すのをやめなかった。 どれほどの時間抱きしめあっただろうユキはとっくに落ち着いたようでもう泣き止んでいる。 でも、どちらもお互いを離そうとはしなかった。 「あついのね」 そんな冷めたアリスの声がするまでは。 慌てて俺らは離れたが、時すでに遅し、病室の入り口にもたれ掛かっている●●、その●●にもたれ掛かっているユキ、アリスの後ろに居る魔理沙、それとアリス、なぜだかみんなニヤニヤしている。 、、、、見てやがったな。 ユキは真っ赤、おそらく俺も真っ赤であろう。 「、、、、、どこから見てた?」 「んー、抱き合った瞬間ぐらいからだな」 代表して●●が教えてくれた。 「ほんと、暑いのね」 これはマイが、てかお前が言うな、お前が。 「まぁ後は若いお二人に任せて俺たち邪魔者は退出するとしようぜ」 「そうだな、これからお楽しみだろうし、私たちは出るとしようぜ」 「、、、、、●●、覚えときやがれよ、、、」 言い切る前に、全員消えていた、クソめ。 「えっと、、あの、○○?」 「ん? 何だ?」 「あの、、その、あの時言った言葉覚えてる?」 「、、、、、あ、あぁ」 顔はさぞかし赤いことだろう。 「、、、なら改めて言い直すわね」 「お、おぅ、てか俺から言わせてくれ」 「うん、いいわよ」 「なら、、、、、俺は、お前のことが、大好きだ、あ、loveのほうな」 「分かってるわよ、、、私も、あなたのことが大好きです、もちろんloveの方で」 「、、、、、だから、俺とこれから一緒に居てくれないか?」 「、、、喜んで」 今の俺たちは蛸よりも赤い事だろう。 「、、、そういえば、あの包み見てくれたか?」 「?」 「見てないのか、、、」 「ごめん、あなたのことでちょっと色々忙しくて」 「いや、攻めるつもりは微塵も無いがな」 「そう? ならいいわ」 「、、、、、なぁ、俺はどうするべきだろう」 「? 何が?」 「、、、俺が人間である、と言うことだ」 「、、、やっぱり戻るの?」 「いや、まぁでも別れはつげに行くかもな」 「、、、、でも戻ったら、こっちには、、、」 「いや、そこは●●に聞けば何とかなるだろう、ただな、問題はそこじゃないんだ」 「?」 「お前は魔界人であり、魔法使いだ」 「うん」 「だがな、俺はただの人間だ」 「、、、」 「俺はこのままだとほぼ確実にお前を置いて逝ってしまうであろう」 「、、、、」 「だが俺はそんなのはいやなんだ、お前と最期まで一緒に居たいんだ」 「、、、、、」 「それについて何か良い方法は無いか?っと思ったんだがな」 「、、、○○も、一緒に魔法使い、と言う種族になれば良い」 「?」 「魔法使いってのは、生まれながらにして魔法使いであるものと、人から魔法使いになるものの二通り在る」 「、、、、ほう」 「前者は、そのままだと普通に老いて、寿命を迎える。だからそれを防ぐために、捨虫の魔法と言う成長を止める魔法を自分にかけるの。そうやって成長を止められて初めて魔法使いと認められるようになる。」 「、、、意外と簡単なんだな」 「そうでもないわ、その魔法を習得するのにすごい時間がかかるの、だから昔の魔法使いには老人や老婆が多かった」 「なるほど、、、」 「でね、後者は、捨虫の魔法に加えて、魔力を己で生成できるようにする、捨食の魔法も自分にかけないといけないの」 「、、、、」 「私やマイやアリスは後者だけど、まぁ自分で言うのも何だけど、才能がすごくあったみたいで、ものの十年で習得できたの」 「普通はどれくらいかかるんだ?」 「良くて三十年、今の魔界は魔法の研究が進んでいるから、もうちょっと短くてもすむかもしれない」 「三十、、、年か。ユキがその魔法を俺にかけるってのは無理なのか?」 「無理なの、この二つの魔法は自分にしかかけられないように出来ていの」 「、、、、、でも、習得できれば、お前とともに歩めるようになるんだろ?」 「まぁね」 「なら何年でも何十年でも俺はやってやるさ、でもそれまでに老いて醜くなってしまうかもしれない、それだけは許してほしい」 「大丈夫、外見がどうであれ○○が○○である限り、私は見限ったりなんかしないわ」 「、、、、、、」 「、、、、、なんか自分で言っといてなんだけどすごい恥ずかしいわ」 「、、、、こっちもだよ」 「、、、あ、それで別れをつげに、やっぱり行くの?」 「んー、それなんだがな、あっちに手紙的な何かを送るだけで良い気がしてきたんだよ」 「、、、なによそれ」 「だからまぁそのことは気にすんなよ」 「、、、まったく、心配かけさせないでよ」 「すまんすまん」 「もう、、、、」 (ピンポンパンポーン、703号室の○○さんの恋人の、ユキさん、○○さんの恋人の、ユキさん、お連れ様がお呼びです、待合人室まで来てください、ピンポンパンポン) 、、、、あいつら、ほんとにしばいてやる、くそっ、ご丁寧に部屋の場所まで言いやがって。 「、、、、ちょっと行って来るね」 「あぁ、あ、ちょっと待てユキ」 「?」 「ちょっとこっちに来てくれ」 「どしtんむぅっ」 「、、、っぁ、、、あのときのお礼だ」 「、、、、、(顔がすさまじく真っ赤)」 「、、、嫌だったか?」 「そんなことは無いわ、でも次は私からやるからね」 「へいへい分かりましたよ」 そんなこんなでしていると、 (ピンポンパンポーン、703号室の○○さんの恋人の、黒い帽子をかぶって黒い服を着た見た目十歳ぐらいのユキさん、お連れ様がお待ちです、待合人室までおこしください) 「、、、、ちょっとあいつらしばいてくるわね」 「俺の分まで頼む」 「分かったわ」 そういうとユキはあえてか知らないが、怒りと羞恥のオーラを漂わせながら病室を出て行った。 、、、、あいつらはどうなることやら、まぁ知ったこっちゃ無いがな。 さて、一人になったことだし、ちょっと居眠りでもするかな。 帰ってくるまでの時間だからそう長くも無いだろうけど。 その後今後のことについて引き続き色々と話し合ったりよう。 魔界ライフの幕開け、か。 中々に楽しみだ。 寝るか。 最愛の少女が帰ってくる時まで。 まぁ帰ってきても寝てるかもしれないがな。 ────────────────────── 「はぁ、、、、」 暇だ。 余りに暇だ。 結局あれから○○はとりあえず魔法の基礎を学ぶために学校に通い始めだした。 だから当然昼に家にいるわけも無く、こうして一人で暇を潰しているのだが。 「暇ねぇ、、、」 見事なまでに潰せてない。 あいつが来る前は私はどんなことをしていたのだろうか。 この暇を潰せることが出来ていたなんて、我ながら尊敬する。 それともあれか、人を待つから時間が長く感じられるのか。 何かすることでも見つけられれば良いのだが、、、 、、、、そういえば●●の奴は人間のままですごすつもりなのだろうか。 見たところ捨虫や捨食の術は使用してないようだし。 会得しようともしていない。 そのまま人間として過ごして人間として死ぬつもりだろうか。 、、、、聞いてみるのが一番か。 私はやっとこさ暇つぶしになりそうな目標を見つけると、その目標に向かって家を飛び出した。 「は? 人間として死ぬかだって?」 「うん」 いきなり来たかと思うとなんだ? 死ぬ? また不吉な言葉を。 「そいつは一体どういう意味だ?」 「だから、○○みたいに魔法使いになって寿命を延ばして、見たいな事はしないのかって事」 「あぁ、そういった意味ね」 「で、どうなのよ」 「あれ? 言ってなかったっけ?」 「何をよ」 「いや、俺が既に捨虫系の魔法は習得しているって事」 「、、、、、、、は?」 「あ、言ってなかったんだな」 「え、だってあなた普通に成長してるし魔力が体内から感じられないし、、、、」 「まぁ習得はしているが使ってないから当然だろうよ」 「、、、、なんで?」 「まぁ理由は色々在るんだよ」 「どんな理由よ」 「聞きたい?」 「焦らすな!」 「へいへい、、本当に色々理由は在るが、やはり一番大きい理由はまだ覚悟が出来てないからだろう」 「覚悟?」 「そ、なぁユキ、浦島太郎って知ってるか」 「知ってるけど、、」 「簡単に言うとな、俺ら外の人間にとって魔法使いになるってことは、浦島太郎のようになるって事なんだよ」 「、、、、」 「あっちの時間の流れから、俺達は完璧に外れてしまう」 「、、でも」 「すなわち、あっちの世界の全てを失ってしまうときが来るって事だ、浦島太郎は云百年後で一人ぼっちになってんだから、そんなに違いは在るまい」 「、、、、でも、私が言うことじゃないけど、自分のそういった物を捨ててでも愛する人を愛すって考え方は無いの?」 「捨てることをその愛する人が止めたら止めざるをえんだろう?」 「、、、、、それでも私は、、、」 「、、、○○のことか」 「、、、」 「あいつがなんていうかは分からんがな、それでも確認というか、話を聞いた方が良いとは思うぜ」 「、、、うん」 、、、、、、今にも泣き出さんばかりの落ち込みようだな。 「、、、まぁ、あれだ、人それぞれだ」 あぁ、我ながら語彙の少ないこと。 「、、、、うん、ありがと、もう帰るわ」 「お、おう、じゃな」 「うん、じゃあね」 そういうと、力なく飛んでいった。 、、、、○○によほど惚れこんでんだな、俺みたいな奴の戯言を聞いただけであんなに落ち込むとは。 まぁ、俺もいつかはつかうだろうけどな。 ○○もきっと、いや、絶対使うだろうよ。 それと、一つ、ものすごい重要なことあいつに言ってなかったな。 俺らは愛する乙姫と別れた浦島太郎と違い、分かれることなく一生をともに過ごせるって事を。 、、、、まぁいっか。 時間の流れから外れる、か、、、、 やはり魔法使いになることを進めるべきではなかったのか。 今になって後悔する自分に少々腹が立つ。 もっと考えろよ、本当に。 行き場の無い怒りを抱えていると、いつの間にか家についていた。 「、、、、ただいま」 「おう、ユキ、お帰り、どこ行ってたんだ?」 「ん、ちょっとね、○○もおかえり」 「あぁ、ただいま」 「、、、、」 「、、、、何かあったのか?」 「別に、、」 「体調悪いとか」 「すこぶる健康よ」 「、、、まぁ大丈夫なら良いんだけどな」 「大丈夫よ」 「、、、んーなんだ、まぁあれだ、悩みが在るなら何時でも相談に乗るぞ」 「ありがと」 こんなときに優しくされると、ほんとに、ちょっとだけど、こう目頭が熱くなるような感じに襲われる。 あれ、ちょっと、まってよ。 もう耐え切れないと言わんばかりに、堤防は決壊した。 「!? お前泣いてるじゃないか!」 「な、何でもないわ」 「、、、話してみろよ」 「なんで、もない、わ」 「そんなわけ無いだろ、良いから話してみろって」 「で、でも、、、、ぐすっ、○○ぅ、、」 「うぉ!?」 耐え切れなくなった私は、全体重を○○に預けた。 「、、、まぁ落ち着けよ、落ち着いたら話すか話さないかだけでも教えてくれよ」 「落ち着いたか?」 「(コクン)」 「まぁ話す気があるなら話してみてくれよ」 「、、、、、、○、○は」 「?」 「○○は、向こうの世界の、全てを失っても、私と一緒に居てくれるの?」 「、、、、どういう意味だ?」 「だから、あっちの事全てを失ってでも、あっちの時間の流れから外れてでも、私みたいなのと一緒に居てくれるの?」 「なんだ、そんなことでこんなに悩んでたのか」 「そ、そんなことって、な、なによ」 「お前も馬鹿だなぁ、一緒に居るに決まってんだろ」 「で、でも」 「良いんだよ」 「あっちの物も者も全て失う事になるんだよ?」 「まぁそりゃ全てを投げ打つ事に、失ってしまう事に抵抗が無いわけじゃねえさ」 「、、なら」 「でもな、手に入れることの出来る物がそんなものがカスに見えてくるぐらい莫大なものなら話は別だ」 「、、、、それが私?」 「あぁ、お前だ」 「私にそんな価値は在ると思えないけど、、」 「価値云々の話を持ち出すな、問題なのはどっちが自分にとって必要か、だ」 「、、、でもその天秤に見合うだけの魅力は持ってないわよ」 「アホ、魅力云々も禁止だ」 「、、、じゃあどうして私をとるの?」 おいおい、理不尽にキレんなよ、、、 「じゃあどうしてお前は俺と一緒に居る道を選んだんだ?」 「それは、、、その、、、」 「それと同じだよ」 「でも、私は捨てるものが無いから、簡単にいえるけれども、、、○○は、○○の捨てるものは、、、」 「でもな、それでも俺はお前をとる、お前とともにいる道を選ぶ」 「なんでなの?」 「あーもう、惚れてんだからしょうがないだろ! お前といた方が俺は幸せなの!」 くそっ、恥ずかしいな、おい。 「、、、、、(真紅、顔が)」 「あぁっ! もうこの話は終わりだ! 終わり!」 「な!? ちょっと待ちなさいよ、どこ行くのよ!」 「外の新鮮な空気を以下云々」 「ちょっと! まだ話は終わってない!」 「いいんだよ、自己完結自己完結!」 「ちょっと待ちなさいって!」 「あーあー、聞こえなーい」 マラソンランナーもかくやのスピードで家を飛び出した。 よし、脱出は成功だ。 さぁて、晩飯になって●●が来るまでその辺ほっつき歩いて、、、、ん? ●●? 、、、、もしかするとこの話の全ての元凶はあのあほんだらけのせいなのではないか? だがおおいにありえる、いや、寧ろ断言できてしまうほどだ。 朝あんなに嬉々として俺を送り出してくれたユキがあんな事を自ら考えだすなんて思えないしな。 よし、〆よう。 俺は固く決意をすると、目標所在地に向けて歩き出した。 んぐぅ、、、、 うぉ、もうこんな時間か。 まったく、一日は短いなぁ。 ちょっと居眠りこいたらすぐ日が暮れてしまう。 まぁユキが来るというちょいとイレギュラーな予定も入ったけどもな。 腹減ったな、、、、 まぁそろそろマイの家に行くとしますか。 ピンポーン 誰だ? こんな無神経なタイミングに来る馬鹿は、まったく。 「はい、どちらさんですか?」 「俺だ」 「おぅ○○か」 何しに来たのやら。 「上がるぞ」 「おぅ」 どす、どす、どす 足音でかいな。 、、、、なにやらご立腹のようでして。 あれかな? 「どした?」 「話が在るんだよ」 「ひょっとしなくてもユキのことか」 「あぁ、やっぱりお前か」 「まぁな、で、お前はどうするわけで?」 「その前にだ」 「?」 「大事なことを教えてくれたお礼でもしようと思ってな」 「あぁ、そんなの気にしなくても良いのに、てかいつからそんな気の聞く人になったんだよ」 「まぁまぁ、そう遠慮せずに、受け取れ!」 そういうとこぶしを振りかぶって、、、、 ごすっ! 「ぐふぅ」 「てめぇ人の恋人に余計な入れ知恵すんなっ!」 「いてえな! なにしやがる!」 「正当なお礼もとい罰だ、どあほ!」 せめて宣言の元にやれよ、不意打ちは男じゃねえぜ。 「、、、、、何か言いたげな顔してるのは気のせいか?」 「たぶんな、でだよ、お前さんはどうする?」 「決まってんだろ、こっちに残って魔法使いになってやるよ」 「ユキのためか?」 「もちのろんだ」 、、、、、こいつは 「ほぅ、、、、だがな、一つ良いことを教えてやろう」 軽率にもほどが在る 「なんだ?」 「ちょっと耳を貸せ」 「?」 パァンッ 「、、、、、、、」 状況を理解してねぇな。 にしてもまぁ平手打ちってのは此処まで綺麗に入るもんなんだな。 「ってぇな、なにしy「お前は、失わせる方の気持ちを考えたことは在るか?」 「!?」 「愛する人の人としての生きる道と全てを自分のせいで失わせてしまうかもしれない、と悩み苦しむ恋人の気持ちを考えたことは在るのか?」 「、、、、、」 「そりゃあお前は自身の判断だろうから平気だろうよ、多少の失う悲しみは愛する人と時を刻める、と言う事実を手に入れれるのだから相殺も良いとこだろうよ」 「まぁ、それはなぁ」 「だがな、彼女等は自分のせいで愛する人の今までとこれからを根こそぎ奪ってしまうと言うどうしようもない苦しみの中にいるんだよ」 「それを救ってやることが出来て初めて、俺らには魔法使いになる権利が出来る、俺はそう考えている」 「、、、、なる、ほどな」 「なるなというつもりはさらさら無い、寧ろなってやれとも言いたい」 「、、あぁ」 「だがな、軽率に自分だけで決めるのは絶対にするな、さもなくばユキは消えることの無い、愛情に比例して増える苦しみの中に一生、お前といる限りとらわれることになる、そんな彼女をお前は見たくないだろ?」 「、、、あぁ」 「はたいて悪かったな、よし、俺も今からユキの家に行こうとしてたところだ、一緒に行こうじゃないか」 「、、、おう」 「ま、悩め、大いに悩め、悩んだ末にたどり着く物は、お前にとって必ず正解だから」 「、、、殴って悪かったな」 「ん? まぁきにすな」 「、、、、お前はすごいな」 「何か言ったか?」 「別に」 「あっそぉ、俺がすごいとか聞こえたのは勘違いだったかぁ」 「、、、、えの」 「あん?」 「手前のそういうところが気にいらねぇんだよっ!」 The・後ろ回し蹴り顔面直撃型 「うぼぉぇ」 「一生悶えてろ!」 「あぁあ、俺って損な役回り、、、、」 「、、、私はそんなあなたに惚れたのよ?」 「おぉうマイ。いつからいた?」 「、、、、、、、、、あなたの他人を想う気持ちが全面的に出ているあたりから」 抽象的だな、オイ。 「、、、、、行きましょ?」 「おぅよ、もちだ」 、、、、、まぁしかし嫌いな役ではないな うし、飯食いに行くか。 新ろだ2-146,2-148,2-151,2-161,2-152,2-208 ───────────────────────────────────────────────────────────
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「ん……」 「あ、起きましたか?」 「あれ? ここどこよ?」 「ここは俺の家ですけど……まさか覚えてらっしゃらない?」 「ん? んー」 なんだっけ。昨日セバスの家に会いに行って、そのまま彼の家に行ったんだっけ。 それで一緒に話をして、お風呂に入って、ベッドで一緒に寝て……。 ついでに自分の格好を見てみると、寝るまで何をしてたか思い出すのは容易だった。 「……」 「どうされました?」 「いやぁ、なんか、その、ねぇ?」 「わけが解らんのですが」 じっとセバスの姿を見てみる。 服着てないし。 「えーと、何で裸なの? アンタ裸族だったっけ」 「昨日のこと覚えてないんですか? そのまま寝ちゃったじゃないですか」 「貴方が服を着ていれば信じても良かったんだけど。えーと、あの」 「……ごめんなさい頂きました」 「わーお」 やりたい放題とはこのことか。 とりあえず、 「……お風呂入らない?」 「狭い風呂でよろしければ」 「わたしを抱っこして入ればいいじゃん」 「言うねぇ!」 「うぜェこのクソセバス」 さっさと入ろうよ。 あとお腹空いたし。 まあそんな感じで。 彼の家に泊まった二日目が始まった。 薄暗い部屋の中、時間的には朝だろう。 小さな小さなテーブルの前に正座しながらキッチンにいるセバスを待つ。 朝ごはんの時間である。 「……それにしてもほんとに狭いね」 見渡す必要もないほどの広さ。 棚と、テーブルと、変な箱がいくつか。 あれはクローゼットかな? 本もちょこちょこと見えるだけ。 ここまで何もない部屋だとは思わなかった。 「退屈しそうなところねぇ」 「もともとあんまり何もせずに生きてきたものですから」 「うわっ!? いきなり声かけんな!」 後ろから白くて大きな皿がにゅっと出てきた。 これは……目玉焼き? 次々と置かれる小皿と、透明なコップに注がれる真っ赤な飲み物。 「それではフラン様」 「はーい」 いただきます。 熱々のトーストに、バターを乗せたお皿と、ハニーシロップ入りの小瓶。 そこそこ小さなテーブルの中央には緑色の葉っぱがたくさん入った銀のボウル。 なんだ、食器は意外とまともにあるじゃん。 バターをべたべたに塗りたくったトーストを齧りながら、目の前のセバスに話しかける。 「ねぇねぇ、これ食べたら外に行ってみたいんだけど」 「はぁ。そりゃかまいませんが。何か欲しいものでも?」 「観光ついでにお買い物ー。とりあえず服と下着かな」 「下着……ねぇ」 「人の胸見て話すなぶっとばすぞてめぇ。他にも下着あるでしょうが」 ただのシャツでも下着だと思う。 いや確かに、セバスが思ってるものは必要ないけどさ! 君が見てる場所にはね! 腹立つけどね! 「服ですか。ただまあ、フラン様のような女の子のための服はちょっと難しいかと。まだ夏なのでどうにかなるとは思いますが」 「わたしのような女の子って、どういうこと?」 「羽のある少女ですよ」 「あー、」 確かに。こっちの世界ではいないのが普通だっけ。 幻想郷だといるのが当たり前だからイマイチわかんないけど。 「基本的に背中を覆う服しかありませんが、デパートにいけばなんとかなるでしょう」 「でぱーと?」 「雑貨屋ですよ。何でも置いてあって大変便利です。 幻想郷のどの店よりも巨大なので、はぐれないようにしてくださいね」 「え、そんなに大きいの?」 「紅魔館よりもでかいですよ」 「すげー!」 行きたい行きたい! 「外の世界での初デートにしては最高じゃん。今すぐ行こうすぐ行こう!」 「朝ご飯を食べてからにしましょうね。しかし羽はどうしましょうか。 服はいつものでもいいとして。昔使ってた小さなリュックサックがあるので、それに穴を開けますかね」 「それって、わたしに背負わせて中に羽を入れるの? 窮屈だなぁ」 「わがまま言わんでください。ちょーっと羽を折りたたむ必要ありますけど、我慢してくださいね」 「ま、しょうがない」 せっかくのデートが台無しになっても困るしね。 しかし、それにしても、 「今って夏だったの?」 「……らしいですよ」 「あっつーい!」 「そりゃこの炎天下ですから。幻想郷だとずっと紅魔館にいたからわかんないでしょ」 「そんなことないよ? 何回も外に出てたし」 「え? いつ?」 「……アンタが出てった後だけどね」 「しまった地雷踏んだ」 「もうおそーい!!」 日傘を貫通しそうな日差しの中、わたしは隣を歩く彼に飛びついた。 腕を絡ませて一緒に歩く……ふえへへ。 「? どうしたんですか?」 「いやぁ、デートだなぁって」 デート、デート、デートですよ! ようやく外をコイツと歩ける。今まで見た、どの夢よりもずっと現実だ。 わたしが望んだこと。そして、彼が手放しそうになったこと。 これ以上は、絶対に放してやれないんだから。 「ふへへへ、えへへへへへ」 「……なんつーだらしない表情を。可愛い顔が台無しですが」 「あ、やっぱりわたしって超可愛いよね!」 「この妹様が搭載しているフィルターマジ優秀。いいところだけしか聞いてないし」 「よっしゃー、ちゃっちゃと飛んでいこう!」 「いやいや焼けちゃいますって! 外は快晴ですよ!?」 「かまうもんかそいやー!!」 背中の鞄に仕舞った羽のことなんて気にせず、地面を思いっきり蹴った。 わたしのジャンプ力なら羽なんてなくても余裕で山越えまでいけるし。 地面を蹴って、セバスを引っ張って跳んだ。 ちょっとだけ跳ねただけで、すぐに地面に足が着いた。 「え、あれ?」 浮かなかった。ちょっとだけ。 跳ねるほどもなかった。地面から足が離れて、また地面に足がついただけだった。 「いたた、なにしてんですかフラン様」 「……ん、なんでもないよ。さ、出発しゅっぱーつ!!」 ま、いっか。 こんな違和感くらい、予想してた。 だって外の世界だし。 幻想郷とは違うここだから、予想することは容易だった。 (それにしても、早すぎじゃないかなぁ) せめて、もう少しだけ保ってくれればいいのに。 「……フラン様、まさか」 「ん?」 「いえ、何も」 さて、やってきました。『でぱーと』とやらに。 「なにこれ広っ。人多っ。あとめっちゃ涼しい」 「大体どこもこんなところですよ」 「そうなの?」 「雑貨屋がごちゃごちゃに詰まってる場所ですからね。食材とか服とか簡単な薬も置いてあります。便利ですよ」 「便利だねぇ」 「さて、それではさっさとフラン様の目的を達成させるとしましょうか。洋服売り場は何階だったかなぁ」 「どこかわかるの?」 「案内板があるのでわかりますよ。ささ、はぐれない様にしてくださいね」 「ここなに?」 「目当ての洋服売り場ですよ。これだけ広ければ気に入るものが一つや二つあるでしょう」 「凄い大きさだねー。あ、あれすっごく可愛い!」 「ああ、ちょっと! あんまり走り回ったら駄目ですよ。全くもう、はしたない」 「いいじゃん別にさー。 見たことないのばっかりで、すぐにでも着てみたいんだから」 「試着もできますから。さてさて、最初は何を試されます?」 「これー!」 「どれどれ……え、買いますそれ?」 「気に入ったらね。何?」 「いえいえ。可愛いからぜひ買いましょうか。 サイズもフラン様に合ってそうですし、季節にもぴったりでしょう」 「やったー!!」 「お似合いですよ。……値段を考えなければ」 「ここはどこ?」 「下着売り場です。いわゆるランジェリーショップ、みたいな」 「ほっほう。つまりあれか、セバスが選んでくれるわけだね!」 「何でそんなに嬉しそうなのやら。どうせそのへんので十分でしょうに」 「ふふん? そんなに我慢しなくてもいいんだよ? さっきから君が見ている下着をわたしはちゃんと知ってるから」 「……見てないですよ?」 「言い訳しようともなお、ちらちら見続けるセバスがステキ。じゃあこれにしよっかなー」 「どれどれ……って紐じゃねぇか!? どこで着るつもりだよ!」 「いいじゃん。セバスと寝るときしか身に着けないから。楽でしょ?」 「何が!?」 「外すの。ぴろって」 「昼間。フランドール様、昼間です。今は昼間!」 「知ってますよーだ。あ、これもいいかも」 「透け透けだー! もっと普通の買えよ! しょうがないから待ってろ、すいません店員さーん!」 「いやー、疲れた疲れた。まさかあんなところでこんなに体力を使うとは」 「お疲れセバス。ところでここどこよ?」 「カフェレストラン、つまり食事場所です。 ささ、何を頼むか決めちゃってくださいな。これメニューです」 「結構いろいろあるねぇ。どうしようかなー。あ、これおいしそう」 「いきなりパフェですか……。せめてもうちょっと肉とか魚にしましょうよ」 「いーじゃん。ところでこれってタダなの?」 「んなわけありますか。ちゃんとお金払わないと駄目ですよ」 「……そういえばアンタ、どこからそんなお金持ってきたの? 帰ったの最近じゃん。どうやって稼いだの?」 「お嬢様」 「え、なに?」 「……世の中には、知らないことがいいこともあるんですよ?」 「何そのアカシックレコードに触れそうな感じ」 「いいじゃないですか別に。あ、すいませーん! 注文したいんですけど」 「えええ、まだわたし決めてないのにー!」 「疲れたねー。とりあえず目的は終わったかな?」 「そうですね。後は帰宅するだけですがどうしましょうか」 「うーん。このまま帰ってもいいけど」 「……それなら、ちょっとだけ歩きません?」 「へ? う、うん」 なんだろ。妙に慎重と言うか……。 いつもの彼らしくないし。 セバスと二人、並んで一緒に外へ出た。 って暑いぃ。 重たい袋。中には私の服とか食べ物とかいろいろ入ってる。 こんな暑い中置いてても大丈夫なものだと思うけど。 いつもよりずっと暗い顔。 「どうしたの? セバス、なんか」 「いえ、ちょっと」 なんか、へん。 雰囲気も、態度も。 冷たくはないけど、怖いって言うかなんていうか。 並んで歩く道。 日傘を差しているのは隣の彼で、わたしは小さな袋を一つだけ抱えて彼と歩く。 たんたんと、たんたんと。 ……何か喋ったほうがいいかなー? 「ね、ねえセバスくん?」 「なんでしょうか」 「どこに行くの?」 「……公園ですよ。場所は近いですので安心してください」 「う、うん。って、そうじゃなくてコウエンって?」 「子供たちが遊ぶところです。遊具といって、遊ぶための道具も設置された場所ですよ」 「ふぅん」 「まあゆっくりするにはちょうどいい場所かな、と。 ちょうど着きましたよ。日光は大丈夫ですか? 当たってません?」 「大丈夫だよ。まだ平気」 そうですか、と彼は呟いて近くの……椅子?に腰掛ける。 彼に聞くとそれはベンチという、みんなが使える長い椅子とのこと。 わたしもそれにならってそこに腰掛けようとした。 むぎゅ 「ちょ、ななななな!?」 「フランお嬢様、ちょっとだけ大人しくしてください」 「わかってるけどどどどどしたの!?」 なんか抱きしめられてるんだけど! 周りに見られてるような気がするんだけど! わたしと彼の身長差は結構ある。座ったままでも彼の頭よりちょっと低いくらいの位置に、わたしの頭がくる。 いつもより近い彼の顔。 どうしたの? なんで、泣きそうなんだろう? 器用に日傘を持ったまま抱きしめている彼が、彼の肩がなんか震えてる? 「せ、セバス? よくわかんないけどどうしたの? ちゅーでもする?」 「……」 「え、えっちなことは帰ってだからね! っていうかわたし、両手塞がってるから抱きしめられないじゃーん!!」 「フラン様、すいません」 「は? なにがって、むぐ」 ……いきなり、キスしないでよ。いやいいけどさ。 どのくらいじっとしてたか、 「ぷはぁ。な、何なのよ突然」 「ただキスがしたかったんです」 「家でやろうよ!」 「ははは、いやなに。ちょっと歩き疲れまして。 それに身動きできない貴女にキスができるのもいいかなーと」 「ドSか」 「もちろん。でも貴女が可愛いのが悪い」 「あ、うん。アリガト」 なんか外でキスはちょっと恥ずかしいよ。 でも、さっきの雰囲気はなくなったみたい。 いつものセバス。いつもの笑顔だった。 立ち上がり、セバスの後に続いてわたしも帰り道へ歩く。 それにしても、どういう意味だったんだろう? このコウエンに何かあったのかな? ―――――――――――――――――――――――――――――――― ここに住むようになって、一週間経ったらしい。 らしい、というのはいまいちハッキリと理解してないからだろう。 彼と一緒に住むこと。 それは同時に幻想郷を捨てるということ。 そして、自分の家族を捨てるということ。 わたしは彼といることを選んだ。彼と暮らし、彼と生き、彼の世界でわたしは死ぬ。 めーりんもパチュリーも咲夜も、お姉さまも、わたしは天秤にかけた。だけどその反対の器に載った彼は、何よりも重かった。 だから選んだんだ。この人を。 どんなに寂しくても、彼だけはいてほしいから。優しくだっこをしてくれる彼の暖かさと、力強い腕が大好きだから。 よって、 「こら、腕を解くな」 「なんでさ」 この居心地の良さは、ヤバイとおもうんだよね。 あぐらをかいた彼の膝の上に、体育座りで背中を預けるように座っている。 この姿勢が私は好きだ。 そして、彼がわたしを囲むように手を回してくれると非常にグッド。 ニホンゴおかしいけど、大体合ってるよね。 しかし反対に彼は困ったような顔だ。 なんだその顔、嬉しくないの? 「嬉しいですよ、そりゃ」 「あっそう」 「でもね、脚が痺れてきたのだよ」 「可愛い彼女のためだ。我慢しろよ彼氏」 「それはエゴだよ彼女」 腕を組み、わたしを逃がさない彼の腕はとても力強かった。 なんだかんだ言っても、彼はわたしを逃がさないようにしてくれる。 離さないで。逃がさないで。 欲しかった場所がここにあった。 幸せだなぁ。なんか。 「それよりも、ねぇセバス」 「なんでしょう」 「これなに?」 「これはテレビですよ」 「てれび?」 なんだそれ。 「幻想郷にはありませんでしたからね。遠くの情報を表示する。電気を使って動きます」 ふーん。 「じゃあここに映ってる人達は、今別の場所で"こんなこと"してんの?」 「ちょっと違いますね。これは映画だから過去に取った映像です。それを記録したものを見てるんですよ。ああ、ちなみに映画というのは、」 そこでセバスがどうたらこうたらと蘊蓄を垂れ流し始めた。いやまあ、正直聞いてないんだけど。わたしの頭は、目の前の"こんなこと"に集中していたからだ。 なんだこれ。 「ちなみに映画にも色々ジャンルがありましてね、ってフランドール様? 俺の話聞いてました?」 「いや、全然」 だってしょうがないじゃん。 このテレビとかいう箱ん中で、どっかの男とどっかの女がキスしてんだから。 いや、まあ、なんというか、ねぇ。 「さっきから視線がテレビに釘付けですけど、そんなに興味津々に見られてもアレなんですが。こういうラブストーリー、好きなんですか?」 ラブストーリーだったのこれ。 そのうち男と女が合体しそうな勢いなんだけど。 「あー、過激ですからね、昔のは」 「セバスは、」 「はい?」 「したくないの?」 「何を?」 「これ」 指で指し示したのは、勿論抱き合ってキスしまくってる男女の姿である。 ちらっとセバスを見ると、なんというかしょっぱい顔をしていた。 「えーと、なんの話ですか?」 「男女が舌を絡ませながら情熱的にキスをしまくる話」 「無駄に修飾しないで下さいよ生々しい」 「495年の引きこもりは伊達じゃないわ」 地下で本とか読みまくってたし。 「495年生は化物か!」 「そりゃ吸血鬼ですから」 「確かに。それにフランドール様は白より紅ですよね」 「でも下着は白よ」 「別に聞いてねぇよロリ吸血鬼」 「聞きたくないとは言わせない」 「なんか最近ドヤ顔多いですね」 「うっさいな! で、どうよ?」 「……はて、なんでしたっけ」 「わたしと性交する話でしょ」 「断じてしてねぇよ!? ただのキスの話だったろ、捏造すんな!」 「うん、そうだよ。で?」 「開き直った、だと?」 「で!?」 「お、落ち着いて下さいよ。 そうだ、フランドール様はどうなんです?」 「質問を質問で返さないでよ。 ……でも、敢えて言うならば、」 「ほう?」 「食べたい」 「よ、妖怪だー!」 なんてことをしながら、わたしたちは一日をなんてことなく過ごす。 そうした日常が思ったよりも気持ちが良く、本当に忘れちゃいけないことまで忘れそうになる。 大丈夫、忘れてないよ。 ただ先伸ばしにしていたんだ。 そのときが来るまでは、ただの恋人でいたい。 「セバス」 「ん?」 「ふへへ、なんでもない」 「キモいですよお嬢さま」 「台無しだよ!」 少しは空気読め。 「ホントにもう、セバスはカイショーが足りないんじゃない?」 「また嫌な言葉覚えましたね。テレビで出た言葉を鵜呑みに覚えるのやめましょうよ。使い方違いますし」 「小さいことは気にしないのー」 「甲斐性がないと言われても、フランドール様の胸よりはあるつもりですが」 「よっしゃーブチコロス表に出ろやクソ彼氏」 「小さいことは気にしないで下さい」 「それはどっちの意味かなセバスくん?」 「胸の話ですよ」 「うっさい!」 普通に飛びかかって、普通にセバスに抱っこされて、普通にキスされた。 不意討ち過ぎる。これはズルい。 「……ぷはぁ! ちょ、いきなりはズルくない?」 「したかったんですよ、仕方がない」 「やる前になんか言ってよ! びっくりしてなんにもわかんなかった!」 「じゃあ、キスをしてもいいですか?」 「う、面と向かって言われると照れる」 「頂きます」 「話を聞けって、ん……」 今度はゆっくり、さっきみたいな不意討ちじゃなくてしっかりと重なった。 幸せになる。 幸せになれる。 吸血鬼が人間に飛びかかって、普通に抱き上げられたことの異常なんて忘れるほど。 ここでの妖怪の能力が消えつつあるという事実も忘れるほど。 つまりそれは、いつか私が消えるということも忘れるほど。 彼とのキスは甘かった。 何回も、何回も彼を求めた。 呼吸なんて意識しないくらい、食べられてるのか食べているのかというくらい、私は夢中になった。 「あふ、ん」 「……ちょっとがっつき過ぎでは? なんか口の回りがめっちゃべたべたするんですけど」 「うっさいなぁ、いつものことじゃん」 「まあ、そうですけどね。とりあえず拭くものを何か」 「舐めとってあげようか?」 「変わんないでしょ。これだってフランドール様のものですよ」 「わたしの口の回りだって、アンタのでべたべたなんですけど。まあいいや。ところでさ、」 「はい?」 「最後までしないの?」 「……あのですね、一昨日失神する程度にしましたよね」 「うん。あれから二日経った」 「ええ、二日です。つまり?」 「欲しい」 「直球過ぎて照れます。 とりあえずは、夕飯にしましょうよ」 「じゃあ食前のウォーミングアップでやろう。そんで食べた後に食後の運動で」 「この変態」 「吸血鬼よ」 もっとも、その力のほとんどは……。 吸血鬼という種族なんて、この世界では何の常識にもならないのはわかってた。 わかってたけど、わたしは彼を選んだのだ。 「はぁ、とりあえず買い出しに行ってきますね」 「うん、いってらっしゃーい。 できれば鍋がいいかなー。スッポンとか」 「んな高いもの買えませんって」 がちゃり、とドアに鍵がかかった。 さて。 何時もならついて行くんだけど、今日はそういかないみたい。 「出てきてよ"八雲紫"。いるのは知ってるから」 「あら気が付いてたのね」 律儀に反応してくれる。 何もないところが、黒いヒビと共に突然ばっくりと空いた。 その中から出てきたのは、わたしをここまで導いてくれた張本人だった。 「御機嫌麗しゅうございますわ、レミリアの妹さん。 いつもいつも仲良しこよしで何よりかと。 そこまで幸せになられると、手を回した此方も甲斐がありました」 「そんな御託はいいの。わたしは、何でここに貴女がいるかって聞いてんのよ」 「はて、妙なことを。 私がここにいることと言えば、お節介以外に何もありません」 「いらないわ、そんなもの」 「いるでしょう、こんなことでも」 だって、と彼女は笑った。 「貴女の消滅がかかってるんですもの」 ………やっぱり、か。 「あら、あまり驚かれないようですが。貴女自身の死だというのに」 「予想は、してたよ。 変に力が無くなっていく感触とか、いつも見えてた"目"が見えなくなったりとか、今日もセバスに簡単に抱き上げられたりとか。こんなに早く来るとは思わなかったけどね」 「そう。幻想郷で生きる妖怪は、元々外の世界から淘汰されたものたち。しかし逆はどう足掻いてもありえない。 それは私達が常識の外にある存在だから。故に、貴女は今、幻想郷と外界との間にあるズレによって世界からの修正力を受けている。もう空を翔ぶことも弾幕を撃つこともできないでしょうね」 「そっか。よくわかんないけど、なんかおっきい力が働いてるってことだね」 「幻想郷から出るということは只では済まされないのです。でも、貴女はきっとまだ生きられる」 「……」 心当たりは、ある。 っていうか彼しかいないじゃん。 わたしは彼の名前を、ぽろっと溢すように呟いた。 「そうね。貴女の存在を唯一肯定してくれる人がここにいる。 彼の非常識な常識がフランドール・スカーレットを肯定している。彼がいる限り、フランドール・スカーレットは消滅することはないでしょう。ただ、妖怪としての力は失われるのは止まらないけれど」 「……アイツ、わたしのこと妖怪として見てないってことか」 それはそれでどうなのよ全く。 「っで? 結局何をしにきたのよ八雲さんは」 「幻想郷への再勧誘を」 「ハァ?」 「ここに住むまでに失ったのは妖怪の力だけじゃない筈ですが。 紅魔館のみんな、そして最愛の姉。どれも失うには大きいものばかりだった。 このままここに居たとして、貴女の消滅は彼と共にある。 高々五十年程度の余生しか与えられないというのなら、このまま貴女はここに居てもいいのかしら?」 そっか。 この妖怪は、ただわたしのことが心配なんだろう。 一度は送っときながら、今度は連れ戻しに来るだなんて。 なんて、不真面目な妖怪なんだろう。 大方こっちで過ごす事の辛さを伝えたくて、わざわざここまでの道を開いたんだ。 妖怪か、それ以下か。 わたしは人よりもずっと劣った存在で居続ける。 彼がいる限り。それは正しくは間違いだ。 わたしは、フランドール・スカーレットは吸血鬼だ。 妖怪は妖怪らしく生きるべきだ。人を喰い、恐怖させる対象でなければならない。 それならわたしは、ここに間違いを犯して来たのか? そうよ。 間違いだってわかってた。 でもそれでも、わたしは、彼が欲しかった。 わたしは、笑って言うことしかできなかった。 「ありがとう、八雲紫。 でもわたしはここがいいよ。 例え五十年でも十年でも一年でも、いっしょに居たい人とわたしは居るよ」 「ほう。ですが、貴女と彼では子供も作れない。一緒に暮らすには二人で、今のような時間しか過ぎていかない。残すものもなく、きっと今以上には幸せにはなれないとしても?」 「それでもいいよ」 子供とか云々は気にしてない。 ただ一緒にいられるだけで、価値はあると思ってるから。 でも、 「彼が同じ想いか、まではわかんないけどね」 もしかしたら、彼は子供が欲しいかも。 もしかしたら、もっと大人な女が好きかも。 もしかしたら、今に不満があるかも。 わかんない。彼の考えることをいちいちわかってるわけじゃないし。 そうだとしたら、わたしはどうしようか。 ……いや、違うね。 「同じじゃなくても、セバスもきっと、わたしと一緒にいる未来がいいと思ってる。だからいいよ。わたしはここで彼と一緒に死ぬから」 「それが、貴女の望み?」 そうだよ、と言い返そうとして他の誰かに遮られた。 「ついでに言うと、俺の望みでもあります」 ……セバス? おい、買い物どうしたんだよ。 いつ帰ってきたし。 「ついさっきです。 なんか嫌な予感がして、急いで帰ってきました。案の定、嫌な方に会ったわけですがね」 「直感半端ないわね」 「愛ゆえに(キリッ」 「嬉しいけどキモい」 「それが恋ですよお嬢さま」 お前、なんでもかんでも愛でどうにかなると思ってない? 今のところなんとかなってるけどさ、実際。 「愛しのお嬢さまはさておき。 八雲紫さん、ここまでのご足労お疲れ様です。俺とフランドール様の愛の巣に何要で?」 なんだコイツ。 台詞が超キモい。愛の巣はないだろ。 なんだコイツ。 そして八雲紫は、わたしのことなどなかったように彼と話を続けた。 「彼女を幻想郷へ勧誘しに来ました」 「勧誘? 拉致の間違いでは?」 「ご冗談を。本気で拉致するなら彼女を拘束すれば終わりですもの。 今の彼女に、私の力に抗う術はありませんから。そして幻想郷に連れ帰ったあと、貴方を殺します。そうすれば、フランドールの心以外は全て元通りです。ですが、」 「妖怪にとっては大事な心、精神の拠り所となる核を壊されたら妖怪としては終わり。結局、穏便に話し合いという手段しかない」 「理解が早くて助かります。貴方ごと幻想郷に連れて行っても良いのですが、それはレミリア・スカーレットとの契約違反ですから。 フランドールの夢を叶えるために、貴方は吸血鬼と悪魔の契約をした。 それは破れない約束。もっとも、フランドールはせっかくの貴方からのお節介を蹴って、たった一人の執事と一緒にいる道を選んだ」 「……」 「どれだけ自分が馬鹿なことをしたのか、少しは嫌味の一つでも言いたくなりますわ。 このままでは自分が死ぬかもしれないのに。妖怪でもなく、人でもない生き方をしなければならないフランドール。 そんな彼女に、私は最後の選択肢を与えに来たのです」 「なるほど、事情は理解しました」 そして彼の顔が、わたしの方をゆっくりと向いた。 咄嗟に俯いてしまう。 だって見ることができないよ。 あんなに無表情で、どこまでも透かしているような彼の顔なんて。 「セバス?」 名前を呼んだ。 ああ、彼は怒ってるんだ。 わたしが彼のことを疑ってしまったこと。 「フランドール様」 「ん」 「俺を見て下さい」 「やだ」 「なぜ?」 「怒ってるもん。見たくない」 「怒ってませんよきっと」 「怒ってる人はみんなそう言うもん」 「本人が言うのだから間違いなく怒ってませんよ」 「怒ってる人は(ry」 「フラン」 うわぁ。 久し振りに呼び捨てされた。 彼が怒ってるか怒ってないかで言えば、怒ってるとわたしは思ってる。 でも誰に対して。何に対して? わたしに対して……とは違うような。 或は、自分に対して怒ってるのか。 でも、彼が次に言う台詞は分かる。 多分「行くな、ここに居ろ」って言ってくれる。 つーか言え。 言ってください。 さっきみたいに、「俺の望み」って言ってくれたらいいのに。 もしも、彼がわたしに「幻想郷に帰れ」とか言ったら、泣く自信ある。 お願いだからわたしを離さないで欲しいよ。 何も言わない彼に、わたしは痺れを切らして真っ直ぐに見つめた。 黒くて、力強い視線。 そして彼から発せられた台詞。 「絶対にどこにも行かないで下さい」 「あ、うん」 緊張してたあまり、変な言葉で返事をした。 ちらっと八雲紫を見ると、なんともまあ間の抜けた表情をしていた。 そして溜息混じりに口を開く。 「……そう仰ると思っていました。貴方も、彼女もね」 「ってわけで帰って下さい。俺の想いは彼女と同じだ。ここで生きる。それ以外は考えられない」 「それが結果としてフランドールを殺す。 貴方のそれはエゴ、もっと言えば悪意の塊です。 妖怪としての本懐すらも捨てさせ、ただ一時の恋に身を散らせるなんて、ナンセンスですわ」 「エゴでも我儘でもなんでもいいです。 これしかないんです。俺とフランドール・スカーレットが生きる未来はこれしか残ってない。 俺はフランドールが好きだ。例え妖怪でも人間でもどちらでもなくても一緒にいます。それに、」 「ふむ?」 「この想いは終わらせたくないんです。 勢いだと言われてもかまわない。一時で終わっても、次は考えられない。 これが俺達の始まりで、終わりだ。俺達の道の邪魔をしないでくれ。八雲紫さん」 ……うわぁ。 今のわたし、絶対顔真っ赤なんだけど。 「そうまで仰るなら、わかりました。 外界で彼女と一緒に生を謳歌し、そして百年足らずで死んで下さい。私も貴方も、お互いに干渉しないことを永久に誓いましょう」 「願ったりです。それでは、」 「ええ、さようなら」 唐突に避けた空間ができ、そこを八雲紫は通って消える。 二人っきりに戻った瞬間だった。 彼は部屋のドアの前から動かず、立ち尽くし、安堵していた。 ……なんかもうおかしいよね。 選べたはずの未来。再度開かれた幻想郷への道を。 わたしも、彼も。切って捨ててしまった。 「あのさ、」 「フランドール様」 遮るなよ、ってうわ。 「こら何よ、いきなり抱きついて……」 「実は知って、いました。フランドール様の妖怪の力がなくなっていること」 「……は?」 いつから? そんなに鋭かったっけ、君。 「この前、公園に行ったとき。 フランドール様を抱きしめましたよね」 「う、うん」 「実はあの時、日傘をしてなかったんです」 「はぁ!?」 だから見えないようにわざわざキスしたのかお前!! 吸血鬼相手になんてことをするんだろ、こいつ。 下手したら灰になってたんだけど。 抗議の目を送ると、彼は苦笑いでわたしの頭に手を置く。 「地面を蹴っても空を飛べなかったあのとき、もしかしたらと思ってみたんです。 そしたら案の定、貴女にはもう妖怪の力はほとんどなかったことがわかりました。いえ、妖怪の力というよりは人間に近くなった、ということかもしれません」 「どういうこと?」 「俺は吸われたことないんでわかりませんが。血、ここにきて吸ってないでしょ? 吸血鬼なのに血を吸ってない。でも翼は残っている。多分ですが、俺の頭の中にあるフランドール様に近づいています」 「つまり何、わたしのこと吸血鬼と思ってなかったのかアンタ」 羽は外見的な特徴として、残っている。 要するに、他の力はコイツの中であまり印象に残ってなかったらしい。 「しれっといいますと、俺吸われたことないですからねぇ、血」 「む、確かに。空も目の前で飛んだことあんまなかったし、弾幕もばかすか撃ってなかったわ」 「多分、そういうことです。貴女はもう吸血鬼のフランドールには戻れない。 ここで俺の、俺だけのフランドールになってしまいます。 それでも、貴女はここにいてくれますか? 代わりに貴女だけの俺に俺はなります。どんなことがあっても離れない。 今みたいに他の妖怪がきたとしても、きっと追い払って見せます。この世界で貴女を守り続けます。 俺と共にいて、後悔することがあったとしても、それよりもずっとずっと大きな幸せを貴女に捧げる。俺は、貴女の傍にいる」 「う、あ」 どうしよ。 顔真っ赤だわきっと。 なにこいつかっこいい。やだイケメン。 「わ、わたしはだって。貴方に捧げる。身も心も何もかも。 辛いときはわたしが笑ってあげる。悲しいときはわたしが励ましてあげる。 その代わり、私が辛いときは抱きしめて。悲しいときはキスをしてほしいよ。 いっぱい、いっぱいお話しよう。わたしが今より大きくなっても、おばあちゃんになっても、いっぱいいっぱいいっっぱい!」 ぎゅっと彼の背中を抱く。 わたしの力はもうほとんど人間に近い。多分、彼が持てる物だって、私だって持てないだろう。 身体だって弱い。彼のデコピン一発でおでこが腫れる自身がある。 でもそれでよかったかもしれない。 力をこめて抱きしめても、彼を壊さないで済む。わたしが痛いって思うほど抱きしめられることで、彼の暖かさを感じられる。 痛いほど抱きしめて欲しい。ぎゅっと、そっと、もっと、ずっと。 「フラン、」 「ん、」 おでこに、ほっぺに、そして唇に。 彼とキスをして、立ったままずっと一緒にいた。 離れたくない。一緒にいると誓ったよ。 だから、ね。 もっといっぱい、わたしを貴方で満たしてください。 Megalith 2014/11/27,2015/01/12 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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霊夢35 新ろだ917 勢いだけで描いた。 時期が違うことも理解している。 誤字もたくさんあると思う。 正直我慢できませんでした。ごめんなさい。 「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 走る、走る、走る。 猫車に大量の荷物を乗せ、ただただ疾駆する。 この日の為に改造した猫車。 とある河童に外の世界の機械と引き換えに動力を搭載し、 とある魔法使いに頼み込み極めて高出力の推進力を得る筒を作ってもらった。 車輪の軌跡には蒼い残滓が残り、必死にしがみつく私の肩は風を切り白い線を描いていた。 今日という日の為に、こつこつと貯めてきたものがある。 幻想郷に迷い込んでから、幾日か。 人里で仕事を見つけてはせっせと働き、たいして物欲も沸かなかったので貯まっていったもの。 食事とたまの酒、宴会を除いては出費がほとんどなかった。 なんて素敵で質素な生活なんでしょう、枯れてるとか言わない。 きっかけはある時の宴会である。 「最近、とうとうお賽銭が途絶えたのよ!」 人妖混ざり、開かれていた宴会。 べろんべろんになりながら、あの紅白巫女はのたまった。 成程確かに。彼女の神社に訪れる参拝客というものを俺は少なくとも見たことがなかった。 ……いつも賽銭をいれなさそうな人間やら妖怪やらはみかけるのだが。 作戦時間は短い。 友人からもらった魔力は僅かである。 猫車を動かすための燃料にはスペースの都合、多くは無い。 貨物をおろせばもう少し余裕がでるが、そういうわけには行かない。 そして、日が昇ってしまっては意味がない。 なんとしても速やかに目的地まで到達し、任務を達成させなければならない。 とても見てみたいものがある。 正直に言えば俺は最初から彼女に惹かれていたのだろう。 もともと私は人の笑顔を見るのが大好きだ。 人を笑顔にするのが大好きだ。 その過程で私も笑顔であれば満点である。 そして私は、いつ見たかは覚えていないけれども、彼女の見せる様々な表情が非常に魅力的だとおもった。 和んでいる彼女はかわいい。 まったりとしている彼女はかわいい。 嬉しそうにしている彼女はかわいい。 昼、うたた寝している彼女はかわいい。 めんどくさそうにしている彼女はかわいい。 退屈そうにしている彼女はかわいい。 俺の感性は、彼女と出会っている時、所謂沸点のようなものが非常に低くなってしまう。 これを突然送られた彼女は、一体どんな笑顔をみせてくれるのだろうか――― 今夜は深深と雪が降っている。 世は静寂に包まれ、神聖で、白銀の舞う、夜。 月は出ていないが、代わりに雪が光を照らし、幻想的な灰色の世界である。 キイイイイイィィィィィィィィィ 場違いにもそれを引き裂くのは私の猫車。 星と光と金属音を撒き散らし、雪道を掻き分け白い大地をカッターのごとく斬り進む。 目指すは彼女の眠る神社唯一つ。 厚い手袋をしているが指先の感覚はとうに無く ゴーグルには雪の結晶がぶつかり氷が張って マフラーをしているが気休め程度にしかならず 背中に背負ったバックパックのかけ紐が肩に食い込み常に引っ張られているような錯覚を作り出す 冬装備のコートとブーツは地を蹴るたびにバリバリと氷が砕けて剥がれ落ちる音がしていた ―――階段が見えてきた ここからが本当の関門である。 長い長い神社へと続く階段。通常の猫車では登るのにかなりの時間がかかるだろう。 俺は切り札の準備に取り掛かった。 速度をあげる。最高速度まで、ただただ上げる。 貨物を固定しているベルトを簡単に確認、異常ない。 ――――――ィィィィィィィ 推進筒の出力を最大、発光がさらに強くなった。 猫車下部にくっつけられていた「危険」のテープが貼られている瓶の点火準備に入る。 友人に、外の本との交換でもらった実験廃棄物再利用爆弾。 それの爆風に指向性をもたせた、改良型。 右側下部に二つ。左側下部に二つ。 さらに友人の好きな言葉は「火力」と「パワー」。 これだけあれば多少貨物が重くても、空は跳べるはずだ。 イイイイイイイイイイイイイイイ!! 猫車がさらに叫びを上げる。 そう、行きさえ動いてくれればいい。帰りは手で押して帰っても問題はないのだ。 俺は猫車の上げる悲鳴が、頼もしくすら感じた。 予行練習なんてしていない。 目測と、感と、勢いだけの一発勝負。 大事なことは躊躇わないこと。 ここは幻想郷、外界と隔絶されて幾星霜 思えば形になるだろう、根拠なんて無いけれど 今の俺に出来るのは、タイミングよく爆発させ猫車にしがみ付くだけ 3、2、1 カチリ ―――――――――――――っ!! 急激な加速に、声無き悲鳴を上げた。 猫車と自分はベルトがつなぎとめてくれていたが、そのベルトが体に食い込みかなり痛い。 目下には高速に通過しているせいで、灰色の線に見える階段。 空中で、勢いが死なないうちに推進筒を臨界させる。 そして背中に背負っていたバックパックの紐を思い切り引っ張った。 「COUTION」と印字されたシールが焼けはがれ、白い光が漏れ出す。 八咫烏の力を封じ込めた、一回だけつかえる切り札。 友人の仕事を何度も手伝った上で、且つ弁当などを振る舞いそしてお願い倒して籠めてもらった彼女の力の片鱗。 「ロケットダイブ」 加速するのはほんの一瞬だけ。 すぐに光は止んでしまった。 しかしその一瞬でも十分なほどの推力は得られる。 今度は猫車が私の体に食い込む。 負けじと腕に喝を入れなおし、バランスをとり天を仰いだ。 私は自分に何度目かの喝を入れた。 時間にして、どうせ数秒たらずしか飛べないのだ―――――と。 今日は雪が深々と降り続けている。 珍しく今日は神社で宴会が行われなかった。なんでもそれぞれ用事があるのだとか。 いまごろ桃色の砂糖でも大量に生産しているに違いない。 そういえば昼ごろに友人が訪ねてきた。 また遊びに来たのかと思いきや、一言。 「今日はおもしろいものが見れるかもしれないぜ」 そして彼女は一目散に飛び去っていった。どうせ彼女も桃色の砂糖を作りにいったんだろう。 今日はあまり風が無く、淡々と雪が降っている。 それは美しく、幻想郷を白銀に変えていっていた。 時たま雲の薄いところから覗かせる月光は、美しいの一言である。 これを彼女は「おもしろい」と言ったのだろうか、そうだとしたら彼女は自分が思っていた以上に趣がわかっているのかもしれない。 ひそかに友人を見直していると、異音がしていることに気がついた。 普段ではあまり聞かない。 そう、鬱陶しいブン屋や件の友人、どっかの鴉が接近してきているときに鳴る、特有の空気の裂ける音。 友人の言った「おもしろいもの」とはこれのことかと、半ば失望していた時。 鋭い爆発音がした。 何事かと身構えた瞬間。鳥居を勢いよく潜り、「空間を突き破ってきた」物体が目に映った。 白い線を引きながらそれは着地。 すさまじい音を響かせ、境内を横滑りしながら賽銭箱の前で止まった。 「メリーーークリスマーーーース!!」 やけに陽気なその声は、聞いたことのある声だった。 見かけるたびに誰かと共に笑っている青年の声。 「うおりゃーーーーー!」 ザラーーー! 荷車からバチンと荷物を取り出し、賽銭箱に中身をぶちまけた。 「それじゃ、さらばだーーーーー!」 目を白黒とさせている私の目の前で、彼はそう叫び、背を向け凄まじい速度で走り出した。 任務完了。コレヨリ帰役スル―― 目的は果たした。 出現してから全て賽銭箱に投入すまでわずか数秒。我ながら見事な手際であり、全て順調である。 あとは混乱した彼女を残して消え去り、後日友人から彼女の反応を聞くだけである。 やり遂げた達成感におり気分は高揚し、笑顔を浮かべながら鳥居をくぐろうとした瞬間。 突然現れた透明な壁に阻まれ、俺は激突し、吹き飛んだ。 地面を転がり、何がなんだかわからず混乱している私に声がかけられる。 「そう、なるほど、これが『おもしろいもの』ね」 彼女の声が近づいてくる。なんてことだ、あれほど秘密にしておいてくれと言ったのに。 「確かに面白かったわ。神社に強襲して、ぶちまけるだけぶちまけて帰っていこうとするなんて」 彼女の声にはどこかに迫力があった。おそらくさっきの壁は彼女の結界だろう。おそらくもう脱出は叶わない。 「しかもあなた、ただの人間じゃない。それなのにあんなに高速で、階段まで飛び越えてきて。初めてよまったく」 恐怖と寒さと地面に叩きつけられた衝撃で体はまともに動かない。 しかし痛みそのものは少ない、着地するとき彼女がなにかしてくれたのだろうか。 「それで、素敵な贈り物をしてくれたあなたに質問があるの」 かろうじて彼女のほうに振り向くが、顔を見ることが出来ない。恐らく驚かされて怒っているのだろう。顔を見ることが出来ない。 「あなたは今日、なにか嬉しいことはあった?」 「……いや、今日はまだなにもないよ」 「…そう、あなたは恋人とか、そういうのはいるのかしら?」 「……いや、まだだれもいないよ。たぶんこれからもいないんじゃないかな」 「…そう、あなたは今日、これから予定とかあるの?」 「……いや、しいて言うなら猫車の片付けぐらいだ」 「…ばっちりね」 何がばっちりなのだろうか。会話をしながらも彼女は歩いてきていて、もう目と鼻の距離である。 惨めにも這いつくばっているせいで彼女の顔をうかがうことが出来ない。 彼女がしゃがみこんできた。 硬くて冷たい石畳の感触を味わっていた俺に、暖かくてやわらかいものが触れた。 「ふふ、驚いたかしら」 彼女は笑っていた。その表情はとても、とても、もはや言語でなど表せない。 素敵だった。 「さて、贈り物があるのだけれど」 いまので十分だ。そう言おうとした私の気配を悟ったのか。ぐいぐいと私の襟首を掴み、神社へ引きずっていく。 「そうね、まずは一緒にお風呂に入りましょう。ずいぶんと冷たかったもの」 その言葉で私は瞬時に頬に熱が燈るのを感じた。さらに先ほどの「贈り物」を思い出し、耳まで熱くなる。 「そして暖かいご飯でも食べましょうか。芯まで温まらないとね」 聞けば彼女の声にもすこし羞恥の色が見える。恥ずかしがっている彼女もやはりかわいいと思ってしまう私はもうだめなのかもしれない。 「そしてその後は、わかるわよね?」 もはや私の思考は沸騰寸前である。うれしい、うれしいが、それは流石に…。 「あらやだ言い忘れてたわ。結構前からそうなんだけど、好き。愛してる」 なんと? 「ほらほらもう縁側に到達しちゃったわよ」 え、ちょ、 れいむさーーん!? 「ほらほら抵抗してもいいことないわよー、ほーらほーら」 や、ま、まって!まって! 「あらなにかしら」 「好きです、付き合ってください」 「もう遅いわ。愛し合いましょう」 これが、俺と彼女が恋人になった日である。 このまま正月までかたときも離れずべたべたしまくり、周りに砂糖を撒き散らしまくったのは言うまでもない。 新ろだ933 「………腹立つ」 「……何よ、いきなり」 目の前の男が、突然何か言い出した。 前々から頭の中身が残念だと思ってはいたが、そうか。遂に。 「あ、今俺の事を 好きだ! って思った?」 「………………」 「………」 「………………」 「……」 「………………」 「…ごめん」 こういう手合いには無反応が一番だ。 下手に突っ込んで調子付かれると目も当てられない。 二人きりのときは勿論、他人が居るときだって自重しないから尚更だ。 言葉を返せば返すほど言い訳みたく聞こえて……いや、思い返すのはよそう。 「で、何よ? わざわざやってきて、ズカズカ炬燵に入り込んだ第一声がそれ?」 「しゃーない。あんなトコに居られるか」 「何したのよ」 「俺が悪いのか?」 「概ね」 「ぐへぇ」 バッタリと机に倒れこむ。 私は悪くない。誰が悪いかって、こんな反応をさせるコイツが悪い。 「……ほら、今年もこの季節がやってきましたよ」 「そうね、明日ね」 「その所為でな。里の奴らがイチャイチャベチャベチャと。空気が粘つくくらいに」 「あー………」 明日の聖誕祭を前に、どうやらヒートアップしているらしい。 今日明日は独り身にはさぞや辛い、のだろう。 とは言え、空気が粘つくとはどれ程の事か。ちょっと見てみたい。 「ありゃ異変だよ、異変。空から砂糖でも降ってくるんじゃないか、雪の代わりに」 「そんなに凄いの?」 「……だな。こんな時こそ巫女さんの出番だろ? 解決ついでに見てきた方がいい。 あとあいつら溶かしてくれ、雪と一緒に」 「そんなにお熱いんなら勝手に溶けるでしょ」 「その前に俺が溶ける」 溶けるのが嫌で、逃げ出してウチへきた、ということか。 情けないのか、賢明なのか。とりあえず、さっきの見てみたいは取り消し。 私まで中てられそうだ。自然解決を待とう。 まぁ、寒いから動きたくないだけなんだけども。 「うへー、ここはのんびりできて良いなぁ」 話すだけ話して機嫌も戻ったのか、緩んでいた。 結局溶けてるんじゃないか。 と、急須のお茶が無くなっていた。 ………ついでにコイツの分も淹れてくるか、と席を立つ。 「なー、れーむー」 「何よ」 「すきだー、あいしてるー」 ………まったく。コイツは。 「……はいはい、私もよ。で、今日も泊まっていくでしょ?」 新ろだ950 12月25日―――クリスマス クリスマスとはイエス・キリストの誕生を祝うキリスト教の記念日・祭日であり、『神が人間として産まれてきたこと』を祝うことが本質である。 ―――が、どうやら幻想郷ではこの事を知っている者は殆ど居らず、間違った知識が蔓延していた。 曰く、『めでたい日だから飲んで食って騒げる日』 曰く、『自分の足袋を枕元に置くと紅白の衣装を着た老人が寝ている隙に望みの品を足袋に無理やり押し込んでいく日』 曰く、『特定の人には認識できない日』 などなど、例を挙げるときりがないが、概ね宴会できる日とされている。 今年も幻想郷ではこの日、あちらこちらで宴会が行われていた。 人里や、妖怪の山、そして博麗神社でも…… 今、博麗神社は宴会の真っ只中にあった。 亡霊は食い、鬼は飲み、烏天狗は撮影して回り、氷精は酔っ払って迷子になり、騒霊達は演奏し、夜雀は歌い…… そんな賑やかな所とは距離を置き、二人きりで酒盛りをしている者達がいた。 一人は博麗神社に住まわせてもらっている外来人、○○。もう一人はこの神社の主の博麗霊夢である。 ○○「寒くない?霊夢」 霊夢「お酒も入ってるし、なによりこうして○○のおかげで寒くないわ」 霊夢は○○の胡座の上に座り、さらに軽く抱きしめられている状態にある。 長い時間をかけて築いた深い仲だからこそできる体勢だ。 ○○「そうか、よかった。今の時期に風邪とかこじらせると年末の行事に響いちゃうからね。体は大事にしておかないとね」 霊夢「ふふ、ありがと○○。ほら○○も暖かくしとかないと」 そういって霊夢は○○を抱きしめてきた。 霊夢は○○の胸板に顔や体を擦り付け、甘えてくる。 ○○はお返しとばかりに霊夢の綺麗な黒髪を優しく撫でたり額に軽くキスをして返す。 ○○「ん…ありがとう霊夢、暖かいよ。」 霊夢「えへへ、私がここまでしてあげたんだから、『ぷれじぇんと』が良いものでなかったら許さないからね」 そういって、○○の顔を見上げる。口にした言葉とは裏腹にその表情は華やかな物だった。 思わずその笑顔に見とれそうになりつつも、○○は霊夢に答える。 ○○「『プレゼント』ね。大丈夫、安心して」 ○○は懐から装飾が施された小さな箱を取り出した。 とりあえず、霊夢の危惧していた『プレゼントはなし』という事態はなくなったようだ。 ○○「はい、メリークリスマス。霊夢」 霊夢「ありがとう、○○! ねぇ、さっそくあけてみてもいい?」 ○○「うん、いいよ」 霊夢は○○から小さな箱を受け取るとワクワクしながら箱を開けていく。 そして箱を開けると霊夢は少し驚いた。 霊夢「えっ…○○、これって…」 小さな箱から表れたのは銀色に光る小さな指輪だった。 外界では婚約指輪と言われる物である。 ○○「人里で売られていたんだ。霊夢に似合うかもって」 『ちょっと高かったけどね』と付け足す○○だが、後悔しているようには見えなかった。 霊夢「もう、変な見栄なんか張るからよ。でも……」 霊夢「ありがとう…○○。本当に嬉しい…」 ○○に向けるその表情は本当に嬉しそうに笑っていた。 霊夢「ねっ、こういうのは相手にはめてもらう物なんでしょ?さっそくやってみせて」 ○○は指輪を手に取ると霊夢の左手を取り、その薬指に結婚指輪をはめた。 指輪はまるで始めから霊夢の為に作られたかのように霊夢の指にぴったりだった。 霊夢「西洋ではこれで夫婦になるのよね……此処が西洋でないのが残念だわ…」 霊夢ははめられた指輪を見ながら少し残念そうにしていたが、○○に顔を向け、 霊夢「でもいいわ。今はこんなに幸せなんだから!」 満面の笑みを浮かべ、霊夢は抱きついてきた。とても幸せそうな表情をしている。 そんな霊夢が愛おしくて、大好きで仕方なくて、○○は霊夢をまた優しく抱きしめた。 外界ではクリスマスの過ごし方は3通りあると言う。 1つ目は『仕事や商売に追われて過ごす』、 2つ目は『親しい者たちと共に騒いで過ごす』、 そして3つ目は…… 『愛する人と共に過ごす』である。 宴会場は相変らず賑やかだ。 だが、ある一角だけは雰囲気が他と違うようだ。 少し見てみますか? ニア 見てみる。 どうでもいい… ……… 紫「私はまだイケルの十分にぴちぴちで流行り物もばっちり把握してるからだいじょうぶだしだってマダワカイダカラマダチャンスハアルノタダイイトノガタガミツカラナイダケデワタシハ…」 藍「……(目を合わせないようにしている)」 紫が涙を流しながら藍に何か語りかけている。その瞳には光も生気も宿ってない… 幽々子「おかわり」 妖夢 「幽々子様……おかわりはもうありませんのでこの辺りで…お体にも悪いですし…」 幽々子「(ブツブツ)……私だって…私だって……好きな人と一緒に…好きでこんな事…(ブツブツ)」 妖夢 「い、今お持ちしてきますね…(いつもの幽々子様じゃない…)」 空になった皿が粉雪のように積まれていく。その勢いが止まる気配はない… 永琳「……」 酒で満ちた杯を片手に何か考え事をしているようだ。その表情は険しい。 月の頭脳の考える事は凡人などには到底理解できない事だ。一体何を思考しているのだろうか… 永琳「……(これから毎日バカップルの家を焼こうかしら…)」 神奈子「今年もまた早苗と諏訪子と、か……」 諏訪子「…あまり背負い込むなよ。神奈子に出来ないなら、私にも早苗にも出来ないんだ」 早苗「うぅ…グス……○○さ、ん…○○さん……ヒック」 二柱の神は絶望し、風祝は悲しみに暮れている。 ……… 見なかったことにしました。 新ろだ955 序:霊夢と一緒に行く年を見送り、来る年を迎えたい。それだけです。 師走、誰もが忙しい時節の末日の、大晦日。決して広くない博麗神社の境内を掃除し、煤払いを 終えて僕と霊夢は年越蕎麦をすすっていた。 霊夢に今年の蕎麦はどう?と聞くと素直においしいわよと返してくれた。今年の蕎麦は人里の蕎麦 職人さんから提供してもらったもので、僕自身もお世話になっている。気に入ってくれたのは嬉しい。 「ね、今度そのお店紹介してくれる?」 そう言いながら目を輝かせて語る彼女の姿を独り占めできるのは、僕の密かな喜びだ。 蕎麦もなくなってこたつを囲み、紅魔館のメイド長さんから譲ってもらった古時計を見ながら今年 の終わりが近づいているのを感じていた。もう少しで終わるのねと霊夢が何とはなしにつぶやく。 そうだ。今年が終わろうとしている。 今年も無事に終わることが出来たねと切り出すと、騒がしくもあったけどと返してくる。そこから 僕と彼女の今年の回想が始まった。 春は雛祭り、端午の節句にエイプリル・フール。特にエイプリル・フールは幻想郷にまた異変か? と思わせるような大騒ぎになった。幻想郷の勢力抗争、それも騙し合戦だったんだから。後片付けが 大変だったんだ… 「あの時はみんな揃って他人を騙そうとして、一生懸命だったわね。特に魔理沙とチルノあたりは凄く ムキになっていたのが可笑しかったなぁ」 そう言いながら特にあなたはみんなにとっての大目標だったのよ。幻想郷屈指のマイペース人間を どうやって騙そうかってねと指を指してくる。霊夢も僕を騙そうと思った?と聞くと彼女はくすっと 笑いながらこう返してきた。 「そういうあなたはどう思ってるの?」 どうなんだろう。騙そうと思えば騙せたはずだし、騙されたって実感もない。霊夢はしなかったと 思うよという僕の答えに対する解答は、ちょっと意地悪そうな感じの笑顔で思ってたわよというもの だった。え、そうなの?分からなかった。 「分からなくて当然よ。それこそ古明地の覚りの能力でもないとね」 まぁ、確かにそうだ。それに分かったら分かったで何かと大変そうだし。 夏は七夕、花火大会、盆踊り大会とか。霊夢がある意味で一番忙しかったんじゃないだろうか。 「年に一度の御先祖様が下界に帰ってくる時期ね。あの時は手伝ってくれてありがとう、助かったわ」 彼女はそう言うものの、文字通り本当にちょっと手伝うだけたった。細かいことはほとんど慧音様が やっちゃったし、男衆の人達も良く話を聞いてくれたからうまくいっただけ。それでも、そんなことは ないわよと霊夢が気遣ってくれるのがどこかこそばゆくも、嬉しかった。 あの後の盆踊り大会では、霊夢がおろしたての浴衣を着て盆踊りを披露してくれたのを覚えている。 人の群れの中で当たり前のように踊る姿は、どこにいてもおかしくない一人の女の子だ。後で神社まで 一緒に行った時、僕だけにしか見せないと言って正装姿で踊ってくれたのは色んな意味で驚きだった。 後にそのことが何故だかばれてしまい、男衆の人達の一部から写真撮って送ってくれと迫られ、凄い ところではその浴衣と正装の服をくれとか無茶な要求をする人もいた。その人は後で慧音様の頭突きの 餌食だったけど。 その話をしたら、そんなことするくらいならちゃんと賽銭箱に入れて頂戴と頬を膨らませていたんだ けど、その姿が微笑ましいと思ってしまったことは、ここだけの秘密。 秋は穣子さんと静葉さんをお招きしての豊穣祭があった季節。おかげで今年も豊作だった。 個人的には信仰取られちゃうの面白くなかったけどねとちょっとむくれた感じの表情になる。でも それは守矢神社も同じじゃないのかなと返すとそれでも、と返される。確かに秋姉妹の社は妖怪の山に あるし、何より彼女達は神様そのもの。つまり信仰の対象そのものだ。 それに神様は彼女達だけではなく厄神の雛さん、守矢神社は語るまでもなく二柱も神様がおられる。 競争相手が増えて焦っているのだろうかと思いもしたけど、霊夢なら大丈夫だと思う。根拠はないけど。 ふと思ったことを口にしてみる。 『ねぇもし僕がきみのことを信仰していたら、いつか霊夢は神様になれるのかな?』 それに対する答えは至ってシンプル。 「嫌よ、神様になったらなったで何かと面倒くさいもの。それに神様になったら人間ではいられなく なっちゃうし、それに」 あなたと私の間に上下関係作っちゃうじゃない、とはっきり答えてくれた。 しかし、今年の一大イベントは冬だ。レティが出てきて幻想郷を銀世界にするのはいつもどおり だけど、今年は何と言っても… 「あのクリスマス・イベントね。あの時は散々だったわ。紫にいきなり衣装を取替えられるんだもの… スカートの裾が短くて落ち着かないし、いつもの衣装に戻そうかと思ったら箪笥の中身が全部アレに 替えられてたのよ?」 もううんざり、と言いたそうな感じの表情をする。ここは流石と言うべきなのか、紫さんが徹底 していると言うのか…無駄なことに力を入れているとも取れるんだけど。お気の毒様。 今年のクリスマス・イブは故あって僕と霊夢がサンタ・クロースを演じることになった。とは言え 僕は只の人間なので、演じられるようにするには事前準備が必要。そこに面白い話を聞いたと現れた 紫さんに手助けを得て、一時的に空を飛べるようにしてもらったのだ。 トナカイとかは用意できなかった、というよりしなかっただけだ。そもそも、誰にさせるのかが 問題だし。 紅魔館のクリスマス・イベントを一足早く切り上げ、皆が寝静まる頃を見計らって幻想郷を飛び 回り、プレゼントを置いていく。ここでは紫さんがこっそり開けていてくれた隙間が役に立った。 みんなの部屋の中を垣間見た時は新鮮な感じがした。意外なことが分かったりして、これは二人 だけの秘密にしておいた方がいいなと思うことがたくさんある。 「特に咲夜がぬいぐるみコレクター、だっけ?あれを知った時、笑いを堪えるの大変だったわ」 そのことを思い出して可笑しいと思ったのか、霊夢に笑顔が戻った。 あと一時間で今年が終わる。人里のお寺で撞(つ)かれているであろう(もしかしたら白蓮さん達が いる命蓮寺かもしれない)除夜の鐘がここにもはっきりと聞こえてきた。今年のうちに107回撞かれ、 最後の一回が年の始まりと共に撞かれる。 その瞬間が、今年が終わり新しい年が始まる時。 いきなり、何かを思い立ったかのように霊夢が立ち上がる。どうしたの?と聞くと彼女は一緒に 外に出てほしいと言ってきた。 外に出ると暖かさに慣れきった体に鞭を打つような寒さが襲い掛かってくる。雪は止んでいて、 綺麗な星空の一言以外に言い表しようのない雲もまばらな、澄み切った夜空が広がっていた。 階段から神社までを繋ぐ石畳の上を霊夢は何も言わずに歩き、その後を追うように僕が続く。 どうしたのかと聞くことも出来たのにしなかった。 いや、出来なかったんだと思う。それをしてはいけない、何故かそんな雰囲気が漂っていたから。 ちょうど真ん中辺りまで来た頃、霊夢の足が止まる。深呼吸を一つして、彼女は語りだした。 「今年の終わりを、あなたという存在と一緒に迎えることが出来た。今までたくさん我侭も言って きたし、時にはひどいことを言ったかもしれない。それでも私のことを信じて、想ってくれている。 そのことを私は本当に感謝してるのよ。だから」 ここに今年の私達を置いていこうと思うの。そして、新しい私達を出迎えたい。そのための儀式を したいから、私に力を貸して。そう言いながら僕を見つめる彼女の表情は、いたく真剣だ。でも僕は 何をしたらいいのかな、と聞いてしまう。それはそうだ。僕には何の力もないのだから。 それに対する答えは単純だった。 「私のこと、ぎゅっと抱きしめて。それだけでいいの」 離れていかないようにしっかりと、でも壊したりしないようにそっと抱きしめる。彼女の体の線は 思った以上に細く、加減が難しいんじゃないかとさえ思ってしまう。 彼女はそう、それでいいから。そのままでいてくれれば、儀式は終わるわと言って僕に抱きついて くる。こんなに密着したのは今に始まったことでもないのに、それでもどこか厳かな雰囲気のような ものを感じてしまう。それは儀式だからなんだろう。それも特別な。 鐘の音と一緒に、霊夢の心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。文字通り、僕たちは今ここに 一つになった。二人で、一つに。そしてこれを今年に置いていくんだ。 淋しくもあり、そして嬉しくもある。置いていかれるのが淋しい、でも二人だから温かい。置いて いかれるのが淋しい、でも二人一緒だから嬉しい。 除夜の鐘、互いに聞こえているだろう胸の鼓動、そしてそれと共にしっかりと刻まれていく時間。 終わり行くもの、去り行くものとやって来るもの、迎え入れられるものの場所が入れ替わる瞬間が 近づいている。その瞬間が訪れるまでこの手を離してはならない、離したくない。二人一つでここに 置いていくのだから、離してはいけない。 そして年の終わりと同時に始まりを告げる最後の一撞きと共に霊夢がスペルカードの名を静かに、 しかしはっきりと聞こえる声で唱える。 「夢想…封印!」 霊夢のシンボルマークとも言えるスペルカードの『夢想封印』が織り成す弾幕は一つの年が終わり、 そして始まった空に花火のように広がった。 博麗神社だけじゃない。魔法の森から、紅魔館から、竹林の永遠亭があるだろう場所から、妖怪の 山のあちこちから、他にも色んな場所からそれぞれのシンボルマークとも言える弾幕が空に広がる。 何だ、みんな考えることは一緒なのねと呆れたように呟きながらも霊夢は笑っていた。 変わらないものなどどこにもないと聞いたことはある。彼女と僕の関係も例外ではなく、見えない ところで確かに変わっていくんだろう。でも、僕たちの関係をいい方向へ変えていく事は出来るはずだ。 あの年に置いていった僕達に自慢話できるようになるその瞬間まで、二人交わったこの道を歩いて いこう。今年も霊夢と僕と、二人で。 「今年が始まったんだからしなくちゃ駄目よね、あれを」 『うん?ああ、そうだね』 明けましておめでとう。今年もよろしくね。 おめでとう霊夢、今年も一緒にいられますように。 年の初めの挨拶、年始と共に僕達の唇が自然と重なった。 *Fin* 新ろだ2-068 長い石段を上り、目的地を目指す。 千とは言わないまでも百以上はあるだろう石段だ。 それを上り切るとそこには、一つの神社があった。 俺は境内を掃除している1人の巫女さんに声をかける。 「霊夢ー、買って来たぞー」 「ありがとう、〇〇。丁度いいから休憩にしよっと」 「お前な…。俺が買い物に行く前も休憩してたじゃねえか」 「いいじゃない、別に。掃除なんてめんどくさいんだし」 そう言うやいなや持っていた竹箒を壁に立てかけ、縁側に腰を下ろす霊夢。 それに少し呆れながら俺もその隣へ座り、買って来たものが入った袋を差し出す。 「ほら、言われた通りの物買って来たぞ」 「どれどれ…。ほんとだ。これがおいしいのよね~」 そう言って袋の中からアイス(バニラ味)を取り出し、食べ始める霊夢。 それを見て、俺も自分の分のアイス(チョコレート味)を取り出し、食べ始める。 「しっかし暑いわね。こんな暑いと溶けそうだわ」 「さすがに溶けはしないだろ。暑いってのには同意するが」 それも当然だろうと思う。なぜならば、今は夏休み。 一年で一番暑いときなのだから。 もっとも、夏休みが終わっても暑いのは続くんだろうけど。 そんなことを考えていると、いつの間にかアイスが無くなっていた。 「あれ?俺もう全部食べたっけ?」 「なくなってるならそうなんじゃないの」 それを聞き、やはりあそこで味ではなく量を取っておくべきだったか…などと考えながら中身が無くなった袋にゴミを捨てる。 なにもすることが無くなったので、霊夢のほうを見てみる。 するとそこには、笑顔でアイスを食べる霊夢がいた。 (やっぱり笑うと可愛いよな…ってなに考えてんだ俺!落ち着け!) そうしている間にも顔に血が上っていくのがわかるが、もっと笑顔が見たいという欲求に負けて霊夢を見つめる形になってしまう。 すると当然霊夢もそれに気づくわけで、 「なに?アイスならあげないわよ?」 「え?い、いや、そんなこと考えてねーよ!」 「それならいいけど…じゃあなんでこっち見てたのよ」 どうする?もし霊夢のことを見てたなんて言ったらなんて言われるかわかったもんじゃない。 だが、この状況を打開する話題なんて……あった!あれだ! 「いや、霊夢の笑顔が可愛いと思ってさ」 ……。 なに言ってんだ俺はぁぁぁぁ!待て!落ち着け!落ち着いて状況を確認しろ! 俺→何か言っちゃった。できることなら取り消したい。だが言った言葉は取り消せない! 霊夢→な、な、な…とか言いながら顔を真っ赤にしてうろたえてる。 結論 あれ?顔真っ赤にしてうろたえる霊夢って可愛くね? ……… どうしてこうなった!どうしてこうなった! 頭が斜め上の回答を出してきた。これが惚れた弱みという奴なのか…!(※違います。 「あ、あんたはなにいきなり言ってんのよ!」 顔をさっきより真っ赤にしてそう言って来る霊夢。 その顔がかわいくてもっと見ていたくなるが、怒っているのは確かなようなので謝ることにする。 「ご、ごめん霊夢!いきなり変なこと言って悪かった!気に障ったのなら取り消す!だからごめん!」 そう言って謝ると、霊夢は動きを止めた。 これで助かるかと思っていると、今度は体が震え始めて…って 「このバカ!なんで謝るのよあんたは!どこをどうしたらそんな結論に行くわけ!?」 「な、なんだよ!怒ってるみたいだから謝っただけだろ!」 「は?怒ってる?私が?」 「そうだよ!」 そう返して、考える。 今霊夢は、怒ってると言った俺の言葉に対してなにを言ってるのか分からないという感じだった。 ということは、霊夢は怒っていないんだろう。 なぜそう断言できるかといえば、それが霊夢だからとしか答えようがない。 霊夢は他人との関係を深く考えない。だから、嫌いな人間にははっきり嫌いと言うし、怒っていたら怒っていると言う。 だからそれをしないということは、本当にそう考えていないということだ。 なら一体どうして…。という俺の考えはすぐに解消された。俺の想いもよらない霊夢の言葉によって。 「好きなやつに可愛いって言われてなんで怒んなきゃいけないのよ!」 解消されたと同時に頭が混乱したが。 …は?待て。霊夢は今何て言った?好き?誰が?俺が? そんな考えが頭の中をぐるぐる回って、気づけば口から出ていた。 「ま、待て霊夢。今お前好きって…。それは俺のこと…でいいのか?」 それを聞いて自分が何を言ったか気付いたのだろう。 だが、逆にそれで踏ん切りがついたのか、開き直ったように言ってくる。 「ええ、そうよ。私はあんたのことが好き。優しい〇〇が好き。これは冗談なんかじゃない」 それを聞いて、俺は驚いていた。 霊夢がこんなに感情をあらわにするのは初めてだったから。 だが、返事を返さなければならない。もう答えは決まっているが。 「俺も好きだよ、霊夢」 そういった瞬間、笑顔になって抱きついてきた霊夢を抱きしめ、間近にある笑顔を見てこれが幸せなんだと感じ。 それを守り続けていくことを誓った。
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分類不能14 ─────────────────────────────────────────────────────────── 俺は幻想郷に迷い込んだ。 訳の分からぬまま白黒の魔法使いに連れられ、 てか拉致られて博麗神社の腋巫女と出会った。 で、諸説明を受けたあとに…… 「すぐに帰る? それとも観光でもして行く?」 「おっ、そりゃいいな。私が案内してやってもいいぜ?」 と、ご好意に預かり折角なのでお言葉に甘えることにした。 それからは実に順風満帆……ではなく荒唐無稽かつ波乱万丈な観光だった。 まず夜の散歩をしていたらカニバリズム少女と遭遇。 「あなたは食べてもいい人類?」 「いや、ヨゴレな俺を食べるとお腹壊すぞ。代わりと言っちゃなんだがこれを食べなさい」 夜食を分けて上げたら何だかんだで仲良くなってしまった。 その次の日。森の湖畔で蛙を苛めていたおてんば少女を発見。羽を噛んだら思いっきり怒られた。 その時氷付け寸前で助けてくれたのが大ちゃん。ヨゴレな俺にはその笑顔が眩しかった。 「よう、元気か二人とも」 「あーっ! ○○! 今日で会ったが百年前よっ!!」 「こんにちわ。今日もお散歩ですか?」 週一くらいで出会うようになった。 おてんば少女は未だに根に持ってるようだが、毎回使うおかしな言葉を指摘して誤魔化す。 ところで大ちゃん、あなた何故そこで微笑ましいみたいな目で見てきますかね? 幾日かして白黒にまた拉致られて、連れてかれたのが紅魔館というお屋敷。 何かその門のところにチャイナ少女が居た。話しかける間もなく白黒に吹き飛ばされていた。 「中国じゃないんです。紅美鈴なんですー」 何か呟いていた様だが聞こえなかった。とりあえず手を合わせておく。南無。 館のなかをぶっ飛ばして、図書館に入ったところで振り落とされた。 本棚に囲まれて困っているところを小悪魔少女に助けられた。小悪魔だと何か変なのでこぁと呼ぶことにしたら喜ばれた。 事情を話すと白黒は自分の主のところにいるだろうってことで案内してもらう。 「これは借りてくぜ」 「持ってかないでー」 白黒がこぁの主人を苛めていたので制裁を加えることにする。 脳天チョップを振り下ろし、奪ったのであろう本を取り上げてこぁの主人に返してやる。 「中々やるわね」 「凄いですー」 何故か尊敬の目で見られた。 それからお茶を楽しんでいたところ。 瞬きをして目を開いたら、何故か知らない部屋に居ておまけに目の前に幼女が居た。 「貴方が新しい客人ね?」 話をしたところ、この幼女は吸血鬼らしい。吸血幼女……新しいジャンルだな。 因みに俺をここに拉致ったのは吸血幼女の後ろで待機してるメイド長らしい。 「お茶、美味しいです」 「はい、ありがとうございます」 生メイドさんは初めてだが、やはり本物は違うな。 緑と赤のザクくらいに違う。 今度俺を拉致したそのトリックを教えて貰おう。 で、帰ったときに売る。うん、俺ってつくずくヨゴレだなぁ。 そんな事を考えた俺が悪かったのかもしれない。 そろそろ帰ろうと図書館に白黒を迎えに行ったんだが、迷った。迷い込んでしまった。 偶然見つけた扉を開いてみたところ、いきなり引っ張り込まれた。 「暇だから面白いことして。じゃないと壊しちゃうよ?」 神様仏様魔王様。ヨゴレな俺が悪かったので許してください。 知識の限りを尽くして昔話や童話を聞かせて丸一日。 「大丈夫か○○っ!」 「パト○ッシュ、僕もう疲れたよ」 やっと探し当ててくれた白黒を確認したところで、 今話していた物語の主人公の最後の名台詞と共に俺は意識を落とした。 それから暫くはのんびりしていた。 新しい出会いとしては、おてんば少女の紹介で雪女嬢に出会った。 至高のカキ氷に関して談義&製作を行った。ハチミツシロップは結構いける味だった。 「それじゃあ、またね」 別れる時には解けない雪うさぎを貰った。実は可愛いもの好きな俺には嬉しい限り。 今でも部屋の棚の上に飾ってある。 新しい出会いその2は人形使いの少女。 間借りしている神社の境内でお茶を啜っているところを尋ねてきた。 何でも白黒の友達らしく、森の奥で一人暮らしだとか。 それで人形を作り続けている……うぅっ、何て不憫な子なんだろう。 「俺でよければいつでも話くらい聞くぜ」 「あ、ありがとう」 出来る限り優しくしてあげようと心のメモ帳に書いておいた。 新しい出会いその3……てか出会いというか遭遇。 「春ですよー! 春ですよー!」 何て言いながら俺に向かって絨毯爆撃開始。 あんまりにしつこいものだから最終手段を取った。 「春分の日来てないから春はまだだぞ!」 「えぇっ!?」 ブラフをふっかけて驚いているうちに逃走した。 後日、お詫びの品(春の七草粥セット)を送ったので許してくれるだろう。 ああ、確かこの頃に演奏会に行ったんだった。 騒霊っていう三姉妹の不思議な演奏だった。 で、余韻に浸って暫く会場でのんびりしてたら件の三姉妹に声を掛けられた。 「でも残念なことに病気で死んじまってなぁ」 「あちゃー。折角良い所だったのに」 「芸術家ってのはいつも非業な死を遂げちゃうのよね」 「まあ、私達に限ってはとっくに幽霊だけど」 元の世界の音楽家の話を幾つか話してみた。 やはり感じるものがあるらしく結構食い付きが良かった。 今度会えたら現代音楽について話してみようと思う。 それから暫くして一回死んだ。 いや、どうやら臨死体験ってヤツだったみたいだけど実に稀有な経験だった。 その内容はというと、気づいたらどこかの庭の真ん中に立っていた。 訳も分からず途方にくれて周辺を散策していると、人影を発見。声を掛けてみたんだが。 「何者ですっ!」 いきなり刀を向けられた。理不尽だと思った。だから逃げ出した。 抜刀少女はありえない速度で追っかけてきたが、 丁度障害物の多い場所だったのでそれを活かして兎に角逃げまくった。 植木に隠れてやり過ごしたところで、そぉーっと顔だけだしてみる。 「あら、そんなところでかくれんぼかしら?」 「いえ、鬼ごっこです。頭にリアルって付くほうの」 反射的にそう応えてしまったが、すぐ十数センチ前にある女性の顔にドキドキだ。 それからご合判に預かることになり。また抜刀少女に会うことに。 幽霊婦人の説明で首元に突きつけられた刀は引いてくれたが、未だに視線が厳しい。ちょっと泣きたくなってきた。 それから新しい出会いと祝して軽く飲ませて貰ってたんだが…… 「きいてるんれしゅか○○しゃん!」 「ああ、はいはい聞いてます。大変なんだねぇ」 「しょーなんれしゅ! わらしらって……うわーん!」 「何故泣くっ! 俺にどうしろとっ!」 「あらあら、お熱いことね。私も混ぜてくれるかしら?」 「貴女も酔ってるんですか!」 それから朝まで飲んで酔いつぶれた。 そして目が覚めたら神社の縁側で寝ていた。 太陽が丁度昇ってきているところ……って、俺ずっとここで寝てたのかよ。 あの腋巫女め、一晩中放っておいたのかよ。 「○○。起きたんなら早く朝食の準備して」 「あいあいさー」 そしていつものように朝の準備に取り掛かる。居候の辛い所だよね。 唐突だが、俺はもしかして拉致られ体質ってヤツなのかもしれない。 あと彷徨い体質ってのもあるかもしれない。 事の発端は、村に買い物に行った帰り道で猫に餌をあげたことだろう。 「ありがとうございます」 喋った! 猫が喋った! そして猫耳少女に変身した!! ……いや、もうこれくらいじゃあ驚くに値しないか。 んで、どうもお礼に家に招待してくれるとか。 これが有名な猫の恩返しというヤツか。 しかし、俺は早く帰って縁側ですきっ腹にお茶を流し込んでいる脇巫女に餌を与えないといけないのだ。 丁重にお断りを入れたんだが、どうしてもと猫又少女も引かない。 「あっ! アレは何だ!」 「えっ! 何ですか? 何処ですか?」 どうにもなりそうにないのでヨゴレな俺はさっさと逃げることに決定した。 隙を突いて一目散に駆け出したんだが、一歩踏み出した途端に落ちた。何故か落ちた。 そして気づいたらどこか和風めいた部屋の座布団の上に座っていた。 そして上記の思考へと至ったわけだ。 「この度は話が我が主人が迷惑を掛けてしまって申し訳ない。どうやら橙にもよくして貰った様で」 「ああ、いえ。迷惑に関してはもう慣れましたから。それとあの餌付けも気まぐれですし」 何かなんとも言えないといった感じの苦笑いを浮かべられた。 ところで、その背後で揺れているもふもふした尻尾は何なんでしょう? しかも九本。 ええ、分かっています。狐ですね。九尾の狐ですね。 「昔大暴れして獣○槍でやられたり、どっかの隠れ里襲ったことあります?」 「いや、そんな記憶はないが?」 良かった。悪い人……もとい狐じゃないみたいだ。 ともかく、現在ここの主人は就寝中ってことだから暫く雑談で時間を潰すことにした。 俺の世界での(俺的)九尾の狐の評価や、色んな作品で使われていることを話した。 「わあ、藍様凄いことしてきたんですね!」 「い、いや。別に今の話は私のことでは……」 途中から傍聴人に加わった猫又少女がキラキラした目で妖狐嬢を見ている。 妖狐嬢は身に覚えのない偉業に関する尊敬の念にたじたじだ。 特に傾国の美女って話でとても興味を示していた。 まさかこの猫又少女もそれを狙っているのか? まあ、素材は良いし頑張れと言っておこう。 と、そこで背後から声が聞こえた。 「あら、お客様が来てたの?」 「あ、紫様。ようやくお目覚めですか。もうお昼はとうに過ぎてますよ」 「おはようございますっ!」 どうやらようやく主人の登場のようだ。 挨拶しようと振り向いたら、上下逆さまの女性が空間の途中から生えていた。 俺はどこから突っ込めばいいんだろうか? 「えっと……お噂はかねがね」 「あら、どんな噂かしら?」 まあ、色々と。本当に色々と。 内容は恐らく口にしたら俺が言ってなくてもヤバイだろうなって感じのもの。 とりあえず笑って誤魔化しつつ俺を拉致った用件を尋ねる。 決して招待とは言わない。そこだけは譲れない俺の最後の意地。 「面白そうだったからよ」 「お暇させていただけませんか?」 「駄目よ」 本格的な拉致のようだ。これはいよいよやばくなってきた。 どうにかして帰らないといけないと思いつつ、 ねこじゃらしや毛糸玉を使い猫又少女『で』遊んだり。 妖狐嬢にこっちの歴史についていろいろと話し込んだり。 拉致妖怪にやたらめったらスキマなるもので呼び出されてイロイロされてさせられた。 そんなこんなで一週間過ぎようとしたところで腋巫女が助けに来てくれた。 「何やってるの○○?」 「見ての通り、毛繕いだ」 膝元で丸くなっている猫又少女(猫)に両手にはブラシと霧吹き。 「一発殴るわね」 「本当にすみませんでしたばはっ!?」 こうして拉致軟禁生活は終わりを告げた。 だが、良く考えたら博麗神社でも軽く同じような状態じゃないだろうか? 深く考えないことにした。 例の件で紅白&黒白にこっぴどく説教を食らった。 不可抗力なのに実に理不尽だと思った。 で、暫く外出禁止令。庭先に出るまでに一週間掛かった。 元の世界では半引き篭もりっぽかったが、もう少しで本格的にジョブチェンジしそうだった。 「で、それなのにこんなところに迷い込んだんだ?」 「本当に面目ない。返す言葉もございません」 庭先で見つけた緑色の光に惹かれるように藪に突撃。 そして案の定迷ったところで蛍少女に保護された。 今は馴染みだという鳥少女の営む屋台にて暖を取っている。 「まあ、籠の鳥ってのは性に合わないんだよ」 「そうですよね。鳥は大空を飛んで囀ってこそ意味があるんです」 流石は鳥少女。良く分かってらっしゃる。 出された料理に舌鼓を打ちつつ和気藹々と談笑を楽しむ。 しかし、その憩いの場も長くは続かなかった。 「ようっ、○○。こんなところで偶然だなっ!」 黒白が現れた。やけに息巻いた様子だ。 うん、絶対偶然じゃないと思う。 だって笑顔がかなり怖い。笑ってるのに笑ってないってのはこういうのを言うんだな。 とりあえずこんなトラウマものを見せるわけにはいかないので蛍少女と鳥少女を背中でガード。 「オーケー。ビークール。時に落ち着け」 「安心しろ。私は落ち着いてるぜ。で、覚悟は出来てるよな?」 「士道不覚悟でござるぶはーっ!?」 目の前が恋色というものになった。 弁慶の仁王立ちというのを始めて体験したようだ。 そして目が覚めたら、入院していた。 天井を見て例のお約束はしっかり呟いておいた。 「あっ、起きた?」 「おう、起きた」 いつの間に現れたうさ耳少女にそう応える。 「鈴仙、患者がご臨終したよ」 「ええっ!?」 もう一人うさ耳少女がいた。目が赤いのでうさ眼少女にするか。 ところで、起き上がってる俺に対して大丈夫ですかと聞くのは間違ってると思う。 てか揺らすな。気持ち悪い。吐く、吐いちゃうから。 「うっそー」 「――! てゐっ!!」 うさ耳少女は逃げ出した。 どうやら悪戯っ子のようだ。実に鮮やかな手口&逃走術。 してうさ眼少女よ。そろそろロックした首を離しておくれ。 「あ、ちょっと待ってて。すぐに師匠を呼んでくるから」 そして立ち去るうさ眼少女。 とりあえず次会ったらスカートの裾が短いと注意しておこう。 眼福だが過度の摂取は目に毒だ。 「ふーん、普通ね。つまらない」 「美女だからって何言っても許されると思うなよちくしょーめ」 で、これまたいきなり現れた黒髪の女性のいきなり失礼な発言に 思わず無礼で返してしまうのはきっと仕方が無いことだろう。 とりあえず話してみると、どうやら彼女はこの家の主らしい。 そして久方ぶりに客人、しかも男が来たから顔を見に来たそうだ。 どうも何年も男の顔を見たことがないとか……美人なのに引き篭もりか。なんてもったいない。 今度外に連れてってやろう。ニートはいけないよニートは。 暫くしたらうさ眼少女が師匠なる人物を連れて帰ってきた。 「ご愁傷様ね」 「まあ、慣れてますから」 何故か彼女とは仲良くなれると思った。 ……そう思っていた時期が俺にも(一瞬)ありました。 「健康そのもの。成功ね」 「それを言うなら正常では?」 「いえ、成功で会ってるわ」 だって彼女はマッドなお医者様だったのですから。 何か怪しげな錠剤の瓶を振る姿は恐怖そのものだ。 後遺症、ないといいなぁ。 で、三日ほど検査を含めた入院を終えて帰ることになった。 仲良くなった因幡一同に別れを惜しみつつ、竹林をまっすぐ進んでいく。 進んでいく。進んでいく。只管まっすぐ進んでいく。 「で、迷ったわけだ? お前案外まぬけだな」 「デジャヴュを感じている今日この頃だ。これはもはや呪いではないかと思っている」 迷った挙句腹が減ったのでたけのこを生で食べようとしたところ色々あって保護された。 現在はこのヤンキー少女に火を借りてたけのこの煮物を調理中だ。 少女に火遊びは危ないと言ったら大いに笑われた。 さらにコンロ代わりにしてしようとしたらさらに笑われた。 「で、煮えたんだが。あっちの彼女は何時になったら出てくるんだ?」 「もう見られちゃったんだから観念しろって言ったんだがな。仕方ない、ちょっと連れてくる」 竹藪にのっしのっしと歩いくさまは実に男らしい。思わず惚れてしまいそうだ。 あ、こけた。どうも小さなたけのこに躓いたらしい。うん、「キャッ!」なんて実に女らしい。 で、件の彼女。竹藪から角だけだしてる。頭かくして角隠さずとはまた新しい。 たけのこ狩りをしてる最中に遭遇したわけなんだが、出会い頭に逃げ出されたのは初めてだ。 俺はそんなに怪しかっただろうか。頭にたけのこ乗せて角とかやって遊んでたわけだが。 うん、実に怪しいな。そして恥ずかしい。で、悶えている所にヤンキー少女が来て燃やされかけたんだわな。 「その、いきなり逃げ出してすまなかった」 「いやいや、こちらこそ恥ずかしいところを見せてしまって」 「ああ、本当に恥ずかしいところだよな。子供でもやらないよ」 「言うなー! やめてくれー!」 ぐりぐりとたけのこを俺につきつけてくるヤンキー少女。 悶える俺を見て僅かながら笑う角有り嬢。 それからたけのこだらけのパーティーをして、大いに楽しんだ。 どうも角有り嬢は満月の夜だけ角が生えるんだとか。変わった体質だなぁ。 それで人里で先生をしているんだとか。これからは先生嬢と呼ぶかな。 「で、何かいい訳は?」 「聞くだけ聞いてやるぜ?」 「よし、それじゃあ24時間耐久で話すぜ。覚悟しろよ?」 24時間耐久でお仕置きを受けました。 何かに目覚めることは無かったのでそこだけは一安心だ。 「で、監視が付きましたとさ」 「お前面白い人間だなぁ」 酔いどれ幼女が四六時中着けて回るようになってしまった。 何でもこの幻想郷でも珍しい鬼なんだとか。確かに立派な角をお持ちで。 ブスッ!! 「痛っ!? 刺さった! 刺さったよ今!」 「あー、ゴメンゴメン。酔うとどうも足元がおぼつかなくてさー」 ケラケラ笑いながら肘で小突いてくる。さすが鬼、脇腹がめちゃくちゃ痛い。 幼女といえどもやはり酔っ払いは始末に終えない。 「ええいっ、俺の前後左右に立つなっ!」 無茶なことを言ってみた。すぐに後悔した。 「じゃあ上だねっ!」 飛び上がったかと思ったら俺の肩に着地、そして合体『肩車』だ。 ま、まさかそんな手段があろうとは。さすが鬼、人間如きでは敵わないという訳か。 で、そんなこんなで仲睦まじい兄妹みたいなことをしてたら、 一ヶ月ほどで酔いどれ幼女は監視の任を解かれた。 俺の無実がやっと証明されたようだ。 晴れて自由の身になり、腋巫女と白黒を隙を突いて逃避行を開始。 自由なのに逃避とはこれ以下に。 まあ、とりあえず到着した人里の茶屋でのんびりと団子をつまむ。 「ああ、貴方が噂の博麗の巫女のところで居候している男というのは○○さんでしたか」 「どんな噂かしらないが、博麗神社の居候男は俺だけのはずだなぁ」 客が多いってことで相席になった天狗嬢と軽く雑談。 こういう人情味溢れた場所って元の世界にゃないからなぁ。 それからまるで取材のような感じで色々と聞かれた。 まあ、当たり障り無いことだし普通に応えたけどな。 「そう言えば外来人の方ですよね。何故まだ幻想郷に?」 「観光目的ですけど?」 予想外な答えだったのか目をぱちくりとされた。 俺、そんな変なこと言っただろうか。 腋巫女と白黒の勧めもあってのことだったから別に普通だと思ってたんだが。 別れ際に楽しみにしていてくださいねと言われたが、何を楽しみにしていればいいんだろうか? まあ、時期が来れば分かることだろう。見えぬ未来(さき)より見える現在(いま)だ。 「すみません。お土産用にお団子包んでください」 男○○。ちょっとは学習する人間なのだ。 そしてすぐに学習しても呪いが解けていなければ意味がないということを新たに学習することになった。 「へい、そこの綺麗なご令嬢。このお団子で一緒にお茶でもいかがです?」 「そうね。まあ、いいわ」 台詞はアレだったがこれは決してナンパなどではない。 植物のツタに逆さ吊りなりながら日傘で突付かれている状態での出来事なのだ。 そう、これは命乞いだ。文字通り命懸けの一世一代のお誘いだった。 「えっと、じゃあ杜若と薺で」 「へえ、いい心がけだわ」 本日二度目のお茶をしつつ、 何かこの中から選べと言われて幾つかの花を見せられた。 で、フィーリングで選んだわけなんだが何とかご満足して頂けたようだ。 しかし、この一面の向日葵畑ってのは壮観だな。素晴らしき色のコントラスト。 ただ、全ての花がこっちを向いているなんて怪異がなければ良かったんだがな! 特に俺を椅子に縛り付けるこのツタがなければ一番だったのにねっ! 「あの、そろそろ帰りたいのですが?」 「あら、もう少しいいんじゃない?」 小一時間に及ぶ問答の結果、またお土産持参で訪ねることで開放された。 最後に首筋あたりに何かを刺されたんだが、アレは何だったんだろうか。 振り向いた時に見たお花婦人の顔が怖かったので、考えないことに決定した。 あの後、事情を話したら腋巫女と白黒は何だかんだで許してくれた。 白黒に至っては良く生きてたなと感心された。 確かにお花婦人は本能が危険だと告げる相手だったが、 この二人からもそこまで言わせるとはかなり凄い人だったんだろうな。 なお、再度訪ねることになってるのを伝えると今度は呆れられた。 「馬鹿は死ななきゃ治らないんだぜ?」 「全くね」 酷い言われようだ。 しかもそんなことがあった後でも俺に晩飯を作らせるなんて。 くそっ、今日は辛いもの尽くしにして一晩中ヒーヒー言わせてやるっ! 結果、三人とも共倒れ。そういや晩飯ってことは俺も食うんだよな。 三日ほどして、嫌なこと……もとい約束事を早速済ませるべく件の花畑へと向かった。 今日は前回より高い饅頭を用意した。まあ、当たり障りの無いようにしてれば大丈夫だろう。 そして花畑に到着した。 「花は花でも向日葵じゃなくて鈴蘭だけどなっ!」 またも俺の呪いが発動したらしい。拉致でなく迷子になる方。 まあ、これはこれで綺麗なもんなんだけどな。 「あれ、お客さんだ。珍しいねスーさん」 「どうも、迷うことが珍しくなくなったなと思い至っている○○です。どうぞよろしく」 俺のへんてこな挨拶兼自己紹介はわりと好評だった。 話を聞くと、彼女は人間でなく人形なんだとか。またしても人外だった。 てか、幻想郷って人間外のほうが多いか。なら気にすることもない。 「○○さんは変人ですね」 「変人って言うな! 変わった人と言ってくれ!」 同じように思えるがやはりニュアンスが全く違う。 人形少女はこの近くに住んでるんだとか。スーさんがいるから寂しくないとか。 うん、聞いてないよ。こっちが話す間もなくどんどん話していく。 この子も人形遣いの少女と同じ境遇なんだね。うん、優しくしてあげようと思った。 ところで、何か凄く眠くなってきたんだが何なんだろうか? 「あっ、そういえばスーさんには毒があるから気をつけてね?」 「ちょ……おま…………遅っ……」 それを聴いた瞬間あっという間に意識が遠くなった。 幻想郷二度目の臨死体験の始まりだった。 鈴蘭畑が彼岸花畑に変貌していた。 何言ってるのか分からないかも知れないが……止めよう。このネタはちと長い。 さて、さっさと戻らないと面倒なことになる。とりあえず話せる人を探そうじゃないか。 「と、言うわけで何か知らない?」 「藪から棒になんだい?」 いつの間にか載っていた小船の船頭さんに話しかけた。 事情を話してみると、その事について俺を今彼女の上司のところにつれていくんだとか。 因みに、彼女は死神なんだとか。卍解とバラッドどちらのほうだろうか? 「戦うのは嫌いだねぇ。痛いし面倒だし疲れるし」 「全くもってその通りだと思うが。実際他人から聞くとそれはどうかと思っちゃうよな」 その後は目的地に着くまで仕事上の愚痴とかを聞いていた。 やれ、仕事量が多いとか。説教が長いとか。休みが少ないとか。説教が長いとか。説教が長いとか。 「つまり、説教が長いと」 「ちょっとサボっただけですぐに怒るからねぇ」 やれやれと肩をすくめて首を横に振る死神嬢。 とりあえずサボって説教だけで済んでるだけマシだと思うんだがな。 そして到着したのは、何故か裁判所。なしていきなりこんなところに? とりあえず、やることだけやっておこう。 「意義ありっ!」 「どうしたのさ?」 いや、一度やってみたかっただけだ。実に清々しい気分だ。 それで、死神嬢の上司とやらはどちらに? 「ああ、彼女がそう。ここのボスってヤツさ」 「初めまして○○さん。私が小町の上司、四季映姫・ヤマザナドゥです」 「意義ありっ!!」 心の限り叫んだ。思いっきり振りかぶって力の限り指差してやった。 俺は認めない。認めないぞっ! 幼女が裁判官なんて認めねー! 「誰が幼女ですかー!」 「まあまあ映姫様落ち着いて」 くっ、認めるしかないのか。 幻想郷、俺の常識をことごとくぶち壊してくれるぜ。 「それで、俺のことなんだけどさ。えっと……山田何でしたっけ?」 「山田じゃありませんっ! ヤマザナドゥです! ヤマ・ザナ・ドゥ!!」 涙目で訴えられた。どうも名前にコンプレックスがあるらしい。 誠意を持った謝罪をもって許してもらった。 で、肝心の俺の帰る方法だが手続きにちょっと時間が掛かるらしい。 迷ってきたからさっさとぽいって訳にはいかないそうだ。お役所仕事も大変だね。 「観光で幻想郷にいるんだったね。折角だから八大地獄巡りでもしてみるかい?」 「丁重にお断りいたします。いや、乱暴にしてでも断るっ!」 死神嬢は実に笑えない冗談を連発する。 てか俺で遊んでいる節がある。いつか復讐するために心のジャポニカふくしゅう帳に書いておいた。 「いいですか? まず人というのは……」 「ああ、確かに少女らしくないですね。なるほどなるほど」 泣かれた。泣きながら怒られて、笏で叩かれながら説教を受けた。 うん、流石に言い過ぎたと思ったので甘んじて受けた。 あと最後に、それなら少女らしく振舞うよう頑張ってください応援してますと言っておいた。 飛来した笏が額に突き刺さった。今のも駄目だったようだ。 そして蘇ったら神社の縁側に寝ていた。 またか。またなのか。この扱いは一体何なんだろうか? 一度抗議するべきかもしれない。 「○○。洗濯物も溜まってるから早く済ませて」 「いえすまむ」 まあ、それはまた次の機会にするとしよう。 また幾日かして、ちょっくら人里まで買い物に出かけた。 今回は腋巫女に許可もとったから大丈夫だ。 だが、変なのに巻き込まれると厄介なのでさっさと帰ろう。 「そう、帰る。帰るんだ俺。しかし、帰り道のど真ん中に厄介事が落ちていた場合はどうすればいいだろうか?」 神社へ続く階段の前に転がっている黒っぽい物体X。どうやら人っぽい形をしている。 さて、どうするべきだろうか。くっ、こんな時にライフカードがあれば! いや、アレって結局自分で選ばないといけないから結局変わらないか。 「ちょっとそこの。早く助けてくれる?」 「ガッテム。厄介事のほうがこっちに着やがった」 しかも行き倒れの癖に何て図々しいヤツだ。 しかし、そこで断れない自分が可愛いと思う。 とりあえず背中に背負って神社を目指す。 「で、お宅はどちらさまで?」 「……リリーブラックよ」 ジーザス。こいつまさかあの春先に現れた絨毯爆撃犯の知人か? ここに訪れたのは俺に復讐するためか? まずい、背中を思いっきり見せてしまってるぜ。 し、仕方ない。俺の巧みな話術でこの場を切り抜けてやるぜ。 「お前さん確か春妖精なんじゃないのか? 今は春じゃないぞ?」 「…………」 ち、沈黙か。まずい。何かいきなり地雷踏んだっぽいぞ。 これは下手に喋ったら駄目そうだ。 石段を登る登るZUNZUN登る……沈黙と脚が酷く重い。 「まあ、何だ。良く分からんが元気出せ」 「……何言ってるのよ、馬鹿」 神社に到着し、客間で寝かせてから後は腋巫女に全てを任せた。 結局何も知らされぬ間に帰ったようだが、腋巫女曰く何でもないとか。 しゃーない。今度贈り物(秋の七草粥セット)でもしてやろう。 さて、秋も深くなってきたところで紅葉狩りに行くことにした。 腋巫女と白黒は何か知らないが揃ってお出かけ中だ。 最近物騒だから外出は控えろと言われた気がするが……でもそんなの関係ねぇっ! 自分の好きなことの為なら常識に反逆するのが俺のジャスティス。 「と言うわけで、秋の味覚を強奪に参りました。どうぞ恵んでください」 「脅すのか頼むのかどっちかにしたら?」 「よろしくお願い致します!」 「面白い人間ねぇ」 秋姉妹に対して恥も外聞もなくジャパニーズ土下座を敢行した。 まさか弁当を忘れるとは……実にベタなミスだ。 結果、俺の誠意と熱意に心打たれた二人が施しをしてくれた。 「安心してお代はその体で払ってもらうから」 「食った後に条件つける何て詐欺だっ! だが何だろうこの背徳感満点なシチュエーション!」 「うん、それじゃあ頑張ってね」 そう言って渡されたのは籠一杯の秋の味覚。 これを山の上に引っ越してきた神様達に届けて欲しいんだとか。 「くそっ! 分かってたのに。ストロベリーな展開なんてありえないって分かってたにぃ! この若き情動を抑え切れなかった自分が憎いー!!」 と、言うわけで籠を背負ってえっちらおっちら登っていく。 正直道が分からないんだが、まあ天辺目指すんだし登ってたら確実に着くよな。 「しかし、進行方向に何やら只ならぬ気配を感じるぜ。 だが、男は歩みを止めるわけにはいかないのだよっ!」 で、また登ること十数メートル。どうやら俺の勘は当たっていたらしい。 実に嬉しくない限りだ。学級委員決める時にくじ引きで面倒な役割が当たった気分に良く似ている。 「最近さ。悟りとか達観とかそういった道を目指そうと思うんだがどう思う? つまり、もうちゃっちゃと諦めて受け入れてしまえってことなんだけどさ」 「悟りや達観を覚えるのはいいけど、ちゃんと選別するべきだと思うわ。 ところで貴方は誰かしら?」 「名は○○。何、しがない観光者ですよ。普通、と言えないのが最近の悩み事だ」 道を尋ねるついでにちょっと世間話をした。 引っ越してきたっていう神様達ってのも気になってたし。 で、彼女の素性は厄神という存在らしい。 何かあまりに普通すぎる出会いにありがたみもへったくれもないな。 まあ、とりあえず何かの縁ってことで。 「ねえ、○○。これは何かしら?」 「お供え物だ。神様なんだろう?」 日本は善も悪も祀り崇めることでその災厄を鎮めてきたとか。 ならその厄を引き受けてくれてるこのくるくる少女に感謝の念を捧げておくことも悪くない。 「変わりに俺に厄が来ないようによろしくな!」 「ふふっ、ええ。出来る限り……ね」 実に打算的な考えだが、これが人間だと思うんだ。まあ、俺ヨゴレだし。 しかし何か含みのある言い方だったな……まあ大丈夫だろ。 さて、やっと中腹手前といったところか。 こりゃあ上についた頃には夕方近くになりそうだなぁ。 帰りはどうしようか……まあ、その時考えよう。 「おや? 人間がこんなところで何してるんだい?」 「はっはっは。性悪豊穣姉妹に体でご奉仕中だよ!」 川の中から突然現れた少女。明らかに人間じゃねー。 しかし害意はないようで一安心。 「して、河童よ。やはり好物は胡瓜か?」 「おぉっ! 私の正体を一目で見破るとは流石は盟友! 勿論胡瓜は大好物だよ!」 盟友とは何のことだろうか? 俺には親友の太郎くらいしかいないんだが……因みに太郎は家のペットのフェレットだ。 ちょっと涙腺が緩んだ。いろんな意味で泣きたくなった。泣いてしまった。 河童少女がいきなり泣き出した俺に驚いている。 俺も我が瞳の堤防の脆さにびっくリだ。 「まあ、いろんなこともあるけど強く生きろよ」 「それ私の台詞だと思うんだけど」 以前心配してくる自称盟友を言葉巧みにだまくらかし。 天狗の領域手前まで着いて来てくれる事になった。 ……あれ? 俺の方が丸め込まれてねコレ? 河童少女に近道を聞いて別れて十数分。 天狗の領域に入ったところで奇襲を受けたわけだが。 「ほーらいい子いい子。泣き止んだねー。偉いねー」 「や、やめてくださーい」 襲われたから咄嗟に交わしたら、足引っ掛けちゃって、転んで、滑って、 藪に突っ込んだ上に侵入者用の罠なのかトラップで宙吊りされてしまった。 上下逆さまで暫くの間見つめあった後、襲撃者、犬耳少女の瞳に涙が浮かびましたとさ。 で、四苦八苦しながら罠から外してやり、まだぐずる犬耳少女をあやしていたわけだ。 「うぅ、そ、それで貴方は何者ですか? 侵入者なら退治しちゃいますよ」 「わー、大変何だねぇ。まだ小さいのにお仕事頑張って偉い偉い」 「あわわわわ。子供扱いしないでくださーい」 あんな現場を目撃した後じゃ威厳もなにもあったもんじゃないしねぇ。 てかこの容姿じゃ凄んでも怖いじゃなくて可愛らしいだ。 とりあえず実に手入れの行き届いた毛並みを弄らせていただく。 そして尋問開始。さすがヨゴレな俺。やることが汚いぜっ! 「さあ言えっ! 言わないと耳をもふもふしてしまうぞっ!」 「そ、そんな。それだけはご勘弁をっ!」 割とあっさり吐いてくれた。むしろ呆気なさ過ぎる。 もう少し耐えてくれたらもふもふが堪能できたんだが実に残念だ。 次回再挑戦することにしよう。 犬耳少女から他の天狗に見つからない道を教えてもらい。 やっと到着いたしました守矢神社。残念ながら読み方が分からないのはご愛嬌。 しかし、何だろうねここは。最近引っ越してきたって話みたいなんだけど…… 「随分とボロボロだなぁ。まるで今しがた戦争があったみたいだ」 あちこちの石畳がひっくり返ったり、屋根に穴が空いている。 ここに来るまでの話では信仰心のために引っ越してきたって話だが。 なるほど、ここまで荒廃してちゃ引っ越してくるしかないわなぁ。 「で、大丈夫ですかな?」 「た、助けてくれるとありがたいのですが?」 ところどころ焦げ付いて倒れている青巫女。見た目にしては案外元気なようだ。 だが、ヨゴレな俺は自分の絶対的優位性を見逃すことはないのだよっ! 「プリーズは?」 「はい?」 「お願いしますは?」 「お、お願いします」 オーケー任せろ。助けてやるから一生恩に着てくれたまえ。 ポケットをがさごそ漁って一本のドリンク剤を取り出す。 「やごころ印の傷薬~かっこ飲み薬タイプかっことじ。 さあ、飲みたまえ」 「ちょ、待ってください! それは何だかまずそうな予感がビシビシ感じます!」 「良薬口に苦しだ。我慢したまえ」 「そういう意味じゃモガー! …………がくりっ」 みっしょんこんぷりーと。 見たところ外傷は治ってるので一安心だろう。 何故か服まで復元してるのが謎だ。実に惜し……げふんげふん。 とりあえず道端放っておくのはまずいので境内を回って拝殿の縁側に寝かせておく。 さて、とりあえず豊穣姉妹のお土産はお供え物として置いとけばいいだろうか。 一応本殿のほうにも足を運んでおくか。 で、本殿にやってきたわけだが。これはなんと言っていいやら。 第二次大戦で空襲を受けた家ってのはこんな感じなのかねぇ? 「兵どもが夢の跡ってヤツかねぇ。まあこれはこれで風情がある」 「あら、ありがとう。本当ならもっと立派だった時に見てもらいたかったわね」 と、本殿の奥から響く声と共に一人の女性が姿を現した。 実に威厳たっぷり、神々しいオーラを発しつつ威風堂々と現れた。 「貴方がこの神社の神様で?」 「ええ、そうよ。初めましてね人間。この場所に何用か?」 「パシリです」 あっ、こけた。 何でだろうなぁ。正直に話しただけなんだけど。 何か疲れたように立ち上がる注連縄婦人に預かっていた秋の味覚をお供えする。 二度拍手をして、手を合わせたまま深々と拝んでおいた。 「自由をこの手にできるといいなぁ」 「何でそこでお願いじゃなくて希望系で言うのかしら」 だって、何か神様の奇跡でも叶えられそうにない気がして。 てか、その神様の奇跡をぶっ飛ばしそうな輩が約二名ほどいるんで。 「あーうー」 と、そこで本殿のさらに奥から小さな影が姿を現した。 「妖怪あーうーが出ましたよ。早く退治してください。神様のお仕事ですよ」 「あーうー! 失礼だよ君っ!」 「ああ、この子は家の祟り神だから大丈夫よ」 おぉ、そうだったのか。しかし、祟り神って逆に妖怪より危ないんじゃないのか? ああ、だから神社に祀られてるってわけか。 「実はその目玉つき帽子が本体とかありません?」 「そうだったら面白かったんだけど。残念ながら人型のほうが本体ね」 「酷いっ! 二人とも酷いよ! いじめだよこれっ!」 冗談冗談と注連縄婦人と二人であーうー少女の帽子をぽふぽふ叩く。 さて、十分堪能したしそろそろ帰るとするか。 「それじゃあ、復興頑張ってくださいね」 「まあまあ、ゆっくりして行きなさい」 「そうそう、本殿の中も見せてあげるよ」 「えぇえぇ、先ほどのお返しもしたいですし」 ○○は逃げ出したっ! しかし回り込まれた! ボスからは逃げられない! 注連縄婦人に肩を捕まれ、あーうー少女に脚を踏まれ。 しっかり復活した青巫女も戦列に加わっている。 皆その笑顔が恐ろしいぜ。 結局帰るまでに二週間かかった。 教訓、過度の布教活動は洗脳と同義である。 「と、言うことがあった訳だよ」 「なるほど。やはり貴方の話は面白いです」 と、高速で筆を進める文豪少女。 何でか知らないが取材を申し込まれて、幻想郷に着てからの事をボチボチ話していた。 言うなれば観光記って感じになると思うんだが、そんなに興味深いものかねぇ? 「ええ、とっても稀有な記録になります。前代まれに見る奇書になるはずですよ」 「それ褒めてないよね? すっごい貶してるよね?」 文豪少女はいい子だがあまりに素直すぎる。 そして正直ってのは時に人を傷つけるものなんだよ。 「大丈夫です。○○さんですし」 「君に俺の何が判るって言うんだー!」 「聞きたいですか?」 「ごめんなさい。知らない自分に気づいてしまいそうなので遠慮させていただきます」 分厚い資料の束をちらつかせる文豪少女に、俺は全面降伏するしかなかった。 ちょっと悔しいので軽くその辺の本を漁っていく。 「何を探しているんですか?」 「春本」 「そ、そんな本ありませんっ!」 「じゃあ艶本」 「だからぁっ!」 顔を真っ赤にして否定する文豪少女。 はっはっは、ただで負けるわけには行かないのだよ。 ヨゴレの真髄を見せてやったぜ。 「それで、この本の最後の言葉は何がいいですか?」 「うーん、まあ安直でいいかな」 ――袖触れ合うも他生の縁、旅は道連れ世は情け ――幻想郷の全ての出会いに感謝を捧ぐ。さらば、幻想郷 ○○ 「まあ、こんな感じで」 「…………」 あれ? どした? なしてそげん驚いた顔しとるん? あっ、筆から墨垂れちゃってるよ。あーあー、折角綺麗に書けてたのに。 「それ本気ですか?」 「はい?」 幻想郷に、小さいがとても重大な異変が訪れようとしていた。 うpろだ1134 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「おおおぉぉぉー! 待てぇえーい!!」 「わはー! こっちなのだー!」 「アタイを捕まえようなんて10光年早いのよっ!」 「チルノちゃん。それじゃあ時間じゃなくて距離だよ」 帰ることを決意してから早一ヶ月。俺はまだ幻想郷に居た。 帰らなかったんじゃない。帰れなかったのだ。 それで開き直って遊び倒してるのかって? 答えはNOだ。これも帰る為の必要条件なのだよ。 ―― 一ヶ月前 ―― 「と、言うわけでそろそろ帰ることにしたよ」 「……そう」 飯の席でそう告げた。 腋巫女があんまり興味なさ気に一言だけ呟く。 いやあ、何だかんだで一年以上も居たからな。向こうじゃ失踪者扱いかねぇ? うし、ご馳走様ー……って、俺が腋巫女より早く食べ終わるの初めてじゃね? 視線を移してみると、固まってるってこともなく口を動かしてしっかり租借している。 もごもご……もごもご……もごもご……もごもご……もごもご………… 「って、長いよっ! お前いつまで噛み砕き続けてるんだよっ!」 「…………ごくんっ……料理はちゃんと噛んで食べないといけないのよ?」 いや、それは知ってるが限度ってものがあるだろうに。 いつからそんな健康志向になったんだ腋巫女よ。 「ご馳走様、後片付けお願いね」 「って、早っ! さっきの言葉はどうしたよ!」 言うだけ言ってさっさと自室に引っ込む腋巫女。 なんだぁ。いつも以上に輪をかけておかしかったな。 ……まさかあの日だろうか? 「お邪魔するぜー!」 「ぶごへぇー!!」 不埒なことを考えたからだろうか。いきなり天罰覿面だった。 白黒に跳ね飛ばされ、壁にぶつかり畳の上に落ちる。 しかし怪我は奇跡的に打撲で済んだ。近頃自分の体の構造が不思議でたまらない。 「んじゃ、○○。いつもどおりにお茶頼むぜっ!」 「てめぇはその前に何か言うことがあるだろがー!」 と、言いつつしっかりお茶を注いで差し出してしまう自分が居る。 と言うか何しにきたんだお前は。まあ、言わずとも分かっているが。 こいつは事あるごとに俺の世界の話を聞きたがる。魔女ってのは好奇心旺盛なもんなんだな。 「そーさなー。んじゃ最後だし取って置きのを話してやろう。むかーしむか――」 「ん? 最後ってどういうことだ? もうネタ切れか?」 まさか。俺のネタ帳は今まで話したの二倍、いや三倍はあるぜ? なら何故最後かって? そりゃあ勿論。俺が帰るからだよ。 ふっ、簡単な推理さ。Q・E・D! 「……霊夢は部屋だったな。ちょっと失礼するぜ」 「あ、ああ。そういやアイツも変だったからさ。それとなく聞いてみといてくれ」 白黒は一度こちらを見ただけで、特に何も言わずに行っちまった。 一体何なんだ今日は? で、次の日。 「はあ? 帰れない? 何でさ?」 「そうね。一言で言えば……未練ね」 腋巫女が面倒くさそうに説明する。 何でもこの一年間で俺が観光した場所で 作りまくってしまった未練が邪魔をしているらしい。 らしいってのは、もともとこんなケースがなかったのであくまで推測だとか。 「未練かぁ……」 まずい。心当たりがありすぎるぞ。 ざっと考えただけでも数十個あるし。 「よし、それじゃあ早速行って来るわ!」 「……そう」 さぁーてまずは、人里の茶屋でお団子20種全100本クリアを目指すぜ! 俺の戦いは始まったばかりだ! 本当の意味でなっ! 回想終了。そしてこの鬼ごっこもエンドじゃー! 「げっちゅー!」 「わはー。捕まっちゃったのだー」 懇親のヘッドダイビングでカニバリズム少女を捕獲する。 「くぅー、天才の私が一番に捕まるなんてー! 水の中に潜んでるなんて卑怯よっ!」 「私の時は○○さん木の上から降ってきてびっくりしちゃいましたよ」 ふっ、鬼ごっこで必要なのは直線的スピードだけではないのだよ。 まあ、しかしすっかり泥だらけだな。心地よい疲労感で体もふらふらだぜ! うん、子供の体力舐めてたわ。そもそも人間でもない訳だしな。 「あー、もう日も沈んできたな。そろそろ帰って晩飯を作らなくては」 「そーなのかー。今日も楽しかったのだー」 「ふんっ。私が遊んであげたんだから楽しくて当然よね!」 「もう、チルノちゃんったら」 まだ元気に騒いで笑っている三人の頭をくしゃくしゃと撫で回す。 いきなりそんなことされてポカンとした顔で俺の顔を見上げる三人。 うむ、これにて未練解消。みっしょんこんぷりーとだ。 「んじゃ。ルーミア、大ちゃん、チルノ……ちとお別れだ」 三人がキョトンとした顔をする。 苦笑しつつ俺が幻想郷から帰ることを軽く説明する。 「○○の馬鹿ー! おたんこなすー! かぼちゃー!」 「あっ、待ってチルノちゃん!」 チルノが俺に罵声(?)を浴びせつつ高速で飛び去っていく。 その後を大ちゃんが一瞬俺に視線を向け、すぐに追う。 「大丈夫なのかー?」 そして、去り際に氷塊をくらってノックダウンした俺の顔をルーミアが覗き込む。 「んー、やっぱ痛いが大丈夫」 しかしあそこまでされるとは予想外だったなぁ。 「○○、貴方は食べてもいい人類?」 「食べちゃ駄目だが齧るくらいならいいぞ。ただしヨゴレな俺は不味いぜ?」 ルーミアは俺の右手を掴み、親指の付け根あたりに噛み付いた。 人食い妖怪の癖に、噛む力が弱くて全然痛くなかった。 さあ、やってきました紅魔館。 今日はあいにくの雨模様で気分が右斜め下に5度くらい下降気味だ! 「貴方はいつでもハイテンションですねぇ」 「貴女はいつでも門番してるんですねぇ。てか傘くらい差さないの?」 「門番してたら傘を取りに行けないんですよー。離れたら咲夜さんに叱られてしまいますし」 ルルルーと涙を流すチャイナ少女。 残念ながら雨のせいで実際流れてるのかは不明だが。 「それで、今日は何の御用ですか?」 「いや、この度帰ることになったんでご挨拶にね」 「えっ? ええぇぇっ!?」 だから何で皆そう意外そうに驚くかねぇ? 一応皆には観光だって言ってたはずなんだが。 「まあ、そういうことだから通っていいかな?」 「あ、はい。そういうことなら……」 いいのかよ。自分で言っておいてなんだがまさか通れるとは。 まあ、じゃあお礼ってことでこの傘をプレゼントしよう。感謝するように。 「それじゃあさいなら。風邪引かないようにね、美鈴さん」 「ほへっ?」 間の抜けた顔をする美鈴にちょっと笑いつつ、 俺は門を抜け、館へと足を向けた。 館に入ったところで、扉のすぐ前にメイド長が立っていた。 ちょっと驚きつつも、軽く挨拶を済ませる。 どうやら俺が何故訪ねて来たか分かっているようだ。 すぐに図書館へと案内してくれた。 相変わらず迷ってしまいそうな図書館をひた進む。 「はい、期待通り迷いましたとさ!」 何でこうビシッと決まらないかなぁ俺は。 「あっ! くすくす。どうかしましたか○○さん?」 「いやー、何でか道に迷っちゃってね。助けてくれるとお兄さん嬉しいよ」 実にナイスタイミング! そういや最初に会った時もこんな感じだったな。 本を仕舞うのを手伝いながらこぁの主の下へと連れて行ってもらう。 「お客? こんなところに珍し……ああ、○○ね」 「何でそこで俺だと納得するのか小一時間問い詰めたいぞ? だがしかし実際小一時間どころか丸一日語られそうだから止めとくぜ」 「賢明な判断ね」 魅惑の微笑みを浮かべるこぁの主人。 これで手にしている本が「上手な人との付き合い方 -中巻-」でなければ。 というか魔女殿でもそういうの気にするもんなんだね。 「今日はどんな御用なんですかー?」 こぁが紅茶を淹れてくれる。 早速一口……うん、美味い。茶葉の名前とか全く分からないが美味いのは分かる。 「うむ。とりあえず二件ほどな」 そういっておもむろに服をめくりあげる俺。 何やら二人分の小さな悲鳴が聞こえたがこれは必要事項なので華麗にスルー。 捲った服からどさどさっと机の上に数冊の本が落ちる。 白黒の家からサルベージしてきたものだ。 「残念ながらこれだけしか取り戻せなかった」 あの白黒。やたらめったら抵抗しおってからに。 最後にゃ弾幕ぶっ放してきたから殆どの本を落としてきてしまったのだ。 「いえ、これだけでも良く取り戻せたわ。 それより、なんでこんなことを?」 「まあ、未練だ」 首を傾げる二人。まあ、意味不明だよねー。 あの時常習犯だって聞いて、何とかしないとなーって思っちゃったからなぁ。 身内の恥って感じだし。実際恥ずかしかったし。 「そう……ありがとう。 それで、後一つの用件っていうのは?」 「ええ、お別れの挨拶に」 「「?」」 おぉう、そこで首を傾げますか。 今度はもうちょっと詳しく。観光が終わったので帰ることにしたことを告げる。 「そう。残念ね」 「あうあう~」 こぁの主人は僅かながら、こぁは涙ながらに惜しんでくれた。 うん、短い付き合いだがこういうのちょっと嬉しいな。 「それではこれで。パチュリーさん、こぁ、お達者で~」 次に訪れたのはこの館の主、吸血幼女の部屋だ。 「ご機嫌麗しゅうマドモアゼル!」 「招待した覚えはないけど、まあいいわ」 吸血幼女はアポなしの面会を快く受けてくれた。 まあ、雨が降っててどこにも出かけられず暇だったから……ってのが有力そうだ。 「お別れの挨拶に来たわけですが。あんまり必要なかったですね」 「失礼ね。館の主である私を蔑ろにするなんて」 そう言いつつ何故か楽しそうに笑う吸血幼女。 俺が消えるのがそんなに嬉しいってことなのか? そんな嫌われることしたっけなぁ? 「私は貴方のことを気に入ってるのよ? ふふふっ」 ……そんな気に入られることしたっけなぁ? 「まあ、幼女とはいえ可愛い子に気に入ってもらえて恐悦至極です」 「あはははははははは。ふふっ、くくくくくっ」 何か大笑いされてるんだが一体何なんだ? 吸血幼女の右後ろに控えているメイド長に目配せをするが、 どうやら彼女も自分の主が何故こうなってるか分からないようだ。 ああ、そうだ。ついでだから今のうちに例の件も聞いておいてしまおう。 「メイド長。一つ教えて欲しいことがあるんですが」 「はい。何でしょう?」 「例の拉致マジックの種。教えてもらえます?」 「拉致? ……ああ、あれはですね」 どうやらあの拉致事件はメイド長の特殊能力でどうにかしたものらしい。 だから種なんてないんだとか。 チクショウ。折角の俺のドリーム計画が台無しだ。 だが、まあいい。とりあえず未練は解消だ。 「こんなに笑ったのは久しぶりだわ。○○に感謝するべきかしらね?」 うわーい。コレ絶対嫌味っぽいぞ。 しかし。転んだらただでは起きないが俺のモットー。 つーわけで早速利用させていただく。 「それじゃあお願い事一ついいです?」 「あら、何かしら?」 「妹君に会わせて貰えます?」 「……貴方、正気?」 普通そこって本気って聞くもんじゃない? いや、まあ分からないでもないけど。実際脅されたし。 とりあえずOKは貰えた。メイドさんが案内してくれるとか。 「それでは失礼致します。レミリアさん、咲夜さん」 「ええ、またね」 レミリアさんは最後まで笑い続けていた。 さて、やってきました妹君を部屋の前。 何かおどろおどろしいオーラでてるよ。オーラが! ちょ、ちょっと深呼吸して気持ちを落ち着けよう。 吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー 「何してるの?」 「ぶほぉっ! い、何時の間に!?」 待て。落ち着け。素数を数えるんだ! いやそんなことしてる暇はない。事態は一刻を争うんだ! 事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだっ! そして俺は今その事件現場の真っ只中に居ます! 「ねえ、何して遊ぶ?」 「そうだなー。じゃあ、また色んな話を語ってやろう」 だからその燃えさかる剣はしまいましょうね。 熱くて汗が止まらないよ。それ以外の理由でも汗かいてるしね! 「じゃあ話すぞ? むかーしむかし。あるところに――」 さあ、語ろう。彼女の知らない物語を。 知らないことを知り、分かったことで一喜一憂する。 子供はやっぱりこうでなくちゃねぇ。 「「「「いーやーだー!」」」」 「ええい放せフラン! 分身してまで纏わり着くんじゃねー!!」 帰る予定がちょっとズレ込んでしまいましたとさ。 時は巡り、季節は冬。 「うおおぉぉぉ! これが俺の全力全開だぁ!」 「まだ半分もいってないわよ。ほら、頑張って頑張って」 現在、俺はカキ氷器を一生懸命回している。 その隣で応援しているのは雪女嬢だ。因みに彼女はシロップ作成係だ。 そう去年話題に出た超ジャンボカキ氷を作っているのだ。 我ながら面倒な未練を作っちまったもんだぜ! 「なぁー! いちごとかレモンは分かるんだが。何で幻想郷にブルーハワイまであるんだろうなっ!」 「……さあ?」 やっぱ分からないよなー。 まあ、これで未練二号消化っと。 「うおっしゃあ! 完成! さあ、その白くてどろどろした甘ーいシロップをぶっ掛けてくれ!」 「何か凄い不穏当なこといってる気がするんだけど」 真っ白な雪女嬢から白い眼で見られる。 ふっ、だがその程度ならヨゴレな俺にはきかないぜ! 「それじゃあ食べさせてあげるわ。雛鳥の如く口を開けなさい」 「わーい。ドキドキシチュエーションだけど何か屈辱ー」 まあ、それはともかく美人に食べさせて貰うのは悪くない。 甘ったるい練乳がさらに甘く感じるぜ! 「あーん」 「しゃくしゃく」 「あーん」 「しゃくしゃく」 「あーん」 「……しゃくしゃく」 「あーん」 「…………しゃくしゃく」 「あーん」 「……………………しゃくしゃく」 ぐおおぉぉ! 痛てぇ! 頭が急速に痛くなってきた! 嬉し恥ずかしだけどこれはまずい! てか雪女嬢ペース早いよ! 「あーん」 「ちょ、ギブギブ! もう食えないから!」 このままでは頭痛でぶっ倒れてしまう。 雪女嬢はちょっと思案した後、差し出していたスプーンを自分の口に含んだ。 「間接キスね」 「ぶふぅっ!?」 「はい、あーん」 「まさかの二連撃?!」 うおっ。これは。これはこれはこれはどうするべきなんだー! 結果、最後まで美味しくいただきました。勿論カキ氷をね! 「それじゃバイナラな。レティさん」 「ええ、雪の振る季節にまたね」 ぺしんと俺の額にでこぴんをかましてから消えていった。 次に俺が訪れたのは魔法の森にあるお宅。 「呼ばれず飛び出ずじゃじゃじゃじゃーん!」 「えっ? へっ? な、何っ?」 暖炉からいきなり現れた俺に混乱している人形遣いの少女。 当初の予定は普通に玄関か窓から入ってくるつもりだったんだが、 残念ながら全てに鍵がかかっていたので、急遽煙突から突入することになった。 「げほげほっ。お前ちゃんと掃除してるか?」 「え、煙突の中なんてそうそう掃除するわけないでしょう! というか○○。貴方何でそんなところから。それに何の用で…… ああもう訳分からないわ!」 頭を抱えて思いっきりため息をつく人形遣いの少女。 どうも大分疲れているようだ。趣味に没頭するのもいいけど体を大事にしないと駄目だぜ? 「HAHAHA、そんな君に朗報。一日限りの特別ご奉仕! この○○が専属執事として君をお世話しちゃうぜ! 強制的に!」 「な、何言ってるのよ! そんなのいらな……って強制なの!?」 「さあ、飯を食え! そして寝ろ! 俺はその間に掃除と洗濯するからな」 「ああ、もう。分かった……って、待ちなさい! 男の貴方に部屋の掃除やましてや洗濯なんてさせられるはずないでしょう!!」 ちっ。気づいたか。 だが遅い! コンマ二秒遅かったな。俺はもうすでに仕事を開始してるんだぜ。 「わはははは! ここが女の園だな! だが今の俺にはただの荒れ果てた部屋。 服が散乱してようが人形が散乱してようが下着が散乱してようが関係ねぇー!」 「それはそれで複雑……って見るなー!」 「安心しろ。居候先の腋巫女よりは三倍くらいマシだ」 真剣な顔&声で言ったら人形遣いの少女は固まって「そ、そう」と引きつった笑みを浮かべた。 アイツ自分のことやたらめったらさせてきたしな。俺のこと男と思ってねーよきっと。 「美味しいわ。何か悔しいくらいに」 「おかわりは如何かなお嬢さん?」 ひと悶着してる間に掃除洗濯を済ませ。現在はアフタヌーンティーにしゃれ込んでいる。 最初は抵抗していたがもはや諦めたのか、今は大人しく口にカップを傾けている。 「それで、本当に何なのよ?」 「んー、まあ優しさの押し売りだ」 「ありがた迷惑ね」 「恐悦至極」 「褒めてないわよ!」 はぁっとまたため息を吐く人形遣いの少女。 ため息をつくと幸せが逃げるんだぞ。 「まあ最後くらいはって奴だ。いらなくても受け取れ。返品不可だ」 「だからいらないって……えっ?」 キョトンとした顔をする人形遣いの少女。 えーっと、と今の言葉を思い出して反芻しているようだ。 で、やっと理解したのかバッと顔を上げる。が、その場には既に俺は居ない。 「さらばだアリス! 篭ってばかりいないでちゃんと友達作れよー!!」 「ま、待ちなさい……って、もう! 余計なお世話よー!」 桜満開春爛漫。 実にいい春日和だ。 「春ですよー」 「おう。春だなー」 今はひょっこり現れた絨毯爆撃犯とお花見中だ。 「去年はすまなんだ。嘘はいかんよなぁ嘘は」 「別にいいですよー。美味しいもの貰えましたからー」 おっ、どうやら贈り物は気に入ってもらえたようだ。 今食べている桜餅も……うむ、美味い。 「お別れなんですかー?」 「おぉっ! 何も言ってないのによく分かったな」 ちょっとびびった。エスパーなんて思ったが流石に違うか。 「私は春の妖精ですから。お別れする時はわかるんですよー」 ああ、春は出会いと別れの季節って言うしなぁ。 そういうのを感覚的に感じ取れたりするのかもしれんな。 ぽけぽけしてるくせに意外な能力を持っていたな。 「やっぱそういうのって寂しいもんか?」 「勿論ですよー。けど、同じくらい嬉しい出会いがあるんですー」 なるほど。一理あるな。 「サンキューなリリーホワイト。そしてバイバイだ」 「……春ですよー!」 どわー! いきなり弾幕撃つんじゃねー!! 騒霊三姉妹に招待されて、やってきました演奏会。 しかし、客人が誰も居ない。はて、時間か場所を間違えただろうか? と、そこで微かに音楽の調べが聞こえてくる。 おーい、観客一人で開始するのか? ちっと寂しいぞー。 「ん? あれ、これって……」 俺は黙って、奏でられ始めた旋律に耳を傾けた。 「まさかお前達がこんな粋な計らいをしてくれるとはな」 「ふふふっ、感謝しなさいよね」 「ああ。そういや騒霊三女のソロってショパンの別れの曲だよな?」 「へえ、分かったんだ」 まあ、有名だからなぁ。 確か故郷に別れを告げる時の曲だったか。 つまり俺との別れを……あれ? 故郷? 「なんか微妙に曲選間違ってないか?」 「ううん。これで合ってるよ」 どういうこった? つまり、この幻想郷を故郷と思ってそれに別れを…… 「「「はあっ……」」」 「ちょ、お前ら何で揃ってため息吐くんだよ!」 そんなところだけ息ぴったりだなお前ら! 「まあそんなことどうでもいいからさ! 打ち上げしよう打ち上げ!」 「高いもの食べたい! ステーキ! 寿司!」 「さあ、いこう○○」 「まて、お前ら! その打ち上げ費用はどうするつもりだ!」 三人は俺を取り囲むように浮かび上がると、ニィッと示し合わせたように笑った。 「「「勿論○○の奢り!」」」 「やっぱりかよ! ええい分かった。代わりに今日は飲み明かすぞ。 ルナサ、メルラン、リリカ。着いてこい!」 「「「おぉー!」」」 さて……27回に渡るチャレンジの結果ついに来たぞ白玉楼とやら。 13回目あたりで加減を間違えてマジで逝ってしまうかと思ったぜ。 「と、言うわけでお久しぶりだな抜刀少女! 今日は襲い掛かってこないのか?」 「あ、はいお久しぶりです。それとその件はもう忘れてください!」 余程恥ずかしいのか顔を赤くして叫ぶように言う抜刀少女。 さて、それでは早速一件目のお仕事を終わらせて貰おうか。 手をニギニギさせながら抜刀少女に近づく。 「な、何なんですか? というかその怪しい手つき止めてください!」 「へへへへ、観念しなお嬢ちゃん。 だいじょーぶ、痛くしないからさー!」 「き、きゃあぁぁぁーーー!?」 ― 30分くらい後 ― 「それで、妖夢の感触はどうだったの?」 「そりゃあもうぷにぷにですべすべで最高の触り心地でした!」 オホホホと満面の笑みを浮かべる幽霊婦人に俺は最高の笑みでサムズアップ。 頬についた赤い紅葉と頭のたんこぶは名誉の負傷だ。 抜刀少女のほうは襖の影からこちらに向かって威嚇をしている。 「なんだよー。あんなに可愛がってあげたじゃないかー……半霊のほうを」 「悶えてる妖夢、可愛かったわ~」 いやぁ、最初見たときから思いっきり愛でたいと思ってたんだよね。 そしてどうやら半霊と半人はお互いリンクしているようで。 「ああっ! いやっ! そこは、駄目ぇ――」 そのときの抜刀少女の真似をしようとしたら、 スコーンと何かが額に突き刺さった。 「ぎゃあぁぁあ! 刺さってる! 何かが頭に刺さってるぅ!!」 「いい加減にしてください!」 抜刀少女は俺の頭から乱暴に剣(?)を抜いて怒りながら去ってしまった。 うーん。流石に少しやりすぎてしまったかもしれない。 因みに、幽霊婦人はずっとにこにこと俺の顔を見ている。 「それで、私には何かないのかしら?」 「うーん。幸い幽霊婦人に関する未練はありませ……い、痛いんですけど?」 幽霊婦人がさきほど刺された俺の額を扇子でペシペシ、いやベシベシ叩いてくる。 にこにこ笑ってるのに、何か怒ってる? で、予想道理というかなんというか…… 「うえーん。○○しゃんのばかー」 「ええい絡むな泣き上戸の酔っ払いめ!」 「わらしのきもみゅみゅうえーん!」 意味が分からんわー! せめて解読可能な日本語を話せー! 結局抜刀少女はうきゅうと言いながら俺の膝元で猫のように丸くなって眠りこけた。 全く、意識失うほど飲むなっての。酒飲みの基本でしょうに。 「幽霊婦人、いくらなんでも飲ませすぎじゃない?」 「飲まなければやってられない時ってあるものよ?」 そう言う幽霊婦人もかなりの量を飲まれているようで。 頬にほんのり赤みの差した顔が艶っぽい。 しかし、となると何が飲まずにはいられなかったのかねぇ? 「その辺どうなんでしょう?」 「さあ? それは私からは言えないわ」 うーん。ほんと食えない人、もとい幽霊だなー。 よっこらせっとひっつく抜刀少女を引き剥がし、幽霊婦人に引き渡す。 「さて、それじゃあ幽々子さん、妖夢。ありがとうございました」 どういたしましてと笑顔で手を振る幽々子さんに、俺は一礼して瞳を閉じた。 眼が覚めたら、またまた神社の縁側で寝ていた。 「なあ、腋巫女。この扱いは酷くね?」 「そう? とりあえず暫く動かないでね」 「……らじゃー」 けどいくらなんでも座布団代わりねぇーんじゃない? ん、しかし……腋巫女。貴様さては1キロほど太っ―― 「手が滑ったわ」 「うわっちゃああぁぁぁーー!!!」 お茶をぶっかけられた。 お前は勘良すぎるっての! さあ、やってきましたマヨヒガ。 正直どうやって来たのか全く分からない! 今回はスキマに落ちたわけじゃないんだけどなぁ。 「どうなってるんだろうなぁここは?」 「にゃっ?」 猫又少女(猫)は俺の膝の上で分からないと言ったばかりに首を傾げる。 まあ、お前は知らないんだろうなぁ。 てか、もう迷い込んで五日目なんだよなー。 「いつになったらあの拉致妖怪は出てくるんだ?」 「にゃあ」 そうか、分からんかぁ。 最後にお願いしてとっとと帰るだけなんだがなぁ。 しかしなかなか出てこない。拉致妖怪は一体何を考えてるんだ? 「あっ、妖狐嬢。どうでした?」 「ああ、○○。すまない。まだ自室から出ないどころか私にも姿も見せてくれなくてな。 また一体何を企んでいるのか」 妖狐嬢はふぅっと疲れたようにため息を吐く。 あの人は幽々子さん以上に読めない。もとい意味不明な人だからな。 はあ、この調子じゃあ今日もお泊りかな。 「と、言うわけで暇なんで妖狐嬢もまたいかがです?」 ブラシと霧吹きを掲げて妖狐嬢に示す。 猫又少女みたいに獣形態になれるかは知らんが、 とりあえずその九本の尻尾は攻略済みだ。 「いや、私は遠慮しておこう。この前みたいにされては敵わない」 はっはっは。実は二日目に夜這いならぬ朝這いして寝てる間に梳いてやったのだ。 四本目に入ったところで眼を醒まされてちょっとごたごたがあったがしっかり任務をこなしたぞ。 ところで知ってるか? 炎って生きてるんだぜ。俺は、炎の目を見た! 「ホント、何でお前は生きてるんだろうな?」 「アレやっぱり殺すつもりだったんですかい!」 俺の神懸り的なブラッシングテクニックがなかったら 今頃俺はアフロの焼死体になっていただろう。 「んー、しかしそろそろ帰らないとスケジュールが押すんだよなぁ」 「……お前はそんなに元の世界に帰りたいのか?」 そりゃあまあなぁ。 俺がここに残ってた理由は『観光』だったわけだし。 遠足と旅行は帰るまでが……って奴なんだよ。 「やっぱりケジメ的にも帰らないとなぁ」 「ケジメか。お前は変なところで義理堅いというか頑固というか」 「にゃー」 呆れたような妖狐嬢の言葉に賛同するように猫又少女(猫)も同意するように鳴いた。 「ホント。強情な子よね。全く隙すら見せないんだから」 やっと出てきやがったか拉致妖怪。 さあ、キリキリと俺を軟禁している理由を話してもらおうか! 「面白いことにしようと思ったから?」 「またしょーもない! しかもまだ未遂? てか何で疑問系なんだよ!」 ふふふっっと笑う拉致妖怪。 俺を含めその式と式の式も呆れ顔だ。 「んで、一つ内密なお願い事があるのですが?」 「あら、何かしら?」 と、言いつつわくわく顔で耳をよせてくる拉致妖怪。 ここで耳に息を吹きかけたい衝動に駆られるが、 そんなことしたら俺の息の根を止められそうなので我慢我慢。 「ごにょごにょごにょーにょごにょりーた……かくかくしかじか」 「あら! あらあら……ふふっ、そういうことだったのね」 快く承諾いただいた。 よし、これにてここでの憂いごと全部終了だな。 「あら帰るの。せっかちさんねぇ」 「もう五日もいるっちゅーの」 早く帰らないと腋巫女と白黒にふるぼっこかもしれない。 何故そうなるのかはなはだ疑問なんだが、奴らの前では理屈は通用しない。 「それじゃ。紫さん、藍さん。それに橙。アデュー!」 さて、ところで。どうやったら帰れるんだろうな? 「うーん。いつのまにか常連になってしまってるな」 「週一では着てくれてますもんね」 現在鳥少女のお店でお食事中。 今では「いつもの」と頼めば通じるほどの常連さんだ。 「蛍少女もすっかり飲み仲間だよな。お前飲むの砂糖水だけど」 「私にはこれが主食なの」 ストローを使ってちゅーちゅーと砂糖水を飲む蛍少女。 普通に食べるよりカロリー過多だと思うんだが、まあそこは妖怪ってことなんだろう。 「それで、○○さん幻想郷から出て行っちゃうんですってね」 「ぶふぅーーー!!」 「ぎゃあぁぁー! いきなり何吹いてるんじゃぼけー!!」 鳥少女の言葉に蛍少女が砂糖水を吹いた。 しかもご丁寧に俺に向かって。何の恨みがあっての暴挙じゃこらー! 「ごほっ、ごほっ! ○○本当なの!?」 「本当だ! 本当だからまずは顔を拭かせろー!」 ただの水ならまだしも砂糖水だから顔がべとべとだ。 鳥少女からタオルを借りて顔と髪を念入りに拭く。 洋服は……まあちょっとだけだし我慢だ。 「てか、良く知ってたな鳥少女」 「この前お酒飲んでたお客さんがゲロっとね」 苦笑気味にそう言う鳥少女。 多分その話と一緒に口から他のものが飛び出したんだろうな。 「な、何で? 何で帰るの?」 「いや、だから観光が終わったからなんだけどね」 てか慌てすぎだ蛍少女よ。 虫である蛍には帰巣本能というのは理解できないのか? 「まあ、後半年ほど掛かるんだけどなー」 「それじゃあそれまで御贔屓にね」 「そうだね。それまで○○にずっと奢ってもらうっと」 「待ていそこー!」 まあ、砂糖水程度なら別にいいけどよ。 とりあえず八ツ目鰻の蒲焼お願いねー。 「んじゃな。ミスティア、リグル」 「またのお越しをー」 ミスティアに見送られていざ帰らん。 しかし、リグルよ。砂糖水で酔うなんてお前の体の構造は一体どうなってるんだ。 「正直すみませんでした……げばー」 「ホント無茶するわねぇ」 現在永遠亭の病室のベッドに縛り付けられています。 寝ている、じゃなくて縛られてるのがポイント。 「ホント馬鹿だよねー」 「痛っ! てめこの性悪兎がー!」 うさ耳少女が包帯を巻いた足にチョップを振り下ろす。 「でも、いきなり現れたかと思ったらあんな暴挙にでるなんて それだけで済んだだけ凄いと思いますよ?」 うさ眼少女が俺の右腕に軟膏を塗りながら呆れたような声でそう言う。 そう、俺はつい数時間前に引き篭もり少女を拉致ったのだ。 大胆かつ鮮やかな手並み。怪盗二十面相も真っ青な犯行だ。 まあ、丁度玄関に出てきたところをひっ攫っただけだがね 「誰も○○がいきなり輝夜様を誘拐するなんて思いませんでしたよ」 そりゃーそうですよねー。 俺だってまさかあそこまで簡単に成功するとは思わなかったし。 「それで結局動機は何だったのよ?」 「んー、行きずりの犯行ってことで一つ」 因みに誘拐時のキメ台詞は、 『五つの難題? でもそんなの関係ねぇー! 物で釣るより思い出で惚れさせるのが長続きの秘訣さー!』 実に的を射た考えだと思うんだよね。 「で、どうだったよ引き篭もり少女?」 「まあまあだったわ」 ちっ、強情な奴め。 人里についたら俺の案内どころかこっちを引っ張り回してくれたくせに。 しかも結局俺の所持金の八割も食い潰しといてよく言うぜ。 「全く、それで散財&フルボッコじゃ割りにあわないぜ」 帰ってきたところで永遠亭一同に制裁という名のリンチを受けた。 それで、現在に至るわけだ。 「さて、じゃあそろそろ次の案件に移ろうか」 「また何する気なの?」 マッド医者嬢がちょっと興味ありげに聞いてくる。 アンタ何気に一番に楽しんでるよな。 「まあ兎に角。うさ眼少女、脱げ」 「へっ?」 「そのスカートを脱げと言、ぶほっ!」 殴った! いきなり殴りやがったぞこいつ! 理由ぐらい聞いてから手を出しやがれってんだ! 「それなら理由を言ってから言いなさい!」 スカートを押さえて露骨に距離をとるうさ眼少女。 「安心しろ。今のところお前のスカートの中身になぞ興味なぎゃふっ! ま、また殴りやがった。今ので何で殴るんだよ!」 「○○は乙女心ってのが分かってないね」 やれやれと首を振るうさ耳少女。 マッド医者嬢と引き篭もり少女も責める様な目で俺を見る。 だがヨゴレな俺はそんな馬鹿にするような冷たい視線も効かないぜ。 「とりあえずその逆セクハラ張りの短いスカートをこっちのに変えろと言いたい訳だよ」 そう言って引き篭もり少女を拉致った時についでに買ってきた長めのスカートを見せる。 「ぎゃ、逆セクハラ……」 うさ眼少女が何かショックを受けているようだ。 三人のほうを見る。何か苦笑気味に肩を竦められた。 とりあえずスカートは茫然自失としてるうさ眼少女に渡しておいた。 それから三日かけて傷は完治。 さらに二日ほど遊んでから帰ることとなった。 「さらばだ輝夜、永琳さん、てゐ、鈴仙。そして因幡達よー!」 走ってに門を飛び出して竹林を駆ける俺。 決して輝夜にニートに勧誘されたり、 鈴仙に連れて行かれた医務室で永琳が謎の注射器を構えていたり、 てゐ&因幡達に追い回されたのが理由じゃない……はずだ。 「で、またかお前は。懲りないなぁ」 「いや、わざとだ。お前達に会うにはこうやったほうが手っ取り早いと思ってな」 「呆れるばかりだが。こうして会えたってのが凄いところだな」 見事に迷って見事に遭遇。 ある種神がかってるよなよな俺。 今回は落とし穴に掛かっていたところをヤンキー少女に捕獲された。 そして現在先生嬢のお宅にお邪魔している。 「さて、それじゃあそろそろ食事の準備をしようか」 「おっ、いいねぇ。俺もお腹ぺこぺこだよ」 散々走り回って、二時間ぐらい穴ん中に落ちてたからなぁ。 と、そこで何故か俺の首根っこをヤンキー少女に掴まれる。 「そうだな。丁度獲ってきた活きのいい食材もあるしな」 「待て。時に落ち着け。俺は食べ物じゃないぜべいびー?」 軽い口調で言いつつ冷や汗だらだらだ。 助けを求めるため先生嬢に視線を向けるが、 「私はこれまでに人を食ったことはないが、○○は美味そうだな」 う、裏切ったな! 俺の気持ちを裏切ったなー! 放せヤンキー少女! 俺はまだ遣り残したことが結構あるんだー! 「まあ、(ピーー)とか(検閲削除)させてくれた後なら食ってくれても構わんぜ?」 「な、なななな何言ってんだお前はー!」 顔を真っ赤にして慌てるヤンキー少女。先生嬢の方は吹いてる。 「まあ、ちょっと比喩ると……お前を食わせろと。性的に」 「ふざけんなーーー!!」 「何おう! これでも本気でって、ぎゃあああぁぁぁぁー!!」 全部言う前にヤンキー少女に焼かれた。 てめ、いきなり丸焼きかよ。ちゃんと香辛料まぶしたりしないと不味いぞ! ヨゴレな俺は何したって不味いと思うけどな! 「さて、二人とも。じゃれるのはそのくらいにしてそろそろ食事にしよう」 「おー! 今日は鍋か。最後のおじやが楽しみだな!」 「じゃれてないっ! てか○○お前は気が早すぎだ!」 「「いただきます」」 「私を無視するなー!」 いやぁ、食った食った。 俺は現在お茶を啜っている。 先生嬢も後片付け終えたようでお隣でお茶を。 そしてヤンキー少女は俺と競って食ってたようで、 食いすぎてすぐそこで倒れて唸っている。 「まあ、そんなわけで元の世界に帰るわけだよ」 「そうか。お前も結構この幻想郷に慣れてきていると思ったんだが。残念だな」 「へんっ。お前何てさっさと帰っちまえばいいんだよ」 何だよヤンキー少女は火を使うくせに冷たいなぁ。 それと。おーい、人と話すときは相手向いて話せー。 って、こら。転がって逃げんなっての! 「すまんな○○。妹紅は正直じゃなくてな。しかもああ見えて恥ずかしがりやなんだ」 「なるほど。俗に言うツンデレって奴か」 「二人とも勝手なこと言うなー!」 俺と先生嬢は飛び掛ってきたヤンキー少女から笑いながら逃げ出した。 「そんじゃ、まっ。元気でやれよ。慧音さんに妹紅ちゃん」 「ああ、そっちもな」 「ちゃん付けすんなー!」 慧音さんと、彼女に押さえつけられている妹紅に手を振って別れを告げた。 数日後の夜。神社の縁側で酔いどれ幼女を補足した。 「おっ、いたいた。って、こら! 逃げんじゃない!」 「うー、ヒック! 放せよー」 おいおい、随分と酔っ払ってるな。 つーかお前の力があれば俺如きなぞ簡単に振り切れるだろうに。 俺に掴まれている片腕だけでぷらーんとぶら下がる酔いどれ幼女。 しょうがないので縁側に座り、その横に寄りかからせる形で座らせる。 「さて俺も……って、こら! 何すんだ! 乗るなって! って、痛っ! 角が当たるっての!」 俺も酒を取ろうとしたら酔いどれ幼女が無理矢理俺の膝の上に乗ってきた。 こいつ背は低いけど角があるから危ないんだよな。 「むふー! ここは私の特等席だな」 「その台詞、実は三人目だ」 一人目はフランだ。二人目は橙だ。 「……」 「こらっ! 無言で角ぶつけてくるな! マジで痛いんだっての!」 顔は見えないがきっとぶすーっとした顔してるな。 とりあえず機嫌を取るためぽんぽんと頭を軽く撫でる。 「で、どうしたよお前。最近ってか半年近く姿消してさ」 「……聞いてた」 何をだよ? 主語を抜かすなっての。 「霊夢と魔理沙に話してたの」 ああ、あれね。 で、それが何で失踪の原因になるよ? 酔いどれ幼女がくるっと半回転して、俺の体に抱きつく。 「…………」 「おーい。何か喋ってくれないとエスパーじゃない俺は何も分からんぞ?」 しかし無言。これは困ったな。 よー分からんが泣いてるようなので子供をあやす様に背中をぽんぽん叩く。 「攫っていい?」 「いきなりな犯行予告だな。しかし、攫うのを確認したらただの任意同行だぞ? 因みに答えはやれるものならやってみろ! 拉致は何度も経験済みだから何も怖いものはないぜ!」 しばしの間をおいた後、どちらからともなくぷっと吹き出した。 「よしっ! 飲み明かそうぜ萃香」 「うん。今日から三日とおかず毎日飲もう。二人だけの宴会だ!」 いや、流石に毎日はきつい。この歳でアル中は勘弁だぜ。 さて、やってきました団子屋。 そして計ったように現れた天狗嬢。 「また取材っすか?」 「そうですけど……そ、そんな目で見ないでくださいよー」 黙らっしゃいこのパパラッチめ。 アンタの出版した新聞のせいで偉い目にあったのだ。 あることないことを2:8なんて割合で書きやがって。 おかげで腋巫女と白黒を筆頭とした以下数名にぼこられたのだ。 「さっさとお山に帰れ」 「さらに酷くなってる!」 俺は善意には優しいが悪意には厳しいのだよ。 ただし自分より強い相手にはその限りではないチキンハートも持ち合わせてるがな! 「それより最近話題になってるあの件。やっぱり本当なんです?」 「どの件が話題になってるかは知らんが、俺が帰るってのは本当だぞ」 って、こら待て。ネタ帳とりだして取材体勢に入るんじゃねー。 ほれ、団子やるから。あと今の話はオフレコな。 また変に騒がれたら面倒くさくてしょうがない。 「でも残念ですね。○○さん面白いからもっと良いネタ貰えると思ったのに」 「お前さんはもっと記事とは切り離した普通の評価が出来んものかね?」 話を聞きだすならまず相手を持ち上げたりしてポロリさせるってのが常套でしょう。 って、おい。なるほどって顔で相槌打つな。今まで知らなかったのかよ。 「私、一撃離脱型の取材が多いもので」 「それは取材じゃなくて盗聴&盗撮って言わないか?」 「……てへっ」 てへっ。じゃねーよ。可愛く言っても駄目だっての。 プライバシーの侵害とゴシップによる名誉毀損で訴えるぞ。 「それじゃあ何か当たり障りのないネタありません?」 「そうだなー。じゃあ前に人里へ来た時なんだが……」 何を言おうと結局知り合いには甘い男、○○。 そんな自分が可愛くて仕方がない今日この頃だ。 「それでは私はこれで」 「ああ、じゃあな文。嘘記事だけは止めろよ?」 「善処します!」 それって、つまり止めないって事だよね。全く。 「それで言い訳は?」 「ぶっちゃけちょっと忘れむぎゅっ!?」 俺の四肢に絡み付いているツタが俺を締め上げる。 しょ、正直に言うってのも時には良くないな。 お花婦人がブスブスと俺の腹を傘で刺す。 「いっそのことこのまま標本にしようかしら?」 「すんません。それだけは勘弁してください」 何とか許してもらってお茶の席に着けました。 ただし、まだツタで拘束されたままです。 「癖になったら責任とってくださいね?」 「標本より押し花のほうがいいかしら?」 駄目だ。この人にボケるには命懸けになってしまう。 「しかしお花婦人ホント有名人ですね。会いに行くって行ったら皆驚いてましたよ」 「まあね。私、かなり強い妖怪だから」 「見た目はお目見え麗しいご令嬢なのにね。内面はそのまんまですけもごふっ!?」 ツタによるビンタを喰らった。しまった。一言多かったか。 とりあえず即効で話題を変えよう。揺れてるツタが俺の命(タマ)を狙ってるぜ。 「ところでさ。この前の帰りに俺にぶっ刺したのって何?」 「ただの花の種よ」 ああ、なーんだ。花の種かー…… って、おぉーい! なんつーもん人の体に仕込んでるんですか貴女様は!? 「結局発芽しなかったみたいだけどね。残念だわ」 「俺には万々歳ですよ。苗床なぞにされて溜まるものかっ!」 何気に命の危機だったんだな俺。今思ったら体が震えてくるぜ。 「まあ、唐突ながら帰郷によるお別れのご挨拶をですね」 「殺してでも奪い取る……うーん、まあいいわ。殺すまでもないわね」 危ねー! 何か一歩間違ったら死人形として愛でられることになるとこだったぞ。 ともかく今日一日はお茶に付き合うこととなった。 「それじゃあ帰り……その手に構えたものは何でしょうか幽香さん?」 「大丈夫よ。今度はきっと育つわ」 「やめっ――アッー!」 発芽する可能性のある一週間。 かなりびくびくして過ごす事になった。 「さあ。開け冥界への扉!」 「ここはそんな場所じゃないですよ?」 鈴蘭畑のど真ん中で叫んでたら人形少女がやってきた。 「○○さんはどうしてこんなところに?」 「こんなところって、ご自分のお気に入りの場所を悪く言うのはよくないぜ?」 まあ、確かに鈴蘭の毒があるから一般人が寄り付かないのは当然だろうけどね。 多分下手な妖怪でも近づけないんだろうなー。 「まあ、ちょっくら用があってね」 ちょっと冥界に行くためにここの鈴蘭の毒を利用する旨を伝えた。 「○○さんはやっぱり変人です」 「くそっ! こっちは大真面目なんだが今回ばかりは否定できないぜ!」 こんなの傍目から見たら俺は自殺志願者な変人さんだろう。 「ところで変人さん」 「すまん。流石に呼称を変人に固定するのは止めてくれ」 首を括りたくなってしまう。 仕方ないって感じで人形少女も了承してくれた。 「○○さんはそのためだけにスーさんのところに来たんですか?」 「いや、第一目標は人形少女に会うことだったぞ」 目撃情報によると真夜中でもない限りは 何時もここに居るって聞いてたらか何の心配もなかったからな。 「うん、それなら逝っていいよ」 「待て。ちょっと待て。今明らかに感じ、もとい漢字が違わなかったらメディスンよ?」 あ、やば。何かいきなり意識が……遠…………く…… 「と、言うわけで無賃乗船だけどよろしくな」 「アンタまた来たのかい」 気がついたらまた岸の彼岸花が綺麗な川の上。 そして船頭の死神嬢に失礼極まりない挨拶をする。 死神嬢のほうは関心したようですっごい呆れ顔だ。 「そんな熱い視線を向けられると照れるぜ」 「全く変わってないねぇ。その馬鹿なところとか」 ふっ、ヨゴレな俺にその言葉は褒め言葉だぜ。 ところで、これって反対側の岸に着くまでどれくらいかかる? 「ん? そうだね。ざっと半刻(一時間)くらいかねぇ」 「ほほう、なるほど。つまりそれまでは邪魔が入らぬわけだね」 キラーンと目を光らせ、にやりと笑う俺。 不穏な空気を感じ取ったのか身を強張らせる死神嬢。 「ふっふっふっふっふ、ここで会ったが一年前。 この恨み晴らさでおくべきかー!」 「ちょっ! アンタいきなり何するんだい! あ、危ないから止めろって!」 「へへへ、船頭さんはしっかり仕事してないと駄目だぜ? さあ今こそ心のジャポニカふくしゅう帳に取り消し線を引く時だ!」 船が向こう岸に着くのが四刻半(30分)遅れることとなった。 「貴方の死因は撲殺だったのでしょうか?」 「少なくとも毒物による中毒死あたりだったと思うんですがね」 閻魔少女と俺は同時に死神嬢のほうを見る。 にこやかな笑顔で大鎌が俺に向けられた。 「それで今回はどういったご用件でしょう? まさかまた事故ということはない……ですよね?」 わーい。ちょっと疑われてるぜ。 勿論そんなことはない。さっきもしっかり一つ済ませたところだしな。 「全く、酷い目にあったよ」 「危うく船転覆しそうだったしな」 結局櫂で殴打されて大人しくさせられてしまった。 「それで映姫様にも何か用があるとかで」 「はあ、私もそこまで暇というわけではないのですが……」 少し困ったような顔で苦笑する閻魔少女。 ああ、大丈夫です。時間は取らせません。 なーに、文字通り一芝居してくれれば結構ですから。 「一芝居、ですか?」 「その通りです。まあ、と言っても台詞は一個ですけど」 俺はそう言ってカンペの紙を一枚手渡す。 それを受け取った閻魔少女と、死神少女が覗き込むように見る。 「な、なななな何ですかこの台詞はー!」 「わーお。こりゃこっ恥ずかしい台詞だね」 うむ、実にいい反応だ。 さあ、さらっと言っちゃってください。 閻魔様なら迷える子羊を一匹救うくらいの得ありますよね? 「うっ、しかしこれは……」 「仕方がないなぁ。それじゃ俺がその前台詞言いますからお願いしますね?」 「えっ? ちょっと待って――」 深呼吸して1、2、3、ハイッ! 「頼む、俺は君の言葉を聞きたいんだ」 「えっ? へっ?」 「迷惑だってことは分かっているんだ。 でも俺はそれを聞かないとこれ以上前に進めない」 「あの、その……」 「だから頼む。言ってくれ! 君の口から、その言葉を!」 「あ、わ、わた……私も…… 私は貴方のことを忘れません。 だから、あ、貴方も私のことを忘れないでください。 だって私は貴方のことがす、す……すきゅうぅぅぅ~」 ああ、惜しい! 最後の台詞を言う前になんか気絶しちゃった。 でも、これはこれで初心で少女らしいってことで満足だな。 「アンタ演技派だねぇ」 ヨゴレはこれ以上汚れようがないから大抵のことは恥ずかしくないからな! とりあえず閻魔少女の頬をぺしぺし叩いて気付けをする。 「はろはろ。ご機嫌いかが? 脳のショートは修復済み?」 「………………!?――」 閻魔少女が声にならない叫び声を上げた。 おまけに笏で滅多打ちにされる。 「ちょ、痛いっ! 何で?! 今のは芝居だってちゃんと言ったじゃん!!」 「いや、そりゃあアンタが悪いよ○○」 分からん! 乙女心ってのはやっぱり分からん! ― 一時間後 ― 「すみません。少々取り乱しました」 こんだけぼこって少々ですか。そうですか。 口に出したら無条件で判決有罪にされそうなので勿論口には出さない。 「さて、それでは最後に説法を行います」 「うげぇ!」 おもわず声に出してしまったら、笏で叩かれた。 「いいですか。貴方は今多くの縁を繋いでいます。 それを断ち切ることは間違っても善行とは言えません。 しかし、貴方の持つ強い信念を無理に曲げることもまた違うでしょう。 だから、貴方の思う最善の結果を良く考えて下さい」 「小難しい話でよう分かりませんが。まあ了解です」 さて、それじゃあそろそろ戻りたいので手続きの方よろしくお願いします! 「アンタたいがいに図々しいねぇ」 「それもヨゴレな俺の魅力の一つですから!」 その魅力は今のところ100%の確立で気づかれてないがな! 「それじゃまあ。去るまで数日よろしくな。映姫と小町さん」 「私呼び捨てですか!」 「さて、なかなか行き倒れが見つからないな」 「何を探してるのよアンタは」 おぉっ! 噂をすれば影。 こんなところで行き倒れ少女を発見した。そして捕獲! 「な、何するんだアンタ。こら放せ!」 問答無用で行き倒れ少女を背負う。 ベシベシと頭を叩いてくるがとにかくスルー。 「へい、お客さんどちらまで?」 「何考えてるのよアンタ」 正直何も考えてない。なので今から考える。 背負ったままえっちらおっちら歩きつつ、神社の石段までたどり着く。 「おお、そうだそうだ。お前なんでまた春じゃない季節に出てきてるんだ?」 「…………」 おいこら。まただんまりか。 しかし、今回は俺めげないぞ。 意地でも聞く。絶対に聞く。 「言わないとおんぶからだっこに変更するぞ?」 「は、恥ずかしいから止めろ! 分かった。話すよ」 話せる話ならさっさと話せっての。 全く、これだからツンデレは。 「こらアンタ。今失礼なこと考えただろう?」 「何のことやら。それより早くトークミー」 背負ってるから顔が見えんが、かなりご機嫌斜めなようで。 しかし渋々と話してくれた。 「その、なんだ。礼を言おうと……思って、な」 お礼? なんの? 前に背負って神社に連れて行ってやった事か? いや、それじゃあ最初に行き倒れてた理由にはならんな。 「ホワイトが世話になったみたいだし。それに何か詫びの品まで来るし。 何故か助けてもらった私の分まで来たし」 それって……ああ。あの季節草の粥セットか。 しかしそれで礼に来たって……お前案外義理堅い奴だな。 首を捻って行き倒れ少女の顔を見ようとするが、反対側にそっぽを向かれた。 逆に首を捻ると、さらに顔を背けられる。 ちょっとカチンときた。 「どっせぇいっ!」 「きゃわっ!? な、何を……って、本当に何してるのよ!」 「お姫様抱っこ。これならどう足掻かれてもお前の顔が見れるからな!」 何か用途が激しく間違ってる気がするが気にしない。 台詞も何だか誤解されそうな台詞だがこの際気にしない。 顔を真っ赤にした行き倒れ少女が半泣きで睨んでくる。 「何考えてるんだよ!」 「重……流石に冗談だ。てか逆に軽すぎ。ちゃんと食ってるかお前?」 しゃーない。今晩は食わせてやろう。 と言うわけでこのまま連行連行っと。 「リリーブラック。食いたいもののリクエストは?」 「……満漢全席 」 それは流石に無茶だっての!? さて、やってきました秋の山。 そして早速現れました性悪豊穣姉妹。 だが残念だったな! 今日はちゃんと弁当持参だから物乞いはしないぜ! 「それじゃあこれお願いね?」 「まてーい! 何をさも当然の如く人をパシリにしようとしてるんだ!」 「だって、私達神様だし」 てめぇら絶対神じゃねぇ。神だったとしても邪神だ邪神。 人に苦行ばっかり与えておいて見返り寄越さないなんて悪魔の契約より性質が悪いぞ。 「まあ、冗談はこれくらいにしておきましょう」 「冗談かよ! 帰るぞもう!」 「駄目よ。貴方は守矢神社に行ってもらわないと」 なしてまた? 理由を聞いてみると何でも守矢神社のほうから注文があったので 秋の味覚を見繕って持ってきて欲しいんだとか。 「で、俺を運搬係にと?」 「あちら様のご意向でね」 何考えてんだアソコの三人は。 「まあいいや。兎に角運べばいいんだろ運べば」 よいこらしょと籠を担ぐ。 そして山を登る前に豊穣姉妹に懐に忍ばしておいた弁当を差し出す。 「何コレ?」 「お供え物。そういえば二人も神様なんだなとさっき気づいたんで一応な」 「ちょっと失礼ね。まあ、いいわ」 手作り弁当なんだから味わって食えよ。 あと一つしかないからちゃんと姉妹仲良く分けて食えよ? 「そんじゃ行って来るわ。達者でな静葉に穣子!」 暫く山を登った後、背後で謎の爆発があったんだが……俺関係ないよな? さあ、またもや怪しい気配が漂い始めたぞ。 本能的には避けて通りたいところだが今回の目的はそっちなのでな。 何かあたりが薄暗くなってきたかと思ったところで人影を発見した。 「おお、くるくる少女。今日も懲りずに回ってるんだな」 「好きで回ってるわけじゃないのだけどね。 それより、今日は厄が多いわ。あまり近づきすぎると危ないわよ」 確かに、何か黒いオーラが見える気がする。 それが厄ってわけか。ちょっと興味が沸いたのでそっと手を伸ばしてみる。 「あ痛っ! 襲ってきやがったこいつ!」 「注意したのに何で触ろうとするのかしら」 いやはや、ここで未練増やすわけにもいかないしねぇ。 「それで、今回もまた迷い込んだのかしら?」 「いや、今日はお前に会いに来た」 ん? 何故そこで回転を止める。って、厄が回りに広がりだしたぞ! おぉ、再度回りだしたら……って、危なっ!? 飛び散りだしたぞ! 逆だ! 逆回転してるぞくるくる少女!? 「ごめんなさいね。ちょっと間違ったわ」 「以後気をつけてくれ。幻想郷に来てベスト10に入るくらい危なかった」 因みに現在ダントツトップは腋巫女と白黒による最終奥義的なスペカのツープラトン。 アレは本当に死ぬかと思った。冥界も跳び越して魂まで消滅するかと思った。 現在くるくる少女は正回転を始めて順調に厄を集めている。 「とりあえず今回のお供え物はこれね」 「これは……リボン?」 実在、しかも少女に対して毎回食い物ってのもいけない気がしてね。 人里で適当に見繕ったものをお供えするために買ってきたのだよ。 「まあ、神と言えども女の子。既にフリフリだがまあその中の一つにでも加えてやってくれ」 じぃーっとリボンを見つめるくるくる少女。 って、回転また止まりそう! ちゃんと回れ! 逆には回るなよ! 「さて、それじゃあ俺はそろそろ行くな。さいならだ、雛」 よし、中腹付近に来たぞ。 目の前には結構でかい川が広がっている。 そして俺は荷物から一本の野菜を取り出す。 「出て来い同志河童少女ー! 出てこなければこの胡瓜にハチミツをかけてメロン味にして食べてしまうぞ!」 「待て同志○○! そんな邪道な食べ方許さないよっ!」 見事に河童が釣れました。 冗談だと言ったらちょっと怒りつつも許してくれたので、 物質(ものじち)にしていた胡瓜をプレゼント。 現在隣に座って美味しそうに食べておられる。 「えっ? 同志帰っちゃうのかい?」 「ああ、観光が終わったからなぁ」 これ何回目の説明だろう? もはやテンプレと化した説明をする。 河童少女は渋々と言った感じで納得した。 「そっか。人間では今たった一人の同志だったんだけどな」 「人里近くに行きゃ沢山会えるだろうに」 「無理無理! 人間皆が○○と同じなんて在りえないから!」 何か力いっぱい否定された。 俺が特別って意味で喜べば良いのか、異端って意味で悲しめば良いのか。 とりあえず両方を現すために泣き笑いしてみることにした。 「ぐすっ、ありがとうよっ!」 「えっ? 何でそこで泣きながら笑うの!?」 河童少女が混乱した。 嘘泣きだと白状した。嘘つくなと殴られた。痛い。 笑ったのは本心だと行った。照れるだろと殴られた。めっちゃ痛かった。 結論、やはりこの世界は理不尽が多い。 「で、何でまた俺は案内されてるんだ?」 「折角教えた道忘れてたからでしょ?」 はい、そうでした。ごもっともです。 俺のピンク色の脳細胞はどうでもいいことはすぐ忘れてしまうのだよ。 「それじゃ、新しい出会いがあることを祈ってるぜ、にとり」 「あんたも気をつけろよ!」 さて、次は天狗の領域だな! 「はあ、はあ。へ、へっへっへ、ようやく捕まえたぜ」 「は、放してくださーい!」 現在、犬耳少女を相手にしたおにごっこの決着がついた。 最初は天狗の領域に入った俺に会いに来たようだが、 何故だか俺を見たとたんに後ずさり、逃げ出した。 目を光らせたのが悪かったのだろうか? それとも手をワキワキさせてたのだろうか? 「ど、どっちもですー。怖かったんですー」 「失礼な。アレ如きで怖いなんて言ってたらこれから起こる行為には耐えられんぞ?」 がたがたと震えだす犬耳少女。 いや、すまん。今のは本気で冗談だ。 必死の説得&土下座をしたところで許してもらえた。 「さて、そしてこれからが本題なんだがな」 「はい」 「その犬耳をもふもふさせろ」 「……はい?」 よし、承諾は得た。イントネーションが違ったが些細なことだ。 日本語の素晴らしさを噛み締めつつ、レッツもふもふ! 「おぉー、いいねぇ。この毛並み、手触り、弾力。 どれをとっても一級品だ」 「ふわわわわっ! く、くすぐったいー!」 「俺としては垂れ耳が好みなんだが、この耳もなかなか癖になる」 「や、やめてくださいー。ち、力が抜けちゃいまふー」 ふっふっふ、気持ちいいか。気持ち良いだろう。 太郎(フェレット)で鍛えたテクニックでお前もメロメロだ! ― 30分後 ― 「くぅ~ん。○○さんもっと撫でてください」 「あー、でも俺もそろそろ行かねばならぬのだが」 しまった! ちょっとやりすぎてしまったらしい。 まさか俺のテクニックが依存性を及ぼすほどのレベルに達しているとは本人もビックリだぜ。 「うぅー、でももう○○さん帰っちゃうんですよね?」 やめろ! そんな潤んだ目で上目使いなんて反則級だ! ぬおっ、服の袖をちょこんと握るなんて何て後ろめたい気持ちにさせる技を! まさか、まさかこの状態であの台詞を言ってしまうのか!? 「でも、○○さんの迷惑になることなんて……やっぱり出来ませんね」 パァッと笑顔になって健気な一言。目じりに少し溜まった涙がポイントだ。 ぎゃあああ! 良心が! 俺の良心が激痛によるショックで死んでしまう!? それから一時間たっぷり甘えさせた後、俺は前回同様裏道を教えてもらった。 「それじゃあな。椛」 「はい。○○さんもお元気で!」 くっ、やっと着いたぜ守矢神社。 登った距離は大したことない気がするんだが、エベレストに登るくらい大変だった。 俺、エベレストどころか富士山にも登ったこと無いけどな。 「あ、○○さん。もう、遅いです。夕方近いですよ?」 「勝手に運搬係に指名しといて、持ってきてやっただけありがたいと思え!」 青巫女に叫ぶように言ったら、何故かキョトンとした顔をした後首を捻る。 それから暫く思案顔をした後、ポンっと相槌を打った。 「ああ、そうでした。そんな建前作ってたんでしたっけ」 「建前って何だコラ!」 まさかこの重い秋の味覚持ってくる必要なかったのか? 「ああ、建前でなく。ついでですね」 「余計にむかつくわー!」 だっしゃー! っと秋の味覚を青巫女にぶちまけてやった。 いくつかは奇跡の力なのかありえない軌跡を描いてどっかに飛んでいったが、 流石は神から神への供物。神秘の力が篭ってたのか八割近くがそのまま青巫女に直撃した。 「ひ、酷いですよ○○さーん」 「それはこっちの台詞だ。ほれ、さっさと出て来い」 そして拾うのを手伝いなさい。 ちょっとばら撒きすぎたか拾うのが面倒だ。 「面倒なら最初からやらないで下さいよ」 黙らっしゃい。 いろいろと溜まってたものを吐き出しておくいい機会だったんだよ。 「○○さんの中で私って何なんですか!?」 俺と君のためにも黙秘権を行使します。 「と、言うわけでついでに持ってきたお供え物です」 「お使いご苦労様。助かったわ」 「パシリお疲れ!」 やっぱりパシリにしたのかよ! ニコニコする注連縄婦人が無性に腹立たしい。 その隣でにやにやするあーうー少女がもっとムカつく。 「それで一体何の御用でしょうか?」 「ええ、これを見せたいと思ってね。どう?」 そういって注連縄婦人が手で示したのは背後に佇む本殿だった。 すっかり修繕も済んだようでかなり立派なものだ。 「へー、これはこれは。神の住む社なだけあって豪勢ですね」 前に来た時とは雲泥の差だ。 この一年で信仰心は結構獲得した模様ですな。 「肝心の○○さんは回心してくれませんでしたけどね」 「俺は目に見えなくても信じるものは信じる性質だし、 目に見えたからといって、まるまま信じる訳でもないのだよ」 一週間の洗脳を耐え切った俺を舐めんなよ? 「さて、それでお二人に少々お手伝いいただきたいのですが?」 注連縄婦人と青巫女にちょっとお願い事をする。 二人をちょいちょいと誘い寄せ、円陣を組んで作戦会議。 青巫女がちょっと渋ったが、注連縄婦人が乗り気だったため万事OKだ。 「あーうー。ねえ、三人とも私だけ除け者なんて酷いよ?」 「安心して。これからは諏訪子が主役だから」 「ごめんなさい諏訪子様。神奈子様がどうしてもと言うので」 嬉々としてあーうー少女の右腕を拘束する注連縄嬢。 なにやら言い訳しつつも手早くあーうー少女の左腕を拘束する青巫女。 いきなり両腕を拘束されて目を白黒させているあーうー少女。 そして、真打の俺! 手にはマジックペンを装備済みだ。 「な、何する気なの! ま、まさかそのペンで私の顔に悪戯書きする気!?」 「いやいや、そんなありきたりな詰まらないことはしないよ」 キュポっとキャップを外してあーうー少女の頭に近づける。 そう、顔でなくて頭だ。そしてあーうー少女の頭にあるもの、それは…… 「ま、まさか!?」 「そのまさかさ! その目玉付き帽子に、魂を吹き込んでやる!!」 俺の怪しい笑い声と、あーうー少女の悲鳴が響き渡った。 「うむ、まさに傑作。文字通り神の作品だな」 「というか、神をも恐れぬ所業ですよね」 我が力作をみて満足げに頷く俺。 青巫女が苦笑気味だが、お前も共犯であれこれ口出してたの忘れるなよ? 因みに注連縄婦人は俺の神作を指差して笑い転げてる。 あーうー少女は感激のあまり茫然自失としている。 「それじゃ。早苗、神奈子さん、諏訪子。お邪魔しましたー」 さあ、これで未練は後二つ。 同着一位で一番厄介だが、頑張るとするかー。 こんこんっと木造の扉をノックする。 ほぼ間をおかずに開いた扉から、特徴的なとんがり帽子が現れた。 「よう白黒! ここに来るのは盗本奪還作戦以来だな!」 「だな。まあ立ち話もなんだから上がってけよ」 と、お誘いを受けたので遠慮なく上がらせて貰う。 扉を開くと、そこは魔境が広がっていました。 実に予想通りである。 「前に片付けろって言ったよな?」 「言われたが返事はしてないぜ?」 確かにそうだったが…… しかしだからって前より散らかしてるのは、そこんとこどうよ? 「生きていくのには困ってないぜ?」 「何て男らしい発言をしているんですかこの魔法少女め」 お前が本当に女なのか確かめたくなってきたぞ? 今の俺なら実はお前の家の仕来りで一人前になるまで 性別を偽ることが義務付けられていたとか言われても信じるぞ。 「確かめてみるか?」 「いやいや、流石に冗談。そこまでしなくてもお前が女だってことは分かるっての」 いやに真剣な声色で言ってくるもんだからちと焦った。 しかし、ちと床に落ちてるのどかさないと誤って踏んでしまいそうだ。 本を軽くまとめて墨のほうに積み重ねていく。積み重ねていく。積み重ねて…… 「ええいっ! 多すぎるわ! 本棚作ってちゃんと片付けておけよ!」 「なら○○が作って片付けてくれ。 私も助かるし○○の怒りの種も消えて一石二鳥だぜ?」 俺を小間使いみたいな言うな! 貴方様は人のことを何だと思ってるのだよ。 「さあ、正直分からないんだよな。私が○○をどう思ってるのか」 ……おい、いきなりシリアスになるなよ。 あー、そんなことどうでもいいかお前も片付け手伝って―― 「っと! …………何の真似ですかいコレは?」 顔を上げたところで白黒に突き飛ばされ尻餅をつく。 痛みを堪えつつ再度頭を上げると、すぐ傍に白黒の顔があった。 「言っただろ? 私にも訳が分からないんだ。 何で私がこんなことしてるのか、何をしようとしてるのか」 やべぇ、心臓が16ビートで早鐘を打ってるぜ。 ずりずりと後ろに逃げると、白黒も同じ間隔で詰め寄ってくる。 ああ、まずい。このパターンは壁にぶつかって追い詰められるって奴だ。 しかし常識に反逆してこその俺だ。いくぜ、発想を逆転させるんだ! 俺は壁まで後一歩というところで、体を一本線に畳み一気に床を滑る。 そう、白黒の方向に! 白黒がいきなり近づいてきた俺に慌てたように飛びのく。 その結果…… 「白の単一か。小さな飾りがキュートだな。78点!」 白黒が俺の頭の上で仁王立ちって感じになっていた。 見えたもんだからつい採点までしてしまった。 さて、それじゃあそろそろ弁明しておこう。 「まあ、何だ。落ち着いて聞け。これは俗に言う不可抗力と言ってだめぬふっ!?」 白黒がそのまま座り込んできて俺の腹に思いっきり座り込んだ。 マウントポジションって奴だ。 「それが遺言か?」 にこやかな顔で握りこぶしを見せる白黒。 待て、今のは俺だけが悪いわけじゃないはずだろうが! 「うるさい! 人のパ……乙女の秘密見といて言い訳するな!」 「まて、その言い方のほうが何か意味ありげだぞ! というか何でお前今日に限ってドロワーズ穿いて無いんだよ!」 さっきまでのシリアスをすっかり忘れて、 馬鹿みたいぎゃーぎゃー騒いだ。 「はあ、もうさっきまで悩んでた自分が馬鹿みたいだ」 「馬鹿でいいじゃねぇか。 下手に悩んで折角の楽しいこと見逃すなんて勿体無さ過ぎるぜ?」 「確かに。ここに良い見本がいるしな」 てめっ、人のことを露骨に見ながら言うんじゃない。 そして俺のことは馬鹿でなくヨゴレと言え! まあ、何か変だった白黒も元に戻って良かった良かった。 「それじゃあ俺はもう行くな。もう一つ厄介な未練を片付けないといけないからな」 「霊夢の奴か。アイツは変なところで面倒だから頑張れよ」 「ああ、分かってる。……おっと、それとあと一つ忘れてた」 歩き出そうとしたところで思い出し、すぐ振り返って白黒の肩を掴む。 「この世界で初めて会ったのがお前で良かったぜ。ありがとうな、魔理沙」 最後にポンッと魔理沙の頭の帽子を叩いて、今度こそ帰るために走り出した。 一度振り返っても何か扉開けたまま立ち尽くしてる魔理沙が気になったが、 引き返すのもアレなのでそのまま帰路を急ぐことにした。 さて、それでやっと博麗神社に帰ってきたわけだが。 「あー、腋巫女。君は完全に包囲されてるわけじゃないが居るのは分かっている。 観念してさっさと部屋から出てきなさい」 「……」 気配はあれども返事がない。 帰ってきたところでいきなり部屋に篭ったと思ったら、 夕食の時間になっても出てこない。 「飯が冷めちまうぞー。今日は肉じゃがだぞー」 「…………」 おのれ、あくまでだんまりか。 しかし、本当にどうしたものか。 このまま放っておくって訳にもいかないし。 って、訳で強硬手段発動! しかし、きっとこの襖はがっちり固めてあって開かないだろう。 と、言うわけで。 「ほいっと!」 「えっ?」 最終手段、襖を外した。 まさかの方法に腋巫女は目が点になっている。 俺はその隙に襖を壁に立てかけて、 腋巫女の首筋を引っつかんで引きずっていく。 「わっ! ちょ、何するのよ○○」 「強制連行だ。罪状は立て篭もりと俺のこと無視したこと。 んで判決は――」 居間まで連れて行き、ちょっと乱暴に机の前の座布団に座らせる。 「夕食完食の刑だ。全部食い終えるまでご馳走様は許さないぜ?」 ぽかんとしている腋巫女をよそに俺はさっさと夕食の準備をする。 最後にお茶碗にご飯をよそって準備完了。 それじゃあご一緒に! 「「いただきます」……あっ! つい言っちゃった!」 はっはっは、日頃の習慣ってのは凄いもんだね。 さあ、早いとこ観念して食べろ。 何がどうしたか知らんが出された料理は食わないとだぞ。食材に罪は無いからな。 「分かったわよ」 腋巫女はぶっちょう面で渋々ながら箸をとる。 で、一口食べたらいつもの調子でパクパク食べ始めた。 腹減ってるんだったら変に我慢するんじゃないっての。 暫くは無言で食事を続け、俺は半分くらい食べたところで口を開いた。 「さっき魔理沙のとこで片付けてきた」 「へえ」 素っ気無く返事をする腋巫女。 平静を装ってるつもりのようだが、箸が止まってるぞ。 「これでようやく帰る目途がたったわけだ」 「そう、良かったわね」 ついには箸を置いて俯いてしまった。 あー、何だ。分からないでもないんだが……なあ? 「おい腋巫女。そろそろ機嫌直せって」 「別に機嫌が悪いわけじゃないわ」 腋巫女、お前嘘下手だよなー。 せめて嘘つこうってんなら相手の顔ぐらい見れるようになろうぜ? 図星だったのか俺のほうを向いてキッと睨んでくる。しかし…… 「そんな膨れっ面で睨まれても可愛いだけだぞ?」 「うっ!? ……もう、どうすればいいのよ」 がくっと肩を落として机の上に突っ伏す腋巫女。 どうするもこうするも自然体で居ればいんだよ。 全く、いつも暢気にのんびりしてればいいんだよ。 幻想郷の博麗神社の巫女はお気楽道楽天上天下唯我独尊が基本だろ? 「私はどんな人間失格者なのよ」 「なんだ。しっかり自覚あったのふっ!?」 腋巫女の投擲した箸が頭に刺さった。 お前、頭ばっかり狙うなよ。馬鹿になるだろうが。 「なら安心ね。とっくに手遅れよ」 「ひでぇっ! 真顔で言ってるあたり余計にひでぇ!」 まあ、とりあえず調子は戻ってきたようだな。 とりあえずさっさと食うぞ。すっかり冷めてしまった。 うむ、我が作品ながら味がしみてて美味い美味い。 食事も終わり、今は月見がてら縁側でお茶を啜っている。 「で、どうだった?」 「何が?」 「飯。美味かったか?」 「……ええ、美味しかったわ」 よし、これで未練消化達成。 おめでとう! これで全ての未練をクリアしたよ! 「未練って……そんなことだったの?」 「まあなぁ。だってお前、二年近く食ってて一度も美味しいって言ってくれなかったんだぜ?」 そりゃあ最初は素人に毛が生えた程度だったが、 居る時は毎日食わしてやってたんだからお世辞でも一言あってしかるべきだろう? 「私、食べ物に関しては嘘つかないから」 「こんな時ばっかり俺の顔しっかり見て話すのな!」 ちくしょうめ。まあ最後の最後でしっかり言わせたから良しとしよう。 「最後なのね」 「ああ、俺の居候生活最後の晩飯だ」 最後の晩餐in博麗神社。 うん、実に平凡な食事風景が描かれてるんだろうな。 いや、もしかしたら脳天に箸が突き刺さって倒れている俺と それなのに平然と食事してる腋巫女っていう超シュールなものかもしれん。 「さて、そろそろ夜も深けてきたし。風呂入ってさっさと寝るぞ」 何なら最後の記念に一緒に入るか? 「夢想封印するわよ?」 冗談だっての。俺は後からでいいから先入ってくれやー。 「……最後だからって記念に覗かないでよ?」 「ばっ! 覗かねーよ!」 実のところ巨乳から貧乳まで須らくいける俺だから可能性が無いわけでもないがな! だが、帰還時に包帯グルグルのミイラ男で帰るのは流石に嫌だ。 目が覚めたら病院のベッドの上でした。何て展開が安易に予想できるぜ。 次の日、俺はいよいよ元の世界に帰ることとなった。 作業も順調。後は腋巫女が結界に道を作って、俺がそこを進んでいくだけだ。 「本当に皆を呼ばなくていいの?」 「一年かけてしっかり挨拶してきたからな」 今更だろう。 てか、挨拶済んでるのにまたするなんて恥ずかしくてちょっとな。 貴方らしいわと言いつつ、腋巫女が結界に道を作った。 俺はその道の一歩前に立って、腋巫女に振り向く。 「そう。それじゃあ、元気でやりなさいよ」 「おうっ! 霊夢、お前も俺がいなくなったからってずっとぐーたらして過ごすなよ?」 余計なお世話よと悪態をつく霊夢に苦笑しつつ、俺は目の前の道を進んでいく。 そして、霊夢がちょっと小さくなったところで振り返った。 「霊夢ー! 俺、お前の在り方。結構好きだったぜー!」 「―!? ―――――!!」 言うだけ言って猛ダッシュ。 あっはっは、何か叫んでるみたいだけど 風になっている俺には何にも聞こえないぜ! それから一ヵ月後。○○が幻想郷を去ってやっと一ヵ月。 細部ではイロイロな変化はあれども、全体を見れば何も変わることはない。 そして、その小さな異変も終息へと向かっている。 ―― 観光目当てに365日、未練探して一年余日 ―― 想い紡いで幾星霜、名残り解いて春夏秋冬 ――今度こそさらば、俺の愛しき幻想郷! ○○ 「ふう、やっと完成しました。霊夢さん、ご協力ありがとうございます」 阿求は走らせていた筆を止め満足げに頷いた後、 今まで話を聞いていた霊夢に礼をした。 「礼には及ばないわ。丁度準備も終わって暇だったしね」 霊夢はお茶を飲みながら素っ気無く返す。 すっかりいつも通りな霊夢の様子に阿求はくすりと笑う。 「それにしても、今回の宴会は随分と大きいものにするみたいですね」 阿求は神社の境内に準備されている机や椅子、御座などを見渡す。 食べ物の量なんかもいつも準備している量の倍はありそうだ。 「そうね。久しぶりということで盛大にやろうって言ってきてね」 「えっ? 霊夢さんの主催じゃないんですか。誰なんです?」 「紫よ」 その名前を聞いてああなるほどと納得した。 霊夢の話を聞くと、何でも幻想教中の知り合い皆を集めて盛大に騒ぎたいのだとか。 「おーい霊夢。来てやたっぜ?」 「見事に手ぶらね魔理沙。参加費出してないんだから差し入れの一つくらい持ってきなさいよ」 しかし魔理沙は霊夢の言葉も何処吹く風。 そのうちなっ! と言うがきっと「そのうち」は一生来ないんだろう。 魔理沙が着てからを皮切りに、続々と参加者が集まってくる。 常闇の妖怪は料理を前に今か今かと待っている。 氷の妖精は元気に空を駆けずり回り、大妖精が止めようと四苦八苦している。 門番の少女も今日は仕事が休みのようだ。 図書館の主従は面倒くさがる主を小悪魔が引っ張って来たようだ。 館の主である吸血鬼はメイド長を従え意味ありげな笑みを浮かべている。 そしてなんと吸血鬼の妹もやって来ていた。どうも今日は安定しているようだ。 冬の妖怪もこっそり神社の上で境内を見下ろしている。 七色の人形遣いも今空の向こうから飛んできている。 季節外れの春を運ぶ妖精の二人も何時の間に室内のこたつでぬくぬくしている。 騒霊三姉妹はプチステージをするのか舞台のセットに忙しそうだ。 半人半霊の庭師は、主である華胥の亡霊のつまみ食いを止めようと奮闘中。 式と式の式は主が居なくてちょっと所在無さげだ。 夜雀と蛍の妖怪は、どうもステージに参加するようでライトアップを手伝っている。 永遠亭の一行もやってきた。引き篭もりで有名なそこの主がいるのに数人が驚いた。 半獣の先生は今にも喧嘩を吹っかけそうな不死の少女を諌めている。 鬼っ子は始まる前からもう飲んでいる。まあ、これはいつものことだ。 ブン屋の鴉天狗は集いに集ったこの宴を撮り尽くそうと忙しそうに飛び回っている。 フラワーマスターも少し離れた木々の下にやってきていた。 どうやってきたのか鈴蘭畑の人形も着ていた。どうやら毒撒布の心配はないらしい。 さぼりで有名な死神も今日はちゃんと休暇をとってきたらしい。一緒に閻魔が着てるのがその証明だ。 秋姉妹はちょっと寒そうだが焚き火の近くで楽しそうにお喋りにいそしんでいる。 厄神は今日はゼロと言っていいほど厄を纏ってない。けどちょっと遠慮してるのか皆からは離れている。 河童はちょっと乾いたのかぐてーっと縁側で突っ伏している。 白狼天狗はこういう場所は初めてなのかおろおろとしていて不謹慎ながらちょっと可愛い。 守矢神社の一行もやってきた。違う神社なのに良いのかと想うが、誰も気にしてないから大丈夫だろう。 「ほんと壮観ね。幻想郷中の実力者勢揃いよ」 正直、ここにいるメンバーが結託すれば幻想郷中を制圧するのなんて訳ないだろう。 勿論、そんな酔狂に乗るメンバーなど誰一人と居ないだろうが。 そこで、空間が割れたかと思ったらそこからにゅっと金髪美女が顔を出した。 「紫、遅かったわね」 「ふふっ、ちょっとこっちの準備が手間取ってね」 また何を企んでいるか知らないが、まあこの宴の場を壊すようなことはしないだろう。 「これで全員集まったわね。それじゃあそろそろ始めましょうか」 紫のその一言で、集いに集ったメンバーが一気に騒ぎ出した。 幻想郷の博麗神社で開かれた宴。 人も妖怪も幽霊も何もかも関係なく、 ただ気の会う者同士が謡い、騒ぎ、飲み明かす。 そして、会場のテンションも最高潮に達したところで、 とても大きな爆弾が投下された。 「○○が居たらもっと盛り上がったんでしょうね」 会場に一気に静寂が訪れた。 誰もが皆、その言葉を発した人物。 そう、この宴会の主催者の紫を見た。 その中でいち早く復活した霊夢が口を開く。 「紫、貴女ねぇ」 「あら? 私はただ本心を言っただけよ?」 ――貴女は違うのかしら? 紫の言葉が今この場に居る全員に問いかけられる。 恐らく、ここに集まった全員が○○のことを少なからず好いて、気に入っているだろう。 だが、それ故に。思っているからこそ。 誰もその質問に答えられるものはいなかった。 そう、だからこんな答えが返ってきたのだ。 「うわっ! 誰も賛同してくれないとかひでぇ!」 突如聞こえてくる男の声。会場には一人も居なかったはずの男の声。 「何だお前ら随分と薄情だな。こんな楽しそうなパーティーするなら呼んでくれよ」 一人だけハブるとか泣いちゃうぜ? 何て、『らしい』口調で神社の石畳を登ってくる。 「おっ。何だ勢揃いだな。これでまた一年かけて挨拶回りする手間が省けたぜ」 階段を登りきった一人の青年を確認して、数名を除いた少女達は一様に驚きに固まっていた。 背負っていた荷物を降ろし、まるでそれが当然が如く宴会の会場の真ん中を陣取る。 「この度幻想郷に引っ越してきた○○だ! ご近所の人もそうでない人もよろしくな!」 「……………………………………………………」 まだ沈黙は継続中のようだ。 しかし○○はそれをいっこうに気にせず適当に料理を摘み始めた。 ちょっと離れた場所で紅い吸血鬼が笑い転げ始めた。 「あっ、そうだ!」 ○○が何か気づいたように声を上げる。 それに反応した少女達が少しずつ現実を理解し始めた。 しかし、皆のそれが完了する前に再度会場の真ん中に立った○○。 彼は大きく息を吸い、全員に向けてこう言った。 「俺、この幻想郷に骨埋めるつもりだからさ。なので現在彼女募集中! ちょっとでも気があったら遠慮なく声を掛けてくれな!」 その日、幻想郷史上最大の弾幕が夜空に舞い上がった。 幻想郷に、小さいがとても重大な異変が訪れようとしていた。 「これが引っ越し祝いだと言うのか! 理不尽だー!」 その異変を解決するのは誰なのかは、今だ誰にも分からなかった。 うpろだ1144 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「この世はーサバイバル、白か黒か行く道はー一つだけー♪」 というわけで神社の境内の掃除をしているわけだが霊夢さんは一体なにをやってるんでしょうね。 「○○ー、終わったら肩揉んでー」 ……なにかおかしくね? 「肩がこるほど胸もないのに揉む必要なんて(ry」 問答無用でテーレッテーでした。 俺が幻想郷に来てから一ヶ月くらい経った。 最初は戸惑ったけど神社に住まわせてもらってるから生活にも困らないし、友人もそれなりに出来て楽しい生活と言えるんじゃないだろうか。 外の世界での時間に追われるような生活と比べたら天地の差だろう。 というわけで掃除再開 「奇跡なんてないさー、近寄るのは偽善者の甘い罠ー♪」 「えっと……奇跡、起こしてみます?」 いつものように適当に歌いながら掃除をしてたら珍しく反応が。 声のした方を見ると早苗さんがいた。 「早苗さんじゃないか、霊夢になんか用事?ちなみにさっきの奇跡云々はただの歌の歌詞だから気にしない方向で」 「いえ、別に用事ってわけでもないです。暇だったから来ちゃいました」 テヘッなんて効果音が付きそうな笑顔で答える早苗さん。ああもう可愛いなぁ! 「まぁいいや、霊夢ー、なんか知らんけど早苗さんが来たぞー」 「なんか知らんけどって……」 早苗さんが何か言ってるけどスルー、だってよくわからんし。 「そういえばどうして○○さんが掃除してたんですか?」 掃除を終えた俺が淹れたお茶を飲みながら早苗さんが聞いてきた。 「いや、まぁ俺は一応居候だしなぁ」 当たり障りのない答えしか返せずごめんなさい。 ちなみに俺はさっき言われた霊夢の肩を揉まされている。何この扱い。 「いやー、○○がいてくれて助かるわー。境内の掃除とか地味に大変だったのよねー。あ、そこもっと強く」 「はいはい」 なんというか俺も下っ端根性というかこき使われるのに慣れたもんだ。 「なんというか霊夢さんって外の世界で言うダメな主婦みたいですね……」 早苗さんって結構怖いもの知らずなのかもしれない。 「ダメなってなによダメなってのは」 掃除を俺にさせてさらに肩を揉ませてるのがダメだってんだよ。 「うーむ、そういわれると確かにそうかもしれん。旦那と子供を送り出したら家でゴロゴロしてるのとかそんなの」 それに乗ってしまう俺も俺だが。ちなみに肩を揉む手は休まない。 そういえば風呂上りとかに下着姿でうろついたりするんだよなぁこいつ…… 「昼はいい○も見て次はごき○んようでさらにワイドショーってパターンですね」 やけに詳しいな早苗さん。 「あんた達が何を言ってるのかよくわからないけどバカにされてるのは理解したわ」 「あれだ、霊夢にはあれが足りない」 とりあえず面白いから煽っておく。 「なによあれって」 「お前に足りないものは」 「ものは?」 ノリがいいな霊夢。 「お前に足りない物、それは!情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!そして何よりもー!」 ガラッ!! 「はや「走ってお帰り」……はい」 幻想郷最速の天狗さんがいきなりやってきたのでとりあえず帰ってもらいました。 「……で?私に足りない物はなによ」 冷めてるなぁ…… 「女らしさが足りない!!」 ビシィ!と指を指して言ってやった。 二度目のテーレッテーでした。 「いや、風呂上りに下着姿でうろついたりとかするのが女らしくないというか……とりあえずもっと慎みをだな」 「あんただんだん回復早くなってきたわね……」 毎日10回くらい食らってれば慣れます。 「霊夢さん、流石に風呂上りに下着姿でうろつくのはよくないですよ……○○さんもいるんですし……」 「ですよねー」 さすが早苗さん常識人!愛してる! 「そもそも結婚前の男女が同居してること自体がよくないわけでして(ry」 なんか早苗さんが年頃の男女の模範的な在り方を語り始めた。 「意外と早苗さんって古風な人なんだな……」 「そうかしら、私はイメージ通りだと思うけど?」 「そうか?早苗さんは元々俺と同じ外の世界の人だぞ?昨今若者のモラルの崩壊が問題になってるし酷いよ向こうは」 ホントに世の中狂ってたとしか思えないから困る。 「そんなになの?どのくらい酷いわけ?」 興味あるんだ…… 「いいか、よく聞け。(そこまでよ!)」 「……!!!!!」 はいはいテーレッテーですね。 「というわけで結婚前の男女が同居してるんですから下着姿で歩き回るのはダメですよ?」 やっと早苗さんの話が終わった。俺も霊夢もそれどころじゃなかったから聞いてなかったけど。 「まぁ俺としては見飽きたしどうでもいいんだけどな。一応神社なんだし誰がいきなり来るともわからんから今後は少しは気を使ってくれ」 とりあえず無難にまとめる。 「わかったわよ……それよりも見飽きたってどういうことよ!」 そこに引っかかるのか。 「いや、言葉通りの意味だが?最初の頃は焦ったりもしたけど今じゃ別に……」 姉妹の下着姿で欲情しないのと似たようなもんだ。 「なによそれ!確かに胸も大してないけど……納得いかない!」 「そんなこと言われてもなぁ。早苗さんとかだったらドキッとするよな絶対」 「わ、私ですか?!いきなりそんなこと言われても……困ります!」 早苗さんはこういう事への耐性はほとんどなさそうだ。 「見ろ霊夢、こういう恥じらいがお前には足りないんだ。わかったらお前もだな……ん?」 霊夢がプルプルと震えてる。俺の全身が危険信号を発し出した。 「いかん!総員退避ー!ってんなこと言ってる場合じゃねー!」 「この……大馬鹿ーー!!」 本日最高威力のテーレッテーですね、わかります。 薄れゆく意識の中で幻想郷最速の天狗に「速さが足りない!!」と言われた気がした。 うpろだ1164 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「という訳で外の世界に帰してください」 「何がどういう訳なのよ」 「いや、最近なんかみんな冷たくて」 ここは博麗神社。幻想郷の縁にある神社らしいが全体図を見たことは無いので本当に端にあるのかは知らない。 ただ重要なのはここから元いた外の世界に帰ることが出来るということだ。 「そんな理由で帰ろうとするな!」 今話しているのは博麗霊夢。この神社の巫女だが神事をしているのを見たことが無いので本当に巫女なのかは知らない。 ただ重要なのは彼女に頼めば外の世界に帰ることが出来るということだ。 「だって神奈子様は無視だし、諏訪子様は覗いてきてニヤニヤしてるし、早苗さんもすごい事務的だしもう耐えられないのよ」 「それは堪えるなあ」 今話しているのは霧雨魔理沙。ぶっちゃけどうでもいい。 「そうなのよ、もう針の筵でねえ」 両肩を抱きかかえながら心底限界だというジェスチャーをする。 霊夢はため息をつきながらそれを見ている。 「しかたがないわねえ、結界開いてあげるわ」 「おお、やった」 「40秒で仕度しな「あなたッ!」」 早苗が障子戸を勢いよく開き入ってくる。 「今更なによ!」 「私達が悪かったです」 「ばか、寂しかったあ」 感極まり二人抱き合う。しかし、 「この泥棒猫」 「天狗様!?」 そこにはいつの間にかあややややがいた。 _ 、- 、 _l|ヽ、ヾ.ヽ、 __ ,r " ,、」、l r‐ " `ヽ / ゝヾ〈 / `、 〃 //_ハ | ヾ、/l\、 〈/ ハー- i l!ー ´)iT7 L/_,-、ソ/ l !ヾ.、 余 ヘ() iT7ヽl !l. く //i_ノ/ / l \、 所 〈` ハ ノ|ノノ ヽ‐/ 7/ /ノソ , で ハ‐ l ノヽ/ / `ヽ フ ノ ノヽ , や 〈ハ_( ̄ (yノヽハ//く {/ ̄ヽ \ |l れ iヽ(yノ′ ヾヽヽ、-‐┴、 !、 ヽ、 !l よ く  ̄`/ | <ヽ \ソゝ ―┬ |l ・ >-ヘ, ! V> 7」_/ | ソ ・ r "´7ヽlri==、、__/ |ヾ=〃l/ ゝ ・ / { , ソ ハ/ i ̄`ヽ_/ヽ 、 //} | i ヾ. / ハ ヽ >l} ! ヽー- ハ {ヽ_,.>-‐ " / ヾー フiノノ`lイ , ゝ,. --――一 ヽ__/l ハ,ノ ヽ、 ! l〈 \ 〃 | ! | `┐ l | ヽ., \ ノ ! | ! / , l ー-‐ ヽ,_,,.-/ / | l / ,/ rゝ- / / | !/,r― " /⌒ヾヽ;; r-= ′__/ ノ! | ヽ__,,ヾ,,ー-―--―= ヽ `ー---イ  ̄ー―‐ / ~ ̄~ ̄ __,,..-― " ノ _,r "  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ うpろだ1184 ─────────────────────────────────────────────────────────── 某月某日、幻想郷にある神の社が一つ、守矢神社。 突然だけれど、今ここはまさに戦場と化している。 かと言って、弾幕による決闘ではない。 「うぅ~…」 「むぅぅ…」 「『…』」 睨み合うは現界で信仰を失った神、神奈子さんと 諏訪子さん。 そしてそれを半ば呆れたような目で見守る風祝… 現人神である早苗と、どこからどう見ても只の人間で あるぼく(諏訪子さんはぼくに面白い力が有ると言って くれたけど、何一つ実感が湧かない)。 何故こうなったかって?そんなものは至って簡単だ。 要約すると 「このお二人は今晩のおかずを巡り、不毛な睨み合いを している」 僕も食卓について初めて分かったが、彼女達は大皿に 惣菜を盛り付け、それぞれが好きなだけ取って食べる バイキング式で食事をしていたようだ。 好きなだけとって食べる分には問題ないが、偏食を 招いたりするのが欠点だ。そして残った惣菜を巡って 喧嘩の元にもなりやすい。 「あうぅ~…」 「ぬぅぅ…」 …はぁ。本当にこのお二人って、現界では神様として 崇められていたんだろうか?どこからどう見ても、歳の 離れた姉妹喧嘩にしか見えない。そして、物凄く俗世に 染まってる感じがするんだけど。 睨み合っているお二人の眼中にあるのは、鯖味噌一切れ …正直、カッコ悪い。集めた信仰も一瞬で失いかねない 間抜け過ぎる光景だ。 「ねぇ神奈子。私達って、仲の良い親友よねぇ」 膠着状態を破るように先に動いたのは、諏訪子さんだ。 何が何でもこの鯖味噌を先んじて取ってやろうとしている 気配がはっきりと窺える。 「そうねぇ諏訪子。私もそう思ってたわ。親友だったら この鯖味噌を私に譲ることくらい、ワケないわよねぇ?」 「逆じゃないの神奈子?貴方が私に譲るの」 合わせる神奈子さん。そしてそこから返す諏訪子さん。 お二人とも表情は笑っているけど、実際は全然笑ってない。 いや、むしろ激しい殺気が放たれているような… …慧音様とっても怖いです。貴女に初めて頭突きを貰った 数秒前のことを思い出しました。 「その鯖味噌を黙って寄越しなさい諏訪子!」 「あー!うー!絶対渡さないんだから!」 「食べ過ぎて牛蛙にでもなりたいのかしら!?」 「神奈子こそ毎晩毎晩暴飲暴食で肥えたんじゃないの!?」 「黙らっしゃい、エセ蛙の祟り神!!」 「何だとー、この飲んだくれのおーぼー年増!!」 ガ ガ ガ ガ ガ!! ある意味、弾幕による決闘よりも凄い戦いがこの卓袱台上で 繰り広げられている。飛び交う物は両者が手にした箸。両者の 獲物は皿に只一つ残る、鯖の味噌煮。 何て不毛な争い。 そんな争いが周囲に影響を及ぼさないことなど考えられない ことで、皿の上に残った味噌が飛び散り周囲を汚していく… 隣に座る早苗の表情を窺い知る事はできないが、少なくとも これだけははっきりしていた。彼女は限界点だ! ヒャアがまんできねぇ ゼロだ!! 「い い 加 減 に し て く だ さ い ! !」 「「『ハイごめんなさいすみませんでしたお許しください 早苗様どうかご飯抜きだけは正直勘弁してください』」」 早苗の勢いに圧され、関係の無い僕まで謝ってしまった。 「何も一緒に謝る事はありませんよ。悪いのはあのお二人 なんです」 『あ、そ、そうなの…ありがとう』 慧音様、怒った早苗はもっと怖かったです… うpろだ1190 ─────────────────────────────────────────────────────────── ――紅魔館―― 今日は紅魔館の模様替えということでここのコーディネーター並に凄いメイド長こと咲夜さんに呼ばれたわけだ。 「今は…午前0時か…ふぁー…ぁ…」 紅魔館入口まで来ると門番の中g…じゃなかった。紅美鈴が鼻ちょうちん作りながら爆睡していた。 「うぃーっす…WAWAWA忘れ物…って何も忘れてないって。中国ー?寝てるとナイフ…」 グサッ(1HIT!!) 「ふわぁぁぁぁぁ!?」 「遅かったか…」 どこからともなくファンネルみたいに飛んでくるこのナイフ。後頭部に突き刺さった。 「今中国って言ったでしょ」 ギクッ!何だこの地獄耳は。それを反射神経に変えてナイフの回避に使ったら役に立っただろうに。ニュータイプになれるぞ? 「いやいや…ちゃんと名前で呼んだぞ?」 「ならよし。今日は模様替えだから早いとこ行かないと」 信じた!?悪徳商法に引っ掛かりそうで心配だが。 「ハイ。遅刻。って事だから中国!アンタは図書館。○○!妹様のとこお願い」 「咲夜さん酷いですよ!中国って…」 「いちいち細かいんだけど」 グサッ(2HIT!!) 「図書館行ってきまーす…」 デコと後頭部にナイフが刺さったまま図書館に向かう美鈴。大丈夫か?いやマジで。 「フランのとこっすか!?――ハイ。行きます。任務了解っす」 「素直でよろしい。そういうとこ嫌いじゃないわ。じゃ頼んだから」 ナイフ突き付けられながら言われたんだがどうするよ自分。嬉しいがこれは死亡フラグか? 「模様替えってレベルじゃねぇぞこの雰囲気は…。呼んでみるかな。おーい。スタッフぅ~」 「あー!○○ー!早く済ませて遊ぼ!ね!」 開いた!?着いたフランの部屋の中にはパンダ柄のカーテンだのリラックマのクッションだの地下室の雰囲気を根底からぶち壊すめっさ可愛い代物がズラリ。 「遊ぶ前に紅魔館の模様替えしてからな」 「じゃあしょうがないなぁ…フランがすっぱり散らしてあげるよ!…しゃぁ!」 「待て待て待て!いきなり何すんだよ!ちょっと待ってlittle wait!!」 「レーヴァテイン…紅蓮腕ぁ!」 アッ――――――! 「わーったよ。模様替え終わったら弾幕ごっこでも何でもして遊んでやるから今日だけ我慢してくれ…頼むから」 「絶対だかんねー!」 それにしても紅蓮腕なんてどこから仕入れてきたんだ。しかも死亡フラグ確定したっぽい。フランの目ぇ輝いてるし。 2時間後。地下室終了。同時刻フラン出陣。咲夜さんに指示を貰いに行くがキツい一言が。 「ノロマは嫌いよ。図書館の支援お願い。っと…その前に」 こんだけ。とりあえず図書館の援護との命令だ。歩いているとナイフが横切ったがまさかこれは…このパターンは… グサッ(3HIT!!) 「ギャァァァァァァァァ!!」 「あ。美鈴だ」 「中国ー?パチェー?援護到着…って…何だこれ」 やっぱりな。よく見ると美鈴の背中に「パジェロ」とか「たわし」とか「商品券」とかあるんだが。東京フレンドリーパークのノリか。 「中国って言ったね…お嬢様にも言われたことないのに!!フタエノキワミ、アッー!!」 「血みどろでこっち来んな!せめて血ぃ拭いてくれ!…聞いてねぇな…フラン!出番だぞー?」 「はーい☆フラン、行きまーす!」 レバ剣ホームランで美鈴は場外へ。その後パチェに「人の書斎で暴れない」とジト目でスーパー説教タイムを喰らった。その後あの一言が。 「少し…頭冷やそうか」 「「え?」」 「日符…『ロイアルフレア』!」 冷やすどころか焼けるだろが!せめてプリンセスウンディネとかウォーターエルフにしてくれ。ちょっと焦げた。 「フラン…さっさと終わらせようぜ」 「うん…」 「じゃあこれに沿ってこの本だけ頼むわ」 でも何だこのドン・キホーテみたいに入り組んだ図書館は。意外に早く30分くらいで終了。 「後は咲夜の指揮下でほとんど終わってるし…残るのはレミィだけ?」 「地下室と同じくらい威圧感あるだろあの部屋は」 「早く遊びたいー!!」 んー?ちょっと待てー?誰か忘れてる気が。とりあえず一度指示を仰ぎに行く。 「美鈴は?」 「「「あ」」」 「ちょっと待って。こんな感じでよし…と」 「この紅美鈴…只今帰還…しまし…た…」 またタイミング悪いな。今度は至近距離か…? 「ナイフが刺さる前だから給料30%カットで見逃してあげる。付いてきなさい」 「「「な…なんだってー!?」」」 「はい…門番頑張りますっ!」 まさかこの後移動中に惨劇が起ころうとは誰も知らなかった。こういう時に必ずいる天敵を忘れちゃいけない。 ――移動中―― 「嫌ァ――――――――――!!!!!!!!!!ゴ…ゴキブリ…今黒くて油ギッシュで素早いのが目の前を…」 「あー…やっぱいるんだ。ゴキ」 「図書館のは完膚なきまでに根絶したけどね」 「地下室にはいないよー?」 「門番はそんなの見ないですよ?外だし」 咲夜さんにも怖いものってあるんだなぁと思った。ちなみに悲鳴も初めて聞いた。 「来るな!来るな――――――――――!!」 「じゃあフランにお任せー☆禁忌『レーヴァテイン』!」 木端微塵にゴキが粉砕された。もはや跡形もないが。さらに追い討ちをかけるように次の刺客が。 「あ。ナメクジ」 「これ図書館の最大の敵だもの」 「マジだ…」 「漢方薬には…ならないですね」 しかもさっきの爆風で吹き飛んだのか咲夜さんの肩にクリティカルヒット。邪気が来たか! 「あ…ぁ…ナメクジなんか…に…完全瀟洒なこの私が…咲夜…が…」 「「「「えぇぇぇぇ!?嘘だッ!!」」」」 このナメクジすげぇ!咲夜さんを一撃で…!咲夜さん泡吹いてるし。瀟洒じゃない…。 「○○…後は…任せ…」 「「「「ちょ…待てゐ!!」」」」 しょうがないから外に逃がして来た。あのナメクジは最強だな。「粘着生物弾」とでも命名するか。 「うー…ナメクジは…?」 「「「あ。起きた」」」 「外に逃がして来たんで」 ――到着―― 「「「失礼しまーす」」」 「レミィー?入るけどいい?」 「お姉様~?入るよ~?」 「模様替えならもう終わったんだけど」 それなら話は早い。後は……… 「遊んでくれるんだよね?弾・幕・ご・っ・こ…早く殺ろ…?ねぇ…殺ろーよー」 「ヤバっ…じゃ…じゃあ一回だけな?」 「先に上空で待ってるからねー」 最大の難関が残ってたんだ。そうだ。忘れてた。 「アンタ妹様に何言ったわけ?」 「弾幕ごっこ…」 「はぁ…このナイフ持ってきなさい」 「あざーす」 まぁ一応飛行能力はある。咲夜さんの遠まわしな激励を受けてラスボス戦に出陣する。 「○○はフランが壊してあげる…あはははははは…」 「目がマジなんすけど!?」 BGM:最終鬼畜妹フランドール・S 「負けても恨まないでね!!禁弾『スターボウブレイク』!!」 「やるしかねぇな…牙突零式ィ!!」 そこに水を刺して巻き添えを食ったヤツが約一名。 「ドライアヘン…ドライアヘン…よっし!完璧ね!あたいが最強だー!パーフェクトフリーz…あべし!」 「「空気読めよ――――!!」」 ⑨の乱入ですっかりチョウザメ…じゃない。キャビア出してどうすんだよ。興醒めしたわけだが。 「ウチの⑨が迷惑かけて…ごめんなさいっ!!」 「大ちゃんも大変だな…」 「今度やったらレバ剣だって言っといてね」 ⑨と大ちゃん撤退。 「また今度にするか?フランも疲れただろ」 「うん。眠い」 模様替え終了。各自で解散になった。 「「「「「「お疲れ様ー」」」」」」 1ヶ月後。 「新しく入った○○です!よろしくお願いします!」 うpろだ1192 ─────────────────────────────────────────────────────────── 白玉楼の屋敷の中でたまにゆゆ様にちょっかい出されつつも妖夢とイチャイチャしたい。 具体的には怖い話をゆゆ様からきいた妖夢が夜中に 「○○さん・・・先ほどの幽々子様のお話を聞いたら1人で寝るのが怖くなってしまって・・・」 とか言って枕抱いて持ってきて 「じゃあ布団もう一枚持ってくるね」 て言ったら恥ずかしそうに 「いや・・・あの・・・○○さんのお布団で一緒に寝てもいいですか?」 って言われて「いいよwもう可愛いなぁ妖夢はw」 て言ったらまた恥ずかしそうにしながら「失礼します」 とスルリと布団のなかに入ってきて最初は少し距離を置いてたんだけどちょっとたったら 突然○○の体に抱きついて「すいません・・・本当は甘えにきたんです。怖いのも本当ですが」 とか言われちゃって「あぁもう妖夢はかわいいなぁw」って抱いてあげたら 障子がスススと開いてびっくりして妖夢は○○にさらに強く抱きついて○○が障子のほうをみたら ゆゆ様がいて「あら?おじゃましちゃったかしら?」 とかわざとっぽく言うんだよ。 んで○○が苦笑いしてたらゆゆ様が冗談っぽく「私も混ぜて欲しいかなw」 て言うんだよ。 で、○○が冗談っぽく「いいですよw今日は3人で寝ますか?」 って言ったらゆゆ様が「やった~えいっ!」 とか言って布団の中にもぐりこんでくる。 で、妖夢とゆゆ様に、はさみ打ち。妖夢が後ろから抱き付いていてゆゆ様が前からだきついてるんだよ。 1人だったらちょっと広かった布団もいまでは少し狭いくらい。いや、性格には端っこには少しスペースがある。まんなかに○○をはさんで抱きつく形で寝てるから。 ゆゆ様が「妖夢?なんで今日はここにきたの?」 て意地悪そうに聞くと妖夢は「先ほどの幽々子様の話がこわかったんですよ~」って言いながらまたまた強く○○に抱きついて ゆゆ様が「そんなに怖かったかしら?こ~やって抱きつくくらいに」ってまた強く抱きつかれて苦しくなって ○○が「あの~・・・すこし苦しいんですが」とか言うとゆゆ様が「あら?妖夢?強く抱きしめすぎじゃないかしら?○○の事。」 って聞くんだよ。そしたら妖夢が「幽々子様も人のことをいえないですよ~」とか言いながらやっぱりまだ二人とも○○に抱きつきっぱなし。 「参ったなぁ」なんていいながらも身動きがもう取れないほどに抱きつかれてる。 で、それがわかったらそれをいいことにゆゆ様が「○○にちゅ~しちゃおっかな~」とかいうんだよ。顔が近いですゆゆ様。 とかちょっと思ってたら少し声を荒げて妖夢が「ダメですよ!そんな・・・」って言っても無視して○○に思いっきりキス。 妖夢が「あっ!!!」って言ったらゆゆ様が「んふふ~」とか余裕っぽさそうに言うんだよ。 で、少ししたら妖夢が「あの・・・○○さん!私も・・・したいんですがいいでs」 とか言ってる途中にゆゆ様を振りほどいてキスする○○。 ゆゆ様は「あらあら」とか言いながらまたこっちに顔を寄せてくる・・・ うpろだ1195 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「と言うわけで参加してみない?」 「何がどういうわけなんですか?」 突然の神奈子様からのお誘い。我慢大会ならお断りだ。 「今度里でイベントがあるのよ。それに皆で参加しない?」 「イベント? なんのです」 「地区対抗スポーツ大会。通称“モリンピック”! このモリは守矢とも「いやもういいです」」 ググッと握り拳を作って説明しようとする神奈子様を押しとどめる。 なんていうか、通称を作る必要はあったんだろうか。 「それで参加する? するね?」 「いや、なんでそんなに乗り気なんですか」 身を乗り出して勧誘する神奈子様に聞いてみる。 「それは私が実行委員をしているからよ。ほらこのおよそハーフマラソンとかどう?」 「実行委員はともかく、なんですかその競技は」 「湖の周囲が20キロくらいだから作ったのよ。2週したら多分フルマラソンね」 「ファジイすぎるスポーツだなあ」 「あとは御柱投げに樽飛び込み、それと高飛びとかおすすめ」 高飛びは月からね、ってそれスポーツじゃねえだろうが。 「早苗さんとかにはもう声をかけたんですか?」 「早苗はまだ。諏訪子には言った」 「よっしゃ、さなえさーん。また神奈子様が変なことしようとしてるー」 「変なことじゃないよ。ちゃんとした交流イベントだ」 とりあえず早苗さんを呼ぼうとする俺の裾を神奈子様が掴んで制止する。 とはいえ呼ばれたからには早苗さんが来るわけで、一緒に諏訪子様もついてきた。 「で、なにをしようとしているんですか」 包丁片手に聞いてくる早苗さん。時刻は昼前。きっとおひるのじゅんびをしていたんだろううんそうにちがいない。 「変じゃないよ。ちゃんとした里のスポーツ大会だ」 わたわたと手を胸の前で振りながら、神奈子様が必死で弁解する。 「はあ、スポーツ大会ですか。なんでまたそんなものを?」 まず浮かんでくる疑問だろう。神様が開くようなイベントではない。 「こっちに引っ越してきたばっかりだし、親善イベントを開いておこうと思って」 「それなら例大祭でいいじゃないですか」 「例大祭は普通の人は来にくいんです……」 早苗さんがため息混じりに言う。 確かに妖怪の山にあって入りにくい上に、高い場所にあるから尚更行きにくい。 足が遠のくのも仕方が無いとは言える。 「だからってもっと別なイベントもあるでしょうに……」 「あら、ならどういうのが良かったの」 「超時空風祝さなえちゃんワンマンライブ キラッ☆もあるよ」 「ああそれは夜の部よ」 『WOOOOOOOO!』 「やりませんッ!」 興奮して叫ぶ俺と諏訪子様に早苗さんの無情な突っ込み。 「まあ、やらないと思っていたから盆踊り大会の予定にしてるよ」 「盆踊りですか。ところで日程は何日間の予定なんです?」 「大体二週間くらいだね。天候にも依るけど」 いやあんた天候操れるだろという突っ込みはしまっておいて、聞くことを聞いておこう。 「二週間盆踊り?」 「そう、一心不乱の大盆踊り。でも時々宴会」 いや確実に情け容赦の無い地獄のような宴会になるだろうな。 盆踊り二週間じゃなくって、もっと別のこともやれと言っていると、 「かーなこちゃ~ん、い~こ~お~」 誰かが来て神奈子様を呼んだ。 「あ、呼ばれてるから行ってくるわ。じゃ考えといてね」 神奈子様はそのまま片手を挙げて行ってしまう。 その場には二柱と一人が残された。 「誰が来たんだろう……」 「さあ」 早苗さんと一緒に小首をかしげていると諏訪子様が、多分天魔さんだと答えてくれる。 やはりモリンピック実行委員をしているらしい。 小学生のような呼び方に、天狗のトップらしさは微塵も感じられない。 天狗も結構暇なんだろうかという問いには諏訪子様は答えてくれなかった。 居間に寝転がって、皆で大会要覧を読んでみる。 「なんていうか、まともそうな競技が碌に無いなあ」 「でもこの障害物競走なんて面白そうじゃないですか」 ペラペラと競技予定種目一覧をめくっていた早苗さんが顔を上げて言ってくる。 一覧には競技内容の大まかな説明も載っていた。 「まるっきり運動会じゃんか。何々ハードル、跳び箱、網抜け……クランベリートラップって何?」 「下に人外の部って言うのもありますよ」 「こっちはトラバサミ、バンジステーク、平均台in地雷源、同時開催狙撃競技の的って死ぬわ!」 「だから人外限定なんでしょうね」 二人でため息をつく。予定は未定だが、こんなのが企画に乗る時点で考え物なイベントだ。 「で、どれに出ます?」 「出るの?! こんな物騒なのに」 「わたし自転車のクロカンにしようかな」 「じゃあ私は平泳ぎにする」 「諏訪子様も!」 ああダメだ、こんなのに出ようだなんてどうやら皆脳をやられてしまったらしい。 「だって親善なら出ないわけにはいかないじゃないですか」 「そうそう、それに平泳ぎなら私の独壇場だしね」 「そりゃまあ親善は必要ですけど、こんな危なっかしい物に出ないでも」 「人間向けのに出れば命の危険は無いと思いますよ」 早苗さんが楽観的な意見を言うが、正直かなり不安だ。 例えばマラソンにしても、給水ポイントやらなにやらの問題があるだろうに、病人を出さずに終えられるかかなり危うい。 「それに竹林には死人でも生き返らせるっていう人がいるらしいですし」 「いや、そういう人を頼るのもどうかなあ……」 「まあその人も委員会に参加してるから、危険なことはあんまり無いと思うと言えるんじゃないかなと考えてるよ」 ならいいのかもしれないが、とりあえず諏訪子様長い。 「それでどれに出ます?」 「あー、運動苦手だしなあ」 「これはどうです。グレー射撃」 「グレー? クレー射撃じゃなくって?」 「グレーです。えっと、小さくても必殺の武器で過去のポエムを打ち抜く、だそうです」 「グレーどころか思いっきりブラックじゃないか」 思わず叫んでしまう。他にも画集とか設定とか出るんだろうな。 「もー、我儘言わないで出る種目決めてください」 早苗さんが腰に手を当てて怒っている。 「そうそう、なんなら一緒に平泳ぎにエントリーする?」 「泳げませんし」 「なら手取り足取り腰取り教えていくよ」 わきわきと手を動かしにじり寄ってくる諏訪子様。 「いや…遠慮しておきます……」 いまにもウェッヘッヘと笑いそうな表情の諏訪子様に恐れを無し後退る。 「じゃあこれはどうです。恋の障害物競走! 男女一組でいろんな障害物を乗り越える! 一緒に出ましょうよ」 体を乗り出しながら、早苗さんがやや興奮気味に誘ってくる。 「まだるっこしい! 全部エントリーしちゃいなさい!」 神奈子様が帰ってくるなり、大分無謀なことを言う。 「早苗さんそれ意味わかんない。あと神奈子様無茶すぎ、って言うか何でここにいるんですか」 「寄り合いが早く終わったから知り合いつれて戻ってきたのよ」 後ろを見ると七八つの人影が見えた。 「さあ、今日はここで夜の運動会よ」 神奈子様が右手を高く掲げると、呼応する様に後ろの人影も喚声を上げる。 一緒になって諏訪子様も喚声を上げる。早苗さんはため息をついている。 さて俺は色々とどうしようか。 ──────── 真っ青な空にパンパンと音を立てる花火が打ちあがる。 空には雲の欠片も無く、暑くなる予感を見せる。 今日は企画倒れになって欲しかったモリンピックの開催日だ。 まあ、日程が短くなってくれたのだけは幸いだ。 「ほんとにやるのか……」 うんざりした口調でつぶやく。隣にいる早苗さんも頷いている。 「この暑い中、嫌になりますね」 その言葉に俺は首を縦に振る。 しかし、向こう側にいる神奈子様やら諏訪子様はいたって元気な物で、集まって話をしている。 周りを見渡してみると元気なのはたいていが妖怪らしく、里の人間の出場者はあまり無いらしい。 ただ妖怪の気合の入れようは半端では無く、鉢巻などを締めて気合を入れているのまでいる。 そうこうしている間に開会の時間になったようで、壇上には天魔様と里長が上っている。 里長が開会の訓示をやるらしくマイクを握り、傍らに天魔様が控える形だ。 壇の下にいるアナウンサーから里長の言葉があるというアナウンスがあり、参加者から拍手がおこる。 「みんな、ニューヨ――!」 瞬間、里長の頭から赤いものと、少し遅れてガンという音が響いた。 その状況に皆がざわつく中、天魔様がマイクを拾い話し始める 「えー、訓示の途中ですが注意事項です。競技中にふざけた場合は漏れなく別会場で行われている射撃競技の的になります」 話している最中に赤い服を着た人物が何人か集まってきて、皆が白い旗を掲げている。 弾着確認に来た射撃の審判なのだろうか、今度はスコアボードらしい物に何かを書き込んでいる。 「ちなみに使用しているのはペイント弾で、実弾ではありませんので怪我などの心配はありません」 天魔様から更なるアナウンスがなされる。 「早苗さん……あの赤い奴段々ドス黒くなってない?」 「見なかったことにしましょう……」 ぴくりとも動かない里長、それを俺らは戦々恐々としながら見つめるしかなかった。 「でも、要はふざけなければいいだけの話ですよね」 里長は担架で運ばれた以外平穏に開会式が終わった後、早苗さんが口を開く。 「そうだねー。わざわざ競技中にふざける奴も居ないだろうしね」 俺はそれに答える。とはいえ、発言一つにもおっかなびっくりといった塩梅になるのは否めない。 そうやって早苗さんとダベっていると、向こうから神奈子様が寄ってきた。 「とりあえずこの槍投げにエントリーしといたから」 「なんで勝手にエントリーしてるんですか」 「いや、普通の人があんまり参加してくれなくって」 俺が抗議すると頬をかきながら神奈子様が釈明した。 「まあいいですけど、ルールとか投げ方は知りませんよ」 不承不承といった調子で了解すると、神奈子様はいい笑顔で言ってきた。 「ルールは遠くまで投げれば勝ち。人に当てるのと線からはみ出たらダメ」 「そんな簡単な……でもそのぐらいしかないのかな」 「で、投げ方はこういう感じで」 そう言いながら神奈子様が、手足を取る。 「神奈子様、当たってる当たってる」 「当てて……」 その時、神奈子様の言葉が途切れるのと背後で何かがもたれるように動くのはほぼ同時だった。 やはり遅れて乾いた音がし、そして赤い服の審判団が近づいてくる。 皆白い旗を掲げてはいたが、手元の紙切れを覗き見ると8点程度とあまり振るわない。 数分して天魔様から、エロい事をしても狙撃対象とのアナウンスがあった。 ……言い方が射撃対象ではなく狙撃対象に変わったのは何か意味があるのかしらん。 「気をつけろ、あいつら容赦ないぞ、早苗さん」 「でもあれはあれで正しかったんじゃないでしょうか」 なんと言う意見の食い違い。よく見ればちょっと怒っているようにも見える。 ただ、面倒なのでそこいら辺には特に突っ込まないことにした。 適当に槍投げを終えて戻ってくる。順位は芳しくないがどうでもいい。 最長記録は紅魔館の吸血鬼の叩き出した山まで、という物だった。 測距班しっかりしろといいたいが、さすがにそこまでは測れなかったのだろう。 その後も幾らか勝手にエントリーされていたのやら、自主的にエントリーしていた競技に参加して行く。 そうしているうちに時刻は夕ごろになり、本日終了と相成った。 神様二柱はいないので、早苗さんと二人で岐路につく準備をする。 「守矢神社の皆さん、調子はどうでしたか」 その時後ろから声をかけながらやってきたのは、真っ赤な人だった。 「……どちら様でしょうか?」 早苗さんがおっかなびっくりといった調子で声をかけると、その赤い人は改めて名乗った。 「これじゃあ判りませんね。射命丸です」 「ああ、新聞屋の」 「ええそうです。ところで早速なんですが、お二人の写真を取らせていただいてもよろしいでしょうか」 「それよりなんでそんなにスナイプされたのかが気になるんだが」 俺の発した問いに天狗は、ええちょっと、とお茶を濁すような発言で逃げ、再度写真撮影の可否を問うてきた。 早苗さんはそれを承諾したが、やはり真っ赤なのが気になるようだ。 「あの、何でそんなに撃たれているんですか?」 「なんかよく撃たれるんです。それじゃあ一枚撮りますね。目線こっちください」 射命丸が写真を撮ると側頭部で赤い物が爆ぜ、遅れて銃声がした。 もしかして写真を撮るたびに撃たれているのだろうか。 前に奴さんの新聞を読んだ時、際どいアングルが多かった様に思えたししょうがないのかもしれない。 しかし、同じ天狗にすら容赦しない。全く天魔とは恐ろしい人だ。いや人じゃないが。 翌日も地獄のような惨状だった。 まず障害物リレーで、平均台の上でギャグをとばした妖怪が狙撃され地雷原に落下した。 またクロスカントリーが38度線を跨いだものになった。早苗さんには棄権させた。 人形遣いが参加したシンクロナイズドスイミングは、人形が軒並み沈むというアクシデントがあった。 テフロンコートのフライパンは素晴らしいという事だ。 ただコートに鹿はまだ突っ込んできていない。 「早苗さん……」 うんざりした調子で話しかける。 「なんでしょう」 ぐったりした様子で早苗さんが振り向く。どうにも疲れたようだ。 「二人で逃げないか?」 それはともすれば駆け落ちに誘うような台詞で、実際そのような心境に近かった。 「でもまだ参加する種目が……」 言い澱む早苗さんに、そんなものはどうでもいいと言い放つ。 多少の逡巡ののち、早苗さんは二人での逃避を決めた。 手に手をとって山の方へと駆け出そうという時、足元に赤い物が着弾した。 飛来した方向を見ると誰かが高台から引き摺り下ろされるのが見えた。 赤服の審判団が皆一様に赤旗を揚げていることから、やはりこれはあれなのだろう。 「早苗さん急ごう。狙われてる!」 強引に手を引っ張り里の出口へと向かう。 「え? 何もしてないのに?」 引き摺られる早苗さんの顔には疑問符が多いが、答えている暇は無かった。 途中で水泳競技から戻る途中の諏訪子様と会った。 「二人ともどこに行くの?」 「え、あーっと」 「障害物競走のコースの下見です」 「そうなんだ、熱心だねえ」 どうにも信じ込んだ様子で騙すのは気が引けたが致し方ない。 「ところで諏訪子様、それはなんです?」 話題を変えるように、諏訪子様の首にかかるメダルの事を聞いた。 「水泳で1位とったから貰っちゃった」 ニコニコしながら言ってくる様に、思わず俺は諏訪子様の頭を撫でていた。 諏訪子様もなにするのと行っているが、その実嬉しそうな顔をしている。 横で早苗さんがぐいぐいと袖を引っ張っていた。 「それじゃあ、先を急ぎますので」 多少怒り気味の顔だったので、話を切り上げることにする。 諏訪子様も早苗さんの変化に気づいていた様子で、苦笑しながら手を振っていた。 里を出て少しすると早苗さんの機嫌も良くなったようで、そのまま一路山の方へ向かう。 神社へと向かう道の間三叉路に差し掛かり、早苗さんは迷い無く反対方向の道へと足を進めようとした。 「あれ早苗さん、そっちは神社のある山じゃないよ」 「逃げるんでしょう。なら家の方に行っちゃダメじゃないですか」 「いやいや、逃げるって競技からで神奈子様達からじゃ……」 「うふふ、こういうのは徹底しないといけませんよ」 「徹底って、そっち行ったらあぶな……」 かくしてその後二週間にも亘る過酷なサバイバル生活が始まるのであった。 うpろだ1215,1312 ───────────────────────────────────────────────────────────
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蒸すような熱気。 ジリジリと照りつける太陽。 額に滲んだ汗が重力に従い顎を伝ってポタリと落ちた。 腕で額の汗を拭う。 何度もそのようにしていたためか、それとも暑さのためか、両の腕は既に汗まみれだった。 気まぐれな風が汗でじっとりと滲んだ頬を撫でる。 有難い筈のその風は熱をはらんでいて生暖かく、お世辞にも気持ち良いとは言えなかった。 蝉の鳴声がとても五月蝿い。 「…………暑ぃ」 思わず呟く。 本日何度目かのその呟きは、前回と同じように蝉達の大合唱に掻き消された。 季節は夏、夏真っ盛り。 湖の氷精は木陰でダレまくり、冬の忘れ物は全力でオヤスミ中の季節である。 そんな中、俺は一人博麗神社へと続く階段を昇っていた。 「あと、どれくらいだ……?」 太陽の眩しさに目を細めながら、神社があるであろう頂上を見上げる。 はるか頂上付近はゆらゆらと陽炎のように揺らいでいた。 「……はぁ」 厳しい現実に思わず溜息が出た。 いくらなんでも長過ぎだろ…… 「今、何時ぐらいだ?」 確か朝方に村を出て……神社の階段に着いたのが昼過ぎだったよな? で、其処で昼飯食ってから昇り始めたから…… 太陽を見る。 ……大体三時ぐらい、か? 「…………はぁ」 再び溜息。 限界を訴えるように、太腿が若干痙攣する。 こりゃ、明日は筋肉痛だな……それより、俺は無事に村まで帰れるのだろうか? 「あ~あ、なんで俺はこんな所に来てるんだろう……」 その答えは昨夜の友人との会話に遡る。 「かーーーっ! 今日も酒が旨い!」 「あ~今日もお疲れさん、と」 「一仕事した後の酒は格別だな!」 「お前いつもそれ言ってるよな」 「気にすんなって! ハッハッハッ!」 「……なんかお前、今日はいつもよりテンション高ぇな」 「そう見えるか?」 「見えるな」 「そうかそうか~」 「何かあったのか?」 「俺さ、今日初めて巫女さん見たんだよ!」 「巫女さんって……博麗の巫女か?」 「そうそれ! いや~珍しいモンが見れたわ~、滅多に見れるモンじゃねぇからなぁ!」 「そーいや俺も見たことないな~」 「それは嘘だろ」 「なんで即座に否定するんだよ」 「いやいや、だって……なぁ?」 「同意を求めんな、お前も今日初めて見たくせに」 「いや、俺とお前じゃ意味が違うんだよ」 「意味って何だよ」 「いやまぁ……」 「変なヤツだな」 「本当に見たことないのか?」 「しつこいぞ」 「マジで?」 「マジで」 「そうか……」 「おう」 「よし! なら見に行ってこい!」 「……はぁ?」 「明日、神社に行って博麗の巫女を見てこい!」 「アホか。なんでクソ遠い神社にわざわざ見に行かなきゃいけないんだよ」 「行く価値はある!」 「やけに気合入ってんな……そんなに美人なのか?」 「う~ん、どっちかというと可愛い系だな」 「ふ~ん……ま、どっちでもいいや。どうせ行かないし」 「い~や! お前は是が非でも行くべきだ!」 「なんで?」 「お前にとって、行く価値があるからだ!」 「価値って何よ?」 「行けばわかる!」 「だから」 「行けばわかる!」 「いやだか」 「行けばわかる!!」 「……」 「行けば! わかる!!」 「…………」 「行けば!わか」 「ああ、もう! わかった! 行くって! 行く行く! 明日にでも見に行く!」 「そうか! わかってくれたか!」 「ったく、なんでそこまでして行かせたがるかなぁ……」 「行けばわかるさ。そして後に、お前は俺の深い友情に涙をながらに感謝することだろう……」 「……意味わからん」 回想終了。 そんな訳で、俺は現在此処にいる。 ぶっちゃけかなり不本意だった。 所詮酔っ払いの戯言、次の日には忘れていると思ってたのに…… あの野郎、わざわざ起こしに来やがって。 おまけに巫女への手土産と昼飯まで持たせるし。 ……まぁ、昼飯は感謝しとく。 実際これ程遠いとは思っていなかったから。 にしても…… 「暑い……」 それにしんどい。 ……もう帰ろっかな。 別に見たいわけじゃないし、つか無理矢理だし。 手土産は……食っちまえばいっか。 アイツには渡しておいたって言っとけばいいだろ。 パパッと決断を下し、引き返そうと踵を返そうとした……その時。 脳裏にある噂がよぎった。 <曰く、博麗の巫女の生活は貧しく、巫女は常に空腹であるらしい> 「…………」 一瞬の思案の後、返そうとした踵を戻す。 「……此処まで来たんだし、やっぱ行くか」 まあ、コレは博麗の巫女への土産だしな。 俺が食うのはお門違いってヤツだろう。 いや、別に同情とかそんなんじゃないよ? ただ他人の物を勝手に取るのは人として……なぁ? そんな誰にするでもない言い訳をしながら俺は再び神社へと続く階段を昇り始めた。 「ぜぇ、ぜぇ……」 再び昇り始めて、もうどれくらい経っただろう。 もう、神社は目前に迫っていた。 「あと……ぜぇ……少し……」 言うことをきかない足を必死に上げながら一段一段昇る。 既に意識は暑さと疲労で朦朧としている。 呼吸をするのがやっとの状態だった。 ふと見やると、太陽はもう沈む準備を始めている。 真っ赤な紅が、昼とは違った意味で眩しかった。 あと数段。 これを昇れば…… なけなしの力を振り絞って階段を昇る。 ああ……やっと…… 「着い、た……」 最後の階段に両足を着くと同時に深く息を吐く。 姿勢を維持出来ず、膝に手を置いて深く息を吸い込み、そして再び深く吐いた。 何度かその行為を繰り返す。 暫くしてようやく落ち着いた俺は、振り返って自身が昇ってきた階段を見下ろした。 下が霞むくらい長い長い階段。 ずっと見ていると眩暈がしそうなくらい遠い。 「俺、コレを昇ったんだよな……」 達成感と感動が胸を満たしていくのが分かる。 少し鼻先がツンとしたが、気にしないことにした。 そしてそのまま達成感に浸っていた。 ……が、ふと本来の目的を思い出し、湿った鼻をこすりながら神社の方を向く。 危ねぇ危ねぇ……感動しすぎて本来の目的を忘れる所だった。 「っと、感動してる場合じゃねぇ。本命はこれからだ」 さ~て、博麗の巫女は何処に居るんだろうな~…… 境内を見回すも、それらしい人影は見当たらない。 というか、誰も居ない。 「……居ねぇな」 中で寛いでるのかね。 多分そうかもな。 今代の博麗の巫女はぐーたらだって聞くし。 しゃあねぇ、呼ぶか……っとその前に。 ズボンのポケットから財布を取り出す。 「折角神社に来たんだから、御参りぐらいしとくか」 財布から五円玉を取り出して賽銭箱に向かう。 確か……二拝二拍一拝だったよな? うろ覚えの知識を頼りにお辞儀を二回し、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。 チャリーンと小気味の良い音がした。 そして鐘を鳴らそうとした次の瞬間…… 「お賽銭ーーーーーっ!!」 「どわぁっ!?」 スパーンと勢い良く障子を開けて、紅白の目出度い格好をした少女が現れた。 「お賽銭を入れたのは貴方!?」 突然現れた少女は目をぎらつかせながらこっちを見る。 「そうだけど……」 突然のことに驚きつつも、質問に正直に答える。 なんだ? 入れちゃ拙かったのか? 普通、御参りする時はお賽銭入れるよな? 「そう……」 俺の答えに目の前の少女は俯いた。 見ると、少女の肩は少し震えていた。 やべ、なんか深刻な雰囲気?……なんか知らんが、とりあえず謝った方が良いか? どうしようかと考えていると、突然少女に手を握られた。 急な出来事に驚く俺に、少女は顔を上げて…… 「ありがとう!」 満面の笑みで、そう言った。 「そうか、あんまり参拝客が来ないのか」 「そうなのよ~、参拝客以外はしょっちゅう来るんだけどね」 溜息混じりにそう言って、彼女はお茶を一口飲む。 御礼を言われた後、何故か俺は縁側でお茶を御馳走になっていた。 彼女曰く、お賽銭の御礼らしい。 いや、普通のことだと思うんだけど…………喉渇いてたから丁度良いか。 出されたお茶を一口飲む。 ……うん、間違いなく出涸らしだコレ。 噂が真実だったことに少し切なくなった。 そして手土産の存在を思い出す。 「そうそう土産があるんだった」 「土産?」 横に置いといた袋を巫女に渡す。 「何かしら?」 受け取った彼女は即座に袋の紐を解き中身を見る。 瞬間、彼女の表情はパッと明るくなった。 「よ」 「よ?」 「羊羹じゃない!」 そう言われて中身を覗くと、其処には数本の黒い棒状の甘味物。 確かに羊羹だった。 「コレ、ホントに貰っていいの!?」 彼女は顔を輝かせながら確認してくる。 おいおい涎垂れてるって。 「おう、貰ってくれ」 「ありがとう!」 ガシッと両手を掴まれ、礼を言われる。 「ちょっとしまってくる!」 そして凄い勢いで奥に引っ込んでいった。 これだけあれば一ヶ月はもつわね、とか聞こえた気がしたが何も聞こえていないことにした。 どんだけ切羽詰ってんだよ……やべ、泣きそう。 予想以上に困窮している巫女の生活事情に俺は更に切なくなった。 「ふんふふ~ん」 暫くして、切なさの原因は鼻唄を唄いつつ戻ってきた。 「……それだけ喜んで貰えたなら何よりだ」 「喜ぶ喜ぶ! お賽銭も入るし、今日は良い日ね!」 そう言って、少女は嬉しそうに笑った。 そんな些細なことで歓喜する少女の不憫さに思わず涙が零れそうになった。 が、大の男が女子供の前で泣く訳にもいかないので、代わりに心の中で泣いておくことにした。 これ以上切なくなると俺の涙腺がそのうち決壊しそうなので話を最初の路線に戻すことにする。 「それで、此処にはどんなヤツが来るんだ?」 「主に妖怪ね~。偶に人間も来るけど」 「……は?」 路線を戻した途端に発せられた爆弾発言。 その言葉で、さっきまでの切なさは何処かに吹っ飛んでいった。 ……妖怪て。 此処、神社だよな? 「妖怪が来るのか? 神社に?」 「ええ、しょっちゅう来るわよ」 あっさりと返してくる。 「……それは拙くないか?」 「どうして?」 彼女は首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。 あ~……そりゃ参拝客が来ない筈だわ。 誰だって、妖怪が来る神社にわざわざ参拝に来ようとは思わない。 この状況を作った原因に彼女自身が気付いていないのが唯一の救いだった。 「まあいいか……で、そいつらは参拝していかないのか?」 「妖怪が参拝すると思う?」 「……まあ、普通しないな」 「そーゆうこと」 少女はそう言って、ニコニコ笑顔で湯飲みに口をつけた。 彼女のテンションは羊羹によって、現在進行形で上昇中みたいだ。 「ホント、困ったもんよ」 不満気に言ってはいるが、その横顔は困っている様には見えなかった。 ……まあ、それは羊羹のおかげかもしれないけれども。 う~ん、やっぱり指摘したほうが良いのか? でも、心底困っているようには見えないし…… ちらりと少女を見やる。 こっちの気など知らずに、少女は再びお茶を一口。 そして一拍置いてほっと表情を緩ませた。 ……ま、いいか。 その暢気な顔を見て、何故かこのままで良いような気がした。 多分、この少女にとってそれが自然なのだろう。 わざわざ指摘して崩すのは無粋というものだ。 「何?」 黙っているのを不思議に思ったのか、少女はこちらに視線を移す。 「いや、なんでも」 「変な人ね」 特に気にした風でもなくそう言って、視線を戻してまたお茶を一口。 一拍の後、ほう、と息をつきつつ再び顔を綻ばせる。 ……うん、やっぱり言わないでおこう。 一人勝手にそう決めて、再び話を続行した。 「ってことは、いつも暇してるのか?」 「そんなことないわよ? これでも忙しいんだから」 誰もがそう思うであろう意見に彼女は反論する。 「例えば?」 「神社の掃除をしたり」 「他には?」 「……神社の掃除したり」 「掃除以外では?」 「……」 「……掃除以外では?」 「…………」 繰り返す問いかけに少女は黙り込む。 さっきまでのテンションが急速に下がっていくのが見て取れた。 「掃除しかしてないのか……」 少し同情。 「う、五月蝿いわね! ほ、他にも色々としてるわよ!」 顔を真っ赤にしながら吠える。 どうやら図星だったらしい。 「色々って何を?」 「……え~っと」 彼女はその質問に再び考え込んだ。 ……って、考える時点で駄目だろ。 「…………う~~~ん」 唸る巫女。 そんなにすることが無いのかと思うと、ちょっと可哀想に思えてくる。 なので助け舟を出すことにした。 「舞とかしないのか?」 「あ、するする! もう毎日してるわ!」 出された餌に勢い良く食い付く巫女。 よしよし、上手く乗ってきたな。 「どんな風にやるんだ?」 「見たい?」 「気にはなるな」 「仕方ないわね~……ちょっと待ってなさい、鉾鈴取って来るから」 機嫌を良くした彼女はそう言うと、奥に引っ込んでいった。 「やれやれ」 その背中を見送って、一つ溜息。 「アレが博麗の巫女、ねぇ……」 なんか、予想と全然違ってたなぁ…… ま、可愛いってのは本当だったけどな……ついでに貧乏だったのも。 にしても…… どうしてアイツは俺を此処に行かしたがったんだろう? 確かに今のところ、来たことに対しての後悔は無い。 今まで味わったことの無かった達成感も味わえたし、博麗の巫女にも会うことが出来た。 可愛いってのも本当だったし、会話も楽しい。 この数十分の間で博麗の巫女に対するイメージはかなり変わった……まぁ、それが良い方にか悪い方にかは別として。 これだけでも充分来た甲斐はあったというものだ。 けど…… 『俺にとって』ってのは、一体どういう意味だ? 「お待たせ~」 一人考え込んでいると、後ろから声を掛けられた。 振り向くと、鈴が沢山付いた棒(鉾鈴って言ったっけ?)を持った彼女が立っていた。 「巫女の本領を見せてあげるわ」 自信満々に言って、少女は地面に降りる。 そして夕焼けに染まる境内の中央へと歩く。 少女が歩くたびに手に持った鉾鈴が揺れ、しゃらしゃらと音がした。 夕陽に紅く染まる神社。 境内に響く澄んだ鈴の音。 そして神事を行おうとする一人の少女。 幻想とはこういうものを言うのだろうかと、ふと思った。 「それじゃあ、始めましょうか」 中央に到着した少女は始まりを告げる。 さっきまでの暢気な表情は消え、神事を行う巫女のソレへと切り替わっていた。 「んじゃ、お手並み拝見と行きますか」 言って数歩離れた場所に立つ。 そして少女は鉾鈴を振り上げ…… 瞬間、俺は一つの奇跡を見た。 「ふぅ、お疲れ~」 「お疲れ~」 「なあ、飲みに行かねぇ?」 「良いよ」 「じゃあ飲み屋にレッツゴー!」 「ゴー……そういえば、今日○○は?」 「アイツは神社に行ってる」 「神社? 神社って博麗神社?」 「おう」 「なんでまたそんな所に?」 「いや、アイツ博麗の巫女を見たこと無いって言うからさ~」 「嘘でしょ」 「やっぱお前もそう思う?」 「うん、○○が見てないっていうのはおかしい」 「だろ? でも見てないって言い張るからさ、見に行かした」 「そうなんだ」 「そゆこと。もう神社に着く頃じゃねぇか?」 「失礼なことしてないといいけど……」 「それは無理だろ」 「そうだね」 「「だってアイツって……」」 突然の衝撃。 ……なんだ? ほんの一瞬垣間見たソレに、俺の思考は数秒停止し、そして不規則に回転を始めた。 今、俺は何をみた? 少女が鉾鈴を振り上げた瞬間に現れたソレは、俺の何かを激しく揺さぶった。 何を…… 少女は俺の戸惑いに気づかず舞う、そして再びソレは現れる。 俺は再び現れたソレを、二度と忘れないよう深く網膜に刻み込んだ。 な…… ソレは白磁のように白く美しくて。 なんと…… 決して鈍ることの無い滑らかな煌めきを放っており。 なんという…… そして若葉のような瑞々しさを持つ。 見事な………… 腋っ!!! それは見事な腋だった。 誰も踏み入れた事の無い新雪のホワイトスノーの様に一点の曇りも無い白い肌。 角がつるんと丸まった逆台形の窪みの形は神々しく、聖書に記された聖杯を模したかのよう。 時折夕焼け空に染められ、雪原を朱に染めるその様は正に幻想。 暑さのせいか汗で滲んでいるが、それは魅力を倍増させるスパイスにしか成りえない。 全てにおいて至高にして極上、これこそが俺の求めていた…… 視界が急速に狭まっていく。 頭の中の何かが切れる音がした。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 「きゃ!?」 突然の咆哮に驚いた巫女は舞を止め、こちらを見やる。 「な、なに? どうしたの? 急に大きな声出して……」 巫女は目を丸くして見つめてくる。 が、それに答える余裕は無い。 俺は即座に照準を定め、そして…… 「腋ーーーーーーーーっ!!」 「きゃあああああっ!?」 巫女の腋に勢い良く飛びついた。 そして頬を摺り寄せる。 「なななななっ!?」 驚愕の声が聞こえた気がしたが、今の俺には気にならない。 ああ、なんという…… 彼女の腋肌は極上のシルクのような滑らかさだった。 遂に…… 遂に最高の腋を見つけた。 長年求め続けた、至高にして極上の腋に出会えたことに歓喜しつつ腋に頬擦りする。 くはぁ……このぷにぷにスベスベの肌触り……もう最高…………あ、鼻血出た。 自身の限界を超えたのか、突如溢れ出た情熱の紅い雫。 それは口元から顎先へ、そして地面へと落ちていき、地面に紅い染みを作っていった。 だが、今はそんなものどうでも良かった。 今はこの感触だけを感じていたい。 深く息を吸い込む。 彼女の腋からは、甘いミルクのような匂いがした。 肌触りと相まって脳が蕩けそう。 ああ、なんという幸せ……もう、死んでもいい。 そう思った次の瞬間…… 「なにすんのよーーーーーーっ!!」 視界が真っ白に染まった。 目を覚ますと、俺は何処かに寝かされているみたいだった。 起き上がって辺りを見回す、どこか見慣れた部屋だった。 「お、生きてたか?」 部屋の戸を開け、見慣れた顔が入ってくる。 あ~、コイツの家だったのか…………あれ? 「なあ。俺、なんでお前ん家に居るんだ?」 疑問を口にする。 確か俺は神社に居た筈…… 「博麗の巫女が村まで連れてきたんだよ」 「博麗の巫女が?」 名前を聞いた瞬間、神社で出会った紅白の巫女と……そして彼女の腋が脳裏に思い浮んだ。 己の生涯を賭けて求めた、あの至高の腋が。 「お前、博麗の巫女に何かしたのか? 顔真っ赤にして怒ってたぞ?」 笑いながら言われて自分のしたことを思い出す。 …………うん、怒って当然だな。 突然あんなことされたら誰だって怒る。 だが、後悔は無い。 自身の求めた幻想に対し、後悔などある筈があろうか。 素晴らしい……最高の腋だった。 「やっぱり何かやらかしたのか……」 遠くを見つめている俺を見て、ヤツは勝手に納得したみたいだった。 ……そんなに顔に出てたか? 「ま、それはいいや」 追及されると身構えていたが、予想に反してあっさりと話題を切り上げられた。 そして一息置いて、ニヤリと笑い…… 「で、どうだった?」 本題を切り出してきた。 「ああ……」 正直、何と言えば良いのか分からなかった。 どんな感動の言葉を並べても、あの腋の前ではどれも陳腐な言葉に成り下がってしまう。 だから。 だから俺はその問いに答える代わりに手を差し出した。 友はその意味を理解したのか手を差し出す。 そして一言。 「ありがとう親友」 「気にすんな親友」 感謝の言葉と共に固く手を握り合った。 その日以降、俺は暇を見つける度に博麗神社に足を運ぶようになった。 なんでかって? いつものように階段を昇り、神社に着く。 そんなの…… 即座に目標を捉えると駆け出し、そして…… 「来たぜ腋巫女ーーーーーーー!」 「腋巫女言うなーーーーーーーーーっ!!」 言うまでもないだろう? ────────── 一つ話をしよう。 俺が体験したもう一つの奇跡の話だ。 夏に起きた、とある奇跡との遭遇から数ヶ月後。 紅葉舞う秋のことだった。 俺は再び奇跡に出会った。 前回に勝るとも劣らない、あの素晴らしい『 』という奇跡に。 彼女と出会ったのは、今年の秋の事だった。 いつものように博麗神社に行った俺だったが、その日は残念ながら誰も居なかった。 目当ての巫女が居ないことにがっかりした俺は、昼飯を持参していたこともあってか暇潰しに山に行こうと決めた。 そしてハイキングがてらに山を登っていると、一人の少女に出会った。 ボロボロな格好をした何故か薩摩芋の香りのする彼女、なんと、豊穣の神様らしい。 神様なのに、どうしてそんなにボロボロなのか? 彼女曰く、紅白の巫女にやられたらしい。 ハイキングが巫女探しに切り替わった瞬間であった。 もう俄然やる気になった俺は、ガンガン進んだね。 途中で厄の神様や河童を名乗る少女に忠告されたけど、巫女の知り合いだと言ったらあっさり通してくれた。 話せば分かる連中で助かったわ。 二人共、服がボロボロだったのが気になったが。 ……アイツ、一体何やってんだ? その疑問は、知り合いの天狗少女に会った時に氷解した。 なにやら、この山に新しく神社が出来たらしく、信仰の邪魔になるという理由で博麗神社の立ち退きを言い渡されたらしい。 で、納得がいかない彼女は山の上の神社を目指しているとのこと。 そして先程、自身をのしていった、と。 ……相変わらず、やることが派手だね。 で、神社の場所を聞いた俺は、礼を言ってその場を後にして…… 暫くの後に目的の神社に到着した訳だが…… もう凄いね。 なんつーか……台風と津波と雷がいっぺんに来た感じ? 触らぬ神に祟り無しってーのは、正にアレのことだな。 はい、此処までダイジェスト。 じゃ、本編(ある意味)どうぞ~。 其処では、二人の少女が弾幕ごっこをしていた。 対峙するは、紅白の巫女と緑白の巫女(か?) 一瞬の間に膨大な量の弾幕を互いに撃ちあっている。 交じり合った弾幕は、幾何学模様のような複雑さをもって互いに襲い掛かった。 普通の人間だったら、それが死神の鎌に見えることだろう。 人間の魂を刈り取る鎌。 普通の人間は抗うことすら出来ずに刈り取られるだけ……だが。 二人の少女は鼻先に迫った弾幕を俊敏に、またある時は緩やかに、次々と避けていく。 そう、彼女達は普通の人間じゃない。 少なくとも、目前に居る紅白の巫女服を身に纏った彼女は。 全てを避けきった彼女は、直ちに反撃の姿勢に移った。 緑白の巫女に向かって急加速する。 避けきるのが若干遅かったのか、緑白の巫女は慌てて体制を整えようとして…… 目を覆うような弾幕に囲まれた。 俺は反射的に目を閉じた。 瞬間。 響く轟音。 身体を振るわせる衝撃。 終わりを告げるには充分過ぎる程だった。 音が止むのと同時に閉じた目を開く。 辺りには砂煙が立ち上っていて酷く視界が悪い。 その中心に微かに映る人影。 其処には紅白の巫女がふわふわと浮かんでいた。 勝負が終わったことに、俺はホッと胸を撫で下ろす。 そして彼女の名を呼ぼうとした次の瞬間…… 「きゃああああああああっ!!」 「うおわっ!?」 頭上から何かが降って来た。 衝撃に耐え切れず、そのまま地面に倒れこむ。 何!? 何ごと!? 突然の事態にパニクりながら、身体を起こした。 其処には…… 一つの奇跡があった。 見えない何かに固定されたかのように、俺の思考回路は停止する。 「いたたたたた……」 目の前には先程巫女と弾幕ごっこをしていた緑白の巫女。 どうやら吹き飛ばされてこちらに飛んできたらしい。 ……違う。 涙目になりながら、上体を起こして身体を擦っている。 ……そんなことは。 服もボロボロで肌には擦り傷、見るからに痛々しい姿だった。 ……そんなことはどうでもいい。 「あ」 少女がこちらに気付く。 どうやら現状に気が付いたようだ。 「あの、すみません。下敷きにしちゃったみたいで……」 少女は申し訳なさそうに頭を下げる。 だが、その言葉は頭の中には入ってこなかった。 既に脳内は一つのことでパンクしそうだったからだ。 目に映るは一つの幻想。 神が人に残した、一つの奇跡。 「あの……何処かお怪我とかしなかったですか?」 心配そうにこちらの様子を気に掛ける少女。 言葉は返せなかった。 カチッと、エンジンのかかる音がした。 回転数は瞬く間に上がり、あまりの速度に焼き切れそうなくらい。 ガリガリと擦り切れそうな程に喧しい音で、聴覚が麻痺しそうだった。 視界は白く染まり、一点を残して真っ白になる。 ああ、これは…… パンクしそうな脳に、一つの光景が浮かび上がる。 うだるような夏の日。 夕焼けに紅く染まる境内。 神々しさを纏いながら舞う少女。 そして…… 何かが弾けた。 「あの」 「わ……」 声が重なる。 「わ?」 少女は疑問符を出し、首を傾げる。 本能が始まりの雄叫びを上げた。 さあ、行こう。 「わっきーーーーーーーーーーーーっ!!」 「え…………っ!?」 勢い良く彼女の『腋』に飛び込んだ。 瞬間、頬から伝わる最高の織物のように滑らかな肌触り。 何時間、何日と頬を摺り寄せても飽きることのない感触。 続いて鼻腔を擽るバニラ・エッセンスを思わせる甘い香り。 止め処なく溢れる、嗅覚の許容範囲を遥かに超えた甘い匂いの猛攻に、俺は軽い眩暈を感じた。 「あ、あの……ちょっと」 戸惑うような声が耳元に届いた。 ……が、それは決して脳には届かない。 脳をそんなところに使っている暇などない。 強く頬を摺り寄せる。 スベスベなめらかプニプニの腋肌が俺の頬と重なり合う。 自身の両頬が緩むのが分かった。 「やぁ……っ」 全身傷だらけになろうとも、此処だけは無傷なのは、コレが天の授け物であるという事実に他ならなかった。 素晴らしい…… 紅白の巫女の持つ『腋』も非常に素晴らしい一品だった……が。 この少女の『腋』も、それと同格に位置する程に素晴らしいっ! こんなに素晴らしい『腋』がまだこの世にあったのかっ! 抑えきれない感動。 鳴り止まない鼓動。 溢れ出す情熱の波。 それらを堪えられず、俺は続いて鼻先に摺り寄せる。 「ん……っ」 鼻先が『腋』に当たる。 甘さに鼻先が溶け落ちそう。 俺はその香りを深く吸い込んだ。 くらり、と視界が歪む。 歪む視界の先に見えるもの…… それを桃源郷と俺は呼ぶ。 ああ…… 「最高だ~~」 至福の声が漏れた。 ホントもう、たまらんですよ。 「もう、死んでもいい~」 心からそう思った。 今死ねたらどれだけ気持ち良いだろうと。 丁度その時だった…… 「そう」 耳に響く、死を思わせる声。 「なら……」 静かだが充分な質量を持った呟きは、何故か裁判官による死刑宣告を連想させた。 急速に世界が戻っていく。 そして目の前には…… 「死になさい」 紅白の死神が…… と、ここでこの話はお終いだ。 どうだ? 一部を除いて、素晴らしい話だっただろう? 何? 話が中途半端過ぎる? お話ってのはそんなモンなんだよ。 まあ、後日談ってのはあるがな…… 聞くか? オッケー、それじゃあ再開だ。 「おお~、綺麗だなぁ……」 真っ赤に染まっている紅葉に思わず目を奪われた。 そうして暫く見とれていたのだが……ふと我に帰る。 「いかんいかん、道草食ってる場合じゃなかった」 立ち止まっていた両足を起動させる。 秋の香りを胸一杯に吸い込んで、駆け足で階段を上り始めた。 目の前に広がるは、紅く染まった紅葉。 あの日以降、俺の日課は二つに増えた。 一つは、以前と同じく博麗神社に通うこと。 これは外せない。 でも、最近妙に機嫌が悪いのはなんでだろうな? そしてもう一つは…… 階段を上りきった俺は、そのままペースを落とさずに鳥居を潜り抜けた。 走りながら、広い境内を見回す。 掃除をしている目標を確認。 そして足の筋肉を限界まで稼動させ、大地を強く踏みつける。 目標まで、約10メートル。 「お!」 あと8メートル。 「ま!」 6メートル。 「た!」 4メートル。 「せ!」 2メートル。 目標がこちらに気付いた模様。 だが時既に遅し。 彼女の『腋』に向かって勢い良く飛びついた。 「緑腋巫女ーーーーーーーーーーーっ!!」 「きゃあああああああああああああっ!!」 そしてもう一つは。 守矢神社に通うこと、だ。 当然のことだろ? ─────────── 年も押し迫り、早く来い来いお正月な今日この頃。 何故か俺は熱帯に居た。 あ? 季節? 年末なんだから冬に決まってるだろ? もう北風ピューピュー吹いてますよ。 いつも人気(読んで字の如く、『人』の気配だが)の無い神社だから、寒さは更に倍増だ。 でも、俺の周りだけは暑いんだなこれが。 もう『暑い』というより『熱い』だな、うん。 さっきからバチバチ火花散ってるし、焦がす気かっつーの。 ん? なんでそんなことになってるかって? それはだな…… 「○○は私の神社で年越しするのよ」 「○○さんは私の神社で年越しをするんです」 二人の少女が睨み合ったまま言葉を発する。 互いに一歩も譲らない。 譲るのは相手の方だと言わんばかりの姿勢だ。 先程から鳴っている、何かが弾けるような音。 その正体は少女達の両の眼から発せられる火花だった。 稲妻のようなソレはぶつかり弾けて辺りに飛散し、周りのものを焦がしている。 当然被害は少女達の間に居る俺にも及ぶわけで…… 「おわっ!」 こっちに来た火花を回避する。 そう何度もくらってたまるかっての。 そんな必死の防衛なんて、関係無し。 彼女達は構わず睨み合いを続けていた。 「はあ……」 思わず溜息。 なんでこんなことになったんだ? そう心の中で呟きながら、終わりの見えない争いを続けている二人の少女を見た。 正確には、二人の少女の持つ、至高の逸品に。 ソレは眺める角度によって億千の煌めきを放つ宝石。 ソレは新緑の若葉のような瑞々しさを持ちつつも絹のような滑らかさを持つ、極上の拵え物。 ソレは余りの神々しさ故に聖書に記される聖杯を模したと称される、自然の生み出した神秘。 ソレは…… 「う~寒ぃ~……」 吹き付ける寒波に身を縮込ませながら階段を昇る。 流石師走といったところだろうか、骨の髄にまで染み入りそうな寒さだ。 どこの御家庭も家事で忙しいこの時期、一般人なら余程の用事がない限りまず出歩かないだろう。 だが…… 「俺にはその余程の用事があるんだよ~」 それもとびっきりの。 年末? 知るかそんなモン! 俺にはもっと大事なモンがあるんじゃ! 目的のモノを眼中に浮かべる。 あの素晴らしい逸品に触れられるなら、たとえ火の中水の中。 こんなところで寒がってる場合じゃねえ! 「っしゃあ! 一気に行くぜーーーっ!」 気合一発。 寒さで縮込まった身体に檄を飛ばし、勢い良く階段を駆け上る。 あの夏の日から幾度となく昇ったこの階段、もう最初の頃のように途中でへばったりはしない。 昇る時間も当初の十分の一になった。 お陰で無理して朝早く起きる必要も無くなったし(それでも早く起きるのだが)すぐに帰る必要も無くなった。 移動時間が短くなり、その分鑑賞時間が長くなったので、正に万々歳である。 駆け出してから数分して、階段の終わりが見えた。 ラストスパートとばかりに足を踏み込む。 力強く地面を蹴りつけ、そして…… 「着いたーーーーっ!」 最後の一歩を踏みしめると同時に、両腕を天に向かって突き上げた。 少し息が苦しい。 ゆっくりと荒くなった呼吸を整え、そして境内の方に眼を向けた。 「さ~てと」 アイツは何処かな~? 境内を見回す。 探すまでもなく、いつものところに彼女は居た。 発見と同時に。 カチリと、スターターを回す音が鳴った。 ギアがローからトップに切り替わる。 一瞬にして視界が狭まった。 己の両眼は、もう彼女しか捉えていない。 身体が跳ねる。 彼女に向かって、一直線に境内を駆け抜けた。 途中でこちらに気付いたようだが構わず突進。 目指すは彼女の持つ極上の品。 すなわち…… 「会いたかったぜ腋巫女ーーーーーー!!」 「っきゃああああああああああああああ!!」 自身と彼女の叫び声を耳に入れつつ、俺は目標である彼女の『腋』に突撃した。 二つの感覚が俺を襲う。 極上のシルクを思わせ、触ることすら躊躇しそうな肌。 脳が蕩けそうになる、甘いミルクの香り。 その二つは俺の脳を髄から溶かし始める。 「あ、あ、あんたねぇ…………」 何処からか非難交じりの声が聞こえた気がしたが、今はそんなものどうでも良い。 今は久しぶりの楽園を五感の全てで満喫したかった。 ああ、幸せ~…… 多分、あと数分もしないうちに俺の意識はこの蕩ける腋の中に消えるだろう。 そのことを理解しつつも、俺は更に彼女の腋に頬を寄せた。 甘い香りが鼻腔中に広がる。 俺はその匂いと肌触りに心身を委ねようとして…… 「いい加減にしろーーーーーーーーーっ!!」 突如発生した小型の太陽に吹き飛ばされた。 直撃を受けた身体は衝撃に宙を舞い、数秒の短期飛行を体験した後、派手な音を立てて着陸。 ずしゃあ、と地面と背中が擦れる音が耳に届いた。 「お……」 衝撃に思わず声が漏れた。 頭がぐらぐらと揺れる。 起き上がろうとしたが、身体は先の衝撃で機能が麻痺したのかこちらの命令を聞かなかった。 宝符「陰陽宝玉」 彼女のスペルカードの一つだ。 その威力は、並みの妖怪なら瞬殺出来る威力を持つ。 それこそ只の人間である俺なんて、跡形もなく消し去ることが出来るだろう。 だというのに今俺がこうして生きているのは、彼女が手加減をしてくれたという事実に他ならない。 そのことに感謝しつつも、俺の思考は別の方向に向いていた。 頬に微かに残るすべすべプニプニの感触。 今だ鼻に香る、甘い練乳のような匂い。 ああ、やっぱり…… 「最高の腋だなぁ……」 「五月蝿い!」 ごす、という音と同時に俺の視界は黒く染まる。 どうやら顔面を足蹴にされたらしい。 ぐりぐりと顔を抉られる。 ぶっちゃけ結構痛い。 「なあ腋巫女よ」 「腋巫女言うな。何よ?」 「足を退けてくれ」 フェチの方なら喜びそうなシチュエーションだが、生憎と俺はそっち方面ではない。 どっちかといえば、俺は責める方が好きだ。 彼女は意外にも、あっさりと足を退けてくれた。 視界が晴れる。 目の前には不機嫌そうな顔で腰に手を当て、こちらを見下ろす紅白の巫女が居た。 「よ、久しぶり」 「一週間前に来たばっかりでしょうに」 「一週間も会ってなかったら、随分久しいと思うぞ」 ここ最近、年末進行で休みが無かったからなぁ。 いつもは三日おきに来てたから、この一週間はたまらんかったよホント。 「で、その久しぶりの挨拶がアレ?」 「うむ、辛抱たまらんかった」 やっぱ我慢は良くないと思うんだ、うん。 「はぁ……まあ良いわ、いつものことだし」 溜息一つ。 そして境内に向かって歩き出した。 「お茶してくんでしょ?」 こちらに背中を向けて歩きながら彼女は聞く。 「おう、勿論」 「じゃあちょっと待ってなさい……あ、素敵なお賽銭箱はあっちよ」 賽銭箱のある方を指差し、彼女は部屋の奥に入っていく。 それを見送りながら、俺は身体に意識を向けた。 ……よし、もうオッケーみたいだな。 そう判断し、立ち上がって衣服に付いた汚れを払った。 さてと……んじゃま、お賽銭でも入れますかな? 賽銭箱に向かって歩きながらズボンのポケットから財布を取り出し、中から十円玉と五円玉を取り出した。 賽銭箱の前で立ち止まる。 二拝。 賽銭を投げ入れる。 ちゃりーんという小気味の良い音が耳に響いた。 二拍。 眼前に手を合わせ、目を瞑る。 そしていつものように、素晴らしい『腋』に出会えたことを神様に感謝していると…… 「こんにちは、○○さんっ」 絶対に忘れることの出来ない声が耳に届いた。 カッと眼を見開く。 そして開いた眼を、ぎょろり、という効果音が付きそうな勢いで声のした方向に向けて動かした。 視線の先。 其処には廊下からひょっこりと顔を出してこちらを見つめる緑白の巫女が居た。 頭の奥で火が点る。 瞬く間に燃え広がった炎は、ジリジリと脳を焼き始める。 歯車の回転数が、唸りを上げて上昇する。 カチ、と。 回路が切り替わる音が聴こえた。 突撃準備完了。 脳裏に声。 「○○さん? どうかしましたか?」 目標は、きょとんとした顔でこちらを見やる少女。 まだこちらの変化に気付いていないようである。 行動に移りやすいよう、姿勢を変える。 「み……」 「み?」 少女は不思議そうに、言葉を反芻する。 次の瞬間、俺の身体はバネのように弾けた。 「緑腋巫女久しぶりーーーーーーーーーーーっ!!」 「!? きゃああああああああああっ!!」 本日二度目の叫声合唱。 そしてこれまた本日二度目の……だが前回とは違う感覚が俺を襲う。 「おぉ……」 思わず息が漏れた。 頬から伝わる、水蜜桃を思わせる瑞々しさと程良い弾力。 鼻先に香る、王乳の如く純粋な甘さを持つ匂い。 この二つの極上の素材が織り成すハーモニーが俺を包み込む。 言葉に出来ないというのは、きっとこんな状態を表すのだろう。 素晴らしい。 素晴らしすぎる『腋』だ…… 「あ、あの……○○、さん?」 名前を呼ばれたような気がしたが、多分気のせいだろう。 それよりも、今はこの『腋』だ。 ああ、蕩けていきそう…… もっと感じようと、更に頬を摺り寄せる。 「ひゃっ……」 更に濃厚になった香りが俺を包み込む。 濃厚な匂いが脳髄を溶かそうと猛威を振るう。 自我が無くなっていく感覚。 「最高だぁ……俺、もう死んでもいい」 「じゃあ死になさい」 至福の中、突然発せられたナイフのように冷たく鋭い言葉。 瞬間、その言葉を実行するかのように脳天を重い衝撃が襲った。 目の前にチカチカと星が浮かんでは消えていく。 こーゆう時って、ホントに星が見えるんだなぁ…… 霞む意識の中、廊下を目前に眺めながら…… ふと、そう思った。 「お~痛え~」 呻きながら、いまだ痛む頭をさする。 あの後暫くして目を覚ました俺は、二人の巫女さんと炬燵で暖をとっていた。 にしても…… 「自業自得よ」 紅白の巫女服に身を包んだ少女はそう言って、湯飲みに口をつけた。 あれだけやっといて、その発言は酷くね? そりゃ、言うとおりなんだけどさぁ……ん? うわ、たんこぶ出来てるぞ。 「もうちょっと手加減してくれても良いんじゃねえ?」 「そんな余地があったかしら?」 たんこぶを作った張本人が、澄まし顔でさらりと言う。 ひでえな、おい。 顔を顰めつつ、たんこぶを撫でる。 ……と、思わぬところから助け舟が現れた。 「でも、ちょっとやりすぎじゃないですか?」 左から聞こえる擁護の声。 声の方に視線を移すと、白と青の巫女服に身を包んだ少女が困ったように眉を八の字にして笑っていた。 東風谷早苗。 妖怪の山の天辺にある守矢神社の巫女さんをやっている彼女。 本日は買い物のついでに立ち寄ったらしい。 今は炬燵に入ってお茶している真っ最中。 炬燵って正に文明の利器ですよねぇ、とは彼女の談。 俺としては、『腋』が隠れるからあんまり好きじゃないんだよなぁ…… 焚き火とかなら、まだチャンスはあるんだけど…… あ~、炎に手を翳そうとして露になった『腋』に向かって飛び込みて~。 きっと焚き火なんか比べ物にならないくらい、ずっと暖かくて気持ちいいんだろうなぁ。 あは~ん。 ……いかんいかん、思考が飛びすぎた。 ま、それはおいといて。 「そうだそうだ、さっきのは挨拶みたいなモンなんだから別に良いんだよ」 舞い降りた擁護の声に、俺はチャンスとばかりに合わせて抗議する。 「挨拶って……」 「全く、少しは霊夢もこの緑腋巫女を見習って欲しいもんだ」 「早苗ですっ」 「もっと緑腋巫女みたく、おしとやかにだな……」 「だから早苗ですって!」 「腋巫女らしく、一つや二つ、気軽に腋を触らせる寛大さをだな……」 「腋巫女言うな!」 「腋巫女って言わないでください!」 「あ、でも俺以外の連中に触れさせるのは癪だな……う~ん」 「「人の話を……」」 「やっぱさっきの無しで! 俺以外の奴等に触れさせるの禁止!」 「聞けっ!」 「聞いてくださいっ!」 骨の軋みそうな打撃音がお茶の間に、重なるように響き渡った。 「ところで、あんた大晦日はどうするの?」 突然のダブルインパクトを受けてから十分後。 お花畑から帰ってきて七分後。 再び炬燵に入って五分後。 のんびりとお茶を飲んでいた俺に、そんなことを聞いてきたのは霊夢だった。 「ん~、まだ考えてねえなぁ」 ぼんやりしながら返事をする。 「去年はどう過ごしてたんですか?」 そう聞いてきたのは早苗ちゃん。 現在、蜜柑のすじ取り中。 ちまちまとすじを取る仕草が可愛らしい。 思わず奪い取りたい衝動に襲われたが、それは流石に可哀想なのでグッと我慢した。 馬鹿なことを考えてないで、質問に答えることにする。 「別に大層な過ごし方してないぞ? 友人連中と誰かの家に集まって、馬鹿話をしながら酒呑んで年を越すわけだ。 最後は当然のように、潰れて雑魚寝だけどな」 「何処の宴会も似たようなもんね」 お茶の御代わりを淹れながら霊夢が言った。 「んだな、似たようなモンだ」 でもウチの連中、何故か全員上半身裸で寝るんだよなぁ…… このクソ寒い時期に。 アイツ等、ひょっとしなくても馬鹿なんじゃないだろうか? 「じゃあ、今年も大晦日はその御友人達と?」 「まだそうと決まった訳じゃないけど……多分、そうなる可能性は高いだろうなぁ」 あ~あ、今年も男だらけの年越し宴会か。 ま、楽しいから良いんだけどさぁ…… でもなんか、微妙に切ないんだよな。 「ってことは、まだそうと決まった訳じゃないんだ?」 「だな、今のところの予定は未定だ」 そうなる可能性は大だけど。 そう心の中で付け足して、霊夢の問いに答えた。 この言葉が、今からとんでもない事態を引き起こすとも知らずに。 「そうなんだ……」 「そうなんですか……」 この言葉を聞いた後、二人は自分にしか聞こえないような声でそう呟いて、黙り込んだ。 なにやら考えごとをしているみたいだ。 邪魔しちゃ悪い。 そう判断した俺は何も言わず、黙ってお茶を飲むことにした。 一人分のお茶を啜る音が今に響く。 暫くして考えがまとまったのか、二人は同時に顔を上げ…… 「それじゃあ、ウチの神社で年越ししない?」 「それなら、私の神社で年越しをしませんか?」 同じ言葉を発した。 「「は?」」 その言葉に俺が驚くよりも速く、二人の視線が交差した。 突然起こる、異次元空間に迷い込んだよう違和感。 場の空気がキリキリと張り詰める音。 二人の眼から火花が出ているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。 違和感を拭おうと、意味無く目線を上下に移動させる。 ……なんだ、急に? そう思った矢先だった。 バチッ、と、何かが弾ける音。 何事かと思って音のした方角を見た。 音のした方角。 つまり、俺の目の前では…… 火花が飛び散っていた。 二人の巫女の両眼から。 ……マジで? 少女達の瞳から飛び出した雷のようなソレは、対方向でぶつかり合い、弾け、辺りに飛散する。 ソレは二人の間、つまり火花発生源のド真ん中に位置する俺にも飛んでくるワケで…… 粉雪のようになった火花が降りかかる。 ……って。 ちょ、熱っ!? ちょっとコレ、熱いんですけど!? 二人に制止の声を掛けようとした……が。 本能がその行為にストップを掛けた。 止めておけ。 その言葉が脳内に響く。 瞬間、俺の声帯は発声を拒否した。 このヘタレ本能め。 まさかの本能の裏切り。 そのため、今まさに始まらんとしている二人の少女の争いに対して、俺は静観を余儀なくされたのであった。 で、ここからが冒頭の部分の続きになるワケだが。 先の交差から約五分。 辺りは静まり返っていた。 現在、お茶の間は沈黙という名の見えない魔物が支配している。 誰も言葉を発しない。 空気だけが重く、そして熱い。 皆居るのに誰も居ない、そんな錯覚を覚えそう。 永遠に続くかと思ったこの時間…… 破ったのは紅白の巫女だった。 「アンタ、一体何を言ってるのかしら?」 針のように鋭く尖ったその声は、彼女の持つ使用武器の一つを連想させた。 鋭く尖った針が緑白の巫女に襲い掛かる。 「聞こえませんでしたか? 大晦日に○○さんを守矢神社に招待すると言ったんです」 そんなモノなど意にも介さず、緑白の少女はハッキリとした口調でそう言い放った。 その横顔はいつもの可愛い笑顔と違って、とても凛々しかった。 「へえ……」 ニヤリと紅白の巫女が笑う。 意地の悪い笑顔だった。 「何がおかしいんですか?」 緑白の巫女が問う。 「山の天辺にある神社に○○を?」 「それが何か?」 「何かって……」 紅白の少女は、そこで少し間を置いた。 軽く溜息を吐く。 そして…… 「山は妖怪だらけなのに?」 「っ!?」 呼吸の止まる音がした。 「普通の人間が行けるかしら……」 「それは……」 「無理、よね?」 「……はい」 少女は頷く。 戦意が喪失していくのが見て取れた。 だが…… 「いくらなんでも、それは浅慮じゃないかしら?」 追撃。 更に攻める。 このまま一気に決めるつもりだろう……が。 彼女は気付いていない。 その発言には、決定的なミスがあることに。 そのミスとは? 俺はそのことについて口を挟もうとして…… 「なあ霊夢……」 「アンタは黙ってなさい」 「ハイ」 黙ることにした。 だって怖えんだもん。 なんつーの? 視線じゃなくて死線? もう殺す気満々。 神様も裸足で逃げ出しそうな恐ろしさ。 けど、さっきので理解した。 霊夢のヤツ、ミスに気付いてやがる。 決定的なミス。 それは…… 俺がいつも守矢神社に行っていることだ。 それも一人で、頻繁に。 それを知りつつ攻める霊夢も策士だが、その事実に気付かない早苗ちゃんもどうよ? 俺、いっつも一人で行ってるじゃん? 行きも帰りも。 なんで気付かないかなぁ? この娘……意外と天然キャラ? 「そこのところ、どうなのかしら?」 更に詰め寄る紅白巫女。 顔には勝利に対する優越感が滲み出ていた。 お前、絶対Sだろ? 対する緑白の巫女は、己の浅慮さが情けないのか顔を俯かせて肩を震わせていた。 いや、だから気付こうよ。 「どうなのかしら?」 再度問いかける。 二度目の問いかけに、緑白の少女は顔を上げた。 その表情は、予想通り涙目。 瞳に溜まった涙は今にも零れ落ちそう。 だが、まだ芯は折れていなかった。 何かくる。 彼女もそう感じたのだろうか、少し身構えたようだ。 「そういう、貴女の神社だって……」 言いながら少女は右腕をゆっくりと上げ、そして…… 「いつも妖怪だらけじゃないですかっ!!」 ビシッ、と、効果音がつきそうなくらいの勢いで指を突きつけて、そう言い放った。 「「…………」」 数瞬の放心の後、ガクッと力が抜ける。 霊夢も拍子抜けしたのか、炬燵の天板に頭を突っ伏していた。 いやまあ……確かにそうだけどな? 彼女に対し、俺達の思うことは同じであった。 つまり…… それ、そんなに自信満々に言うこと!? 無言の問いは当然の如く伝わらず。 早苗ちゃんは鬼の首を取ったかのように、涙目のまま笑っていた。 いやはや……天然って、凄ぇな。 「どうです、反論出来ないでしょう!」 「あ、あんたねぇ……」 ふっふっふ……と笑う、緑白の巫女。 それに対し、さっきので力が抜けた様子の紅白の巫女。 口火を切ったのは、今度は緑白の巫女だった。 「しかも来るのは最強クラスの妖怪ばかり……これって危険ですよねぇ?」 「っ……ウチは良いのよ、ウチは!」 「何故です?」 「私がいるからに決まってるじゃない!」 「貴女が追い払うから良い、そう言うんですか?」 「そうよ」 「それなら私の神社でも大丈夫ですね」 「なんでよ!?」 「私が○○さんを迎えに行けば良いんですから」 そう言って、彼女は俺に向かって微笑んだ。 ……ふむ、確かにそのとおりだよな。 だが。 「そ、そんなの無理に決まってるでしょう!」 納得しかけた俺の目を覚まさせるかのように紅白の巫女が叫ぶ。 「何故です?」 「アンタ一人ならともかく……」 言葉を紡ぎながら、右腕を炬燵の中から引き抜く。 そして…… 「誰かを守りながらあの山を登るなんて……」 腕を上げ、その指先を。 「無理に決まってるわ!」 ビシッ、と。 さっきの仕返しとばかりに、緑白の巫女へと突きつけた。 その様は名探偵が犯人を名指しで呼んだ時のよう。 呼ばれた犯人は、後は降参するばかり……なのだが。 「忘れたんですか?」 その問いが愚かだと言わんばかりに。 彼女は笑った。 「な、なにをよ?」 戸惑う紅白の少女。 彼女はにこりと笑って…… 「守矢神社には神様が二人も居るんですよ?」 「っ!?」 その事実を突きつけた。 「私一人では無理でも、神様が付いていれば問題無いでしょう?」 そうだった。 守矢神社には二人の神様が居る。 八坂神奈子と洩矢諏訪子。 一つの神社に二人の神様。 普通なら有り得ないことだがこの神社のみ、それが適用される。 まあ、理由は割愛させてもらうが。 神様が護衛に付いてくれるのなら、山登りに問題は無いだろう。 いや、別に一人で行けるんだけどな? ……けど。 「か、神様がそんなに簡単に持ち場を離れても良いのかしら?」 同じく思った疑問を霊夢が代弁する。 神様たる者が、ほいほいとそう簡単に持ち場を離れて良いものなのか? その疑問に、彼女はあっさりと。 「全然大丈夫ですよ? 信仰のためだったら喜んで引き受けてくれると思います。 特に○○さんのためだったら、望むところじゃないでしょうか?」 そう答えた。 あらら、随分と待遇良いね~。 「これでこちらの問題は解決しましたよね? けど……」 そちらは解決出来ますか? そう言外に付け足して、緑白の巫女は微笑んだ。 当然、解決出来る筈もなかった。 隙間妖怪に紅魔の吸血鬼、鬼、天狗、その他諸々。 これら全ての妖怪を神社に近づけさせないというのは、到底無理な話。 その事実を最も知っている彼女は、何も言えず俯く。 形勢逆転。 今の現状を表すに、最も相応しい言葉だろう。 自身の勝利を目前にした、まさかの逆転劇に彼女は消沈の様子。 「え~と、じゃあ、大晦日は……」 「はいっ。大晦日は、○○さんの家にお迎えに行きますね?」 結果を口にしようとしたら、早苗ちゃんがその先を代わりに答えてくれた。 「ホントに良いのか? わざわざ迎えに来て貰わなくても、いつもどおり一人で行けるぞ?」 「駄目です。山には危険がいっぱいなんですから! 私と、八坂様か諏訪子様のどちらか一人、合わせて二人でお迎えに行きますから、安心してください! もしかしたら、三人で行くかもしれませんね~」 えへへ、と嬉しそうに笑う。 それにつられて、自身の頬も緩むのが分かった。 「そっか。じゃあ楽しみにしとくわ」 「はい、楽しみにしていてくださいね? 御馳走いっぱい作りますから!」 そう言って、ぐっ、と腕を捲くる仕草をみせる。 御馳走かぁ…… 「そりゃあ楽しみだなぁ」 「当然、年越し蕎麦も作りますからね? その後、年を越したら一緒に初詣しましょう! ○○さんには御利益サービスしちゃいますから!」 「おいおい、それは流石に拙くねぇか?」 「サービスだから良いんです~」 そんなモンですか。 「いつも博麗神社から貰い損ねている分の御利益もプラスしちゃいますねっ!」 「ちょ、そりゃ言い過ぎだってば」 「大丈夫です! とっても幸せにしてあげますからっ!」 余程嬉しかったのか、さっきから彼女のテンションは上がりっぱなしだった。 「八坂様も諏訪子様も、喜びますよ~」 「なんで彼女達が?」 疑問を口にする。 なんで俺が行くことによって、彼女達が喜ぶのだろうか? 信仰が増えるからか? 俺一人分の信仰なんて、たかが知れてる気がするんだが…… 「それは……」 「それは?」 「秘密です」 「気になるな」 「むふふ~」 何処と無く悪戯小僧を思わせる笑み。 ……なんか、すっげぇ気になる。 「教えてくれないのか?」 「自分で考えてくださいね~」 う~ん、なんだろうな? 少し頭を働かそうとした…… その時。 ふと、気付いた。 先程とは微妙に空気が変化していたことに。 そのことに気付いたのは、多分、俺の方が彼女に近かったためだろう。 右側に強烈な違和感。 そちらを見ると、完全敗北をしてから沈黙したままの紅白の巫女が顔を俯かせている。 ……筈だったのだが。 「……っ」 思わず息を呑んだ。 彼女の顔に。 頬を朱に染めた顔。 そして両の眼には零れ落ちそうな程の涙。 今にも零れ落ちそうなソレは、震えながらも尚、落ちることを頑なに拒否しているようだった。 そう。 博麗霊夢は、泣いていた。 「れ、霊夢さん……?」 突然の事態に驚いたのか、早苗ちゃんは、さっきまでのハイテンションを急速に低下させ、おどおどしながら尋ねる。 その問いに霊夢は答えない。 「ど、どうした急に?」 続いて尋ねた。 一体どうしたってんだ? 負けたことが悔しかったのか? いやいや、俺がどっちの神社に行くかくらいのことだろ? 泣く程のことかね? 御賽銭が欲しかったとか? にしたって、何も泣くこたぁないだろうに…… 負けたことが悔しい。 彼女が泣く理由は、そうだと思っていたのだが…… 彼女の口から出たのは、全く違う言葉だった。 「…………わね」 「ん?」 前触れもなく霊夢は口を開いた。 呟きに俺は耳を傾ける。 そして…… 「御利益が、っく……無くて、悪かったわね……ヒッ」 そう、彼女は言った。 ドクン、と。 心臓が大きく音を立てた。 しゃっくり交じりの声。 かみ締めた唇。 ……ああ、そうか。 負けたことが悔しいんじゃない。 そんなことより。 「……どう、せっ」 自身の神社に御利益が無いことが。 福が無いことが。 「ウチの神社に来ても、っう……幸せになんて、なれないわよっ」 俺に幸せに出来ないことが。 しゃくりあげながら。 彼女は告げる。 いつ零れたのか。 彼女の頬は涙で濡れていた。 「わ、私、そんなつもりじゃ……」 早苗ちゃんの動揺した声。 見ると、彼女もまた涙目になっていた。 彼女に悪気が無いのは分かってる。 そう、悪いのは…… だから。 「霊夢」 彼女の名前を呼んだ。 名前を呼ばれた彼女は、顔を俯かせて答えない。 仕方ないので強行手段に出ることにした。 炬燵から出て、彼女の後ろへと周り込む。 そして、後ろに挟むように座り込んで…… 強く抱きしめた。 「っ!?」 「わぁ……」 息を呑む声と、驚きの声。 少女の身体の震えを、両腕が感じた。 「なあ、霊夢」 子供をあやすように声を掛ける。 「……なによ」 少女は涙声で。 「さっき、ウチの神社に来ても御利益なんて無いって言ったよな?」 「…………」 少女は答えない。 少しだけ頭が前後した。 ったく、コイツはホント…… 「何言ってんだ、充分貰ってるっつーの」 「嘘よ……ウチの神社に……っ、御利益なんて、無いもの」 「いんや、あるぞ」 彼女の頭にポンと手を置く。 それはだな…… 「お前に会えた」 そう、お前に会えた。 妖怪退治をする巫女。 守銭奴の紅白。 一見ドSのように見えて、ホントは優しい一面を持つ少女。 博麗霊夢、お前に会えた。 「それだけで充分過ぎる程の御利益だね。 この先、十年はいらねえくらいの」 優しく頭を撫でる。 サラサラとした黒髪がとても気持ち良かった。 少女は何も言わない。 為すままされるがままになっているが、不快ではないようだ。 その証拠に、頬を腕に摺り寄せてきた。 子猫のように懸命に摺り寄せる。 その様が、とても愛おしかった。 だから少しの間、そうしていることにした。 ……のだが。 「……でも」 「ん?」 不意に霊夢が口を開いた。 身体をずらして顔をこちらに向ける。 少し紅くなった瞳は、何故かジト目だった。 「だったら尚更、早苗の神社の方が良いんじゃないの?」 早苗のことも好きなんでしょう? なら、御利益がある分、そっちの方が良いのではないか。 彼女の眼は、そう語る。 やれやれ。 心中で溜息。 わかってねぇなぁ…… 「早苗ちゃん」 霊夢から視線を外し、炬燵の向こうで顔を赤らめている緑白の巫女に声を掛ける。 「は、はい!」 勢い良く返事をする彼女に向けて、手招き。 彼女はその動作に疑問符を浮かべながらも、素直に従った。 炬燵から出て、左回りに歩いてくる。 そして俺の左側に立った。 「あ、あの」 俺は無言で掌を上下させる。 その意味を理解したのか、彼女はその場に屈みこもうとして…… 袖を勢い良く引っ張られた。 勿論俺に。 「きゃあっ!」 バランスを崩す彼女。 即座に体勢を整えようとした……が、それよりも早く。 俺はその細い身体を抱き寄せた。 「え!?」 「えっ?」 重なる声。 今の状態を表すならこんな感じだ。 右膝に博麗の巫女、左膝に洩矢の巫女。 胡坐をかいた俺の膝の上には現在、二人の巫女が座っている。 「あ……」 「……ぅ」 腕の中の少女達は、混乱した様子で真っ赤に染まった顔をお互いに見合わせる。 そして数秒の間を置いて、示し合わせたかのようにこちらを見つめた。 俺はニッと口元を吊り上げて。 「これが俺の答えだ」 言ってやった。 「どっちかなんて選ばない」 そうだ。 これほどの極上の逸品、どちらかなんて選べるものか。 片方だけ選んで、もう片方は放置? そんなの以ての外だ。 天が許しても俺が許さん。 「俺は両方頂く」 文句あるか? 言葉の端にそう含んで、彼女達に告げる。 二人の少女は、含まれた意味を理解したようだった。 少女達は、俺と相手の顔を交互に見つめる。 そしてこれまたさっきと同じように。 紅く染まった首を一緒に縦に振った。 「そっか」 少女達が受け入れてくれたことに対して、心の中で安堵する。 そしてその御礼とばかりに。 優しく、けど強く抱きしめた。 そのまま数分の時が流れる。 さっきまでとは打って変わって、穏やかで優しい数分間だった。 最初は固くなっていた少女達だったが、それも最初の二三分程。 今では安心した様子で、こちらに身体を預けていた。 右腕には頬を摺り寄せる紅白の少女。 すりすりと眼を細めて摺り寄せる。 猫のようなその仕草がとても可愛らしい。 左腕には腕を抱きしめている緑白の少女。 最初はおずおずと手を触れるといった様子だったが…… 今は、その細い両腕で、俺の左腕を抱きしめていた。 決して離さないと言わんばかりに、力を込める。 まるで赤ん坊が母親の指を握るかのよう。 「ん~……」 「……んぅ」 時折漏れる、微かな声。 やれやれ。 どうやら、一件落着って感じだな。 ホッとして天井を見上げる。 なんか、結構な爆弾発言をしたような気がするが…… ……まあ、いっか。 ホントのことだし。 後悔は無い。 ああ、後悔なんてある筈ない。 そして天井に向けた視線を大切な少女達に戻した。 否、戻そうとした。 いや、視線は少女達に戻っている。 ただ、焦点が合っていないのだ。 焦点は少女達の一部に合わせてあった。 そして自分の愚かさに気付く。 なんて、なんて愚かだったんだ。 千載一遇とも言えるチャンスを自分は逃そうとしていたのだ。 馬鹿という言葉など、比にならない。 愚かさに自分を殺したくなった。 ソレは最上の楽園。 片翼の天使が二人揃ったことによって生まれた奇跡の園。 神でさえ作りえなかった究極の神秘。 これでもかという程の自虐を繰り返す。 それほどまでに、気付けなかった自分が許せなかった。 だが。 まだ、手遅れではない。 良かった。 本当に良かった。 まだ道は閉ざされていなかった。 神様に土下座して感謝したくなる。 だが、それは後で良い。 今は…… 目の前にある、二つの極上品。 何処からか、獣の唸り声が聴こえた。 スイッチをONにする音が頭の中に鳴り響く。 電源が入る。 スポットライトが頭の最深部にある闇を照らす。 照らされた先には一匹の獣。 鎖に繋がれたその獣は、目前にある極上の餌を求めて吼え猛る。 餌に向かう獣。 だが届かない。 その進行を、首に繋がれた鎖が邪魔をしていた。 獣は、血走った眼で恨めしげに鎖を睨みつける。 俺の邪魔をするな。 そんな声が脳裏に響く。 だから。 だから、その鎖を解いてやった。 解き放たれる獣。 よしよし、それじゃあ…… たらふく喰おうか。 答えるように獣が吼えた。 「ウオオオオオオオオオオオッ!!」 「えっ?」 「きゃっ」 解放の叫びに驚きの声を上げる少女達。 だが、そんなものはどうでもいい。 首を引き、力を溜める。 そして目の前の空間に向かって…… 「いただきまーーーーーーーーーーーーすっ!!」 首から上を勢い良く突っ込んだ。 「「っ!?」」 次の瞬間、頭が弾け飛んだ。 無論、頭は存在している。 だが、そう言っても良いくらいの衝撃だった。 両頬に感じる、左右異なった温もりと感触。 鼻先から咥内、そして脳へと伝わる香り。 「ちょ、ちょっと……」 それは右頬から。 最上級の絹織物のような……だが絹物には絶対に出せない肌触り。 新緑の若葉を思わせる瑞々しさ。 母なる海を連想させる、包みこまれそうな甘い匂い。 ビリビリと、脳髄が痺れそう。 「あの、○○さんっ……」 それは左頬から。 摩擦さえ起こりそうにない程の、だがしっかりと頬に吸い付く肌触り。 出来立てのプリンのような弾力。 鼻から伝わる極甘の練乳のような香り。 バチバチと、眼の前に火花が散った。 それは両頬から。 「……ぁ」 「……ゃっ」 それは仙桃を連想させた。 只の水を極上の酒に変えることが出来るという、仙人が持つという伝説の品。 彼女達の『腋』は正にソレだった。 深みに嵌ると、澄んだ水が酒に変わる。 その酒は抜けることなく、ジワジワと身体を酔わせていく。 抜け出そうとしても、熟した果実のような甘い香りが脳を麻痺させ行動を起こせなくさせる。 そしてその先に待つのは…… だが。 それでも俺はこの感触を味わっていたかった。 抜け出せなかった。 それほどまでの感動が此処にはあったから。 涙が出そうだった。 頬を両腋に強く摺り寄せた。 「「…………」」 最高だ。 最高だッッッ。 声にならない声。 なんと言えばいいのだろう。 喩えるならば、瑠璃と真珠。 月に星。 マリオとルイージ。 巫女に腋。 もうなにがなんだかわからねぇ! とにかく最高! 腋巫女万歳! 歓喜しながら、更に摺り寄せる。 あふぅ……最高だぁ…… 「もう……死んでもいい……」 その時だった。 「そう」 「そうですか」 極寒の南極地帯に吹くブリザードのような冷たい声。 「なら……」 「では……」 突然、両頬から感触が無くなった。 「あれ?」 奇跡の楽園の突然の消失に、慌てて辺りを見回す。 両サイドには…… 「一回……」 「一度……」 紅白の死神と緑白の鬼神が…… 「死んできなさい」 「死んできてください」 その瞬間。 俺は「神技」と「奇跡」を目にした。 迎えた大晦日。 今年も今日で終わりである。 皆仕事も一段落して、後は正月を迎えるばかりなのだろう。 村中何処を探しても、静かなところが無いと思えるくらい、外は賑やかだった。 ……約一部分を除いて。 「あ~~~……」 情けない呻き声が部屋に響く。 大晦日。 俺は自宅に居た。 何故かって? そりゃあ…… 視線を身体に向ける。 全身、包帯だらけだった。 医者の下した診断結果は以下の通り。 全身打撲、数箇所裂傷、一部筋肉断裂。 当然、外出禁止。 神社に行くなんて以ての外。 いつもなら猛反論するところだったが、容態が容態だったので素直に従った。 命が有っただけでも神に感謝しろとは、医者の爺さんの弁である。 いや、そのとおりなんだけどさ。 手加減無しのスペルカード。 それを至近距離から二つも。 ホント、命が有ったのが不思議なくらいである。 なので、今回は凄え不本意だが、言うことを聞いて安静にしとくことにした。 はあ…… 憂鬱が胸を曇らせる。 想うは二人の少女のこと。 う~ん……やっぱ怒ってるよな…… 真面目な話の途中に、いきなりアレだったからなぁ…… また今度会った時に謝っとかなきゃなぁ…… はぁ、許してくれるかなぁ…… そういえば、早苗ちゃんとの約束…… あ~、謝ることが二つになっちまった…… ごめんな、早苗ちゃん…… あ~……霊夢のヤツ、どうしってかなぁ…… こんこん。 ぼんやりとそんなことを考えていると、戸を叩く音が聴こえた。 慌てて意識を戻し、玄関に向けて返事をする。 「どうぞ、開いてるよ」 ガラリと戸が開く。 「よっ」 開いた戸から顔を出したのは、悪友の一人だった。 「……なんだ、お前か」 「なんだとはまた、随分とひでぇ挨拶だなぁ」 ニヤニヤと笑う悪友。 自分のテンションが更に下がるのが分かった。 はあ……傷が悪化しそうだ。 「しけたツラしてんじゃねぇか」 「うっせえ、しけたツラで悪かったな」 「と言っても、その怪我じゃあ仕方ねぇか」 ミイラ男だもんな。 そう言って、おかしそうにヤツは笑った。 よし、怪我治ったら絶対しばく。 「……用が無いなら帰れ」 こっちは機嫌が悪いんだ。 「まあまあ、そう邪険にするなよ」 笑いが止まる。 少し、ほんの少しだけ真面目な顔になった。 「何の用だ?」 「正確に言うと、用があるのは俺じゃないんだよな~」 そう言って再びニヤリと笑う。 「は?」 どういう意味だ? そう聞こうとした俺の目の前に…… 「暇だったから、来てあげたわよ」 「こ、こんにちわっ」 二人の巫女が現れた。 ぶっきらぼうな紅白の巫女と相変わらず礼儀正しい緑白の巫女。 対照的な二人の頬は、共に紅く染まっていた。 瞬間。 機嫌の悪さ、身体の痛み。 全てが遥か彼方へ飛んでいく。 どうして此処にいるのか。 神社の仕事は良いのか。 あの時はごめん。 様々な思いが駆け巡る。 だけど、そんなことより…… 「霊夢」 「え?」 ただ…… 「早苗ちゃん」 「はい?」 ただ嬉しくて。 身体が跳ねた。 二人の驚く顔が視界に映る。 そして…… 「会いたかったぜーーーーーーーっ!!」 「「っ!?」」 二人に飛びついた。 目標到着地点は二人の間。 正確には二人の腋の間に正確に突撃する。 辿り着く楽園。 訪れる至福。 極上の歓喜。 そして…… 「なにすんのよーーーーーーーーーっ!!」 「何するんですかーーーーーーーーーーーっ!!」 お約束のように吹っ飛ばされた。 鼻血が噴出し、青空に散る。 数秒の空中飛行。 その後の急降下。 「いやホント……お前凄いわ」 地面とキスする直前、そんな声が聞こえた。 ああ、今年は最高の年越しになりそうだ。 おまけ ~大晦日の神様たち~ 「暇だねぇ……」 「そうねぇ」 「早苗、もう着いたかなぁ?」 「もうそろそろ着く頃じゃないかしら?」 「そっかぁ……」 「……」 「はぁ……」 「…………」 「ふぅ……」 「……ねえ、諏訪子」 「なに?」 「貴女、○○に会いたかったんでしょ?」 「!? べ、別にそんなことないわよ!」 「あらそう? どことなくそんな風に見えたんだけど?」 「っ! そ、そんなことない!」 「ふ~ん……」 「ホントよ! ○○が来ないからって、別に寂しくなんかないもん!」 「何も言ってないけど?」 「!!」 「……ニヤニヤ」 「む……」 「……ニマニマ」 「むぅ……そ、そーゆう神奈子こそどうなのよ? アンタの方こそ、○○に会いたかったんじゃないの?」 「へ?」 「どうなの? 図星じゃないの?」 「そ、そんなことないわよ?」 「……じ~」 「な、なに?」 「そういえば神奈子って、○○が来るとすぐ出迎えに行くわよね」 「そ、それは客人なんだから当たり前でしょ?」 「○○と話してる時、やたらと機嫌が良いし……」 「そ……そうかしら?」 「○○が帰った途端にテンション下がるし……」 「う……」 「……怪しい」 「ううっ……」 「あ~や~し~い~……」 「くっ……そ、それを言うなら、諏訪子だって似たようなモンでしょ!?」 「私も?」 「例えば、○○を見かけるとすぐ抱きつくし……」 「うっ」 「炬燵に居る時は、いつも○○の前に座って甘えてるし……」 「ううっ」 「帰る時は、お決まりのように「もう少し~!」って駄々をこねるし……」 「うぅ……」 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「…………ねぇ諏訪子」 「なに?」 「私達も、○○の家に行かない?」 「ええっ! 神奈子、それ本気!?」 「だって、早苗だけズルイじゃない」 「そりゃそうだけどさ~……神社はどうするのよ? 流石に空っぽはマズイでしょ」 「そうねぇ……」 「どうする?」 「秋姉妹にでも頼みましょうか」 「また無茶言うね……」 「あら、貴女は反対?」 「……わかってるくせに」 「それじゃあ……」 「○○ん家に、れっつごー!」 そして意気揚々と二人の神様は山を降りた。 この数時間後。 とある村の、とある一軒家で人と神を交えた白熱バトルが繰り広げられるのだが…… それはまた、別の話。 ───────────────────────────────────────────────────────────
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永琳7 新ろだ525 夜も更けてきた永遠亭の調剤室。 「ついに完成したわ。画期的な新薬よ」 会心の笑みを浮かべてこちらにやってくる永琳。 我が恋人ながら、不気味な煙を上げる得体の知れない鍋を持って笑っているのを見ると不安がこみ上げる。 「実験台なら他を当たってほしいな」 「あら、つれないわね。私達も含めて、カップルの幸せに貢献する薬なのに」 「……精力剤ならこの間ので懲りたからね」 あれは大変だった。飲んだら丸三日眠れないほどよく効く精力剤では、かえって使い道がない。 効き目が切れたところで睡眠不足の反動で倒れて、一日眠り続けたのは記憶に新しい。 「もう、そんなありきたりの薬じゃないのよ?」 そう言って永琳が自信満々に鍋から取り出したのは、親指の先ほどの大きさの丸薬だった。 真ん中から赤と青に色が分かれているカラーリングは、あまり身体に良さそうには見えない。 その割には警戒心を抱かせないのは、普段見慣れた永琳の服と同じ色だからか。 「新型胡蝶夢丸、『胡蝶夢丸リンケージ』よ!」 「りんけーじ?」 首を傾げる俺に、永琳は誇らしげな顔で説明を始めた。 「効果としては普通の胡蝶夢丸と同じ、飲んで眠ると幸せな夢が見られるの」 「ふむふむ」 「違うのはここから。これを赤と青の部分に分割してそれぞれ別の人が飲むと、二人で夢を共有できるの。 ある程度共通の幸福として認識できるものがないといけないけれど、カップルで飲む分には問題ないんじゃないかしら」 「それは――すごいな」 若干ドラ○もんライクな感じがしないでもないが、素直にすごいと思う。 起きている間の現実では到底実行できないようなことも、夢の中ならできたりする。 そんな夢の世界を、しかも幸せな夢を二人で満喫できるというのは、素晴らしいことなんじゃないだろうか。 「お気に召したようね。早速使ってみる?」 「うん、試してみようかな。……でも永琳はこれ使えるの?」 永琳には、基本的に薬が効果をなさない。能力の一環として、ちょっとした薬なら瞬時に分解してしまえるのだ。 「心配ないわ、実験用に片側だけ濃度を上げてるから。それでも、ちょっと早く効果が切れちゃうかもしれないけれど」 そう言って永琳は、俺の頬にそっとキスをして悪戯っぽく笑った。 「先に私の部屋で待ってて。薬を持って後から行くわ」 パジャマに着替えて待っていると、程なく永琳がやってきた。 手に持ったお盆には、二人分のグラスと胡蝶夢丸リンケージが載っている。 「それじゃ、○○はこっちの方を飲んでね。私はこっち」 そう言って、永琳は丸薬を二つに割り、赤い方を口に入れた。 俺も手渡された青い半球を一息に飲みこむ。 変わった味や香りはしないが、形のせいで飲みにくいそれを、ベッドサイドに置かれたグラスの水で飲み下した。 「どんな夢になるんだろうな」 「両方にとって幸せな夢になるように作ってあるけれど、具体的な内容は眠ってみないとわからないわね」 布団をめくり、永琳と並んでベッドに入る。 「……ね、腕枕してくれる?」 寝巻き姿の永琳を抱き寄せると、ふわりと甘い香りがした。 その香りのせいか、あるいは薬の効果か、すぐに睡魔が襲ってくる。 「……おやすみ、永琳。どんな夢になるか楽しみだね」 「ふふ、そうね。おやすみなさい、○○」 ……………… ………… …… ――意識が遠のいていた、のだろうか。 俺は寝室に入ろうとしていたところだったのを思い出した。 永琳と俺、二人の寝室だ。最近永琳は、この部屋で過ごす時間が多い。 一応ノックしておこう。 「……はい、どうぞ」 ドアを開けて中に入ると、永琳は上半身を起こしてベッドに座っていた。 「ああ、来てくれたのね、○○」 側に近寄ると、永琳は嬉しそうな、安心したような表情を浮かべた。 「具合はどう?」 「ええ、大丈夫。とても順調よ。……ね、触ってあげて」 ぽっこりと大きく膨らんだ永琳のお腹にそっと手を置き、優しくさする。 時折、小さな鼓動のようなものが伝わってきた。 俺と永琳の間に出来た赤ちゃんは、順調に育っているようだ。 こうしていると、なんとも言えない温もりと幸せを感じる。 「永琳に似て、利発な子なんだろうなあ。男の子かな、女の子かな?」 「どっちかしら。でもきっと、○○に似て優しい子よ」 「もうすぐだな……動けなくて退屈じゃない?」 臨月も近くなり、永琳は安静を要するという診断に基づいておとなしくしている。 ちなみに診断したのは永琳自身だ。今でこそ自己診断ができるくらい落ち着いたけど、最初は慌てるわ嬉し泣きするわで大変だったなあ。 「そんなことないわ。姫もウドンゲもてゐもちょくちょく会いに来てくれるし」 永琳の両手が包み込むように俺の右手をとり、頬に当てる。 「……それに、こうしてあなたがいてくれるし、ね」 「永琳……」 空いた左の手で永琳の頭を優しく抱え込む。 胸を満たす温かさを感じながら、俺の意識はまただんだんと遠のいて―― …… ………… ……………… 眠りの底から浮かび上がっていく感覚。 それを感じて初めて、自分が見ていたものが夢だったと気がついた。 「――目が覚めた?○○」 目を開くと部屋の中は暗く、まだ夜だとわかる。 眼前には先に目覚めていたらしい永琳の顔があった。 「あんな夢になるとは予想外だったけれど、これなら大成功ね」 広げた俺の腕に頭を横たえ、一つ布団に包まった永琳は、まぶしいような笑顔で。 「今度ウドンゲが里に行く時に、試しにいくつか持っていってもらいましょうか」 話す声も楽しげで、だけどその頬には涙の跡があることに気付いてしまって。 「今回は、我ながら画期的な薬ができたわ。次はどんな薬を……」 なおも話そうとする声をさえぎって、夢の中と同じように永琳を抱き寄せた。 二人とも、しばらくそのまま何も言わない。 「ごめんね」 ぽつりと、腕の中で永琳が呟く。 「蓬莱人の私には、あなたの赤ちゃんを身ごもることができないの」 蓬莱人の肉体は不死と引き換えに子供を作る機能を失っている、というのは聞いたことがあった。 ありえないことと頭の隅で分かっているから、却ってあんな夢を見てしまったのだろうか。 「いいんだ」 抱きしめる腕に力がこもる。 「俺には永琳がいるし、永琳には俺がいる。姫だって、鈴仙だって、てゐやイナバの皆だっている。だから、いいんだ」 「ええ……」 確かに幸せな夢だった。 でもこれが、慰めでも自分をごまかすのでもない、俺の本心だ。 パジャマの胸に、じわりと熱がにじむのを感じる。 小さな子をあやすように背中を撫でてやると、永琳は強くしがみついてきた。 「まだ夜は長いみたいだし、もう少し眠ろうか」 「そうね……○○」 「ん、なに?」 「しっかり、抱いててね」 言葉は返さずに、柔らかな永琳の身体を全身で包み込む。 先のことはわからない。けれど命ある限り、もしくは永遠に、このひとを支えていきたいと心から思う。 新ろだ540 「―――……Zzzz」 「あらあら、○○ったらこんな所で寝ていたら風邪ひくわよ?」 「……う」 「?? 寝言?」 「……母さん」 「! ○○……」 少しだけ寂しそうな○○の寝顔に胸が締め付けられる。 急に幻想郷に来てしまったのだから、望郷の想いがでてもおかしくない。 毎日楽しそうな顔しか見せない○○の心の底を、私は見た思いだった。 ・ ・ ・ ・ 「んん……、え…?」 「あら○○、起きたの?」 「ちょっ、え? あれ?」 俺は永琳に膝枕をされていた。 慌てて起きようとすると、額に手を当てられて押し止められた。 「もう少しだけ……。ね?」 何というか、とても優しい微笑みで……。 すっかり抵抗する気が無くなってしまった。 「……ねぇ、○○」 「なに?」 「もと居た世界のこと……思い出したりする?」 ――正直、ドキリとした。 俺は、いきなり幻想郷に来てしまった口で、当然家族などに別れは告げていない。 母はシングルマザーというやつで、父は俺が生まれて一年も経たない間に亡くなったという。 以来、母は俺を育てるのに大変な苦労をしてきた。 だが、そんな苦労など微塵も俺の前では見せなかった。 ひたすら良き母親であろうとした。 初めは直ぐに帰る心算だった。幸い帰還の手段はあるというから。 しかし、時期が悪くてすぐには帰れないため、俺の第一発見者だった永遠亭の面々に世話になることになった。 しばらくそこで過ごすうちに、俺は永琳に惹かれているのを自覚した。 普段の凛とした佇まい―― 仕事の最中の真剣な表情―― 時折見せてくれるお茶目な仕種―― そういったものに、心惹かれていった。 女性と付き合ったことが無いわけではなかったが、ここまで愛おしく思ったのは初めてだった。 俺は心底悩んだ。 そして、最低な事をしていると思いつつも、母と永琳を天秤に掛けたのだ。 その結果は、今の自分が示すとおり―― 「――しないよ。そんな事は全然」 だから、俺は表面上平然として答えた。 少しも未練なんて無い。無いと思わなければならない。そうでないなら、俺は何のためにここにいるのか―― そんな事を思っていると、いきなり永琳から抱きしめられた。 頭をすっぽり覆ってしまうような感じだ。まるで母親が子どもにする様な。 照れくさくて、今度こそ引きはがそうとした俺の耳に、永琳が優しい声音で言った。 「○○、実はさっきね……、貴方の寝言を聞いちゃったのよ」 「え……?」 「母さん……って、言ってた」 「?!」 完全に動揺してしまったと思う。びくりとしてしまったから。 いけない。抑え込まないと。悟られちゃいけない。 「○○、私は貴方の事が大好き。 貴方も言ってくれた。愛してる、一緒に歩んでいきたいって。 だけど、貴方には何か、もとの世界での事がしこりとなって残ってる」 だけど、もう―― 「○○、私たちは共に歩んでいくのよ? 喜びも悲しみも、二人で感じるの。 ――もとの世界のこと、話してくれない?」 ――そうだよな、何時までも隠せない それに、もう隠したくなかった 「……俺にはさ、母さんがいる」 「ええ」 「父さんは俺が生まれて一年しないうちに亡くなったらしい。 で、母さんはそれ以来、女手一つで俺を育ててくれた。シングルマザーってやつだね」 「……」 俺は出来るだけ淡々と話した。 「再婚する気配すらなくてさ、本当に懸命に働いてた。 でもさ、家では仕事の話とか、疲れとか一切見せなくてさ。いっつも笑ってた」 「……」 「本当に、厳しくも優しい人でさ。温かい人なんだよ」 本当に、淡々と。 「本当に、こんな年になるまで気づきもしないでさ。あんまり当たり前だったから」 「……」 「それで、俺は思ったんだ。いつか絶対親孝行しよう、楽させてやろうってさ」 「……」 「そう思った頃だったよ。幻想郷に来たのは」 そうしないと、不味い。 「本当に色々あったけど、そこで俺は永琳と出会った」 「……」 「そして、永琳に惹かれた。本当に愛おしいと思った。一緒に生きていきたいってさ」 「……」 いろいろ、堪え切れない。 「それで、俺はさ……、結局、自分の都合を優先した」 「○○……」 「俺をここまで育ててくれた母さんを、……見捨てた」 「○○……」 「永琳と生きていきたいがために……、母さんを、捨てた。帰れたのに、帰らなかった」 「○○っ……」 「本当に、恩知らずで、親不幸な、身勝手野郎だよな……」 「○○っ……!」 ぎゅっと、永琳に抱きしめられた。 「○○は、身勝手なんかじゃないわ。そんな人じゃないのは私が一番知ってる」 「そんな……」 「それなら、なんで泣いているの?」 「え……」 目元に手をやると、涙の跡があった。いつの間にか泣いていたらしい。 「本当に身勝手な人間っていうのは、それを何とも思わない人間のことよ? でも○○は、自分を身勝手と言って、泣いてまでいる。そんな人が身勝手なはずがないでしょう?」 「……」 母さんは、俺のことをどう思うのだろう? こちらで愛おしい人が出来たと聞いたならば。 「私は母親になったことはないから分からないけど、親というものは子どもの幸せを何より願うものでしょう? ○○、貴方は今、幸せ?」 「それは勿論」 これだけは胸を張って言える。 愛する人と共に歩めるのは、本当に幸せなのだから。 「あなたが幸せなら、貴方のお母様も分かってくれる、なんて無責任な事は言わないわ。 私が貴方を愛しているのは本当だけど、形はどうあれお母様から貴方を奪ったのは事実なんだもの」 「そんな、永琳のせいじゃないよ! 帰らないって決めたのは俺なんだから」 「だからこそ、よ」 「え?」 俺はキョトンとしていた。永琳は何が言いたいのだろうかと。 「貴方がそのことに罪の意識を持っているのなら、私も一緒に背負うってことよ。 言ったでしょう? 喜びも悲しみも、二人一緒にって」 「永琳……。いいのか……?」 俺はまた涙が溢れそうになっていた。今までの反動だろうか。 「それこそ愚問ね。当たり前でしょう?」 「――ありがとう。俺、本当は心残りだった。 母さんをほったらかして、自分だけ幸せになってさ……っ。 だけど、悔やんだら母さんにも永琳にも申し訳ないし、どうにも気持が整理できなくて……!」 そう言って泣く俺を、永琳は黙って抱きしめてくれた。 たぶん、俺の母さんへの罪の意識は消えることはないだろう。 でも、これからは前を向いて歩いて行けると思う。 だって、俺は一人じゃないんだから。 隣には、愛すべき女性がいるのだから。 新ろだ788 「ねぇ、○○どうしてあなたは旅行に参加しなかったの?」 永遠亭の縁側でたばこをふかしていると白衣姿の永琳が現れた。 「別に行かなくても問題ないだろ?」 俺が笑いながらそう言い、たばこを吸おうとすると永琳に奪われた。そして永琳はそのたばこを少し見つめた後吸ってむせた。あ、ちょっと可愛いかも。 俺はむせてる彼女からたばこを奪い返すと再び吸い始めた。ようやくむせるのが収まったのか彼女は軽く睨みつける。 「あなたこんなの吸ってるの?早死にするわよ?」 「結構。これが俺の精神安定剤なものでね」 俺がそういうと彼女は深いため息をつきながら俺の横に座る。そして俺の肩にしなだれかかった。 「あなたにだって家族はいるでしょ?顔を出すくらいしなさいよ」 俺は短くなったたばこを消して新しいのに火をつけた。 「なぁ、俺が幻想郷に来た時のこと覚えてるか?」 「えぇ、ひどいけがを負って永遠亭の前で倒れてたわね。・・・それがどうかしたのよ?」 「俺の家族は飛行機事故にあって死んでるよ」 「!?」 「珍しくおやじが家族サービスだ。なんて言って海外旅行の最中でな。エンジントラブルで爆発したんだが俺たちの席がちょうど翼のところでな。爆発で両親も姉貴も逝っちまったよ」 「・・・・・・」 「俺は空いた穴から放り出されてな。気が付いたらここで看病されてたってわけさ」 長い沈黙が場を支配する。俺は軽く笑って茶化そうとしたら永琳に抱きしめられていた。 「辛かったでしょう?苦しかったでしょう?たまには泣いても良いのよ?」 「姉貴本当は仕事だったんだ。なのに俺が有給使って休んじまえよって言わなければ・・・」 永琳は泣きつかれた○○を膝の上に乗せて彼の頭を軽くなでる。その穏やかそうな寝顔に永琳は笑顔になる。 「私知ってたのよ?悪夢にうなされて眠れなくていつもここで暇をつぶしてたこと。だけど今日あなたの心の傷を知れて本当によかったと思うわ。だから今だけはゆっくりおやすみなさい」 永琳は彼の唇にキスをして頭をなで続けた。 余談ではあるが俺はあの日以来永琳と一緒に寝ている。それが幸せに寝れる方法と知ったからだ。 -------------あとがき-------------- とりあえず謝っておきます。ごめんなさいorz こんなにシリアスになる予定じゃなかったんだけどなぁ・・・ ちなみに飛行機事故って一番起こりにくいらしいね まぁ、ゼロではないけど 新ろだ812(ベースは26スレ目 759 761) ピピピ……ピピピ…… 右腋から発せられる電子音に意識を戻し、手探りで引き抜く。 「39度7分か……畜生め」 前日とは打って変わった、まるで冬がすぐそこにいるような寒気。 それだけでも性質が悪いのだが、さらに雨にまで降られ。 「ぶぇっくしょい!」 この様である。 幸いにも街中で倒れたこともあり、すぐに永遠亭に運ばれたのが不幸中の幸いか。 「大きなくしゃみね。その調子だとまだ完治には程遠いかしら」 部屋を仕切るカーテンからひょっこりと顔を出すのはここの凄腕医師兼商売相手。 「あー、永琳先生。まったくもって駄目ですね。 普段から医療に従事する者のくせにこうもあっさり倒れるとは……面目ない」 うん、まあ医療関係っていっても薬売りなんだけどね? 「ふふ、人間は脆いから仕方ないわ。ちょっと失礼するわね」 柔らかい笑みを浮かべた後簡単な触診をされる。 身体のあちこちを冷えた金属質と、ほのかに暖かい指先が触れていく。 「――うん。当初よりはマシになったみたいね」 「……そいつぁ重畳」 確かに運び込まれた時よりは幾分か楽になっている。 先生の薬のおかげって奴だろうか。 そんな事をぼんやりと考えていると、何かを考え込むような先生の顔が見えた。 「……永琳先生、何か?」 「へっ?……あ、ええと、そのね?」 かけられた声にひどく驚いた様子を見せる。中々に貴重なワンシーンだ。 何かを言おうか言うまいか、逡巡した後、彼女はこう言った。 「そろそろ晩御飯の時間なんだけど、食べられそう?」 「あ、はい。昼あんまり食べてなかったんでもうぺこぺこです」 何か重大な事でも言われるのだろうかと思っていただけに少々拍子抜け。 確か食堂は病室からそこまで遠くなかったか、と身体を起こそうとするが―― 「駄目よ。病人は大人しく寝てないと。……今持ってくるから。ね?」 ――先生に押さえ込まれてしまった。顔がすぐ近くにあり、最後の言葉あたりに至っては 吐息を感じれてしまう距離だった。顔は赤面していないだろうかと心配になる。 「はい、おまたせ」 先ほど彼女が現れたカーテンの陰から一台のカートがすぐに持ってこられる。 ここまで既に運んでいたということなのだろうか。 「たーんと召し上がれ。……とはいっても御粥なのだけれど」 「今はそれくらいで十分ですよ。重い物なんて食える気がしません」 他愛ない会話をしながらふと気付いた。 何故鍋が先生の手元にあるままなのだろうか。 嫌な予感を確かめるべく、聞いてみることにした。 「――あの、先生?」 「何かしら」 「おかゆ位、自分で食べられます」 「はい、あーん」 うわあ全くもって聞いちゃいねぇ。 スプーンを楽しそうに差し出す永琳先生の顔を見ながら、覚悟を決める。 「……あー……むぐ。美味しいです」 「よろしい」 「あの、でも」 「はい、あーん」 「むぐ。……これって恋人とかがやるもんじゃ」 されるままなのもオトコノコのプライドがアレなので、ちょっとした反撃をしてみた。 途端に先生の頬に僅かだが朱がさした。――おお、これは、いや中々。 「私相手じゃ不満なのかしら」 そう言われてしまってはぐうの音も出ない。 先生のような美人にこんなことをして貰えるなんて。 「いえ、滅相もありません。先生、可愛いですもん」 僅かだった朱が勢力を増した気がする。 「嬉しいこと言ってくれるのね。 それじゃあ、はい、あーん」 ――そっちは続けるんですね。 結局食べきるまではいあーんは繰り返されることとなった。 窓際の病室だったので、どこぞの烏天狗が目撃していない事を祈るばかりだ。 途中で外が一瞬光った気がするが、あれは遠方の雷に違いない。 「普段寝ない時間に寝るというものは中々に苦痛なわけで」 時刻としては戌の刻がそろそろ終わろうかというあたり。 普段日付が変わるあたりまで起きている身にとっては、 早寝というものは中々に億劫でかつしんどい。 「あら、まだ起きてたのね」 再びカーテンからひょっこり顔を出してくる永琳先生。 「そろそろ寝ようと思ってるんですけどね。どうにも染み付いた習慣って奴が邪魔してくれて」 「あらあら。それじゃあ早く眠れるおまじないでもしてあげようかしら」 睡眠薬でもくれるのだろうか。これはありがたい。 「そうして貰えると助かります――って先生!?」 すすす、と俺が横になっているベッドまで近づいてきたかと思うと、 彼女はいそいそとベッドに潜り込んできた。 「あ、あの、先生?」 「永琳って呼んで欲しいのだけど。何かしら?」 「それでは永琳……さん。どうしてこのような事態になっているのか分かりやすく説明を」 何か理由があるに違いない。真意を推し量るべく聞いてみる。 ちなみに心の中では素数のカウントが高速でカウントされている。 カウントできなくなったら左に感じる柔らかさに負けそうだ。 「心理学的には他者の温もりを感じていると安らいで眠れるの」 「そうなんですか」 「それに……私がそうしたかったから」 「――っ!」 危ない危ない。カウントが途切れる所だった。 ええと、次は3133303で、その次は―― 「すぅ……すぅ……」 「3140183、3140209……嗚呼、柔らか……いかんいかん。次は――」 可愛らしい寝息を耳元で受けながら、それでいて理性と死闘を繰り広げつつ。 結局一睡も出来ないまま、朝を迎えることになったのだった。 素数のカウントに必死で気付かなかったが、その夜外で光が数度瞬いたらしい。 という話を病室でイナバ達から聞いた。 風邪はまだ治っていない。寝不足なんだから当たり前だ。 今日も永琳さんはにこにこと嬉しそうに御粥を差し出してくる。 あまり悪い気はしない。 後日、新聞の一面記事を見た俺と永琳さんが二人で烏天狗に夜襲をかけることになるのだが、 それはまた別のお話し。
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レミリア14 Megalith 2012/05/21 ここのレミリアは好感度MAXです ふ~ん...金環日食ねぇ・・・ そう。今日は約900年ぶりの金環日食である。 「で、その手に持っている変な眼鏡はなんなのかしら?」 「これは日光を見る特別な眼鏡ですわ」 「なんで咲夜が?」 「人里で配っていましたよ。肉眼で見ると目に悪いとのことなので」 ふふ~ん... とちょっと興味があるような目で眼鏡を見つめていた。 「ちょっとその眼鏡貸して」 咲夜は、レミリアに眼鏡を渡した。 「うわ なにこれ、何にも見えないんだけど」 「紫外線を遮断するために、強力なフィルターが貼られているので普段使用しないでください... と説明書に書かれてありますわ」 「へぇ...」 「でもお嬢様は見れないのが残念ですね」 「パチェが言ってたんだけど、日食は太陽の力が下がるらしいのよ。もしかしたら見れるかもしれないわ!」 「...大丈夫でしょうか」 咲夜は心配そうな顔でレミリアは見ていた。 そして、レミリアの飲んでいたカップから紅茶が無くなった。 「紅茶が無くなったから、例の新しい紅茶を飲みたいわ」 「かしこまりました」 そう言うと瞬間移動をしたかのように、レミリアの目の前からいなくなった。 と同時にドアからノックの音が聞こえた。 コンコン 「ん?誰かしら」 というとドアが開いた。 「あら。○○」 「やぁ。レミィ、今日は金環日食みたいだね」 「知ってるわ。眼鏡もあるから見てみようと思うの」 「危ないんじゃない?」 「太陽の力が弱ってるから大丈夫よ....たぶん」 「たぶんかい」 とりあえず立って会話するのもアレと思った○○は椅子に腰掛けた。 するとレミリアは○○の膝に座った。 「?」 「いいじゃない。ここが一番座り心地がいいのよ」 ○○はレミリアの髪を撫でて遊んでいた。 「くすぐったいわ」 ちょっとだけ時間がたつと紅茶を持っている咲夜が現れた。 「新しい紅茶ですわ。○○さんの分も持ってきました」 「流石咲夜。気が利くわね」 「メイド長ですから。そしてお邪魔のようなのでこれにて、また用があれば呼んでください」 「ん...」 咲夜が去った後、いい香りのする紅茶を飲んだ。 「こういう紅茶もいいわね。咲夜が変なのをいれなきゃだけど」 「美味しいね... そういえば言い忘れたけど、今もう見えるらしいよ日食」 「そうね。この紅茶が飲み終わったら行きましょうか」 しばらく時間がたって、○○とレミリアはベランダに行った。 「さぁて...見ようじゃないこの眼鏡で」 「大丈夫かなぁ...」 そう言うとレミリアは眼鏡をかけて日の当たるところに立って太陽を見た。 「ん大丈夫...シューシュー やっぱり熱い!ダメ!」 「やっぱり駄目だよね」 ○○は苦笑した。 「残念だわ。太陽は弱っても太陽だったね」 「無茶しないほうがいいよ」 残念がりながら日陰にあるベランダの椅子にレミリアと○○は座った。 「○○は見えたの?」 「ちょっと端っこが欠けているだけだったけどね。もうちょっと早く見たらいいのがみえたかも」 会話しているとまたレミリアは○○の膝の上に座った。 「レミィここに座るの好きだよね」 「ここが一番いいのよ」 「ふふ...可愛いな」 「ありがと」 照れながら振り返り、レミリアは○○の唇を奪った。 「ん...んん」 少しだけさっき飲んだ紅茶がした。 「んちゅ...はぁ...ん」 レミリアの唇はちょっと潤っていて蕩けていた。 「ん...は...」 口付けをやめた後、どちらもぼうっとしていた。 するとレミリアが言った。 「日食が見れなくても○○が私の太陽だから問題ないわ」 「あらあら...じゃあレミィは自分にとっては月だね」 恥ずかしい台詞を言ったせいか、キスをしたせいかわからないが どちらも顔が赤くなっていた。 初めての投稿なので、誤字脱字、日本語がおかしいかもしれませんが多めに見てね! 追記<『大目に見る』でしたねw あと気づいた脱字を直しました。 Megaith 2013/03/11 「――とまあ、たまにはそんなのもいいかな、と思うわけよ」 「はいはいごちそうさま。それで、レミィ? 私は何をすればいいのかしら?」 「さすが、パチェは話が早いわね。またあれを作って欲しいのよ。あの出発前に飲むやつ」 「咲夜に手伝ってもらえばすぐできるからいいけど…… でもあなたや私ならともかく、ただの人間が飲むには少しきついわよ?」 「その辺は私がなんとかするわ。それじゃあ、お願いね」 夜の闇はいよいよ深く、紅魔館は最も活気づく時間を迎えていた。 「ふふ、なかなか上達したじゃない」 真っ赤な絨毯が敷き詰められた紅魔館の一室では、 オルゴールめいた魔法の箱が奏でる軽快な音楽に乗って、一組の男女がくるくると踊っていた。 「おかげさまで」 頬を寄せて囁くレミリアに答えた○○の声は、あくまで控えめだ。 たしなみとして教えてもらったダンスだが、上達しているのかどうか、自分では今ひとつわからない。 確かに目に見えて失敗するといったことはないが、 それは身長差を補うためにレミリアが浮かんでいるおかげで足を踏まずに済んでいるからではないか、と内心思う。 絡めた手や抱いた腰から愛する彼女の温もりが伝わってくるのは、確かに幸せなのだが。 「自信を持ちなさいな。それに今日はちょっとした趣向を用意してあるから、 ○○にももっと楽しんでもらえると思うわ」 演奏がさわやかなフィナーレでしめくくられる。一呼吸置いてノックの音が響いた。 「入りなさい」 音もなくドアを開けて、咲夜が部屋に足を踏み入れた。 手に持っていた盆を置き、うやうやしく一礼する。 盆の上には、黄金色で満ちた精緻な水晶細工のゴブレットが一対載っていた。 「お気をつけて行ってらっしゃいませ、お嬢様」 「ん、食事までには戻るわね」 軽く手を挙げ、退室する咲夜を見送る。 ドアが閉じられると、レミリアはゴブレットの片方を取り上げた。 輝く液体が、形のよい小さな唇に吸い込まれていく。 「……ふぅ。効くわね」 「それは?」 「ちょっとした下準備、ってところかしらね ――ああ、直接飲んじゃだめよ。そのままだと刺激が強すぎるから」 伸ばした手を止められてとまどう○○の前で、レミリアが残りの一方に口を付ける。 見る間に杯を干すと、楽しそうに端をつりあげたまま、その唇が○○の唇に重ねられた。 「ん……」 「んぐ……くっ……」 レミリア自身を器として流しこまれた液体を、○○は驚きながらも受け入れ、飲み込んだ。 滋味豊かな蜂蜜の甘さを追いかけて、焼けるような熱さがのどを下りていく。 「ぷはっ……い、今のは」 「これを飲んでおかないと、息ができないからね」 せかすように○○の手を引き、レミリアは部屋の中央へ進む。 つないでいない方の手を無造作に振ると、宙空から姿を現した槍がその中に滑り込んだ。 「それじゃ……いくわよっ!」 石突で勢いよく床を衝いたのを合図に、ほのかな紅い光の魔法陣が床に浮かび、視界が暗転し―― 初めは真っ暗闇だと思っていたが、次第に目が慣れてくる。 「うわぁ……」 ○○は思わず感嘆の声を上げた。 前後、左右、頭の上、足の下。宝石をちりばめたかのように、星々がひしめきあっていた。 「星間宇宙でのデートというのも、乙なものかと思ったのよ。気に入ってくれたかしら?」 力を込めてうなずく○○に、レミリアが嬉しそうに微笑む。 「良かった。それじゃ――」 レミリアはつないでいた手をそっと離し、改めて柔らかに差し出す。 二人の為の演奏が、新たな趣向で始まろうとしている。 「もう一曲、踊っていただけるかしら?」 「はい、喜んで」 ○○は身をかがめると、愛しい吸血鬼の手をうやうやしく取った。 星の海に浮かぶ、一片の花のような魔法陣の上。 一組の男女が、くるくると踊っていた。